クマムシが「最強の生きもの」と呼ばれるのは、体の水をほとんど抜いて代謝を止める「乾眠(かんみん)」に入ると、ほぼ絶対零度の冷たさや真空の宇宙・7.5ギガパスカルの圧力にまで耐えるからです。ただしこの強さは、ほぼ乾いている間だけのもの。水の中で動き回っているクマムシは、37℃ほどのぬるま湯に24時間つかるだけで半数が死んでしまいます。
つまり「最強」の正体は、生きたまま干からびて、あとで水を戻せば何事もなかったように動き出せる力にあります。その仕組みは、長く定説だった「糖が体を守る」という説明では足りず、クマムシにしかないタンパク質が次々に見つかってきました。放射線にだけは水があっても強いという、ちょっと別の顔も持っています。
クマムシはどんな生きもの?

クマムシは、体長1mmに満たない8本脚の小さな動物です。昆虫でもクモでもなく、クマムシだけで「緩歩動物(かんぽどうぶつ)」という独立したグループをつくっています。
体長0.1〜1.2mmの8本脚の動物
東京大学の國枝武和(くにえだ たけかず)さんの解説によると、体長は0.1〜1.2mmほど。肉眼でぎりぎり見えるかどうかの大きさで、歩く姿を観察するには40倍以上の顕微鏡がほしくなります。
1773年の記録は「小さな水の熊」
文献に初めて登場したのは1773年です。ドイツのゲーツェが8本脚の動物の絵とともに「kleiner Wasserbär(小さな水の熊)」と書き残しました。英語の一般名はいまも water bear で、日本語のクマムシも同じ熊の見立てです。
「緩歩動物」はゆっくり歩く者の意味
寸胴な胴から短い脚を出し、体を揺すりながらのそのそ歩きます。この歩き方から、学名のTardigradaも和名の緩歩動物も「ゆっくり歩くもの」という意味でつけられました。分類上は、昆虫や甲殻類の仲間(節足動物)と線虫のおおよそ中間に位置すると考えられています。
海にも街角のコケにもいる1,200種以上
記載された種の数は、資料によって約1,200種から1,400種以上まで幅があります。新種の報告が続いているため、数字は年を追うごとに増えてきました。深海から砂丘、南極やヒマラヤまで、見つかる場所は驚くほど広い範囲に散らばる生きものです。
道端のギンゴケや竹林の土から見つかる
特別な秘境の生きものに聞こえますが、市街地にも普通にいます。國枝さんは、コンクリート壁に生えた乾いたコケ(とくにギンゴケ)や、お寺の竹林の表面の土を探し場所に挙げています。取ってきたコケを水に浸して数時間から一晩置くと、水を吸ったクマムシが動き出すそうです。
肺もエラも心臓もない体
体のつくりは簡素です。呼吸のための肺やエラはなく、酸素は体の表面からしみ込ませるだけ。心臓のような循環器もありません。それでも頭にはちゃんと脳があり、そこから昆虫に似たハシゴ状の神経が腹側に伸びています。
すべてのクマムシは水の中の生きもの
意外なことに、クマムシは種類を問わず水に浸った状態で暮らしています。陸にすむといっても、乾いた地面を歩き回っているわけではありません。
陸のクマムシもコケの水膜の中で暮らす
陸生の種がいるのは、土のすき間に残った水や、コケの表面にできる薄い水の膜の中。肉眼では湿っているようにも見えない水たまりが、クマムシにとっての池になっています。
すみかが干上がる危険が乾眠の出発点
海や湖の種は水がなくなる心配をほとんどしなくて済みます。困るのはコケや土の種です。晴れた日が数日続くだけで、足元の水は消えてしまいます。この「すみかがしょっちゅう干上がる」暮らしが、乾眠という特殊な能力の出どころです。
乾眠とはどんな状態?

乾眠は、体の水をほとんど失って代謝が止まった状態です。動かず、呼吸もしませんが、死んではいません。水を戻せば、ふたたび歩き始めます。
体の水が数%まで減り代謝が止まる
乾眠中の体に残る水は、ふだんの数%ほどとされます。日本農芸化学会の会誌『化学と生物』の解説では、約2%まで減らしてすべての代謝活動を止めると紹介されていました。
脚を引っ込めて樽の形に縮む
乾きはじめると、クマムシは脚と頭を体の中へ引き込み、ずんぐりした小さな塊になります。英語での呼び名は tun(樽)。表面積を小さくして、水の抜け方をゆっくりにする形だと考えられています。
呼吸もしない「物質の塊」
生命のあらゆる化学反応は液体の水の中で進みます。その水がないので、乾眠中のクマムシには生きものらしい動きがまったくありません。國枝さんは、あたかもただの「物質の塊」になったようだと表現しています。
水を戻すと10〜20分で歩き出す
水を加えると、乾眠していたクマムシは10分から20分ほどで脚が動き出します。まったく動かなかったものが、みるみる元の姿に戻っていくのです。
生でも死でもない「クリプトビオシス」
代謝が止まっているのに死んではいない。このような状態は「潜伏生命(クリプトビオシス)」と呼ばれ、生と死のどちらでもない第3の状態として扱われています。乾燥によるものが乾眠で、凍結や酸欠をきっかけに似た状態へ入る生きものもいるとされます。
卵のうちから乾燥に耐えられる
乾燥に耐えるのは大人だけではありません。乾眠できる種では卵にも同じような耐性があり、一生のほぼすべての段階で干からびても生き延びられます。すみかがいつ乾くかわからない暮らしには、欠かせない備えでした。
乾眠に入るまでの時間は種で違う
乾眠は、干からびればどのクマムシでも入れるものではありません。準備にかかる時間には、種によって大きな差があります。
ヨコヅナクマムシは約30分で乾眠できる
慶應義塾大学先端生命科学研究所の報告では、ヨコヅナクマムシは約30分の乾燥で乾眠に入れます。すみかはコンクリートの上のコケで、晴れればすぐに乾く場所です。乾眠に必要な遺伝子をふだんから高いレベルで働かせておき、いつ乾いてもいいように備えていました。
池の底の種には24〜48時間の準備が要る
一方、池の底にすむドゥジャルダンヤマクマムシは、24〜48時間かけてゆっくり乾かさないと乾眠に入れません。乾燥の合図を受けてから、数千の遺伝子を一斉に働かせて準備するためです。耐性に関わる遺伝子のセットは両者でほぼ共通で、違いは「いつ働かせるか」にありました。
乾眠したクマムシはどこまで耐える?

乾眠中のクマムシは、ふつうの生きものならまず助からない条件をいくつもくぐり抜けています。どの実験で何が確かめられたのかを、記録ごとに並べました。
| 条件 | 確かめられた記録 | 実験・報告 |
|---|---|---|
| 低温 | ほぼ絶対零度(約マイナス273℃) | 各国の研究(國枝さんの解説) |
| 高温 | 1時間で82.7℃、24時間で63.1℃が半数の生死の境目 | コペンハーゲン大学(2020年) |
| 高圧 | 7.5ギガパスカル(約7万4,000気圧) | 岡山理科大学の小野文久さんら |
| 宇宙空間 | 真空に10日間さらしても復活・産卵 | 欧州宇宙機関の実験(2007年) |
| 冷凍保存 | マイナス20℃で30年半のあと蘇生・繁殖 | 国立極地研究所(2016年発表) |
数字の迫力とは別に、どの記録も「乾いた状態で極限にさらし、常温に戻して水をかけたら動いた」という確かめ方をしている点は覚えておきたいところです。
ほぼ絶対零度から80℃台まで
温度への強さは、冷たいほうと熱いほうで事情がかなり違います。冷たさにはほぼ底がない一方で、熱には意外と早く限界がくるのです。
マイナス273℃近くでも生き残る
あらゆる分子の動きが止まる絶対零度。乾眠したクマムシは、その近くまで冷やされても生き延びたと報告されました。水がほとんどない乾眠中は、体をつくる分子が安定したまま保たれるためだと考えられています。
高温は「さらされる時間」に弱い
高温については「100℃以上にも耐える」という紹介をよく見かけます。ところが2020年にコペンハーゲン大学がヨコヅナクマムシの乾眠個体で測ると、半数が死ぬ温度は1時間の加熱で82.7℃。24時間になると63.1℃まで下がりました。短時間なら熱湯に近い温度をしのげても、長く続く熱には持ちこたえられないのです。
7.5ギガパスカルの高圧
岡山理科大学の小野文久(おの ふみひさ)さんらの研究グループは、乾眠したクマムシが7.5ギガパスカルの水圧に耐えることを示しました。
マリアナ海溝の底のおよそ70倍
7.5ギガパスカルを気圧に直すと約7万4,000気圧になります。世界でいちばん深いマリアナ海溝の底でも、かかる水圧は1,100気圧ほど。その70倍近い圧力です。
コケの胞子のほうが強かった
同じグループはその後、コケの胞子でも同じ実験をしています。あるコケの胞子は7.5ギガパスカルに48時間さらされても8〜9割が芽を出し、報告は「クマムシよりずっと強い」と結んでいました。最強の動物の足元には、さらに頑丈な植物がいたわけです。
宇宙空間に10日間
宇宙空間にじかにさらされて生き残ったことが確かめられた最初の動物。それがクマムシだとされています。
2007年、無人衛星の外にむき出しで
実験は2007年9月、欧州宇宙機関(ESA)がロシアの無人衛星フォトンM3を使って行いました。考えたのはスウェーデンの生物学者ヨンソンさんです。乾眠させたクマムシを穴の開いた容器に入れ、地球を回る衛星の外で10日間、真空の宇宙にさらしました。
真空は平気でも太陽の紫外線は苦手
地球に戻して水をかけると、紫外線をさえぎった条件のクマムシは問題なく復活し、その後に卵も産みました。一方、真空に加えて太陽の紫外線を浴びた組では生存率がはっきり落ちています。乾眠していても、宇宙の強い紫外線には何らかの守りが要るようです。
南極のコケで30年半の冷凍
国立極地研究所は2016年1月、30年以上凍っていたクマムシを生き返らせ、子孫を残させることに成功したと発表しました。それまでの最長記録は9年ほどで、一気に3倍以上に伸びたことになります。
1983年に昭和基地の近くで採ったコケ
材料は、1983年11月に南極の昭和基地周辺で採集され、マイナス20℃で保管されていたコケです。2014年5月に解凍したところ、南極固有種のクマムシ2匹と卵1つが取り出されました。保存期間は30年と半年に及びます。
元に戻るまで2週間、その後は何度も産卵
よみがえった1匹は、はじめほとんど動けず、歩き回ってえさを食べるまでに2週間かかりました。もう1匹は回復しきれずに死んでいます。それでも生き残った1匹と卵からかえった1匹は、どちらも繰り返し卵を産み、子孫をつなぎました。
なぜ干からびると強くなる?

乾眠したクマムシが強いのは、体の中から水が抜けることで、壊れる反応そのものが起きにくくなるからだと考えられています。そのうえで、干からびる途中で体が壊れないように守る専用の仕組みを持っています。
水がなければ壊れる反応も起きにくい
極限の環境で生きものが死ぬのは、多くの場合、体の中で化学反応が暴走したり分子が傷ついたりするからです。水がほとんどない乾眠状態では、その舞台がそもそもありません。
化学反応の舞台は液体の水
タンパク質が形を保つのも、酵素が働くのも、水に溶けた状態でのことです。熱で固まる・凍って裂ける・分子が化けるといった傷みも、多くは水を介して進みます。水を手放すことは、傷む原因を先に片づけることでもありました。
難しいのは「死なずに干からびる」こと
ふつうの細胞は水を失う途中で縮み、膜やタンパク質が壊れてしまいます。國枝さんは、水のない安定した状態へ死なずに移れることこそが極限環境に耐える土台だと述べています。強さの本体は、乾いた後よりも乾く途中にあるわけです。
トレハロースだけでは説明がつかない
乾燥に強い動物の秘密は、長いあいだトレハロースという糖にあると考えられてきました。クマムシは、この定説に当てはまらない生きものでした。
ほかの乾燥に強い動物は糖をためる
トレハロースは、試験管の中で生体分子を乾燥から守る働きを示します。一部の乾燥に強い動物は、干からびるときにこの糖を大量にため込みます。食品の保湿や品質保持にも使われる糖なので、名前に見覚えがある人もいるでしょう。
クマムシのトレハロースは1%前後
ところがクマムシの体では、トレハロースは1%前後しか見つかりません。ためる量も種によってばらばらで、ほとんどためない種もいます。糖の蓄積だけでは乾眠の仕組みを説明できないことが、はっきりしてきました。
クマムシにしかないタンパク質が見つかった
糖に代わる守り手として探されたのが、熱をかけても固まらない特殊なタンパク質です。調べてみると、既知のどれでもない新しいタンパク質の一群が出てきました。
細胞の中・外・ミトコンドリアで別々に守る
見つかったのは三つの家族です。細胞の外で働くSAHS、細胞の中の液体部分で働くCAHS、エネルギー工場のミトコンドリアで働くMAHSがそろっていました。いずれもクマムシ固有で大量につくられ、乾くときに持ち場ごとの部品を守っていると考えられています。
遺伝子の約4割がほかの生物と似ていない
ヨコヅナクマムシのゲノムを読むと、遺伝子のおよそ4割は、ほかの生物に似たものが見当たりませんでした。まだ役割のわからない遺伝子のなかにも、乾眠を支える部品が隠れている可能性があります。
放射線にだけは水があっても強いのはなぜ?

ほかの極限耐性と違い、放射線への強さは乾眠していなくてもほとんど変わりません。DNAを傷から守る専用のタンパク質を持っていることが、その理由の一つとわかってきました。
4,000〜6,000グレイでも生き残る
ヒトの半数が死ぬ量のおよそ1,000倍。クマムシは、それだけの放射線を浴びても生き延びます。この数字は、動いている状態でも乾眠している状態でも大差がありません。
ヒトは4〜7グレイで命にかかわる
ヒトやマウスは4〜7グレイの放射線を一度に浴びると、1〜2か月のうちに半数が亡くなるとされます。大腸菌なら数十から数百グレイ。クマムシは4,000〜6,000グレイを浴びてもほぼ全数が生き残るのですから、桁がふたつ違います。
※ グレイ(Gy)とは、物が放射線からどれだけのエネルギーを受け取ったかを表す単位のことです。1グレイは、1kgあたり1ジュールのエネルギーを受け取った量にあたります。
水があるほうが本来は放射線に弱い
放射線は分子をじかに壊すほか、水の分子にぶつかって活性酸素をつくり、それを通して体を傷つけます。だから水がある状態のほうが傷みやすいはずでした。それでも活動中のクマムシが乾眠中とほぼ同じ強さを見せたことで、専用の守りがあると考えられるようになります。
DNAに覆いかぶさるタンパク質Dsup
その守りの一つが、2016年に東京大学などの研究グループが報告したDsup(ディーサップ)です。名前は Damage suppressor、つまり「損傷を抑えるもの」の略です。
ヨコヅナクマムシのゲノムから見つかった
研究グループはヨコヅナクマムシの高精度なゲノムを読み、DNAにくっついているタンパク質を探しました。見つかったDsupは、核の中のDNAのほぼ全域に高い密度で結合していました。壊れた後に直すのではなく、傷がつく前から覆って守るタイプです。
ヒトの培養細胞でDNAの傷が約半分に
Dsupの遺伝子をヒトの培養細胞に入れてX線を当てると、DNAの傷はおよそ半分に減りました。2020年にはアメリカの研究チームがDsupをタバコの植物に組み込み、紫外線やX線によるDNAの傷みが抑えられたと報告しています。クマムシの部品は、ほかの生きものの中でも働くわけです。
放射線への強さは乾燥対策のおまけという説
不思議なのは、クマムシが強い放射線を浴びる環境で進化したとは考えにくいことです。そこで有力視されているのが、乾燥への備えがたまたま放射線にも効いているという仮説でした。
地球上に数千グレイの場所はまずない
自然界で数千グレイもの放射線を浴びる場所は、ほとんど見当たりません。使う機会のない能力をわざわざ磨くような理由が、進化の上では見つけにくいのです。
乾燥も放射線もDNAを切る
乾燥も放射線も、DNAを切ったり活性酸素を生んだりする点で傷め方がよく似ています。干からびても壊れないための仕組みが、実験室で浴びせた放射線にも効いた。こう考えると筋が通ります。仮説の当否は、両方の仕組みが分子レベルで解き明かされるにつれて確かめられていくはずです。
最強のクマムシにも弱点はある?

あります。いちばんはっきりしているのは、動いているときの暑さへの弱さです。ほかにも「耐える」と「住める」の違いや、強さと引き換えの増えにくさがあります。
動いているときは37℃で半数が死ぬ
2020年のコペンハーゲン大学の研究は、乾眠していないヨコヅナクマムシの暑さへの弱さも測っています。同じ種の乾いた状態と比べると、差は歴然としていました。
| 状態とさらした時間 | 半数が死ぬ温度 |
|---|---|
| 動いている・24時間 | 37.1℃ |
| 動いている・少し慣らしてから24時間 | 37.6℃ |
| 乾眠中・1時間 | 82.7℃ |
| 乾眠中・24時間 | 63.1℃ |
同じ一匹でも、乾いているかどうかで耐えられる温度が40℃以上も変わる。表の上2行と下2行を見比べると、その落差がよくわかります。
お風呂よりぬるい温度が限界
37.1℃は、ヒトの平熱とほぼ同じです。お風呂のお湯よりぬるいくらいの水に丸一日つかると、動いているクマムシの半分は死んでしまいます。研究チームは要旨の最後で、高温こそクマムシの「アキレス腱」だと書きました。
慣らしても上がるのは0.5℃だけ
少し低めの温度で慣らしてからだと、限界は37.6℃に上がりました。統計的には意味のある差ですが、わずか0.5℃です。研究チームは、地球温暖化がクマムシのすみかに影響する可能性にも触れています。
耐えられることと住めることは別
極限の記録を並べると、クマムシが宇宙でも深海の底でも暮らせるように思えてきます。けれども実験の中身を見ると、そうではありません。
記録はどれも常温常圧に戻してから確かめている
國枝さんは、極限環境への耐性は基本的に乾眠状態でだけ可能になる、と念を押しています。どの記録も、乾いたまま極限にさらし、ふつうの温度と気圧に戻してから水をかけて生死を確かめたものです。放射線と一部の凍結への耐性だけが、その例外にあたります。
宇宙で歩いたり食べたりはできない
乾眠中は動かず、食べず、増えもしません。宇宙に10日いられたのは「生き延びた」のであって、「そこで暮らした」わけではない。極限の地で生活を営めるという意味の「最強」とは、中身がだいぶ違います。
強い種ほど増えにくい
クマムシのすべてが乾眠の名手ではありません。耐性の弱い種もいれば、乾燥にまったく耐えられない種もいます。
2か月で50匹と32万匹の差
國枝さんらは、耐性のない種とヨコヅナクマムシの増え方を比べました。1匹から飼い始めて計算すると、2か月でヨコヅナクマムシは約50匹。同じ期間に、耐性のない種は約32万匹まで増えます。差は1万倍に迫る計算でした。
守りに回した分だけ子を残せない仮説
ヨコヅナクマムシは、守りのタンパク質を大量につくり続けています。その分、卵に回す材料が足りないのではないか、というのが國枝さんたちの見立てです。厳しい場所で生き残る力と、たくさん子を残す力は、どうやら同時には手に入りません。
乾眠の仕組みは何に使える?

クマムシの研究は、珍しい生きものの記録集めにとどまりません。乾いたまま壊れない仕組みがわかれば、私たちの薬や細胞を「乾かして保存する」道が開けると期待されています。
冷蔵しなくていいワクチンや細胞保存
いまのワクチンやバイオ医薬品の多くは、冷蔵や冷凍のまま運ばなければなりません。國枝さんは、クマムシの耐性遺伝子の情報を使えば、こうした薬を乾燥させて常温で保存する方法につながるかもしれないと書いています。
電気の届きにくい地域へ薬を届ける
常温で保存できれば、冷蔵の設備が整わない地域にも薬を運びやすくなります。保管のための電気代や、停電で薬が使えなくなる心配も減らせるでしょう。
iPS細胞や臍帯血を乾かして保存する
ES細胞やiPS細胞、臍帯血(さいたいけつ)など、治療に使う細胞の保存も候補に挙がっています。いまは液体窒素で凍らせるのが一般的なので、乾かして保存できれば扱いはぐっと楽になるでしょう。
止まった体から生命の仕組みを読む
東京大学のインタビュー記事で、國枝さんは壮大な夢を語っています。乾眠したクマムシは分子の動きがほぼ止まっているので、すべての分子の位置さえわかれば、生命をまるごとコンピューターで再現できるのではないか。乾いた小さな樽は、生きているとはどういうことかを考える入口にもなっています。
ぬるま湯で半分が死んでしまう動物が、干からびたとたんに宇宙から帰ってくる。クマムシの強さは、戦って勝つ強さではなく、勝負の場からいったん降りてしまえる強さでした。最強という言葉にふさわしいのは、耐え抜く力なのでしょうか、それとも止まれる力なのでしょうか。
参考
- 日本生物工学会『生物工学』第96巻第2号「最強とも呼ばれる愛らしい動物・クマムシ」(國枝武和、2018年)
- 国立極地研究所「南極のクマムシ、30年を超える凍結保存から目覚め、繁殖に成功」
- 慶應義塾大学先端生命科学研究所「クマムシ乾眠能力の違いのメカニズム」
- Neves et al. “Thermotolerance experiments on active and desiccated states of Ramazzottius varieornatus” Scientific Reports(2020年)
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