選挙が近づくと、新聞には「A候補が先行」「B候補が追う」という見出しが並びます。これを読んで、なんとなく先行している側に気持ちが傾いた経験はないでしょうか。多くの人が選んでいると知るだけで、自分もそれを選びたくなる。この傾向を「バンドワゴン効果」と呼びます。日本の選挙では、有権者に先入観を与えないよう、当選者を予想する人気投票の公表そのものが法律で禁じられています。
バンドワゴン効果とはどんな心理か?

「みんなが選んでいる」が選ぶ理由になる
バンドワゴン効果は、ある商品や意見・候補者を支持する人が多いと知ったとき、それだけで自分の支持も強まる現象です。品質や中身を比べた結果ではありません。「人気がある」という情報そのものが、選ぶ理由の一つに加わるところに特徴があります。
心理学・経済学・政治学のどの分野でも使われる言葉で、扱う場面は流行の服から選挙の票までさまざまです。
日本語なら「勝ち馬に乗る」
日本語で近いのは「勝ち馬に乗る」という言い回しです。勝ちそうな側について、自分も得をしようとする態度を指します。ただし、バンドワゴン効果は損得の計算だけを指すわけではありません。多数派の側にいると安心する、流れに遅れたくないといった気持ちの動きもまとめて含みます。
同調や行列の心理との違い
よく似た言葉に「同調」があります。アッシュの実験で知られる同調は、目の前の人たちに合わせてしまう、その場の圧力の話でした。行列を見て並びたくなるのも、目の前にある人の列が手がかりになっています。
これに対してバンドワゴン効果は、会ったこともない大勢の選択が数字や報道で伝わるだけでも起きます。「支持率が上がっている」「売れている」という流れの情報が、離れた場所にいる人の背中も押すわけです。
名前はサーカスの楽隊車から

バンドワゴンは楽団を乗せたパレードの車
英語の bandwagon は、band(楽団)を乗せた wagon(荷馬車)のことです。19世紀のアメリカでは、サーカスが町に着くと飾り立てた車に楽団を乗せて大通りを練り歩きました。にぎやかな音につられて人が集まり、そのまま興行の客になります。
人を集める車は、選挙運動にも借り出されたといわれます。候補者の支持を広めたい人たちが楽隊車に乗り込み、音楽で人目を引きながら町を回ったわけです。
「大統領候補を乗せた道化師」の話は疑わしい
語源の話でよく紹介されるのが、1848年の大統領選挙の逸話です。人気の道化師ダン・ライスが、候補者ザカリー・テイラーを自分のサーカスの楽隊車に招いた。それを見た政治家たちが次々と車に飛び乗ろうとしたので「バンドワゴンに飛び乗る」という言葉ができた、という筋書きです。
ところが、ライスの伝記を書いた歴史家デヴィッド・カーリオンはこれを否定しています。テイラーがライスの興行を見に来て2人が会った可能性はあるものの、ライスはテイラーの選挙運動をしていない、というのがカーリオンの見方です。
政治の言い回しになったのは南北戦争のあと
カーリオンによれば、「バンドワゴンに乗る」という政治の言い回しが現れるのは南北戦争(1861〜1865年)よりあとのことです。ライス自身がこの言葉を使った形跡もないといいます。
ライスには、自分の手柄話を大きくして語るくせがありました。死後に親類がまとめた伝記にもそうした話が多く入っており、テイラーとの逸話もそこから広まったとみられています。語源の通説そのものが、「みんなが言っているから」で広まった話だったのかもしれません。
経済学では「需要」の話として始まった

1950年、ライベンシュタインが名前を付けた
この言葉を学問の用語にしたのは、アメリカの経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインです。1950年に経済学の専門誌『クォータリー・ジャーナル・オブ・エコノミクス』に載せた論文で、「バンドワゴン効果」「スノッブ効果」「ヴェブレン効果」の3つを取り上げました。
それまでの経済学では、人は商品の品質と値段だけを見て買うものとして扱われてきました。ライベンシュタインは、流行に乗りたい・人と違うものを持ちたいといった気持ちも需要を動かすはずだと考え、それを理論に組み込もうとしたのです。
人気・希少・値段で動く3つの効果
3つの効果は、何が「欲しい」を動かすのかで分かれます。他人の数か、値段か。並べると向きの違いがはっきりします。
| 効果 | 欲しさを動かすもの | 身近な例 |
|---|---|---|
| バンドワゴン効果 | 持っている人が増えるほど欲しくなる | みんなが持っている流行の服やおもちゃ |
| スノッブ効果 | 持っている人が増えるほど欲しくなくなる | 限定品が普及したとたん冷める |
| ヴェブレン効果 | 値段が高いほど欲しくなる | 高いこと自体に価値がある高級ブランド |
表の上の2つは、同じ「他人の数」に反対向きに反応する関係です。同じ人の中に両方が同居していることも珍しくありません。
使う人が増えるほど便利になる電話
流行とは別の理由で「みんなが使うものほど欲しくなる」商品もあります。電話がその代表です。話せる相手が増えるほど、電話を持つ価値は上がります。
アメリカの経済学者ジェフリー・ロルフスは1974年、こうした通信サービスの需要を理論にまとめました。2001年には『ハイテク産業のバンドワゴン効果』という本を出し、電話に次いで成功した例としてインターネットを挙げています。友だちが使っているからそのアプリを入れる、という選び方もこの仲間です。
ネットの評価はどこまで流される?

10万件のコメントで試した実験
人の評価が人気に引っぱられることを、大がかりな実験で確かめた研究があります。2013年に科学誌『サイエンス』に載った、レヴ・ムチニクやシナン・アラルらの論文です。
舞台は、利用者がニュースへのコメントに「よい」「よくない」の票を入れられるサイトでした。研究チームは5か月にわたり、10万1281件のコメントの最初の評価を無作為に操作しています。プラスの票を入れた組・マイナスの票を入れた組・何もしない組に分け、その後ほかの利用者がどう評価したかを追いました。
最初のプラス評価で最終スコアが25%上がった
最初にプラスの評価を付けられたコメントは、次に読んだ人からプラスの票をもらう確率が32%高くなりました。最終的な評価も、何もしなかったコメントより平均で25%高くなっています。
中身は同じコメントです。最初の1歩が上向きだったかどうかだけで、行き着く先が変わったことになります。口コミの点数やレビューの星を見るとき、少し思い出しておきたい数字かもしれません。
マイナスの評価は打ち消された
意外なのは、マイナスの側では同じことが起きなかった点です。最初にマイナスを付けられたコメントには、それを打ち消すようなプラスの票が集まりました。
研究チームはこれを「修正効果」と呼んでいます。人は低すぎる評価には「それはないだろう」と反発しやすく、高い評価にはそのまま乗りやすい。バンドワゴン効果は、上向きの流れで強く出る性質を持っているようです。
選挙の世論調査で票は動くのか?

デンマークで3011人に架空の記事を読ませた
選挙での効き目を調べたのが、デンマークの政治学者4人による実験です。2014年1月、調査会社のネットパネルで3011人が回答しました。回答者は無作為に5つの組に分けられています。
4つの組には、本物そっくりに作った架空の新聞記事を1本ずつ読ませました。当時21%前後の支持があった大政党の社会民主党が5ポイント上がった・下がった記事と、4%前後の小政党の保守党が2ポイント上がった・下がった記事です。残りの1組は記事を読まずに答えました。
「伸びている」と読んだ人ほどその党に
結果は、2つの党のどちらでも同じ向きでした。支持が伸びたという記事を読んだ人は、下がったという記事を読んだ人よりもその党に投票すると答えやすくなっています。効き目がより強かったのは、伸びているという記事のほうでした。
性別・年齢・学歴などで効き方に差は見られなかったと論文は書いています。流れに乗るのは特定の人だけのくせではなく、多くの人が共通して持つ判断の仕方だ、というのが研究チームの見立てです。
負けそうな側を応援する「アンダードッグ効果」
反対の向きの現象もあると考えられてきました。劣勢と伝えられた候補に同情が集まる「アンダードッグ効果」です。アンダードッグは「負け犬」の意味で、日本語なら判官(ほうがん)びいきに近い言葉です。
のちにノーベル経済学賞を受けるハーバート・サイモンは1954年、2つの効果を並べた論文を書きました。予測を公表すると人がそれに反応し、予測が当たらなくなるのではないか。その問題を数式で論じたものです。どちらの効果が強く出るかは選挙ごとの事情にも左右され、研究者の間でも結論は割れています。
日本では人気投票の公表が禁じられている

公職選挙法が禁じる「人気投票」とは
公職選挙法の第138条の3は、選挙について「公職に就くべき者」を予想する人気投票の経過や結果を、誰であっても公表してはならないと定めています。比例代表の選挙なら、政党ごとの当選者の数や順位を予想するものも対象です。
新聞・テレビ・ポスター・演説と、公表の手段は問いません。街頭でシールを貼ってもらって集計し、その結果を掲示するような企画も当てはまるとされています。予想を見た有権者が先入観を持ち、選挙の公平さがゆがむのを防ぐためです。
違反すれば2年以下の拘禁刑
違反した人は、2年以下の拘禁刑か30万円以下の罰金に問われます(第242条の2)。新聞や雑誌なら実際に編集を担当した人や経営者、放送なら番組を編集した人が罰せられる仕組みです。
解説記事などでは「2年以下の禁錮」と書かれていることがあります。これは古い書き方で、2025年6月に刑法が改められ、懲役と禁錮が「拘禁刑」に一本化されました。いまの条文は拘禁刑です。
新聞が「先行」「競り合う」と書くわけ
報道機関が選挙の前に行う情勢調査では、どの候補に何%が投票すると答えたか、候補どうしの差は何ポイントかまで分かっています。それでも記事には数字を出さず、「先行」「競り合う」「追う」といった言葉で伝えるのが普通です。
神戸新聞は2022年の参院選の解説記事で、こうした表現になる理由の一つに人気投票の公表禁止を挙げています。数字を出して規定に触れないようにしながら、選挙の様子は伝えたい。その折り合いが、あのあいまいな言葉です。
報道の世論調査は違反になるのか?
2023年12月、国会議員が質問主意書でこの点を政府に尋ねました。報道各社が行う「どの候補者に投票するか」の世論調査は、公職選挙法に違反するのかという問いです。
政府の答弁書は、違反かどうかは個別の事実に即して判断するもので一概には答えられない、としました。そのうえで、調査のやり方によって人気投票の公表にあたると認められれば違反のおそれがある、と述べています。世論調査そのものは禁じられていないものの、線引きははっきりしないままです。
投票の直前に調査を出さない国もある

フランスは投票日の前日から公表禁止
世論調査の数字そのものを、投票の直前だけ出せなくする国もあります。フランスは1977年の法律で、投票日までの1週間は選挙に関わる世論調査の公表・放送・論評を禁じました。
この期間は2002年の法改正で短くなり、いまは投票日の前日0時から最後の投票所が閉まるまでとされています。日本は時期で区切るのではなく、「人気投票」という形の公表を禁じています。同じ心配から出発しても、止め方はずいぶん違うのです。
知る権利との綱引き
世論調査を止めれば、バンドワゴン効果で票が流れる心配は減ります。一方で、有権者が選挙の様子を知る手がかりも減ってしまう。どこまで制限するかは、報道の自由や知る権利との綱引きになります。
デンマークの実験で見られた効き目も、記事1本を読んだ直後の答えで測ったものでした。効果があると分かっても、それだけで規制の答えが決まるわけではないのです。
人はなぜ多数派に乗りたくなる?

多くの人の選択は手がかりになる
多数派に乗るのは、いつも愚かな選び方とは限りません。自分で全部を調べられないとき、大勢が選んだものは「少なくとも大きく外れてはいない」という目安になります。初めての町でにぎわっている店を選ぶのも、この手がかりの使い方です。
問題になるのは、その「大勢」が中身を見て選んだのではなく、さらに前の人の選択をなぞっているだけのときです。ネットのコメント実験の25%は、まさにその上乗せ分でした。
多数派の側にいる安心感
もう一つの理由は気持ちの面にあります。勝つ側・多い側にいれば、仲間外れにならずに済む。流行に遅れていないと感じられる。こうした安心は、品質とは関係なく選択を後押しします。
選挙なら、自分の1票が「勝った側」に入るのは気分のよいものです。ライベンシュタインが需要の理論に流行の気持ちを持ち込もうとしたのも、こうした動きが買い物の場面でも無視できなかったからでした。
流れに乗る前に見ておきたいこと

「何人が」より「なぜ選んだか」
人気の数字は、選んだ人の数を教えてくれます。けれども、その人たちが何を理由に選んだのかまでは教えてくれません。レビューなら星の数より書かれた中身を、候補者なら支持率より政策を見るのが、流れに飲まれにくい見方です。
最初の数票は偶然かもしれない
コメント実験が示したとおり、最初に付いた評価が上向きだっただけで最終的な点数は変わり得ます。評価の数がまだ少ないうちの高得点は、たまたま最初の数人が好意的だっただけということもあるでしょう。
人には流れを疑う力もある
逆に、低い評価に引っぱられにくいのも同じ実験から分かったことです。人には流れを疑う力も備わっています。乗るか乗らないかを決める前に、一度立ち止まって数字の中身をのぞけば十分です。
選挙記事の「先行」「競り合う」は、数字を言わない言葉です。歯切れが悪く見えるその書き方は、読む人をいきなり楽隊車に乗せてしまわないよう、法律が残した余白でもあります。次にその見出しを目にしたら、誰が先頭にいるかより、なぜ先頭にいるのかのほうが気になってくるはずです。
参考
- e-Gov法令検索「公職選挙法」
- 衆議院「政党が行う予備選挙に関する質問に対する答弁書」(2023年)
- Dahlgaard ほか「How Election Polls Shape Voting Behaviour」Scandinavian Political Studies(2017年)
- Muchnik ほか「Social Influence Bias: A Randomized Experiment」Science(2013年)
関連記事




