アンカリング効果とはどんな心理?サイコロの目で刑の重さまで動いた

裁判官と3つのサイコロ 身近な心理と行動の話
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アンカリング効果とは、最初に目にした数字が基準になり、そのあとの判断がその数字のほうへ引き寄せられる心理のことです。値札に書かれた「通常価格」も、交渉で最初に出た金額も、この基準の役目を果たします。1974年に心理学者のトヴェルスキーとカーネマンが論文で取り上げ、広く知られるようになりました。

やっかいなのは、まったく関係のない数字でも効いてしまう点です。ドイツの実験では、法律家が自分でサイコロを振って決めた「求刑」につられて、同じ事件への判決が平均で2か月半ほど変わりました。数字のプロも例外ではありません。

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アンカリング効果とはどんな心理か?

海に浮かぶ小さな漁船のイラスト

ひとことで言えば「最初の数字に判断がつながれてしまう」心理です。名前の由来と、頭の中の仕組みから見ていきます。

名前の由来は船の錨

アンカー(anchor)は英語で船の錨(いかり)を指します。アンカリングは「錨を下ろすこと」という意味の言葉です。

錨を下ろした船は遠くへ流れない

錨を下ろした船は波に揺られて少し動くものの、鎖の届く範囲から外へは出られません。最初の数字も同じで、考え直しても判断はその近くにとどまります。心理の働きをうまく言い当てた呼び名です。

日本語では「係留効果」とも呼ぶ

心理学の本では「係留(けいりゅう)効果」と訳されることもあります。係留は船をつなぎとめておくことです。カタカナの「アンカリング効果」と呼び名は違っても、指している現象は変わりません。

「基準+調整」という頭の近道

トヴェルスキーとカーネマンは、人が数字を見積もるときの手順に注目しました。答えをゼロから組み立てるのではなく、手近な値から出発するという見方です。

わからない数字は手近な値から出発する

中古の自転車がいくらなら妥当か聞かれても、すぐには答えられません。そこで「新品が3万円だったから」のように、手元の数字を起点にして上下に動かして答えを出します。論文ではこの手順を「調整とアンカリング」と名づけました。

調整がいつも途中で止まる

問題は調整の幅です。論文によれば、起点から動かす幅はたいてい足りません。「このくらいかな」と思えた時点で止めてしまうため、答えは最初の数字の側に寄ったまま残ります。

1974年の論文で名前が付いた

アンカリングを有名にしたのは、科学誌『サイエンス』に載った1本の論文です。

「不確実な状況での判断」を扱った論文

題名は「Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases」。答えのはっきりしない場面で人が使う近道(ヒューリスティック)を3つ挙げ、その一つにアンカリングを入れました。残る2つは「代表性」と「思い出しやすさ」です。

※ ヒューリスティックとは、時間や情報が足りないときに使う「だいたいこれで当たる」経験則のことです。速く判断できる代わりに、決まった方向の誤りが出やすくなります。

のちにノーベル経済学賞へつながった

この研究の流れは経済学にも広がり、カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受けました。共同研究者のトヴェルスキーは1996年に亡くなっていたため、受賞は一人だけになりました。ノーベル賞は存命の人にしか贈られないためです。

関係のない数字にまで引きずられるのはなぜ?

カジノのルーレット盤のイラスト

1974年の論文が驚かれたのは、答えと無関係だとわかっている数字でも判断が動いた点でした。三つの実験を順に見ていきます。

ルーレットの数字で国連加盟国の割合が変わった

最も有名なのが、回転盤(ルーレット)を使った実験です。参加者の目の前で盤を回し、出た数字から質問を始めました。

10か65で止まるよう細工された回転盤

盤は0から100の数字が出るように見えて、実際には10か65で止まる仕掛けでした。参加者はまず「国連加盟国のうちアフリカの国の割合は、この数字より上か下か」を答えます。そのあとで自分の推定値を書きました。

推定の中央値は25%と45%

10を見たグループの推定は中央値で25%、65を見たグループは45%でした。盤の数字が国連と無関係なのは誰の目にも明らかです。それでも20ポイントの差がつきました。正確に答えた人に賞金を出しても、この差は縮まらなかったと論文は書いています。

5秒のかけ算で答えが4倍以上ずれた

アンカーは他人から与えられなくても生まれます。自分で途中まで計算した数字も、立派な錨になるのです。

8から始めるか1から始めるか

高校生の2つのグループに、黒板の式の答えを5秒で見積もってもらいました。片方は「8×7×6×5×4×3×2×1」、もう片方は「1×2×3×4×5×6×7×8」です。並び順が逆なだけで、答えは同じになります。

中央値は2,250と512、正解は40,320

大きい数から始めた式の推定は中央値2,250で、小さい数から始めた式は512でした。最初の数手で出た値がそれぞれの錨になったわけです。ちなみに正解は40,320で、どちらのグループも大きく足りませんでした。

ありえない数字でも判断は動く

「さすがに非常識な数字なら無視できるはず」と考えたくなります。ところが、そうはならないことを示した実験があります。

ガンジーは9歳より上か140歳より下か

ドイツの心理学者ストラックとムスヴァイラーは1997年、インド独立の指導者ガンジーが亡くなった年齢を尋ねました。前置きの質問は「9歳より上か下か」と「140歳より上か下か」の2通りです。どちらも明らかにありえない数字でした。

推定は50歳と67歳に分かれた

9歳の質問を受けた人の推定は平均50歳、140歳の質問では67歳だったと報告されています。実際のガンジーは1948年、78歳で亡くなりました。非常識な数字でも、判断を引っぱる力は消えなかったのです。

専門家ならアンカーに流されないのか?

家の前でメモを取る不動産鑑定士のイラスト

経験を積んだプロでも流されます。値段を決めるのが仕事の不動産業者と、刑の重さを決める法律家で確かめられています。

不動産のプロも売り出し価格に動かされた

1987年、アメリカの研究者ノースクラフトとニールは、アリゾナ州ツーソンで実際に売りに出ている家を使って実験しました。

同じ家に4通りの売り出し価格

不動産業者たちは家を見学し、周辺の売買記録など10ページの資料を受け取ります。違うのは資料に書かれた売り出し価格だけでした。2つ目の実験では11万9,900ドルから14万9,900ドルまでの4通りが用意されています。

査定額の差は約1万4,500ドル

最も安い価格を見たプロの査定額は平均11万4,204ドルで、最も高い価格を見たプロは12万8,754ドルでした。同じ家なのに、およそ1万4,500ドルの開きが出ています。

売り出し価格を判断材料に挙げたのは19%

興味深いのは、そのあとのアンケートです。何を判断材料にしたか尋ねると、売り出し価格を挙げたプロは19%にとどまりました。学生では37%です。プロほど「自分は値札に左右されていない」と思っていたことになります。

サイコロで決めた求刑が判決を動かした

2006年、ドイツの心理学者エングリッヒらは「サイコロ遊びの刑事判決」という題の論文を出しました。名前のとおり、刑の重さをサイコロに預けたような結果です。

細工したサイコロで3か月と9か月

参加したのは、法律の資格を得て裁判官としての経験を積み始めた52人の若手法律家です。万引きを12回くり返した女性の架空の事件を読み、判決を考えます。検察官の求刑は自分でサイコロを2つ振って決めました。

ただしサイコロには細工がありました。片方の組は必ず1と2が出て合計3か月、もう片方は必ず3と6が出て合計9か月になります。求刑が偶然で決まったことを、参加者は自分の手で確かめていたわけです。

判決は平均5.28か月と7.81か月

それでも判決(執行猶予つきの刑の長さ)は割れました。3か月を出した組は平均5.28か月、9か月を出した組は7.81か月です。同じ論文の別の実験では、判断への自信の強さと偏りの大きさに関係が見られませんでした。

素人の求刑でもベテラン裁判官が動いた

エングリッヒとムスヴァイラーの2001年の研究では、平均15年以上の経験を持つ裁判官が参加しています。

求刑したのは情報科学の学生

このときの求刑は、検察官役を務めたコンピューター科学の学生が出したものでした。法律の素人だと参加者にもわかる設定です。求刑は12か月と34か月の2通りでした。

同じ罪で8か月近い差

34か月の求刑を見た裁判官の判決は、12か月を見た裁判官より8か月近く長くなりました。研究者自身が「同じ罪で8か月の差」と書いています。3つの実験を並べてみると、肩書きも経験年数も錨の前では役に立っていません。

参加者示された数字判断の違い
不動産業者(1987年)売り出し価格 11万9,900ドル/14万9,900ドル査定額 11万4,204ドル/12万8,754ドル
若手の法律家(2006年)サイコロの求刑 3か月/9か月判決 5.28か月/7.81か月
ベテラン裁判官(2001年)学生の求刑 12か月/34か月判決の差 8か月近く

錨が下りるとき頭の中では何が起きている?

人の頭の中の脳を横から描いたイラスト

「調整が足りない」だけでは説明しきれない面もあります。ムスヴァイラーとストラックは、比べる作業そのものが記憶の引き出し方を変えると考えました。

比べるうちに「合う証拠」ばかり集まる

この考え方は「選択的アクセシビリティ・モデル」と呼ばれます。数字と比べるとき、人はまず「その数字が正しいとしたら」と仮定して証拠を探します。結果として、錨に合う知識だけが思い出しやすくなるという説明です。

高い値段と比べるとベンツが浮かぶ

ある実験では、ドイツ車の平均価格を4万マルクか2万マルクと比べてもらいました。直後に単語の判別テストをすると、4万マルクの組はメルセデスやBMWといった高級車の名前に速く反応しています。2万マルクの組では、フォルクスワーゲンのほうが速くなりました。

重い求刑を見ると不利な事情が目に入る

サイコロの論文にも同じ形の実験があります。高い求刑を見た法律家は、被告に不利な事情を示す文を速く見分けました。錨は数字そのものより、「どの事実が目に入るか」を変えているようです。

錨の効き目は1週間たっても残る

この効果は、その場かぎりの錯覚でもありません。時間がたっても、注意されても残ることがわかっています。

1週間後の判断にも影響が出た

ムスヴァイラーの2001年の研究では、数字と比べてから1週間たっても効果が見られました。値札を見た日に買わず、翌週に買い物へ出かけても、頭の中には前の数字が残っている計算です。

「気をつけて」と言われても消えない

1996年の別の研究では、参加者に「最初の数字に影響されないように」と前もって伝えました。偏りの向きまで説明しています。それでも効果は弱まらなかったと報告されました。知っているだけでは防げない、というのがアンカリングの手ごわさです。

6,000人を超える追試でも再現された

心理学では、有名な実験が追試で再現できない例が2010年代に相次ぎました。アンカリングはその波をくぐり抜けた側です。

36の集団・6,344人で試した「メニー・ラボ」

2014年、各国の研究者が共同で13の有名な効果を一斉に追試しました。大学の授業やネット調査など36の集団から集めた参加者は6,344人です。アンカリングの課題には、エベレストの高さやシカゴの人口を見積もる問題が使われました。

13の効果のうち再現された10の側に入った

結果は、13のうち10の効果が安定して再現され、3つは再現が弱いか失敗でした。再現できなかった側に挙がったのは、国旗やお金のイメージを見せる実験などです。アンカリングは再現された10の中にあり、心理学でも指折りの「確かな現象」とされています。

暮らしのどこにアンカーが置かれている?

セール会場で服を選ぶ女性のイラスト

いちばん身近なのは値札です。取り消し線の引かれた元の値段は、売る側が最初に見せる数字そのものだからです。

値札に二つの値段を並べる「二重価格」

「通常価格9,800円→4,980円」のように、比べる値段と売値を並べる見せ方を二重価格表示といいます。高い方の数字が錨になり、売値が実際以上に安く感じられる仕組みです。

元の値段にはルールがある

錨の力が強いぶん、比べる値段がでたらめだと消費者は損をします。そこで景品表示法の運用指針(「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」)は、比べる値段の決め方を細かく定めています。過去の販売価格を使うなら、「最近相当期間にわたって販売されていた価格」でなければなりません。

※ 景品表示法とは、商品やサービスの品質・値段を実際より良く見せる表示や、行き過ぎた景品を禁じる法律です。正式名は「不当景品類及び不当表示防止法」で、いまは消費者庁が担当しています。

目安はセール前の8週間

指針の考え方では、セール開始からさかのぼる8週間を見て判断します。条件を並べると次のようになります。

確かめる点「通常価格」と呼んでよい目安
見る期間セール開始からさかのぼる8週間(販売が8週間未満ならその期間)
その値段で売った長さ見る期間の過半を占めている
通算の長さ2週間以上
最後に売った日セールの時点で2週間以上たっていない

過半を満たしていても、その値段で売ったのが通算2週間未満なら認められません。ほとんど売っていない高値を一瞬だけ付けて「元値」にする手口を防ぐためです。

「メーカー希望小売価格」も比べる数字になる

家電や服の値札でよく見るのが「メーカー希望小売価格○○円の品」という書き方です。これもアンカーとして働くので、同じ指針に決まりがあります。

実際より高い希望小売価格は不当表示のおそれ

指針には具体例が載っています。メーカーが決めた希望小売価格は6万7,000円なのに、店が「希望小売価格7万5,000円の品」と書いて洗濯機を売るケースです。8,000円分ふくらませた錨で、値引きを大きく見せたことになります。

希望小売価格が無い品に付けるのもだめ

メーカーが希望小売価格を決めていない服に、店が勝手な「希望小売価格」を書く例も挙がっています。1年前に撤廃された希望小売価格を使い続けるのも同じ扱いです。どちらも、存在しない錨を見せていることになります。

交渉では最初に出た金額が錨になる

値段が書かれていない場面でも錨は生まれます。代表が、売り手と買い手が値段を決めていく交渉です。

最初の提示額が着地点を引き寄せる

ガリンスキーとムスヴァイラーの2001年の研究は、交渉で最初に出た金額が錨になり、最終的な合意がそちらへ寄りやすいと論じました。不動産の実験で、売り出し価格がプロの査定まで動かしたのと同じ形です。

フリマアプリの値付けにも表れる

身近なところでは、フリマアプリの値下げ交渉が当てはまりそうです。出品価格が3,000円なら、買い手の「値下げできますか」も2,500円あたりから始まりがちでしょう。出品者が最初に置いた数字が、やり取り全体の物差しになっています。

アンカーに引きずられないためには?

左右に2枚のボードを掲げて見比べる女性のイラスト

注意するだけでは効かない以上、考える手順のほうを変えるのが近道です。研究で効果が確かめられた方法があります。

あえて逆の理由を考える

ムスヴァイラーらは2000年、「反対を考える」という方法を試しました。選択的アクセシビリティ・モデルから導いた対策です。

車の専門家で効果が小さくなった

車の値段を判断する専門家に、示された数字が「合わない理由」を挙げてもらいました。すると、錨に引き寄せられる度合いが小さくなっています。合う証拠ばかり集まるのが原因なら、合わない証拠を自分で集めれば釣り合う、という発想です。

「この値段が高すぎる理由」を書き出す

買い物なら「この値段が高すぎるとしたら、なぜか」を2つ3つ考えてみる形になります。発売から年数がたっている、同じ性能の品がもっと安い、などです。逆向きの材料が頭に入るだけで、最初の数字の重みは軽くなります。

相手より先に自分の物差しを決める

錨は先に下ろされたほうが強く効きます。それなら、相手の数字を見る前に自分の数字を用意しておけばよいわけです。

相場を調べてから値札を見る

大きな買い物なら、店に行く前に複数の店やサイトで相場を見ておきます。値札の前に別の数字が入っていれば、店の「通常価格」はいくつかある基準のひとつに下がります。比べる相手が増えるほど、一つの錨に縛られにくくなるはずです。

上限の金額を紙に書いておく

交渉や競り合いでは、払ってよい上限を先にメモしておく方法があります。その場で出た数字と頭の中で比べ始める前に、自分の錨を固定しておくためです。家や車のように金額の大きい取引ほど、この一手間が効いてきます。

錨を味方にする使い方もある

錨は悪者とはかぎりません。自分で置く錨なら、目標づくりの道具にもなります。

見積もりは最初に出す側に回る

仕事の見積もりや給与の話し合いでは、根拠のある数字を自分から先に出すほうが、話がその近くで進みやすくなります。2001年の交渉研究が示した「最初の提示額」の力を、こちらから使う形です。ただし根拠のない高すぎる数字は、相手の信用を失うおそれがあります。

錨の存在に気づくだけでも一歩

注意だけでは消えない効果でも、「いま錨が下りた」と気づけば、逆の理由を考える手順に移れます。セールの赤い数字を見た瞬間が、その合図です。

5秒のかけ算の正解は40,320でした。ここまで読んで、その数字がまだ頭に残っているなら、それもこの記事が下ろした小さな錨です。次に大きな数字を見積もるとき、どこかで顔を出すかもしれません。

参考

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