モグラはなぜ「土竜」と書くのか、中国では別の生きものの名前だった

棒を持って説明する博士姿のモグラ 言葉と論理の話
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「土竜」の二文字は、中国ではもともとミミズの別名でした。日本ではそれが、ミミズを好んで食べるモグラの名前として使われるようになりました。取り違えと見る辞典が多く、掘った跡を竜に見立てたという説も残っています。ミミズがなぜ竜と呼ばれたのかから順にたどってみましょう。

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「土竜」は中国で何を指していた?

ピンク色のミミズのイラスト

『本草綱目』のミミズの項に「土龍」

明の李時珍(りじちん)がまとめた薬物書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』は、16世紀末に刊行されました。その蚯蚓(きゅういん=ミミズ)の項には、別名がいくつも並んでいます。「曲蟺」「歌女」などと並んで、そこに「土龍」と「龍子」が出てきます。中国側の記録では、土の竜はミミズのことだったわけです。

日本の国語辞典も食い違いを書いている

『精選版 日本国語大辞典』の「どりゅう【土龍】」は、最初の語義を「もぐら」または「みみず」の異名としています。そこには「日本ではモグラに当て、中国ではミミズに当てる」という一文も添えられています。ひとつの見出しに二種類の生きものが同居しているのは、言葉が海を渡るあいだに指す相手を変えたからです。

漢字辞典は「誤用」と言い切る

日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」は、もう一歩踏み込んでいます。「もぐら」の項に、「土竜」は漢名(中国での名)でミミズのこと、ミミズを好むことからの誤用だと注記しているのです。辞典の側が取り違えをはっきり認めている、めずらしい例です。

ミミズが竜と呼ばれたのは雨のせい

雲に乗った緑色の竜のイラスト

「雲を起こし、晴れと雨を知る」

細長いとはいえ、ミミズと竜では、ずいぶん格が違って見えます。李時珍はその理由を、術家(まじないや占いの専門家)のあいだでミミズは雲を起こし、晴れと雨を知る生きものとされていたからだと書いています。竜は水と雨をつかさどる存在でした。天気を左右する生きものなら、竜の名で呼ばれても不思議はありません。

雨の前に出てきて、晴れた夜に鳴く

同じ項には観察の記録もあります。ミミズは初夏に出始めて冬にこもり、雨が降る前に先に地上へ出て、晴れると夜に鳴くというのです。別名の「歌女」も、この長く引く鳴き声から付いたと説明されています。雨の前ぶれのように姿を見せる様子が、竜の名を呼び寄せたのでしょう。

雨乞いには土で竜を作った

「土竜」には文字どおりの意味もあります。前漢の董仲舒(とうちゅうじょ)の著作とされる『春秋繁露(しゅんじゅうはんろ)』の求雨篇には、季節ごとに色を変えた大小の竜を並べて雨を願う手順が記されています。春は青い竜、夏は赤い竜という具合です。竜は「必ず清らかな土で作る」と決められていました。

菅原道真の詩にも出てくる土の竜

雨乞いの土の竜は、日本にも言葉として入っていました。『精選版 日本国語大辞典』は「土龍」の三つめの語義に雨乞いの土製の竜を挙げ、菅原道真の『菅家文草(かんけぶんそう)』(900年頃)の喜雨詩を用例に引いています。ミミズも土の竜、雨乞いの人形も土の竜。この二文字は、もとから雨と強く結びついた言葉でした。

土竜・鼴鼠・地竜は日中で指すものがずれる

安全ピン付きの名札のイラスト

よく似た三つの表記を並べると

この話に出てくる似た漢字の名前は三つです。日本と中国で何を指すかを並べると、食い違うのは「土竜」の一行だけだと分かります。

表記日本で指すもの中国で指すもの
土竜(土龍)モグラミミズの別名。雨乞いに使う土製の竜
鼴鼠・鼹鼠モグラモグラ
地竜(地龍)乾燥させたミミズ(生薬)同じく生薬のミミズ

薬の名前に残る「地竜」

ミミズを竜と呼ぶ感覚は、いまも薬の世界に残っています。大形のミミズを乾燥させたものが「地竜(じりゅう)」という生薬です。中国最古級の薬物書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』には「白頸蚯蚓(はっけいきゅういん)」の名で載り、古くから熱さましなどに使われてきました。

※ 生薬(しょうやく)とは、植物や動物・鉱物などをそのまま、あるいは簡単な加工だけで薬として用いるもののことです。

中国産は開き、日本産は丸ごと

同じ地竜でも、産地で下ごしらえが違います。『日本大百科全書』によると、中国産は内臓を取り去って開いたもの、日本産は土を吐き出させてから丸ごと乾かしたものです。薬の棚に並ぶ「竜」の正体がミミズだと知ると、名前の見え方が少し変わってきます。

ミミズの名前がなぜモグラに移った?

ヘルメットをかぶって土から顔を出すモグラのイラスト

有力なのは「ミミズを好むから」

モグラはトンネルを巡回し、そこへ出てきたミミズやムカデ、昆虫の幼虫などを捕まえて食べます。なかでもミミズは主食と言ってよい相手です。ミミズのいる土にはモグラがいる。この結びつきから、ミミズを指す漢字が追いかける側の動物へずれた、というのが漢字ペディアなどの説明です。

噛んで動けなくしたミミズを貯めておく

両者の関係は「食べる」だけではありません。モグラはミミズの頭を噛んで動けなくし、トンネルの中の部屋にためておくことが知られています。生きたまま置くので傷みにくく、ある調査では一つの部屋から470匹のミミズが見つかりました。名前を貸した側が、借りた側の食料庫に積まれているわけです。

もう一つは「掘った跡が竜に見えるから」

別の説は、モグラ自身でなく掘った跡に目を向けます。地表近くを掘り進むと、土が押し上げられて細長い盛り上がりができます。畑や芝生を横切るあの線を、地面の下を進む竜の背に見立てたという説明です。語源を扱う資料では、この説と取り違え説が並べて紹介されることが少なくありません。

辞典の多くは取り違え説に立つ

中国でミミズを土龍と呼んだ記録が『本草綱目』にはっきり残る以上、取り違え説のほうが筋は通ります。日本国語大辞典も漢字ペディアも、この立場で書いています。ただし、いつ誰が取り違えたのかを示す資料はありません。竜の背の説も、取り違えのあとで生まれた後づけの説明かもしれません。

江戸の人は「土龍」をどう読んだ?

短冊に筆で句を書く着物の男性のイラスト

1679年の西鶴の句では「ウコロモチ」

江戸時代の前半には、「土龍」はすでにモグラの意味で使われていました。日本国語大辞典が「うごろもち」の用例に挙げるのは、俳諧『両吟一日千句』(1679年)にある井原西鶴の句です。「土龍(ウコロモチ)身はあさがほのはかなくて」。漢字は土龍、読みは当時のモグラの呼び名でした。

1853年頃には悪口の「モグラモチ」

幕末になると、同じ二文字に「モグラモチ」の読みが付きます。人情本『柳之横櫛(やなぎのよこぐし)』(1853年頃)の「イヤハヤ噺せねへ土龍だぞ」という台詞です。辞典はこれを、人をののしって言う意味の用例に分けています。どうしようもない奴、くらいの響きでしょうか。読みは変わっても、字は土龍のまま受け継がれていきました。

常用漢字表の付表には入っていない

これほど長く使われてきた表記でも、公式の扱いは軽いままです。常用漢字表の付表には「小豆」「雪崩」「猛者」のような特別な読みの語が並びますが、「土竜」はそこにありません。モグラ本来の漢字「鼴鼠」の「鼴」も常用漢字表の外です。土竜は、辞書と読み物のなかで生き延びてきた表記なのです。

和名「モグラ」は土を盛り上げる動物の名

鍬で畑を耕す人のイラスト

平安時代の辞書に「むぐろもち」「うころもち」

かなで書く「モグラ」にも長い来歴があります。898〜901年頃の辞書『新撰字鏡(しんせんじきょう)』に「むぐろもち」、918年頃の『本草和名(ほんぞうわみょう)』に「うころもち」が見えます。いまの短い「モグラ」が広まるのは、ずっとあとの江戸時代です。

「もち」は土を持ち上げるの「持ち」

日本国語大辞典は「うごろもち」を、土を盛り上げる動物の意味で生じた語だと説明しています。百科事典には、畑の畝や畦(くろ)を持ち上げるからという説明もあります。掘る動物ではなく、土を持ち上げる動物として名付けられたわけです。畑に残るあの盛り上がりを見た人の命名だと思うと、腑に落ちます。

「もぐる」は語形の変化に後から関わった

モグラだから「潜る」から来た、と考えたくなるところです。ところが辞典の説明は逆の順番で、江戸の言葉「ムグラモチ」が、動詞「もぐる」からの連想で「モグラ」に変わったのではないかとしています。漢字ペディアのように「地にもぐって土をもち上げる」と両方を挙げる辞典もあり、潜る連想は形を整えた側と見るのが穏当です。

1775年には京・江戸・西国で呼び名が割れていた

越谷吾山(こしがやござん)が各地の呼び名を集めた『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』(1775年)は、モグラの呼び名が地域で割れていた様子を書きとめています。短い「もぐら」は、当時は西の言い方でした。

地域呼び名
京うごろもち
東武(江戸)むぐらもち
西国もぐら

英語の mole も「土を投げるもの」

帽子とコートで顔を隠すスパイのイラスト

古い呼び名 moldwarp の直訳

英語の mole は14世紀半ばに molle の形で現れます。語源ははっきりしないものの、いまは使われない moldwarp が縮んだ形ではないかとされています。moldwarp を直訳すると「土を投げるもの」。日本語の「土を持ち上げるもの」と、発想がほとんど重なります。地面の下の姿は見えず、見えるのは押し上げられた土だけ。名付ける材料が同じなら、離れた土地でも似た名前になるのでしょう。

スパイの mole は1974年の小説から

組織の奥深くに入り込んだ二重スパイも mole と呼ばれます。この意味を広めたのは、1974年のジョン・ル・カレの小説だとされます。20世紀の初めごろから使われた形跡はあるものの、定着させたのは小説でした。発想は「穴を掘って進む」こと。土竜の字はミミズから、スパイの意味は英語から。この動物の名前は、借り物を重ねて太ってきました。

日本の地面の下には、竜が二匹いることになります。名前を借りたまま土を押し上げているモグラと、名前を貸したまま誰にも気づかれていないミミズです。畑に細長い盛り上がりを見つけたら、その先にいるのはどちらの竜なのか。少なくとも、もっと古くから竜と呼ばれていたのは細長いほうです。

参考

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