ラクダのコブに詰まっているのは水ではなく脂肪です。大きなヒトコブラクダなら、背中のひと山に約35キロもの脂肪をためこめます。食べ物が見つからないときは、この脂肪を燃やして動くためのエネルギーに変えるのです。
では、水を持ち歩かないラクダがなぜ砂漠で何日も平気なのか。答えはコブの外にあります。水を捨てない腎臓、熱を我慢する体温、吐く息から水を取り返す鼻。体じゅうの小さな工夫が重なって、飲まずに歩ける体ができあがっています。
ラクダのコブには何が詰まっている?

コブの中身は、繊維の多い組織で束ねられた脂肪のかたまりです。袋に液体が入っているわけではありません。触ると弾力のある、ぎっしりと詰まった山です。
脂肪を繊維で束ねた背中の山
コブを「繊維の組織で束ねられた脂肪」と説明するのは、ミシガン大学の動物データベース。食べ物に困ったときのための蓄えです。
ヒトコブラクダで約35キロの脂肪
ナショナル ジオグラフィックの解説によると、ヒトコブラクダはコブに約35キロの脂肪を蓄えられます。体重は大きなもので730キロほど。体全体から見れば一部とはいえ、米袋7つ分の脂肪を背負って歩いている計算です。
コブの形をつくるのは骨ではなく脂肪
ラクダの骨格標本を見ると、背中に大きな山はありません。コブの輪郭は骨組みではなく、中身の脂肪そのものが支えています。中身が減れば形が崩れるのはそのためです。
食べ物がないときに燃やすエネルギー
砂漠では草が見つからない日が続きます。そんなとき体を動かす燃料になるのが、コブの脂肪です。
やせるとコブがしぼんで横にたれる
サンディエゴ動物園の解説によると、脂肪を使い続けたコブは張りを失い、横に倒れてたれ下がります。骨の支えがないからこそ起こる変化です。食べ物が戻って脂肪がたまれば、コブはまたふくらんできます。
コブの大きさは栄養状態の目安
チュニジアの獣医学研究者による2009年の総説も、コブの体積は栄養状態によって変わると書いています。ぴんと立った大きなコブは、栄養が行き届いているしるし。ラクダを飼う人にとっては、体の調子を外から見る目安のひとつです。
生まれたばかりの子にコブはない
コブは生まれつき大きいわけではありません。脂肪をためる場所なので、育ちながらふくらんでいきます。
コブの位置には巻き毛の房だけ
サンディエゴ動物園によると、フタコブラクダの赤ちゃんにはコブがありません。あるのは皮膚の小さな盛り上がりと、その上に乗った巻き毛の房です。この房が、やがてコブが育つ場所の目印になっています。
親戚のラマやアルパカにはコブがない
南米のラマやアルパカは、ラクダと同じラクダ科の動物です。ところが背中は平らで、コブはひとつもありません。コブはラクダ科に共通の体のつくりではなく、ラクダの系統だけが身につけた装備というわけです。
コブに水が入っているという話はどこから来た?

「コブは水筒」という話は、ラクダが水を飲まずに長く歩けることから生まれた想像です。脂肪を燃やすと水ができるという化学の事実も、この話を後押ししてきました。ただし研究者の間では、コブを水の予備タンクとみる説は否定的に扱われています。
よく聞く言い方を、ひとつずつ実際と並べてみます。
| よく聞く言い方 | 実際 |
|---|---|
| コブの中は水 | 繊維で束ねた脂肪のかたまり |
| のどが渇くとコブがしぼむ | しぼむのは食べ物が足りないとき |
| コブの脂肪が水に変わる | 水はできるが、呼吸で逃げる水と差し引きになる |
| 水を飲まずに平気なのはコブのおかげ | 腎臓・体温・鼻・血液の働きによる |
何日も水を飲まずに歩ける姿
水場から水場へ、何日も荷物を運び続けるラクダ。その姿を見れば、背中に水をしまっていると考えたくなるのも無理はありません。
水なしで約160キロを移動
ナショナル ジオグラフィックによると、ヒトコブラクダは水を飲まずに約160キロを移動できます。フルマラソンのおよそ4回分にあたる距離です。重い荷物を背負って1日に約40キロ進むことも珍しくないそうです。
飲まず食わずで5〜7日
先の総説によると、ヒトコブラクダは食べ物も水もほとんどとらずに5〜7日歩けます。体重の4分の1を失っても、ふだんの働きがそこなわれないともあります。人なら数日で命にかかわる状況を、ラクダは日常の範囲として耐えてしまうのです。
脂肪を燃やすと水ができるのは本当
「脂肪から水が出る」という部分だけを取り出せば、これは正しい話です。問題は、その水がラクダにとって得になるかどうか。
脂肪1グラムから水1グラムあまり
脂肪は炭素と水素と酸素でできています。体の中で酸素と結びついて燃えると、二酸化炭素と水に分かれます。重さで比べると、脂肪1グラムからできる水は1グラムあまり。35キロの脂肪なら、計算の上では35リットルを超える水が生まれることになります。
※ 代謝水(たいしゃすい)とは、脂肪や糖を体の中で燃やしたときに生まれる水のことです。飲んだ水とは別に、どの動物の体でも毎日つくられています。
燃やすための呼吸で水が逃げる
ところが、脂肪を燃やすには酸素が要ります。酸素を取り込むには息を吸って吐かなければなりません。吐く息には水蒸気が含まれるので、呼吸が増えればそのぶん体から水が出ていきます。差し引きで手元に残る水はわずかか、条件によってはマイナスになるという指摘が古くからあります。
水を断ってもコブは小さくならない
もしコブが水の予備タンクなら、のどが渇いたときにこそ中身を使うはずです。ところが実際の観察は逆の結果を示しています。
脱水すると脂肪の分解が抑えられる
2009年の総説は、水を断ってもコブの大きさは変わらないとする複数の研究を紹介しています。脱水したラクダは体の基礎的な代謝を落とすため、脂肪の分解そのものが抑えられるからです。渇いたときに開けるどころか、栓をかたく閉めてしまう。水筒とは正反対のふるまいです。
2週間の断水で初めて脂肪が動く
同じ総説には、14日間の厳しい断水で血液中の中性脂肪や遊離脂肪酸が増えたという研究も載っています。脂肪が動き出すのは、ぎりぎりまで追い込まれてから。コブの脂肪は、あくまで食べ物が尽きたときの非常食として取っておかれているようです。
水を持たないラクダはなぜ砂漠で平気?

ラクダは水をためこむのではなく、減っても倒れない体と、一気に取り戻せる体を持っています。失ってよい水の量の多さと、飲める量の多さ。その両方が並外れているのです。
体の水を3割失っても動ける
多くの哺乳類にとって、体の水が減ることは血液がどろどろになることを意味します。ラクダはその状態でも血を巡らせ続けられる体です。
ほかの哺乳類は15%で命の危険
ミシガン大学の動物データベースによると、ヒトコブラクダは体の水分を30%以上失っても耐えられます。多くの哺乳類では15%の損失が命取りになるとされるので、およそ倍の余裕がある計算です。サンディエゴ動物園は、体重の40%を失った状態から回復できるとまで紹介しています。
楕円形の赤血球が細い血管を通る
人の赤血球は丸い円盤形ですが、ラクダの赤血球は小さな楕円形をしています。細長い向きを血の流れにそろえて進むため、血液が濃くなっても細い毛細血管に詰まりにくいのです。脱水した状態で採血しても赤血球が壊れにくいことが、獣医の世界では知られています。
一度に100リットル以上を飲み干す
水場にたどり着いたラクダは、失った分をまとめて取り戻します。その量と速さは、ほかの動物なら体を壊すほどです。
13分で110リットルの記録
ヒトコブラクダは13分で110リットルの水を飲むこともある、とナショナル ジオグラフィックは紹介しています。家庭のお風呂の半分ほどを、休憩1回分の時間で飲み干す量です。ミシガン大学のデータベースが挙げる数字も、10分で100リットルとほぼ同じ水準。
赤血球は240%まで膨らんでも破れない
一気に水を飲むと、血液が急に薄まって赤血球が水を吸いこみます。ふつうの動物の赤血球は元の150%ほどで破れてしまうとされます。ラクダ科の獣医学書によると、ラクダの赤血球は240%まで膨らんでも壊れません。大量の水を飲めるのは、胃袋の大きさだけの話ではないのです。
尿と唾液を絞って水を捨てない
入ってくる水を増やすだけでなく、出ていく水を減らすのも得意です。体の出口という出口で、水を節約しています。
濃い尿をつくる長い腎臓の管
ラクダの腎臓は、尿を濃くする役目を持つ内側の部分(髄質)が大きく発達しています。外側との比は約4対1。水を体に取り戻す力が強く、ごく濃い尿を少しだけ出して済ませます。フンも水分が少なく、保存しやすいほど乾いているそうです。
唾液は1日80リットルから16リットルへ
草を反すうするラクダは、ふだん大量の唾液を出しています。先の総説によると、その量は1日80リットル。脱水すると16リットルまで減らし、消化液全体も絞りこみます。暑くてもあえぐような呼吸をしないのも、息から水を逃がさないためです。
暑さと呼吸で水を失わない工夫は?

砂漠で水を失う一番の原因は、汗と吐く息です。ラクダはこの二つの出口に、体温と鼻という別々の仕掛けを持っています。背中のコブが関わってくるのも、水ではなく熱の面です。
体温を上げて汗をかかずに済ませる
人は体温を37度前後に保つため、暑ければ汗をかいて冷やします。ラクダは、この「冷やすために水を使う」ことをできるだけ後回しにします。
34度から42度まで体温が上下する
ラクダの体温は34度から42度の幅で変わり、汗をかき始めるのは42度に達してからです。水が足りているときの1日の変化は2度ほど。脱水しているときは最大7度まで幅を広げ、汗として水を使う場面を減らします。
昼の熱をためて夜に捨てる
昼のあいだに体へためこんだ熱は、気温の下がる夜に逃がします。ノルウェー出身の生理学者クヌート・シュミット=ニールセンの研究では、これで約2,900キロカロリーの熱をためられるとされました。汗で同じ熱を捨てたとすれば、約5リットルの水を使う計算になります。
鼻が吐く息から水を取り返す
シュミット=ニールセンはサハラ砂漠のオアシスでラクダを調べ、鼻の働きにも注目しました。ラクダの鼻の中は、薄い骨が渦を巻くように入り組んだ広い空間になっています。
冷えた鼻の中で水蒸気をつかまえる
乾いた空気を吸いこむと、鼻の内側が水を奪われて冷えます。そこへ肺から温かく湿った息が戻ってくると、冷えた鼻の粘膜が水蒸気を取りこむ仕組みです。脱水したラクダの鼻は湿気を吸う性質が強まり、吐く息を体温よりずっと低い温度で、湿り切らない状態にしてから外へ出しています。
呼吸で失う水は20倍も変わる
1981年に英国王立協会の学術誌に載った研究では、脱水したラクダが呼吸で失う水は1分あたり約0.06グラムから1.2グラムまで変わりました。少ないときと多いときで約20倍の差です。いちばん少ないときの値は、冷えた息と鼻の吸湿で説明できるとされています。
コブに脂肪を集めると体が冷えやすい
コブが砂漠の暮らしに役立っている点は、水ではなく熱にあると考えられています。鍵になるのは、脂肪をどこに置くかという配置です。
全身を脂肪で包まない
脂肪は熱を通しにくい、いわば断熱材。全身の皮膚の下に脂肪が広がっていれば、体の熱は外へ逃げにくくなるはずです。ラクダは脂肪を背中の1か所にまとめることで、ほかの部分の皮膚から熱を逃がしやすくしていると説明されています。
背中の上で日差しをさえぎる
学研の子ども向け科学Q&Aは、背中に盛り上がった脂肪が上からの太陽熱をさえぎるのにも好都合だと解説しています。日が高いほど、背中は真上からの日差しをまともに受ける場所。そこに断熱材を載せておくのは理にかなった配置です。
ヒトコブラクダとフタコブラクダは何が違う?

コブの数のほかに、暮らす土地の気候と、野生で生き残っているかどうかが大きく違います。コブの中身が脂肪である点は同じです。
| ヒトコブラクダ | フタコブラクダ | |
|---|---|---|
| コブ | 1つ | 2つ |
| おもな地域 | 北アフリカ・中東・南アジア | 中央アジア(モンゴル・中国など) |
| 気候 | 暑く乾いた砂漠 | 夏は暑く冬は凍える砂漠や草原 |
| 野生の群れ | 約2,000年前に姿を消した | 約1,100頭が残る |
世界のラクダの約9割はヒトコブ
2026年に出たコブの研究をまとめた総説によると、ヒトコブラクダはラクダ全体の約90%を占めます。私たちが「ラクダ」と聞いて思い浮かべる砂漠の隊商も、多くはヒトコブの姿です。
アラビア半島で4,000年以上前に家畜化
ミシガン大学のデータベースは、ヒトコブラクダを家畜にした最古の証拠を約4,000年前のアブダビ沖の小島に置いています。5,000年ほど前とする見方もあります。英語名のドロメダリーは、ギリシャ語で「道」を意味する言葉に由来するそうです。
野生のヒトコブラクダはもういない
野生のヒトコブラクダは、約2,000年前には姿を消したとされます。オーストラリアの内陸には大きな群れがいますが、これは19世紀に運搬用として持ちこまれた家畜が野生化したものです。
フタコブは寒暖差の大きい土地の住人
フタコブラクダが暮らすのは、モンゴルのゴビ砂漠のように夏と冬の差が激しい土地です。暑さだけでなく、寒さにも耐えられなければ生きていけません。
マイナス29度から49度まで耐える
フタコブラクダはマイナス29度から49度までの気温に耐えられると、サンディエゴ動物園は紹介しています。冬は長い毛をまとい、春になるとその毛がごっそり抜け落ちます。この抜け毛は、上質な毛織物の材料として昔から使われてきました。
野生のフタコブは約1,100頭
野生のフタコブラクダは、中国に約650頭、モンゴルに約450頭しか残っていません。家畜のフタコブラクダとは別の系統とされ、とげのある植物や塩気の強い植物も食べて暮らしています。
ラクダのコブは北極で生まれた?

砂漠の動物の代表のようなラクダですが、祖先は北アメリカで生まれ、一時は北極圏の森にも暮らしていました。コブはそこで冬を越すために身につけたものではないか、という仮説があります。
ラクダのふるさとは北アメリカ
ラクダの仲間の祖先は、約4,500万年前の北アメリカで現れたとされます。そこからアジアへ渡った系統が今のラクダに、南アメリカへ下った系統がラマやアルパカにつながりました。
生まれ故郷ではもう絶滅した
皮肉なことに、生まれ故郷の北アメリカにはラクダはもう残っていません。今ラクダが暮らすアフリカやアジアの砂漠は、長い旅の果てにたどり着いた移住先なのです。
北極の島で見つかった巨大ラクダ
2013年、カナダ自然博物館の研究チームが科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に驚きの報告を載せました。北極圏のエルズミア島から、ラクダの骨が見つかったのです。
350万年前のすねの骨30片
見つかったのは、すねの骨の破片30個でした。骨に残ったわずかなコラーゲンを調べると、今のヒトコブラクダなどとよく似た特徴が出てきたといいます。年代は約350万年前。今のラクダより3割ほど大きな、巨大なラクダだったと推定されています。
当時の北極は今より14〜22度暖かい森
当時の北極圏は今より14〜22度暖かく、針葉樹の森が広がっていました。それでも冬は長く、何か月も太陽がのぼらない暗い季節が続きます。雪の中で食べ物を探さなければならない暮らしだったはずです。
長い冬を越す脂肪としてのコブ
研究を率いたナタリア・リブチンスキー博士は、今のラクダの特徴のいくつかが北極の暮らしに由来するのではないかと考えました。広く平たい足、大きな目、そして脂肪をためるコブです。
雪の上を歩く平たい足
砂の上で沈まない幅広の足は、雪の上を歩くのにも向いています。暗い冬に物を見る大きな目、食べ物のない季節に備える脂肪の山。どれも寒い森で役立ったものが、のちに砂漠でも使い回されたという筋書きです。
砂漠の装備は冬の装備だったかもしれない
この説はまだ仮説の段階で、化石からコブそのものが確かめられたわけではありません。ただ、コブが「水を運ぶため」ではなく「食べ物のない季節を越えるため」の器官だと考えると、北極と砂漠という正反対の土地で同じ装備が役立った理由がすっきり通ります。
日本人が初めてラクダを見たのはいつ?

記録に残る最初のラクダは、飛鳥時代に朝鮮半島から贈られた1頭です。広く庶民の目に触れたのは江戸時代の終わり近く、長崎に来た2頭の見世物(みせもの)でした。
推古天皇7年に百済から1頭
『日本書紀』には、推古天皇7年(599年)に百済(くだら)がラクダ1頭を贈ったと書かれています。いっしょに届いたのはロバ1頭・羊2頭・白いキジ1羽。背中に山を負った見慣れない獣は、当時の人の目にどう映ったのでしょうか。
文政4年に長崎へ来たつがいのラクダ
国立国会図書館のレファレンス事例によると、文政4年(1821年)にペルシャ産のヒトコブラクダ2頭がオランダ船で長崎に運ばれました。雄と雌のつがいです。翌年ごろから大坂や江戸で見世物になり、大変な評判を呼びました。
見るだけでご利益、絵は魔除け
興行では、ラクダを見るだけでご利益があり、その絵姿は魔除けになるとうたわれました。絵も飛ぶように売れたといいます。2頭は香具師(やし)に連れられて各地を回りましたが、北国の興行へ向かう途中で寒さに倒れたと伝わっています。
「らくだ」が夫婦連れの意味に
つがいのラクダは夫婦仲のよい動物とみなされました。江戸では、夫婦が連れ立って歩くことを「らくだ」と呼ぶようにもなります。『日本国語大辞典』にも、男女の二人連れを指す用法が載っています。
のんびり者のあだ名になった落語「らくだ」
見世物のラクダは体が大きく、のんびりしているように見えました。そこから「ただ食べているだけの役に立たない人」をひやかす言葉にもなったと、同じ辞典は説明しています。古典落語「らくだ」で、長屋の乱暴者が「らくだ」とあだ名されているのも、この呼び名から来ているとされます。
中国ではコブが八珍のごちそう
中国ではラクダのコブを「駝峰(だほう)」と呼び、古くから高級食材として扱ってきました。宋の時代の随筆『癸辛雑識(きしんざっしき)』には、駝峰の美味は八珍に数えられると記されているそうです。水袋だと思われてきたコブは、別の土地では脂ののった珍味でした。
ラクダが背中に載せていたのは水筒ではなく、食べ物の尽きた日のための弁当箱でした。水筒の役目は、コブではなく体じゅうが分担していたのです。濃い尿をつくる腎臓に、熱を我慢する体温。息から水を取り返す鼻と、破れない赤血球もその一員です。
ひとつの大きな水袋に頼らず、小さな節約を積み重ねる。砂漠を渡る体は、案外そんな地道な設計でできていました。
参考
- Souilem O. & Barhoumi K.「Physiological Particularities of Dromedary (Camelus dromedarius) and Experimental Implications」Scandinavian Journal of Laboratory Animal Science 36巻1号、2009年
- Schmidt-Nielsen K. ほか「Respiratory water loss in camels」Proceedings of the Royal Society B、1981年
- ScienceDaily「Remains of extinct giant camel discovered in High Arctic」(カナダ自然博物館の発表、2013年)
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「江戸時代にラクダがもたらされた」
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