「クビ」はどこから来た言い方か、江戸時代はなんと言っていたのか

社会と仕組みの話
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勤め先をやめさせられることを「クビになる」と言います。打ち首の刑からきた言い方だと説明されることが多い言葉です。ところが辞書で古い用例をたどると、少し違う景色が見えてきます。江戸時代に奉公人をやめさせることは、ふつう「暇(ひま)を出す」と言いました。「首を切る」のほうは、ある台本のなかで「芝居内では」という但し書き付きで説明されています。

「暇を出す」「首を切る」「馘首(かくしゅ)」「解雇」「リストラ」。人をやめさせる言い方は、この二百年でずいぶん入れ替わりました。古い順に並べられるでしょうか。まずは順番から見ていきます。

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やめさせる言い方は二百年で入れ替わった

言い方辞書の用例に現れる時期どんな場面の言葉か
暇(ひま)を出す江戸時代〜近代奉公先の主人が使う、世間ふつうの言い方
首にする・首を切る1802年・1827年の用例くだけた話し言葉。1827年の台本では「芝居内では」と断ってある
馘首(かくしゅ)明治以降役所や新聞で使われた硬い漢語
解雇近代〜現在法律や制度の上での用語
リストラ1990年代〜英語 restructuring の略。日本では人員削減の意味に偏った

「首」が職を失う意味を持つのは、この表の二段目からです。それ以前の「首を切る」は、文字どおり首を切ることでした。

「首を切る」はもともと本当に首を切ることだった

「首を切る」という言い回し自体は、職とは無関係のところで千三百年ほど使われてきました。刃物で首を落とす、という即物的な意味です。

古事記から続く言い方

『古事記』の「頸を斬る」

『精選版 日本国語大辞典』が「首を切る」の最初に挙げる用例は、712年の『古事記』上巻です。伊邪那岐命(いざなきのみこと)が我が子である迦具土神(かぐつちのかみ)の頸(くび)を斬る、という場面が引かれています。神話のなかの、まぎれもない殺傷の描写です。

ローマ字で書き残された「クビニ ナラウ」

「首になる」という形の最も古い用例として同辞典が挙げるのは、1604年から1608年にかけて刊行された『日本大文典』です。ポルトガル人宣教師ジョアン・ロドリゲスが当時の日本語を記録した文法書で、そこには「cubini(クビニ) ナラウ」とあります。意味は「打ち首になる」のほう。仕事を失うことではありません。

刑罰としての首

江戸時代の死罪と獄門

江戸時代には、首を斬る刑がいくつもの段階に分かれて運用されていました。単に斬るだけのもの、斬ったうえで首をさらす獄門(ごくもん)など、罪の重さで扱いが変わります。「首」という語が、命そのものと直結していた時代です。

明治のうちに消えた斬首刑

この刑罰は明治になって短い期間で姿を消します。首をさらす獄門は1879年(明治12年)の太政官布告で廃止。斬首そのものも1882年(明治15年)の旧刑法施行で死刑の方法から外れ、絞首に一本化されたとされています。江戸幕府の首斬り役を代々務めた山田浅右衛門(やまだあさえもん)家も、このとき役目を終えたと伝えられます。

職を失う意味は江戸後期の話し言葉に現れる

では「首」がいつ職の話になったのか。辞書に残る用例で見るかぎり、それは江戸時代の終わりごろです。しかも堅い文章ではなく、くだけた読み物や芝居の台詞のなかに現れます。

辞書に残る最も古い用例

1802年の洒落本に二例

「首にする」の項で解雇の意味に挙げられている用例は、どちらも1802年(享和2年)の洒落本(しゃれぼん)です。『船頭深話』には「じきさま首(クビ)にするだらう」、『祇園祭挑燈蔵』には「しくじりしくじりして首(クビ)にされるものが」とあります。すでにルビでクビと読ませているのが目を引きます。

洒落本(しゃれぼん)とは、江戸時代後期に流行した小型の読み物です。遊里などを舞台に、登場人物の会話をそのまま写す形で書かれたものが多く、当時の話し言葉を知る手がかりになります。

「最も古い用例」は「最初に使われた時」ではない

ここで一つ注意が要るところです。辞書が挙げるのは、あくまで編者が見つけた範囲でいちばん古い書きものです。話し言葉はふつう、文字に書かれるより先に使われています。1802年という数字は「このころには印刷物に載るくらい通じる言い方だった」という下限を示すものだ、と受け取るのが妥当でしょう。

「芝居内では」という但し書き

1827年の台本にある一行

「首を切る」が解雇の意味で使われた例として同辞典が引くのは、1827年(文政10年)初演の歌舞伎『独道中五十三駅(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』五幕です。四世鶴屋南北(つるやなんぼく)の作で、江戸の河原崎座で幕を開けました。問題の台詞はこうです。

芝居内では、暇を出す事を、首を切ると云ひます

わざわざ「芝居内では」と断っている点が重要です。裏を返せば、芝居の外の世間ではそう言わなかった。当時この言い方は、まだ全員に通じる日本語ではなかったことになります。

小道具の「切首」からとする説

芝居の世界では、切首(きりくび)という小道具が古くから使われてきました。斬られた頭部を模した作り物で、胴から切り離されているところから、縁が切れる・関係がなくなるという意味の隠語になったとされます。打ち首の刑からとする説、雇用を閉じる意の漢語からとする説なども並んでおり、どれが正解とも決まっていません。

世間ふつうの言い方は「暇を出す」だった

『羅生門』の下人も暇を出されている

芥川龍之介の『羅生門』は、主人から四五日前に暇を出された下人(げにん)が門の下で雨やみを待つ場面から始まります。1915年の作品ですが、平安の都を舞台にした地の文でこの語が選ばれている。近代に入ってなお、やめさせるといえばまず「暇を出す」だったことがうかがえます。

「暇」は休みのことではない

ここでの「暇」は、休暇というより「務めから解かれて手が空く状態」を指します。奉公人に自由な時間を与える、という言い方で契約の終わりを表したわけです。切るのでも落とすのでもなく、解いて放す。逆に奉公人の側から申し出て辞める場合は「暇を取る」と言ったとされます。同じ出来事を指しながら、「首を切る」とは向いている方向がまるで違うのです。

明治に広まった硬い言い方「馘首」

明治以降には、役所や新聞が使う漢語として「馘首」が広まったとされます。読みはかくしゅ。使用人を一方的にやめさせること、と辞書は説明しています。

「馘」は耳を切る字

左耳が戦功の証だった

「馘」という字は、日常ではまず見かけません。漢和辞典を引くと、第一の意味は「耳を切る」。古代中国の戦場で敵を倒した証として左耳を切り取った、その行為をあらわす字だとされます。そこから首を切る意味、さらに解雇する意味へと広がりました。

訓読みは「みみきる」「くびきる」

漢字辞典では、この字の訓に「みみきる」と「くびきる」が並びます。ひとつの字が耳と首の両方を引き受けているわけです。人事の文書に載る言葉としては、由来をたどるとかなり物騒な一字だと言えます。

硬い言葉から法律の言葉へ

現在の制度用語は「解雇」

今の法律や就業規則で使われるのは「解雇」です。馘首は新聞でもほとんど見かけなくなり、読み方を問うクイズの題材になるくらいの位置に退きました。血の匂いのする字を、制度の言葉から外していった流れとも読めます。

「リストラ」は1990年代の言い換え

その後に広まったのが「リストラ」でした。英語の restructuring(事業の組み替え)を縮めた語で、外来語として定着したのは1994年ごろとされます。英語では人員削減だけを指す語ではありません。バブル崩壊後の日本で人減らしの意味に偏って使われた点が、この言葉の日本的なところです。

同じ「首」が「いちばん上」も指している

ここで少し視点を変えます。切られる側の話ばかりしてきましたが、「首」という字は同時に、組織のいちばん上を指す字でもあります。

字のなりたちは頭

髪のある頭をかたどった形

「首」は人の頭部をかたどった象形文字です。髪を結った頭と、その下に伸びる首の形からできたと説明されます。日本語では首から上の全体を指すこともあり、「首をかしげる」「首を長くする」のように、頭の動きを表す言い回しにも顔を出します。

いちばん高い所から「第一」へ

頭は、体のいちばん高い所にある部位です。そこから「かしら」「先頭」「第一」という意味が派生しました。首位や首席の「首」がこれで、順位や序列の先頭を示します。

首相・党首・首都

同じ字が担っている三つの系統

「首」が指すもの
首をかしげる・寝首からだの部位そのもの
首相・党首・首脳集団のかしら、いちばん上に立つ人
首都・首位・首席第一、先頭
首を切る・馘首切り落とすこと、そこから職を失うこと

頂点と切断が一字に同居している

首相が部下の首を切る、という文が成り立ってしまうのは、この重なりのせいです。いちばん上に立つ意味と、いちばん上を落とす意味。正反対に見える二つが、同じ一字の中に無理なく同居しています。頭が高い所にあるという一点から、両方が枝分かれしたためでしょう。

この発想は日本語や漢字だけのものでもありません。英語の capital(首都・資本)や chief(長)、captain(長)は、いずれもラテン語で頭を意味する caput にさかのぼります。頭を「いちばん上のもの」と見る比喩は、離れた言語で別々に育ったわけです。

他の言語も体の一部や道具に見立てる

解雇を体の一部で言い表すのは、日本語だけの癖ではありません。国ごとに、見立てる先が少しずつ違います。

言語言い方何に見立てているか
英語get the sack道具を入れた袋を返される
英語get the axe処刑の斧
英語be fired由来は不明。1882年ごろの米国の俗語
中国語炒鱿鱼(イカを炒める)丸めた寝具
韓国語목이 잘리다首が切られる

英語は袋と斧

職人が道具袋を返された

get the sack は、職人が自前の道具を袋に入れて持ち歩いていた時代の言い回しだと説明される表現です。1611年のコットグレイヴの仏英辞典に、主人から暇を出された召使いについて「彼は袋を渡された」というフランス語の句が載っています。英語での記録は1825年の書物が古い例です。ただし道具袋の説は裏づけが乏しいという指摘もあり、確定はしていません。

fired の由来は分かっていない

いちばんよく使われる fired が、実は素性のはっきりしない語です。オックスフォード英語辞典は米国の俗語として1882年の例を挙げますが、語源は特定されていません。炭鉱夫の小屋を焼いて追い出したから、という話が広まっているものの、同辞典自身が「ありそうにない」と退けています。斧に見立てた get the axe のほうは1800年代後半からの言い方で、処刑人の斧を踏まえたものです。

中国語と韓国語

炒めたイカと丸めた寝具

中国語で解雇を意味する「炒鱿鱼」は、字面だけ見ればイカの炒めものです。かつて住み込みの働き手は寝具を自分で用意しており、やめるときには丸めて抱えて出ていきました。イカは炒めると平らな身がくるりと筒状に丸まる。その形が丸めた寝具に似ているところから、寝具を丸める意の言い方が料理名に置き換わったとされます。もとは広東語の言い回しです。

韓国語は日本語とほぼ同じ発想

韓国語の「목이 잘리다」は、直訳すると首が切られる。解雇されるという意味で使われます。隣り合う言語で見立てがそろっているのは、漢字文化圏で共有された刑罰のイメージが背景にあるのかもしれません。

「クビだ」の一言だけでは終わらない

言葉の話を続けてきましたが、最後に現在の制度にも触れておきます。今の日本では、雇い主が「クビだ」と言えばそれで終わり、とはなりません。

※ ここでの記述は制度の概要にとどまります。個別の事情についての判断は、労働基準監督署の総合労働相談コーナーや弁護士などの専門家にご相談ください。

解雇には二つの関門がある

労働契約法16条という中身の関門

労働契約法16条は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない解雇を、権利の濫用として無効と定めています。厚生労働省の解説も、この条件を満たさなければ労働者をやめさせることはできない、と説明しています。理由の中身が問われる関門です。

労働基準法20条という手続きの関門

もう一つは手続きです。合理的な理由があっても、少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければなりません。予告が30日に足りない場合は、その不足日数分を支払うことになります。業務上のけがで療養している期間とその後30日間、産前産後の休業期間とその後30日間は、そもそも解雇できません。

人員整理はさらに厳しく見られる

整理解雇の4要素

経営上の理由で人を減らす整理解雇では、裁判例の積み重ねから四つの点が見られます。厚生労働省の解説によれば、原則としてこの四つをすべて満たすことが必要とされる関門です。配置転換や希望退職の募集を試したかどうかも、そのうちの一つに入ります。

  • 人員削減の必要性が経営上あるか
  • 配置転換や希望退職の募集など、解雇を避ける努力を尽くしたか
  • 誰を対象にするかの基準が客観的で、公正に運用されたか
  • 労働者や労働組合へ説明し、協議を尽くしたか

言われた側にできること

言われた側が黙って受け入れるしかない、というわけでもありません。労働基準法は、労働者が請求したときに解雇理由を記した証明書を交付するよう使用者に義務づけています。口頭の一言が、書面という形を取らされる。江戸の奉公とはそこが決定的に違います。

「クビ」という言い方は、二百年ほどかけて刑場から芝居小屋を経て職場へ移り、ずいぶん軽い響きになりました。飲み屋で笑いながら口にできる語です。ただ、言われた側にとっての重さまで軽くなったわけではありません。だからこそ制度のほうは、その一言だけでは話を終わらせない仕組みを、いくつも用意しているのでしょう。

参考

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