竹は「木」か「草」か——タケノコの太さのまま、一生太らない

生きものの話
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竹はイネ科の植物です。イネにムギ、ススキにトウモロコシ。同じ科や近い仲間を並べてみると、どれも木とは呼ばれないものばかりが顔をそろえます。

それでも竹は硬く、高いものは20メートルを超え、建物や道具の材料として使われてきました。木なのか草なのか。この問いに植物学はいまも「どちらとも言い切れない」という答え方をしています。

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  1. まず一本、輪切りにしてみる
  2. 竹は太らない——「形成層」がないということ
    1. 木が太るのは、幹の外側に工場があるから
      1. 樹皮のすぐ内側にある、薄い層
      2. 年輪は「一年ぶんの足し算」の記録
    2. 竹の太さは、地上に出る前に決まっている
      1. 節の数も、タケノコの時点でそろっている
      2. 伸びるのは、アコーディオンが広がるように
  3. それでも硬い——強さは「積み重ね」ではなく「配置」
    1. 外側ほど密に走る繊維
      1. 鉄筋コンクリートの鉄筋にあたるもの
      2. 中を空にするという選択
    2. 節はなぜあるのか
      1. つぶれを防ぐ仕切り
      2. 硬さは、あとからゆっくり進む
  4. 地面の下では、竹林ぜんぶが一本かもしれない
    1. 増え方が、木とも普通の草とも違う
      1. 種ではなく、地下茎で広がる
      2. 同じ竹林の竹が、同じ一株ということもある
    2. 増えすぎた竹林という問題
      1. 全国で約16万7千ヘクタール
      2. もとは、持ち込まれた竹だった
  5. 一斉に咲いて、一斉に枯れる
    1. 120年に一度という周期
      1. マダケは1950〜60年代に全国で枯れた
      2. ハチクは2017年ごろから咲きはじめた
    2. 咲いたあとに、何が起きたか
      1. 種はできなかった
      2. 養分の6割を、花に振り分けていた
  6. 制度のなかの竹——法律は「木」と並べて別に書く
    1. 森林法の書き方
      1. 「木竹が集団して生育している土地」
      2. 統計では森林の一種として数えられる
    2. 年輪がないと、年齢が測れない
      1. 木は数えられ、竹は数えられない
      2. 色と粉で見当をつける
  7. 「ザサ」と名がつくのにタケ、「ダケ」と名がつくのにササ
    1. 分かれ目は、皮が落ちるかどうか
      1. 稈鞘が落ちればタケ、残ればササ
      2. 名前は当てになりません
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まず一本、輪切りにしてみる

竹と木の違いは、切り口にほとんど出そろいます。木の切り株には年輪が同心円に並び、竹の断面は中が空洞で、輪は一本も見当たりません。

この差は見た目の話にとどまりません。年輪の有無は、そのまま木と草を分けている線でもあるのです。観点ごとに並べると、竹がどちら側にどれだけ寄っているかが見えてきます。

見るところ木(木本)草(草本)
幹(稈)が年々太るか太る太らない太らない
年輪あるないない
地上部が硬く木質化するかするふつうはしないする
地上部の寿命数十年から数百年多くは一年20年ほど
分類上の位置双子葉植物・裸子植物に多い単子葉植物にも双子葉植物にもイネ科(単子葉植物)
花の咲き方毎年咲く種が多い毎年咲く数十年から120年に一度

六つの観点のうち三つで竹は草の側に立ち、一つで木の側に立ちます。残る二つはどちらの説明にも収まりません。竹を多年草の一種として扱う見方が多いのは、この配点によるものです。一方で、20メートルまで伸びて材木のように使える植物を草と呼ぶことへの抵抗も残り、「木でも草でもない」と説明されることも少なくありません。ちなみにタケ類は世界に600種とも1,200種ともいわれ、数え方すら定まっていません。

竹は太らない——「形成層」がないということ

木が太るのは、幹の外側に工場があるから

樹皮のすぐ内側にある、薄い層

木の幹は、外周にある薄い層が細胞を作り続けることで太くなります。この層を形成層といいます。

形成層とは、樹皮のすぐ内側にある細胞分裂の層です。内側に木部(材になる部分)を作り、外側に師部を足していきます。

厚みは一ミリにも満たない層です。それでも木の一生ぶんの太さは、すべてここから生まれます。切り株の中心に近いほど古く、外側ほど新しいのはそのためです。

年輪は「一年ぶんの足し算」の記録

形成層の働き方は季節で変わります。春に作られる細胞は大きく粗く、夏から秋にかけては小さく密になります。この密度の差が縞として残ったものが年輪です。

つまり年輪が読めるということは、木が毎年少しずつ外側へ足し算をしてきた証拠でもあります。幅の広い年と狭い年から、その土地の気候まで読み取れることがあります。

竹の太さは、地上に出る前に決まっている

節の数も、タケノコの時点でそろっている

竹には形成層がありません。単子葉植物の多くがそうであるように、稈(かん)は水や養分を運ぶ維管束を持つだけで、外側に材を足していく仕組みを備えていないのです。

稈(かん)とは、竹やイネなど、イネ科の植物で樹木の幹にあたる部分の呼び名です。中が空洞で節があるのが特徴です。

タケノコを縦に割ると、小さな節がぎっしり詰まっています。稈の節は成長にともなって増えるのではなく、この段階ですでに全部そろっています。福井市自然史博物館の観察では、タケノコの直径は成長のあいだほとんど変わらず、成竹になっても変化が見られませんでした。

伸びるのは、アコーディオンが広がるように

竹が伸びるのは、詰まっていた節と節のあいだが順に引き伸ばされるからです。すべての節に成長点があり、それが同時に働きます。一か所の先端だけで伸びる植物とは、速度の桁が違うわけです。

林野庁が挙げる記録では、マダケが一日に121センチ、モウソウチクが119センチ伸びています。わずか2〜3か月で10メートルから20メートルに達し、そこで背丈も太さも止まる。あとはもう、大きくなりません。

それでも硬い——強さは「積み重ね」ではなく「配置」

外側ほど密に走る繊維

鉄筋コンクリートの鉄筋にあたるもの

竹の断面をよく見ると、細かい点が散らばっています。水や養分の通り道を束ねた維管束で、外側ほど密に、中心へ近づくほどまばらという並び方です。

近畿大学の解説は、この配置をコンクリートの中の鉄筋にたとえています。硬い繊維を外周に集中させれば、少ない材料でも曲げに耐えられる。竹が軽いわりに丈夫なのは、材質より配置の勝利だといえます。

中を空にするという選択

同じ重さの棒であれば、中身の詰まったものより、中を空にして外径を大きくしたほうが曲げに強くなります。力がかかるのは外周だからです。竹の中空は、この原理をそのまま形にしています。

繊維方向に強度があり、表皮に近いほど繊維の密度が高いのでしなやかで折れにくい。林野庁もそう説明しています。大きくしなっても戻ってくるのは、外周の繊維が引っぱりに耐えているからだとされます。

節はなぜあるのか

つぶれを防ぐ仕切り

中空の管が折れるのは、曲げたときに断面が楕円へつぶれるところからです。一定の間隔で入る節は、その変形を止める仕切りとして働きます。ホースを折り曲げたときのつぶれ方を思い浮かべると、仕切りのありがたみが想像しやすいかもしれません。

逆に節と節の間隔が広いところは、しなやかに力を逃がす区間になります。硬さとしなやかさを一本の中で使い分けているわけです。

硬さは、あとからゆっくり進む

タケノコは2〜3か月で若竹の背丈になりますが、その時点ではまだ柔らかく、材としては使えません。硬化が進むのはそのあとで、年単位の時間がかかります。

林野庁は、竹材として最良なのは3年生から5年生、伐採の適期は晩秋から初冬としています。稈そのものの寿命は20年ほど。太いものほど長生きだといいます。

地面の下では、竹林ぜんぶが一本かもしれない

増え方が、木とも普通の草とも違う

種ではなく、地下茎で広がる

竹はふだん花を咲かせません。増えるのは地下茎で、その節にある芽が地上へ顔を出したものがタケノコです。半年もすれば立派な若竹になります。

農林水産省の資料が紹介しているのは、地下茎が一年で5メートルから8メートル伸びた記録です。地上で竹が増えるより先に、見えないところで陣地が広がっていきます。

同じ竹林の竹が、同じ一株ということもある

地下茎でつながった竹は、遺伝的には同じ個体です。一本ずつ独立して立っているように見えても、株分けで広がった竹林なら全体がひとつのクローンということが起こります。

この性質は、あとで触れる「一斉に枯れる」現象と切り離せません。同じ体である以上、同じタイミングで同じことが起きます。

増えすぎた竹林という問題

全国で約16万7千ヘクタール

林野庁の集計では、日本の竹林面積は約16万7千ヘクタール。森林全体の1パーセントに満たない区分ですが、10年ほどのあいだに約8千ヘクタール増えたとされます。

手入れをやめた竹林は、隣の雑木林へ地下茎を伸ばします。竹の伸びる速さは樹木の比ではなく、先に葉を広げて光を奪ってしまう。放置竹林が問題として語られるのは、この速度差のためです。

もとは、持ち込まれた竹だった

竹林の主役であるモウソウチクは中国の江南地方が原産で、1736年に薩摩藩主の島津吉貴(しまづよしたか)が琉球経由で取り寄せたのが日本での始まりとされます。鹿児島市の仙巌園には、日本で最初とされる竹林が残っています。

太いタケノコと成長の速さが買われて全国に広まりました。その速さがそのまま、いま管理の難しさになっています。

一斉に咲いて、一斉に枯れる

120年に一度という周期

マダケは1950〜60年代に全国で枯れた

竹の花は、数十年から120年に一度しか咲かないとされます。マダケは1950年から1960年ごろにかけて全国で開花し、そのあと竹林が一斉に枯れました。

竹の花が咲くと不吉だという言い伝えが各地に残るのは、この一斉枯死の記憶と結びついているとされます。生きているうちに一度見るかどうかという出来事が、そのまま竹林の消失を意味していたわけです。

ハチクは2017年ごろから咲きはじめた

ハチクの前回の開花は明治後期、1908年前後と記録されています。次はおよそ120年後の2028年ごろと見られていました。ところが2017年ごろから、各地で開花の報告が相次ぎます。

時期できごと
1908年前後ハチクが全国で開花(明治後期)
1950〜60年ごろマダケが全国で開花し、竹林が一斉に枯死
2017年ごろ〜ハチクの開花が各地で報告されはじめる
2020〜2022年東広島市の調査地で、開花した稈が3年のうちにすべて枯死

咲いたあとに、何が起きたか

種はできなかった

森林総合研究所が四国から関東までの5か所を調べたところ、成熟した種子は観察されませんでした。明治時代の記録にも「成熟した種子が見られない」とあり、結実した例は1件だけ知られています。

広島大学は東広島市で開花後を追跡しました。2020年から2022年までの3年間で、調査した稈の8割が開花直後に枯れ、残る2割も2022年の夏までに枯れています。地下茎からタケノコが出ることもなかったといいます。

養分の6割を、花に振り分けていた

森林総合研究所の調査では、地上部の窒素とリンのおよそ6割が花の側へ分配されていました。蓄えを出しきって咲く、という表現がそのまま数字になっています。

それでも生き残った地下茎からは、高さ1メートルほどの小さな稈が現れたそうです。竹林はここから何十年もかけて作り直されていきます。一度きりの開花で世代交代を済ませるやり方は、木ではなく一年草に近い振る舞いです。

制度のなかの竹——法律は「木」と並べて別に書く

森林法の書き方

「木竹が集団して生育している土地」

森林法第2条は、森林を「木竹が集団して生育している土地及びその土地の上にある立木竹」と定めています。「木」でひとくくりにせず、「木竹」「立木竹」と並べて書いているところに、竹の立ち位置がそのまま出ています。

木そのものではない。けれども森林ではある。制度の側も、竹をどちらかへ押し込むことをしませんでした。

統計では森林の一種として数えられる

竹林は森林面積の統計に含まれ、人工林や天然林と並ぶ区分のひとつとして集計されます。日本の竹林は、その大半が民有林だとされます。

ただし、樹木を前提に組み立てられた林業の枠組みに竹はうまく収まりません。植えて育てて何十年か待つ、という林業の時間割に対して、竹は数か月で背丈を決めてしまいます。放置竹林の対策が造林や間伐とは別の課題として語られがちなのも、この時間感覚のずれと無関係ではないでしょう。

年輪がないと、年齢が測れない

木は数えられ、竹は数えられない

年輪は木の履歴書のようなものです。切り株の輪を数えれば樹齢がわかり、幅の広い年と狭い年から、その土地の天候まで推し量れます。竹の断面には、その手がかりが一つもありません。

何年目の竹かは、切ってみてもわからない。竹林を扱う人にとっては、これが実務上の困りごとになります。

色と粉で見当をつける

そこで手がかりになるのが、稈の表面です。若い稈は青みが強く、年を経ると黄色みを帯び、やがて褐色になって地衣類がつきはじめます。

モウソウチクでは節のまわりに付く白い粉も目安になり、1〜2年目は白く、古くなるほど黒ずむとされます。竹細工に向くのは3年生から5年生、と言えるのは、この見立てがあってこそです。

「ザサ」と名がつくのにタケ、「ダケ」と名がつくのにササ

分かれ目は、皮が落ちるかどうか

稈鞘が落ちればタケ、残ればササ

タケとササを分ける基準は、大きさではありません。タケノコを包んでいた皮、つまり稈鞘(かんしょう)が成長とともに落ちるものがタケ、稈についたまま残るものがササです。

日本にはタケとササを合わせて約130種が育っています。このうちタケ類は種としては20ほどで、変種や品種まで含めると50ほどだそうです。

見るところタケササ
タケノコの皮(稈鞘)成長にともなって落ちる稈についたまま残る
大きさ高いものが多いが例外あり低いものが多いが例外あり
名前が紛らわしい例オカメザサ(皮が落ちるのでタケ)ヤダケ(皮が残るのでササ)

名前は当てになりません

オカメザサは名前にササとつき、背も低いのですが、皮が落ちるのでタケの仲間に入ります。逆にヤダケは矢の材料になるほど大きく育つのに、皮が残るためササに分類されます。木か草かで割り切れないうえに、タケかササかも名前では決まらない。

竹を割ったよう、という言い方があります。まっすぐで裏表がない、という褒め言葉です。

もっとも、まっすぐなのは繊維のほうだけかもしれません。草の作りのまま木の高さまで伸び、太らないまま硬くなり、120年に一度だけ咲いて消えていく。木か草かという二択に、竹はどちらとも答えないまま、今日も林の中でまっすぐ立っています。

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