2003年1月3日、アメリカの国際貿易裁判所は「X-MENのフィギュアは人間を表した人形ではない」と判断しました。争っていたのは輸入にかかる関税の区分です。人間だけを表す「人形」なら税率は12%、人間以外の生きものを表す「玩具」なら6.8%。決め手は、ウルヴァリンの爪のような人間にない特徴です。作中でも箱の上でも「ミュータント」とされている以上、人間とは言えないと裁判所は考えました。
X-MENのフィギュアはなぜ裁判になった?

人形は12%、ほかの玩具は6.8%
アメリカの関税表は、玩具をいくつかの項目に分けていました。そのうち「人間だけを表す人形」は、背丈33cm以下のもので価格の12%。「動物や人間以外の生きものを表す玩具(ロボットや怪物など)」は6.8%です。同じ大きさのプラスチックの人形でも、どちらに入るかで税金が5ポイント以上変わります。大量に輸入する会社にとっては、見過ごせない差でした。
※ 関税とは、外国から品物を輸入するときにかかる税金のことです。どの品物がどの税率になるかは、国ごとの関税表で細かく決められています。
1994年に中国から届いたフィギュア
問題になったのは、1994年に中国から輸入され、シアトルとロサンゼルスの港に入った品物です。中身は「X-MEN」「スパイダーマン」「ファンタスティック・フォー」など、マーベル・コミックの作品のアクションフィギュア。高さ5インチ(約13cm)や10インチの手足が動く人形で、武器などの小物と一緒に、絵の入った台紙に留めて売られていました。
訴えたのは玩具会社トイビズ
税関(輸入品を調べて関税を取る役所)は、これらを12%の「人形」として扱ったのです。輸入したトイビズ社は納得せず、1996年10月に国際貿易裁判所へ訴えました。トイビズはマーベルのキャラクター玩具を作っていた会社で、1998年にはマーベル・エンターテインメント・グループと合併しています。ほかに同じような訴えが4件あり、この裁判がその見本として先に審理されることになります。
税関はなぜ「人形」だと考えた?

頭も目も髪も腕もある
税関の言い分は、見た目は人間そのものだというものでした。フィギュアには頭・口・目・鼻・髪・腕・胴体・筋肉があり、ひとつを除いて脚と足もそろっている。人間らしい動きを再現できるよう関節が作られ、服を着て、戦いを思わせる武器を持っている。だから人形だ、という理屈です。
性別も人種も国籍もある
税関はさらに、フィギュアには性別や人種、体の障害や国籍といった人間の特徴まであると指摘しました。例に挙がったのは4体。車いすに乗ったプロフェッサーXと日本人のキャラクターとされるシルバーサムライ、黒人男性のビショップ、女性のローグです。爪やロボットの腕のようなわずかな違いでは、人間を表した人形であることは変わらない、というのが税関の立場でした。
G.I.ジョーは人形とされていた
税関の後ろには、過去の判決の積み重ねもありました。1989年には、兵士のフィギュア「G.I.ジョー」を人形とした判断が、上の裁判所で支持されています。辞書はどれも人形を「子どもの遊び道具として人間を表したもの」と定義しており、それだけでほぼ決まる、とした判決です。メキシコの麦わら細工の人形や、車に飾るフラダンスの人形まで「人形」とされてきた歴史がありました。
トイビズは「だけ」の一語に目をつけた

人間「だけ」を表していなければ人形ではない
トイビズが注目したのは、関税表の「人間だけを表す人形」という書き方です。人形と呼べるのは、人間を「だけ」表したもの。触手や爪や翼のような人間にない部分を持つフィギュアは、人間以外の生きものを表している。だから人形ではない、という主張です。問うべきは「人間に似ているか」ではなく「人間だけを表しているか」だ、という組み立てです。
天使や悪魔も人間以外
根拠のひとつは、関税表に添えられた国際的な解説書(注釈)でした。そこには、人間以外の生きものを表す玩具の例として「天使・ロボット・悪魔・怪物」が挙がり、「体の特徴がおおむね人間でも」この項目に入ると書かれています。見た目がほとんど人間でも、人間でないものを表していれば玩具の側に入る。トイビズはこの一文を足場にしました。
関税表の書き方は1989年に変わっていた

古い表は「人形」とだけ書いていた
アメリカは1989年に、世界共通の分類(HS)にそろえた新しい関税表へ切り替えました。古い表の見出しは「人形、人形の部分品と服」で、どんな人形かの限定はありません。新しい表では、そこに「人間だけを表す」という言葉が加わっています。G.I.ジョーの判決は古い表の時代のものでした。
※ HS(統一システム)とは、世界税関機構が定める品物の分類番号のことです。上6けたが世界で共通で、各国はその下に自国の細かい区分と税率を付けています。
言葉を変えたなら意味も変えたはず
判決を書いたジュディス・バージレイ判事は、法律の言葉が変わったときは、意図して意味を変えたと考えるのが原則だとしました。古い表の時代の判決は、もう新しい表の読み方を決められず参考になるだけだ、と述べています。この区分を新しい表のもとで正面から判断するのは、この裁判が初めてでした。
「似ている」と「表している」は何が違う?

「だけ」は「ほかの何者でもなく」
判事はオックスフォード英語辞典を引き、「only(だけ)」は「もっぱら」「ほかのものではなく」という意味だとトイビズの読み方を認めました。「人間だけを表す人形」は、人間以外のどんな存在でもなく人間を表した人形、と読めます。
人に似たロボットは玩具の側
難しかったのは「represent(表す)」のほうです。判事は、これを「似ている」と同じ意味に読むことはできないとしました。注釈によれば、人間そっくりのロボットや天使でも「人間以外を表す玩具」に入ります。もし「表す」が「似ている」なら、そうした玩具は人形にも玩具にも当てはまってしまう。二つの項目は重ならないように作られているので、その読み方は取れない、という理屈です。
こうして判事は、人形と認められるには人間の「姿そのもの」や「見本」である必要があり、似ているだけでは足りないと結論しました。「だけ」の一語が、人間以外を少しでも表すものを外します。新しい表の人形の枠は、なんでも人形に含めてきた古い表より狭くなった、というわけです。
X-MENが人形ではないとされた3つの理由

人間にない特徴がひとつでもある
一つ目の理由は見た目です。たとえばウルヴァリンは、手の皮膚の下から長く鋭い爪が伸び、オオカミのような毛と耳を持っています。判事は、爪やロボットの目くらいでは人間のままだという税関の主張を退けました。
問題は、人形が持つ人間らしい特徴を数え上げることではない。人形が全体として、より広い文脈の中で人間を表しているかどうかである。(判決文20ページ、筆者訳)
新しい関税表のもとでは、人間にない特徴がひとつあるだけで人形には入らない、とも述べています。天使の人形なら、背中の羽が前から見えなくても人形ではない。税関自身も1994年に、透明な羽を持つ天使の玩具を人形と認めていませんでした。
作品の中でミュータントとして知られている
二つ目は、X-MENのキャラクターが世の中で「ミュータント」として知られていることです。人間を超えた力を持ち、その力を善のためにも悪のためにも使う。フィギュアの形や衣装や小物は、その力を伝えるように作られていると判事は見ました。天使や悪魔が人間でないとわかるのも、世間の知識があってこそ。キャラクターの設定を判断に入れることは、税関自身もしてきたやり方でした。
パッケージにも「ミュータント」と書いてある
三つ目は売り方です。X-MENのフィギュアは「ミュータント」「特別な力を持って生まれた人々」として箱に書かれ、売られていました。輸入する会社が自分の商品を何と呼んでいるかは、分類の判断材料になるという先例があります。ただし判事は、会社が「人間ではない」と書きさえすれば人形を逃れられるわけではない、と注で念を押しました。X-MENはマーベルを知る人なら誰でもミュータントだとわかる、だから考慮できるのだという断りです。
ミュータントはロボットや怪物の仲間

辞書で引いた「ミュータント」
人形でないなら、残りの「その他の玩具」に入ります。次の問題は、そのなかの「人間以外の生きものを表す玩具(ロボットや怪物など)」に当てはまるかどうか。判事はまた辞書を開きました。ミュータントは「突然変異で生じた個体。SFでは、並外れた体や能力を持つ者」。変異とは「形や性質が変わること」です。
そこから判事は、ミュータントを「もとは人間だったかもしれないが、変化して人間以外の何かになった者」と読みました。ロボットも怪物もミュータントも、人の形をしていても人間を超えた存在の種類だ、というまとめ方です。項目の「など」は例を挙げただけなので、ミュータントを加えても問題はない、としています。
ストームの稲妻とパイロのホース
判決文には、フィギュアの細部がいくつも書きこまれています。嵐を呼ぶストームには、小物として稲妻が付いていました。リクターは背中の車輪を回すと本体が震え、地震のような揺れを起こす力を表します。炎を操るパイロは、衣装に長いホースが2本付いていました。見た目は人間でも、付属品が人間以上の力を語っている、という見方です。
人間そっくりのロングショット
なかには、人間にない特徴がほとんど見当たらないフィギュアもありました。ロングショットは、金色の長髪の若い男性にナイフを持たせただけの姿です。それでも箱の説明には、異次元の暴君から逃れて地球に来たこと、並外れた身軽さと幸運を持つことが書かれていました。見た目で決め手がないときも、箱の物語がミュータントであることを伝えている、と判事は扱っています。
悪役たちのフィギュアはどう分かれた?

裁判ではX-MEN以外の作品のフィギュアも争われました。判事が一体ずつ何を決め手にしたかを並べると、見ていたところの違いがわかります。
| フィギュア | 作品 | 判事が決め手にした点 |
|---|---|---|
| ウルヴァリン | X-MEN | 皮膚から伸びる爪、オオカミのような毛と耳 |
| ドクター・オクトパス | スパイダーマン | 背中から伸びる4本の触手 |
| ホブゴブリン | スパイダーマン | 瞳のない赤い目、牙、黄色い肌 |
| キングピン | スパイダーマン | 小さな頭と大きな手の、伝説めいた体つき |
| クレイブン | スパイダーマン | 誇張された筋肉と、密林の秘薬で強くなった設定 |
| シルバーサーファー | ファンタスティック・フォー | 宇宙の力で全身が金属になった姿 |
| モールマン | ファンタスティック・フォー | 地底に住み、怪物の軍団を操る設定 |
スーツ姿のキングピンも人間ではない
難しかったのは、超能力を持たない悪役です。キングピンは杖を持ったスーツ姿の男で、物語のうえでも特別な力はありません。それでも判事は、とても小さな頭と大きな手という体つきが、伝説めいた怪物ぶりを伝えるよう作られていると見ました。人形には人間を戯画にしたものも含まれると認めたうえで、このフィギュアは人間を表してはいない、としています。
ロシア貴族の狩人クレイブン
クレイブンは、箱の説明によれば「ロシア貴族の家系の最後の一人」で、地上最高の狩人になるため自分を鍛え上げた人物です。密林の秘薬で力を増しているという設定もありました。判事は、大げさな筋肉やライオンのたてがみのようなベスト、付属の槍を挙げます。そのうえでクレイブンを、普通の人間よりもロボットや怪物・天使や悪魔の仲間に近い伝説上の存在と位置づけました。
モールマンは髪の色まで気にされた
判事が「本当に際どい」と書いたのがモールマンです。設定上は人間ですが、ずんぐりした体にトロルのような顔、地底暮らしを表す青白い肌と青いめがね。最後は、怪物を従える物語と「超人」の4人組のシリーズであることから、玩具の側としました。法廷にあった見本は紫の髪で、箱の絵では茶色。どの見本を見たかで分類が変わるのは理屈に合わないとして、髪の色は判断に入れていません。
人形のまま残った「ジャンプシー」

トランポリンで跳ねる女の子の人形
同じ裁判で、トイビズが負けた品物がひとつだけあります。「ジャンプシー」という、高さ約27cmの女の子の人形です。小さなポンポン2つとくし、直径約27cmのおもちゃのトランポリンが付いていて、単三電池を入れると人形がひとりでに跳ねるように見えます。トイビズは、トランポリンがあるので「玩具のセット」だと主張しました。
主役は人形、トランポリンは付属品
判事は税関の判断を支持しました。セットのなかで大きさも重さも値段もいちばんなのは人形です。トランポリンが無くても人形は人形として遊べますが、人形が無ければトランポリンの価値はありません。トランポリンは人形遊びを広げる付属品にすぎない、という理屈でした。こちらは人間の女の子を表しているので、12%の人形の区分のままです。
おまけのカードは0.4%にならなかった
フィギュアの箱には、別のキャラクターを紹介するトレーディングカードも入っていました。税関はこれを印刷物として、0.4%の別の区分に分けています。判事の見方では、カードはシリーズのフィギュアどうしをつなぎ、遊ぶ楽しみを増やす付属品。そこでフィギュアと同じ区分に入れました。おもちゃの説明書まで別の印刷物に分けたらおかしなことになる、という例も添えています。
判決のときに関税の差は残っていた?

2002年には人形も玩具も無税
判決文の注には、意外な一文があります。2002年版の関税表では、人形も玩具もすべて無税になっていた、というのです。新しく輸入する品物には、もう12%と6.8%の差はありません。判事はこの判決を「過去にさかのぼって効くだけかもしれない」と書いています。争われていたのは、あくまで1994年に払った関税の取り戻しでした。
4回目の判決で終わった6年あまり
この裁判の判決は、2000年・2001年・2002年に続く4回目で、判事は「最後の判決」と書いています。2000年には、事実関係にまだ争いがあるとして、書面だけで決める申し立てが退けられました。その後、映写機を内蔵したX-MENのフィギュアが「玩具のセット」かどうかなど、細かな論点を一つずつ片付けています。1996年の提訴から数えると、決着まで6年あまりかかりました。
今の関税表は人形と玩具が同じ番号
その後、2007年の世界共通の分類(HS)の改正で、人形と玩具の項目はひとつにまとめられました。今のアメリカの関税表では、三輪車も人形もその他の玩具も9503.00.00という同じ番号で、基本の税率は無税です。日本の関税表でも、人形とその他の玩具は同じ9503.00号にまとめられ、基本の税率は無税になっています。いまのフィギュアは、人間かどうかを番号のうえで問われません。
判決が今も話題にされるのはなぜ?

X-MENは人間との共存を描く物語
この判決がファンの間でよく語られるのは、X-MENが人間とミュータントの共存を描いてきた作品だからです。判決文にも、プロフェッサーXとマグニートーを組にした商品の箱の文章が引かれています。ミュータントと人間がどう共存するかで意見が割れ、プロフェッサーXは「人間とミュータントの協力」という夢を表すためにX-MENを作った、という筋書きです。
人間ではないと主張したのは作り手の側
物語の中のミュータントは、人間社会に受け入れられることを求めて戦ってきました。ところが法廷で「X-MENは人間ではない」と主張したのは、そのキャラクターの玩具を作っていた会社です。判事はその主張を認め、ミュータントをロボットや怪物と同じ棚に置きました。作品が描いてきた願いと、関税の帳簿の上の結論が、ちょうど逆向きになったわけです。
判事は判決のなかで、人間らしさを特徴の数では決めないと書きました。全体として、物語の文脈まで含めて何を表しているかで決める、と。その物差しで測った結果が「人間ではない」だったことになります。12%と6.8%の差をめぐる争いは、関税が無税になったあとも、人間らしさとは何かを考える話の種としてよく持ち出されます。
参考
- U.S. Court of International Trade「Toy Biz, Inc. v. United States, Slip Op. 03-2 (2003)」
- U.S. International Trade Commission「Harmonized Tariff Schedule 9503.00.00」
- 税関「実行関税率表 第95類」
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