コアラはユーカリに酔って寝ているのではない——20時間動かないのは、毒を分解しながら生きているから

生きものの話
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動物園のコアラは、たいてい眠っています。「ユーカリの成分に酔っているから」という説明を聞いたことのある人も多いと思いますが、オーストラリア・コアラ財団(AKF)はこの言い伝えをはっきり否定しています。

動かない理由は酔いではありません。栄養が少なく、繊維が硬く、そのうえ毒を含む葉。この三重苦の食事だけで暮らすために、コアラは体のつくりを変え、動く時間そのものを削りました。あの静止した姿は、怠けている姿ではなく、収支をぎりぎりで合わせている姿なのです。

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  1. コアラの一日24時間は、こう使われている
  2. ユーカリは「栄養が少ない・硬い・毒がある」の三重苦
    1. 栄養が少なく、繊維ばかり
      1. 取り込んだ繊維の25%しか吸収できない
      2. 一日の食事量は、資料によって200gから1kgまで開く
    2. そのうえ、毒がある
      1. 葉に含まれるのは一種類の毒ではない
      2. 誰も食べないから、その棚が空いていた
  3. 体のほうが、その葉に合わせて作り替えられた
    1. 2メートルの盲腸という発酵タンク
      1. 微生物に代わりに分解してもらう
      2. 赤ちゃんは母親から微生物を受け取る
    2. 肝臓に積まれた解毒装置
      1. 解毒酵素の遺伝子が31個
      2. 苦味の受容体24個と、「水の味」の遺伝子
  4. それでも収支はぎりぎり——だから動かない
    1. 動く時間を削り、代謝を落とす
      1. 移動は一日4分まで切り詰められている
      2. 「ユーカリに酔っている」説は、財団が明確に否定
    2. 解毒の負担が食べる量を決めているのか
      1. 「解毒制限仮説」という考え方
      2. ただし、決着はしていない
    3. 木に抱きつくのも、じつは体温調節
      1. 幹は気温より5℃以上低い
      2. 抱きつく木と、食べる木は別
  5. 解毒がうますぎて、困ることもある
    1. 薬がすぐ分解されてしまう
      1. 試験管の中で、ラットの約16倍の速さ
      2. 抗生物質は「与えるより速く壊れる」
    2. 食べられる葉は、腸内細菌が決めている
      1. 糞のカプセルで、食べられる種類が広がった
  6. 眠りすぎの誤解に、ついでの誤解がいくつか
    1. 水は本当に飲まないのか
      1. 雨の日に、幹を伝う水をなめていた
    2. 「脳が小さいから」も言いすぎ
      1. 体重比0.2%という数字の読み方
    3. そもそも、クマではない
      1. 「コアラベア」という呼び方は誤り

コアラの一日24時間は、こう使われている

理由の話に入る前に、時間の使いみちを配ってしまいましょう。1985年、オーストラリアのビクトリア州で野生のコアラを20日間追いかけ、行動と代謝を同時に測った研究があります。

時間の使いみち一日あたりひとこと
眠っている14.5時間本当に寝ている時間
起きたまま休んでいる4.8時間目は開いているが動かない
葉を食べている4.7時間活動時間のほとんどがこれ
移動している4分一日でわずか4分

動いていない時間を足すと19時間あまり。よく言われる「一日20時間眠る」という数字は、睡眠と、起きたままじっとしている時間を合わせたものです。純粋な睡眠だけなら14時間半ほど。そして移動に使う時間は、24時間のうちたった4分でした。

2013年に27頭のコアラへ加速度計を取り付けた別の研究でも、活動していた時間は一日5.4〜5.9時間。測り方が違っても、動かない時間が18時間を超える点は変わりません。

ユーカリは「栄養が少ない・硬い・毒がある」の三重苦

コアラの時間割がこうなる出発点は、食べているものにあります。ユーカリの葉は、動物の食べ物としては三つの意味で割に合いません。

葉の側の問題コアラ側の対処その代償
栄養が少ない大量に食べ、代謝を落とす余力がほとんど残らない
繊維が硬い2mの盲腸で微生物に分解させる消化に長い時間がかかる
毒がある肝臓の酵素で分解する解毒にもエネルギーを使う

栄養が少なく、繊維ばかり

取り込んだ繊維の25%しか吸収できない

ユーカリの葉は繊維が多く、そのわりに栄養が乏しい素材です。コアラは後述する巨大な発酵タンクを持っていますが、それでも摂取した繊維のうち体に取り込めるのは25%ほどにとどまるとAKFは説明しています。四分の三はほとんど素通りしていく計算です。

一日の食事量は、資料によって200gから1kgまで開く

「コアラは一日にどれだけ葉を食べるのか」は、調べると出典ごとに数字が違います。AKFの英語ページは200〜500g、同じ財団の日本語ページは0.5〜1kg。1985年の野外調査は乾燥重量で222g(生の葉なら約510g)と実測し、ゲノム解読を報じた記事は600〜800gと書いています。

どれかが嘘というより、体格・性別・季節・地域で幅が出るのでしょう。ここでは「数百グラムから1キロ弱」とおおまかにとらえておくのが安全です。

そのうえ、毒がある

葉に含まれるのは一種類の毒ではない

ユーカリが葉に持たせている化学物質は、テルペン類・フェノール類・タンニン・青酸配糖体など多岐にわたります。近年よく名前が挙がるのがFPC(ホルミル化フロログルシノール化合物)で、有袋類(ゆうたいるい)の葉食動物がどれだけ食べるかを左右する成分として研究が進んできました。

植物二次代謝物とは、植物が成長そのものには使わず、虫や動物に食べられるのを防ぐためなどに作る化学物質の総称です。ユーカリの精油やタンニンもこれにあたります。

誰も食べないから、その棚が空いていた

裏を返せば、ユーカリの葉は競争相手のいない食料でもあります。AKFによれば、ユーカリの葉だけで生きられる哺乳類はコアラのほかにオオフクロモモンガとリングテイルポッサムがいる程度。毒と低栄養という関門を通り抜けさえすれば、目の前の森が丸ごと自分の食卓になります。

ただし、その葉ならどれでもいいわけではありません。オーストラリアには600種類以上のユーカリがあるとされますが、コアラが日常的に食べるのは地域ごとに1〜3種ほど。土地によって食べる種類がまるで違い、ビクトリア州のコアラとクイーンズランド州のコアラでは献立が別物です。

体のほうが、その葉に合わせて作り替えられた

三重苦の葉を主食にできるのは、消化管と肝臓の両方が専用の設備になっているからです。

2メートルの盲腸という発酵タンク

微生物に代わりに分解してもらう

コアラの盲腸は長さおよそ2メートル。人間にも盲腸はありますが、体の大きさに対する長さでは動物のなかでも群を抜くとされます。中には何百万もの微生物がすみ、コアラ自身の酵素では歯が立たない繊維を、吸収できる物質へ変えていきます。

発酵には時間が必要です。食べたものを長くとどめて絞り取る方式である以上、消化はどうしてもゆっくりになります。低い代謝と長い滞留時間はセットの仕組みだと考えるとわかりやすいでしょう。

赤ちゃんは母親から微生物を受け取る

この微生物は、生まれつき備わっているものではありません。生後6〜7か月ごろ、袋から出る準備を始めた子どもは「パップ」と呼ばれる母親の特別な軟らかい糞を食べます。濃いカスタードほどの硬さの黄緑色をしたそれは、母親の盲腸で働く微生物を丸ごと譲り渡すための離乳食です。

2022年の研究では、飼育下の子コアラの腸内細菌が他個体よりも母親のものに近く、1歳ごろまでかけて成体と同じ構成へ近づいていくと報告されました。ユーカリを食べる能力は、遺伝子だけでなく母親から手渡される微生物にも支えられているわけです。

肝臓に積まれた解毒装置

解毒酵素の遺伝子が31個

2018年、オーストラリア博物館のレベッカ・ジョンソン氏らの国際チームがコアラの全ゲノムを解読しました。そこで見つかったのが、解毒に関わるシトクロムP450のうちCYP2Cという一族が31個にまで増えていたことです。しかも肝臓で盛んに働いていました。

シトクロムP450(CYP)とは、肝臓などで薬物や毒物を分解する酵素の大きなグループです。人間にもあり、薬の効き方や飲み合わせを左右します。

ジョンソン氏は「解毒の遺伝子はどんな動物にも必要だが、コアラははるかに多く持っているようだ」という趣旨のコメントを残しています。装置の数そのもので押し切るタイプの適応だといえます。

苦味の受容体24個と、「水の味」の遺伝子

同じゲノム解読では、苦味を感じる受容体の遺伝子(TAS2R)が24個見つかりました。調べられたオーストラリアの有袋類のなかでは最多です。さらに水を感じる遺伝子が重複しており、水分の多い葉を選び分けるのに役立っている可能性が指摘されました。

解毒の力だけでは足りず、そもそも危ない葉を口に入れない選別も必要ということです。鼻と舌で選び、肝臓で処理する。二段構えになっています。

それでも収支はぎりぎり——だから動かない

設備を整えてなお、この食事から取り出せるエネルギーには余裕がありません。そこで削られたのが、活動そのものです。低栄養の植物に賭けた動物はほかにもいて、たとえばパンダは一日十数時間を費やして大量の竹を胃に入れる方向へ振り切りました。コアラが選んだのは、入ってくる量を増やすより出ていく量を減らす道です。

動く時間を削り、代謝を落とす

移動は一日4分まで切り詰められている

先ほどの時間割を思い出してください。一日のうち移動に使われたのは4分でした。食事の4.7時間を除けば、コアラの一日は「食べる」と「動かない」でほぼ埋まっています。AKFの説明も、きわめて遅い代謝が必要なエネルギー量を最小限に抑えている、というものです。コアラの体温が36.6℃と哺乳類としては低めなのも、この省エネ体質と地続きでしょう。

「ユーカリに酔っている」説は、財団が明確に否定

AKFは日本語ページで、この言い伝えを名指しで打ち消しています。長く眠るのは酔っているからではなく、繊維質で毒素が強く栄養価の低い葉を消化するのに多くのエネルギーが要るから。睡眠はそのエネルギーを蓄える手段だ、という説明です。

そもそも、酔うほど精油を吸収していたら肝臓がもちません。コアラがしているのは酔うことではなく、酔わないように分解し続けることのほうです。

解毒の負担が食べる量を決めているのか

「解毒制限仮説」という考え方

葉食の有袋類が一度にどれだけ食べるかを決めているのは、満腹感ではなく解毒の処理能力ではないか。そう考えるのが解毒制限仮説(Detoxification Limitation Hypothesis)で、FPCの濃度が上がるほど食べる量が減る観察と結びつけて論じられてきました。

ただし、決着はしていない

この仮説には反証も出ています。フクロギツネなどにユーカリ由来のシネオールを12日かけて少しずつ増やして与えたところ、摂取量がはっきり増えました。つまり最初の食べ渋りは、処理能力の限界というより学習された嫌悪だった可能性があるわけです。

解毒に手間がかかる点は確かでも、「解毒能力が食事量の上限を決めている」と言い切れるところまでは来ていません。この記事でも、毒は動かない理由の一つとして扱い、唯一の理由とはしないでおきます。

木に抱きつくのも、じつは体温調節

幹は気温より5℃以上低い

2014年、メルボルン大学のナタリー・ブリスコー氏らがビクトリア州のフレンチ島で30頭のコアラを観察し、暑い日ほど幹に体を押しつけて休むことを確かめました。幹の表面は気温より5℃以上低いことがあり、抱きついているだけで熱が逃げていきます。

研究チームの試算では、この行動によって暑い日に必要な水分の半分ほどが節約できるとされます。汗や蒸発で冷やす代わりに、冷たい幹へ熱を渡してしまうわけです。

抱きつく木と、食べる木は別

面白いのは、いちばん冷たかったのがアカシアの木だったという点です。アカシアはコアラの食樹ではありません。食事のための木と、涼むための木を使い分けていたことになります。

木の股でぐったりしているように見える姿にも、こうして省エネの意味が重なります。かわいらしい仕草として語られがちなあの抱擁は、放熱の姿勢でもありました。

解毒がうますぎて、困ることもある

毒を素早く壊す力は、コアラを助けるだけではありません。人間が手を貸そうとする場面では、そのまま障害になります。

薬がすぐ分解されてしまう

試験管の中で、ラットの約16倍の速さ

2013年、消炎鎮痛薬メロキシカムを肝臓のミクロソームに加えて分解の速さを比べた研究があります。結果は下の表のとおりで、コアラはラットの約16倍の速さで薬を壊していました。

動物見かけの固有クリアランス食べているもの
フクロギツネ394葉を含む雑食
コアラ50ユーカリの葉
リングテイルポッサム36葉が中心
ラット3.2雑食

単位はμL/min/mgタンパク質。注目したいのは、コアラより速いフクロギツネがいることです。素早い解毒はコアラの専売ではなく、葉を食べる有袋類にある程度共通する特徴だと読めます。

抗生物質は「与えるより速く壊れる」

ゲノム解読チームのピーター・ティムズ氏は、コアラの治療について「投与するより速く抗生物質を分解してしまう」と述べています。量を増やせば今度は腸内細菌が乱れ、葉を消化する力そのものを損ないかねません。

同じ経路を通る鎮痛薬も効きにくく、痛みを取ってやることさえ難しい。クラミジア感染症に苦しむ個体が多いコアラにとって、これは小さくない問題です。

食べられる葉は、腸内細菌が決めている

糞のカプセルで、食べられる種類が広がった

2019年、12頭の野生コアラを使った実験が行われました。マナガム(Eucalyptus viminalis)を好む個体に、メスメイト(E. obliqua)を食べている個体の腸内微生物をカプセルで9日間与え続けたのです。

すると腸内細菌がメスメイト側へ寄った個体ほど、メスメイトをよく食べるようになりました。「何を食べられるか」は本人の好みだけで決まっているのではなく、腸の中の住人しだいだったことになります。生息地の樹種が変わってしまったコアラを助ける手段として、この結果には注目が集まりました。

眠りすぎの誤解に、ついでの誤解がいくつか

「酔って寝ている」以外にも、コアラには広まりすぎた話がいくつかあります。

水は本当に飲まないのか

雨の日に、幹を伝う水をなめていた

「コアラは水を飲まない」は長く語られてきました。実際、水分の大半は葉から得ています。ところが2020年、シドニー大学のバレンティナ・メラ氏らが2006年から2019年にかけての46件の観察をまとめ、雨のときにコアラが幹を伝う水をなめていたと報告しました。

幹を流れ落ちるこの水は樹幹流(じゅかんりゅう)と呼ばれます。飲まないのではなく、雨の日にしか飲む機会がないので人目につきにくかった、という順序だったようです。

「脳が小さいから」も言いすぎ

体重比0.2%という数字の読み方

コアラの脳は体重の0.2%ほどで、表面のしわも少ないと紹介されます。ここから「だから鈍いのだ」と結ぶ話をよく見かけますが、脳と体重の比は知能のものさしとしては当てになりません。1500種を超える哺乳類のデータでは、体重の影響が変動のほとんどを占めてしまいます。

体の大きさで調整すると、コアラの脳は有袋類として予想される範囲からそれほど外れないという指摘もあります。小さいこと自体は事実でも、そこから性能を語るのは飛躍が過ぎるようです。

そもそも、クマではない

「コアラベア」という呼び方は誤り

英語圏で koala bear と呼ばれることがありますが、AKFはこれを誤解だと断じています。コアラは胎盤を持たない有袋類で、クマとは系統がまるで違います。正しくは単に「コアラ」です。

生まれたばかりの赤ちゃんは体長2cmほど。目も見えず毛もない状態で、自力で母親の袋にたどり着きます。三重苦の葉で生きる長い一日は、この2cmから始まっているわけです。

誰も手をつけない葉を選んだおかげで、コアラは食べ物を奪い合わずに済むようになりました。その代わりに手放したのが、動き回る余裕です。木の股で20時間じっとしているあの姿は、怠けの結果ではなく、空いていた棚を取るために支払っている家賃なのでしょう。