ジャイアントパンダは、分類のうえでは食肉目クマ科です。腸は短く、草食動物のような発酵タンクも持っていません。それなのに食べるものの99パーセントは竹やササで、そのうち体に取り込めるのは17パーセントほど。残りの8割以上は、ほとんど姿を変えないまま出ていきます。
効率でいえば失敗しているように見える食べ方です。それでも野生で生き続けてきたのは、体の内側を作り替えたからではありません。別の場所で帳尻を合わせているからです。
肉食の体で竹を食べきるための、五つの分担

パンダの竹食いは、ひとつの決定的な適応で説明がつくものではありません。消化・食材・量・道具・燃費という五つの持ち場が、それぞれ少しずつ肩代わりして成り立っています。どこが何を担当しているのかを、先に分けて置いておきます。
| 持ち場 | いまどうなっているか | 効いていること |
|---|---|---|
| 消化のしくみ | 腸は短く盲腸もなし。セルロース分解酵素も持たない | 担当できていない。消化率は約17% |
| 食材の中身 | 竹はエネルギーの約半分がタンパク質 | 量あたりの質は、実は肉に近い |
| 食べる量 | 1日10〜40kg、10〜16時間かけて食べる | 低い消化率を総量で埋める |
| 口と手 | ヒトの約7倍の臼歯と「第6の指」 | 硬い竹を効率よく処理する |
| 燃費 | 同じ体重の哺乳類の約38%しかエネルギーを使わない | そもそも必要量を下げている |
変わらなかったのは一段目だけです。残りの四つが、変わらない一段目を抱えたまま動いています。
体の中身は、いまも肉食動物のまま

パンダの消化器は、200万年ほど竹を食べ続けてもなお草食向けに作り替わっていません。中国の研究者はこれを「進化のジレンマ」と表現しています。
草食動物が持っている装備がない
発酵タンクの不在
ウシは胃を四つに分け、ウマは巨大な盲腸を持ちます。どちらも微生物に繊維をゆっくり発酵させるための設備です。パンダの消化管は肉食動物と同じ単純な作りで、そうした滞留させる部屋がありません。食べたものは長くとどまらずに通り抜けていきます。
セルロースを切る酵素も持たない
竹の細胞壁を作るセルロースは、そのままでは動物の体に吸収できません。分解にはセルラーゼという酵素が要りますが、パンダ自身はこれを作れないとされています。反芻もできないため、噛み砕いた繊維をもう一度口に戻して細かくする手も使えません。
腸内細菌まで「肉食動物型」だった
45頭を1年追った調査
上海交通大学の龐小燕(ほう・しょうえん)氏らは、45頭のパンダの腸内細菌を1年にわたって調べました。2015年に米国微生物学会の学術誌『mBio』で発表された結果は、パンダが雑食性だった祖先の腸内細菌をいまも抱えたままだというものでした。草食動物の腸内で優勢になるはずの繊維分解菌の顔ぶれとは、はっきり違っていたのです。
分解しているのは、竹の硬い部分ではないかもしれない
パンダの腸からセルロースやリグニンを分解する細菌そのものは見つかっています。ただしその働きは弱く、近年では硬い繊維を崩しているというより、そこに付着したヘミセルロースやデンプンといった消化しやすい成分を拾っているのではないかとも考えられています。頼りにしているのは繊維の中身ではなく、繊維に貼りついた分け前のほうというわけです。
結果として、8割以上がそのまま出る
17パーセントという数字
1日に12キロを超える竹を食べても、消化・吸収できるのは約17パーセントにとどまります。裏を返せば、口に入れた竹の8割以上は栄養にならずに通過していく計算です。フンに竹の繊維がそのまま残るのはそのためで、この性質は後で触れる思わぬ副産物も生みました。
竹は、栄養の内訳では「肉」に近い

ここで前提がひとつ崩れます。竹=栄養のない草、という見方そのものが正確ではないのです。
エネルギーの約半分がタンパク質
ネコやオオカミと同じ座標に並ぶ
シドニー大学と中国科学院の研究チームは、栄養幾何学という手法でパンダが実際に取り込んでいる栄養素の比率を測りました。2019年に『Current Biology』へ発表された論文の題は、そのまま「ジャイアントパンダはマクロ栄養素上の肉食動物である」。摂取エネルギーのおよそ半分がタンパク質由来で、その配分は野生化したネコやオオカミとほぼ重なっていました。
「何を食べるか」と「何を取り込むか」のずれ
食材の見た目で分ければ、パンダは完全な草食動物です。取り込んだ栄養素の比率で分ければ、肉食動物の側に置かれます。同じ動物が分類軸によって逆側に来てしまうところが、この研究のおもしろさでした。消化率が低いままでも成り立っている理由の一端は、そもそも竹が「薄い肉」のような食材だったことにあります。
季節で食べる部位を変える
春はタケノコ、夏は葉、冬は稈
野生のパンダが食べ分ける竹は、30種類以上にのぼるといわれます。春はタンパク質が多くて繊維の少ないタケノコ、夏はおもに葉。質の落ちる冬には、稈(かん)と呼ばれる硬い幹の部分が中心になります。同じ「竹を食べる」でも、季節ごとに中身はまるで別物です。
| 時期 | おもに食べる部位 | 1日の量の目安 | その部位の性質 |
|---|---|---|---|
| 春 | タケノコ(葉や稈も混ぜる) | 30〜40kg | タンパク質が多く繊維が少ない。水分が多いぶん重い |
| 夏 | 葉 | 10〜16kg | タケノコほどではないが栄養がある |
| 冬 | 稈(硬い幹) | 10〜16kg | いちばん質が落ちる。それでも枯れずに残る |
いちばん栄養のある部位だけを食べ続けはしない
意外なことに、タケノコの季節でもパンダは葉や稈を混ぜて食べます。タケノコばかりを長く与えると健康に悪影響が出るという報告があり、過剰なタンパク質が腎臓の負担になる可能性が指摘されています。良いものだけを選び続けない食べ方が、結果として体を守っているようです。
足りない分は、量と時間で押し切る

質のうえで肉に近いとはいえ、8割以上を捨てている以上は総量を積むしかありません。パンダの1日は、その積み上げにほぼ費やされます。
1日10〜40キロ、10〜16時間
食べる部位で量が三倍以上変わる
1日に食べる竹の量は、葉や稈が中心なら10〜16キロほど。水分が多く軽いタケノコの季節には30〜40キロに跳ね上がります。体重の4分の1から3分の1ほどを毎日胃に通す計算で、これを10〜16時間かけて処理し続けます。
1日の残り時間がほとんどない
食事に14時間前後を使えば、24時間から残るのは10時間ほど。そこに睡眠も移動も繁殖行動も収めなければなりません。パンダがのんびりして見えるのは性格の問題ではなく、時間割の問題でもあります。
食べていないときは、できるだけ動かない
時速20メートル
野生パンダの移動速度を追跡した調査では、平均で1時間あたり20メートルほどしか進んでいませんでした。1日の半分以上は休んでいるとされ、竹林の中を数メートル動いては座り直す暮らしです。歩いて探し回らなくても、まわりが全部食料という環境がそれを許しています。
「怠けている」ではなく収支の合わせ方
入ってくるエネルギーが少ないなら、出ていくほうを削るしかありません。動かない選択は、消化率17パーセントという条件を受け入れたうえでの合理的な帳尻合わせです。同じ体格のクマが冬眠で乗り切る季節を、パンダは冬眠せずに竹だけで越しています。
手と歯だけは、しっかり竹用に進化した

内臓は肉食のまま置き去りにされましたが、竹をつかんで噛み砕く部分は別です。ここは明確に作り替えられています。
「第6の指」は指ではない
正体は手首の骨
パンダが竹を握るとき、5本の指の付け根から突起が出て親指のように向かい合います。これは6本目の指ではなく、橈側種子骨(とうそくしゅしこつ)という手首の骨が肥大したものです。骨の数を増やすのではなく、もともとある小さな骨を大きくして代用したことになります。
600万年前の化石にもうあった
中国・雲南省の水塘壩(すいとうは)遺跡から、絶滅したアイルラルクトス属の手首の骨が見つかりました。2022年に『Scientific Reports』で報告されたこの化石は約700万〜600万年前のもので、現生パンダと同じように大きく幅広く、フック状に曲がっていたといいます。竹をつかむ手は、少なくとも600万年前には出来上がっていたことになります。
なぜ本物の指まで伸びなかったのか
体重を支える都合との折り合い
握るためだけを考えるなら、突起はもっと長いほうが有利なはずです。ところがこの骨は前足の裏側にあり、歩くときには体重がそのまま乗ります。短いままの形と平らな外側の面が歩行時の体重配分を助けている。体を支える制約こそが「完全な指」への進化を止めた主因かもしれない——というのが研究者らの見立てです。
臼歯とあごは竹を砕く仕様
ヒトの約7倍の奥歯
パンダの奥歯はヒトの奥歯の約7倍の大きさがあるといわれ、平たく幅広い形をしています。肉を切り裂くための刃物のような歯ではなく、硬いものをすりつぶす石臼に近い形です。あごの関節も横方向へ動きやすい作りとされ、竹を左右にすり合わせて砕けます。
入り口だけが改装された建物
手と歯とあごは竹に合わせて改装され、その先の腸は肉食のまま。パンダの体は、玄関だけリフォームして奥の間取りを一切いじらなかった家に似ています。竹を細かく砕いて送り込めるようになっても、受け取る側が変わらなければ吸収率は上がりません。
そもそも必要なエネルギーを下げてしまった

五つ目の持ち場が、いちばん思い切った手です。取り込める量を増やせないなら、必要な量のほうを下げる。パンダはこれを体のレベルでやっています。
同じ体重の哺乳類の約38パーセント
1日5.2メガジュール
中国科学院動物研究所の魏輔文(ぎ・ほぶん)氏らは、飼育下5頭と野生3頭の1日あたりのエネルギー消費量を測定しました。2015年に『Science』へ発表された結果は平均5.2メガジュールで、同じ体重の陸上哺乳類から予測される13.8メガジュールの37.7パーセントにすぎませんでした。体重1キロあたりで比べると1日185キロジュール。コアラの410キロジュールを大きく下回り、ミユビナマケモノに近い水準です。体の大きなクマでありながら、消費量はそこまで切り詰められています。
甲状腺ホルモンが低く抑えられている
この低燃費の鍵とされているのが、甲状腺ホルモンの値の低さです。その水準は冬眠中のアメリカクロクマに匹敵するとされ、ホルモン合成に関わるDUOX2という遺伝子の変異が原因ではないかと考えられています。行動としてゆっくり動いているだけではありません。代謝そのものの設定が、低い側に振り切られているのです。
※ 甲状腺ホルモンとは、のどにある甲状腺から出て全身の代謝の速さを決めるホルモンのことです。多ければエネルギーをどんどん燃やし、少なければ燃費が下がります。
肉をおいしいと感じる遺伝子が壊れている
うま味受容体の遺伝子が働かない
うま味を感じ取る受容体の遺伝子Tas1r1は、調べられた食肉目の動物ではどれも正常に働いています。例外がパンダでした。2塩基の挿入と4塩基の欠失で途中に「ここで終わり」の合図が入ってしまい、設計図の途中までしか読まれません。肉のうま味を受け取る配線が、切れたまま残されているわけです。
壊れた時期は約420万年前
2010年に『Molecular Biology and Evolution』で発表された解析によれば、この遺伝子への制約がゆるんだのは約420万年前と推定されます。化石から推測される食性転換の時期とおおむね重なる数字です。肉に興味がなくなったから遺伝子が壊れたのか、壊れたから戻れなくなったのか。研究者は後者の後押しもあったとみていますが、順序を断定できるところまでは分かっていません。
もう一歩——なぜ竹だったのかは、まだ決着していない

ここまでは「どうやって成り立っているか」の話でした。「なぜ竹を選んだのか」のほうは、実のところ確定していません。
有力なのは「競争相手がいない」説
奪い合いにならない食料
いま野生のパンダが残っているのは、四川・陝西・甘粛の山地に限られます。この一帯の竹は冬でも枯れずに残り、しかもこれを主食にする大型獣がほかにいません。取り合いが起きず、季節で消えもしない食料。その利点は大きかったとされています。氷期に獲物が減ったことがきっかけだという説も語られますが、いずれも決め手には欠けます。
切り替えは一度で済んでいない
600万年前の化石にすでに竹をつかむ手があり、うま味の遺伝子が壊れたのは420万年前ごろ、消化器が竹向きに変わったという証拠は現在まで出ていません。食性の転換は一気に起きたのではなく、部位ごとにばらばらの速さで進んだ長い過程だったことになります。
いまでも肉を食べることはある
タケネズミや動物の死骸
野生のパンダがタケネズミやナキウサギを捕らえた記録も、ほかの動物の死骸を食べた記録も残っています。ただし動物質は食事全体の1パーセントにも満たない量で、狩りに費やすエネルギーのほうが割に合わないという見方が有力です。肉を食べられないわけではなく、積極的に狙う理由がない——そういう状態に近いのかもしれません。
消化しないおかげで生まれたもの
フンが紙になる
竹を紙にするには、繊維以外の成分を分解して繊維だけを取り出す工程が必要です。パンダの消化管は、その下ごしらえを勝手に済ませてくれます。中国ではフンを煮沸・殺菌して紙製品にする取り組みがあり、日本のアドベンチャーワールドも食べ残した竹やフンを資源として活用するプロジェクトを進めています。8割を消化できない体質が、そのまま製紙の前処理になっているわけです。
17パーセントという数字は、ふつうに読めば落第点です。けれどパンダは、この点数を上げる方向には進みませんでした。上げる代わりに、17パーセントで足りる暮らしのほうを組み上げてしまった。食べる量を増やし、動く量を減らし、必要なエネルギーそのものを下げる——そうやって基準線のほうを引き下げたのです。うまく消化できない体は、克服されなかった弱点ではなく、そこを前提に全部を設計し直した出発点でした。
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