ミルグラム実験は、普通の市民が命令されるまま他人に「電気ショック」を与え続けるかを調べた実験です。1963年の報告では40人中26人が最強の450ボルトまで押しました。残酷な性格のせいではありません。権威の正当さ、少しずつ上がる要求、「責任は私が持つ」の一言が重なったのです。
※ ミルグラム実験とは、アメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムがイェール大学で行った、権威への服従を調べる一連の実験です。電流は実際には流れておらず、苦しむ声や物音は協力者の演技でした。
実験は1961年夏、イェール大学で始まった

新聞広告で集まった40人の男性
参加者は、コネチカット州ニューヘイブンの新聞広告に応じた20〜50歳の男性40人でした。高校教師・セールスマン・技術者と職業はさまざまで、学歴も小学校を終えていない人から博士号を持つ人まで幅がありました。謝礼は4ドル50セント。「来てくれたことへの支払いなので、このあと何があっても返さなくてよい」と最初に伝えられています。
表向きは「記憶と学習の研究」
参加者には、罰が学習にどう効くかを調べる研究だと説明されました。会場ではもう1人の参加者と引き合わされ、くじで「先生」と「生徒」の役を決めます。ところがこのくじは、両方の紙に「先生」と書かれた細工つき。本物の参加者は必ず先生役になり、生徒役は実験側の協力者が務めました。
アイヒマン裁判の3か月後という時期
実験が始まった1961年8月は、ナチス・ドイツでユダヤ人の移送を担ったアドルフ・アイヒマンの裁判がエルサレムで始まって約3か月後でした。「命令に従っただけ」という言い分は本当にありうるのか。ミルグラムは、ホロコーストに加わった人々を念頭に、この問いを実験で確かめようとしたとされています。
電気ショック装置と4つのうながし

30個のスイッチは15ボルトから450ボルトまで
先生役の前に置かれたのは、スイッチが30個並んだ大きな装置です。15ボルトずつ上がり、端の「軽いショック」から反対側の「XXX」(450ボルト)まで目盛りがついていました。装置が本物だと思わせるため、先生役は始める前に弱い見本のショックを自分の体で受けています。
生徒役が単語の組み合わせを覚えるテストで間違えるたびに、先生役は1段ずつ強いスイッチを押すよう指示されました。
生徒役の「ウォレス氏」は仕掛け人
生徒役のウォレス氏は、隣の部屋でいすに固定され、腕に電極をつけられます。ただし電流は流れていません。彼は正解1つにつき誤答をおよそ3つ返すよう打ち合わせていました。1963年の報告の条件では、300ボルトと315ボルトで壁をたたき、そのあとは答えなくなって静まり返ります。
実験者が口にする決まった4つのことば
灰色の上着の実験者は先生役と同じ部屋にいて、ためらいを見せるたびに次のことばを順に使いました。
- 続けてください
- 実験のために、続けていただく必要があります
- 続けることが絶対に必要です
- ほかに選択肢はありません。続けなければなりません
4つ目まで言っても拒んだら、そこで実験は終わりです。命令の中身は穏やかで、怒鳴ったり脅したりはしていません。
何人が450ボルトまで押した?

300ボルトまでは40人全員が進んだ
壁をたたく音が聞こえる300ボルトまで、途中でやめた人は1人もいませんでした。そこから先で少しずつ脱落者が出ます。電圧ごとに、まだ続けていた人数を並べると次のとおりです。
| 電圧 | 続けていた人数(40人中) |
|---|---|
| 300ボルトまで | 40人 |
| 315ボルト | 35人 |
| 330ボルト | 31人 |
| 345ボルト | 29人 |
| 360ボルト | 28人 |
| 375ボルト | 27人 |
| 390〜450ボルト | 26人 |
40人中26人、65%が最後のスイッチまで
最後まで押した26人は全体の65%にあたります。生徒役は330ボルト以降、何の反応も返していません。それでも3人に2人が「XXX」の印がついたスイッチまで進んだわけです。拒んだ14人も、多くは300ボルトを超えてから手を止めていました。
事前の予想はわずか0〜3%
実験の前、ミルグラムは心理学専攻の学生14人に結果を予想させています。答えは「450ボルトまで押すのは0〜3%」。のちにイェールの学生や精神科医40人に尋ねたときも、最後まで続ける人はほぼいないという見方でほとんど一致しました。人は他人の行動を、その場の力より本人の性格で説明しがちです。予想と結果のずれは、その傾向をはっきり映しています。
従った人は平気だったのか?

汗・どもり・唇をかむしぐさ
平気ではありませんでした。報告には強い緊張のしるしが並びます。汗をかく・言葉がつかえる・唇をかむ・爪を自分の肌に食い込ませる、といったものです。40人のうち14人には、場にそぐわない引きつった笑いや笑みも見られました。続けた人の多くは、ためらいながらスイッチを押していたのです。
3人は笑いが止まらなくなった
なかでも3人は、自分では抑えられない発作のような状態に陥りました。おかしくて笑ったわけではありません。続けたくない気持ちと指示に応じる気持ちがぶつかり、追い詰められた緊張が体に出たものと受け止められています。
実験のあとの種明かしと再会
終わったあと、先生役には仕掛けが説明され、無事な生徒役と顔を合わせる場が設けられました。のちの追跡アンケートでは、回答者の84%が「参加してよかった」「とてもよかった」と答えたとミルグラムは報告しています。ただし説明が十分でなかった参加者がいたことも、のちの調査で指摘されました。
なぜ人は従ってしまうのか?

イェール大学という看板が権威を支えた
ミルグラムは、服従のかぎは命令する人の態度ではなく、その権威が「正当」に見えるかどうかだと考えました。灰色の上着を着た実験者は、大学と科学の名のもとに指示を出しています。報告では、イェール大学という「非の打ちどころのない評判」が従いやすさを生んだ要素の一つに挙げられました。
実験者は手順を知りつくした専門家にも見えました。その判断に任せたくなるのも、無理のない心の動きです。
「責任は私が持つ」で人は道具になる
「相手に何かあったら誰の責任か」と尋ねた参加者に、実験者は「責任は私にある」と答えました。すると多くの人が、自分を命令の実行役と見なすようになります。ミルグラムはこの状態を「エージェント状態」と呼びました。別の条件で、スイッチを押す役を協力者に任せ参加者を補助役にしたところ、拒んだのは40人中わずか3人でした。
※ エージェント状態(代理人状態)とは、自分の行動を他人の意思の代わりに行っていると感じ、結果の責任を命令した側に預けてしまう心の状態のことです。
15ボルトずつ上がる仕組みが引き返しにくくした

小さな「はい」が積み重なる
最初のスイッチは15ボルト。生徒役に目立った反応もない軽いものでした。そこから15ボルトずつ上がっていくので、180ボルトを押した直後に195ボルトだけを拒む理由は見つけにくいもの。人には自分の行動に一貫性を保とうとする傾向があるからです。小さな要求に応じるうちに「指示に従う人」という自己像までできていく、と再現実験を行ったバーガーは解説しています。
150ボルトが「引き返せない地点」
のちの条件(生徒役の声が聞こえる型)では、150ボルトで生徒役が初めて「ここから出してくれ」と強く訴えます。ここで止まった人は多い一方、150ボルトを越えた33人のうち26人、79%が450ボルトまで進みました。最初の大きな迷いを越えると、その先で止まるのはむずかしくなる。この数字が、のちの再現実験の設計を支えることになります。
頼れる情報が実験者しかいない
参加者にとって、こんな場面は生まれて初めてです。どうふるまえばいいか手がかりを探しても、そばにいるのは落ち着き払った実験者だけでした。生徒役の叫びが聞こえても、実験者は「ショックは危険ではない」とくり返します。ほかに比べる材料がなければ、目の前の専門家の態度を正解とみなしたくなるのも自然な流れでした。
条件を変えると服従率はどこまで下がる?

ミルグラムは1974年の著書『服従の心理』までに、設定を少しずつ変えた条件をいくつも試しています。主なものの結果を並べると、何が服従を強めたり弱めたりするかが見えてきます。
| 条件 | 450ボルトまで続けた割合 |
|---|---|
| 基本の条件(生徒役は別室) | 65% |
| 生徒役と同じ部屋 | 約40% |
| 生徒役の手を電極板に押しつける | 30% |
| 実験者は電話で指示する | 20.5% |
| 大学でなく古びた事務所で行う | 47.5% |
| ほかの先生役2人が拒む | 10% |
相手が近く、命令が遠いほど止まれた
生徒役が目の前にいると服従は大きく減り、自分の手で相手の手を押さえつける条件では30%まで下がりました。逆に実験者が部屋を出て電話で指示すると、20.5%にまで落ちています。見張る目が遠のくだけで、命令の力はここまで弱まるのです。
大学の看板を外しても半数近くが続けた
イェール大学の名を出さず、同じ州のブリッジポートにある古びた事務所で「研究所」を名乗って行うと、続けた人は47.5%でした。看板の力は確かにあります。ただ、それを外しても半数近くが最後まで押したことのほうが、むしろ重く受け止められました。
仲間が拒むと服従はほとんど消えた
先生役を3人にして、本物の参加者以外の2人(協力者)が途中で次々に拒む条件では、最後まで続けた人は10%でした。実験者を2人にして意見を食い違わせた条件もあります。1人が「続けて」と言い、もう1人が「やめるべきだ」と言うと、服従はほぼ見られなくなりました。ひとりの反対が、ほかの人に「やめてもいい」という手がかりを渡したと考えられます。
2006年の再現実験でも結果は近かった

150ボルトで止めて負担を減らした
ミルグラムの手順は今の研究倫理の基準では認められず、同じ形の研究は30年以上発表されていませんでした。そこでサンタクララ大学のジェリー・バーガーは、あの「79%」に注目します。150ボルトを越えるかどうかを見れば、最後まで行くかはおおよそ見当がつくからです。
そこで実験を150ボルトの直後で打ち切る形にし、臨床心理士の面接で強いストレスに弱い人を事前に外しました。参加したのは20〜81歳の男女70人です。
先へ進もうとした人は70%
150ボルトを押したあとも次へ進もうとして止められた人は70%でした。ミルグラムの同じ条件の82.5%よりやや低いものの、統計的にはっきりした差とは言えない幅です。45年たっても、人の振る舞いはほとんど変わっていなかったことになります。結果は2009年に学術誌「American Psychologist」で報告されました。
拒む人を見せても下がらなかった
バーガーは、もう1人の先生役(協力者)が90ボルトで「私にはできない」と降りる条件も試しました。予想では服従が減るはずでしたが、続けた人は63.3%で、基本の条件と目立った差はありません。ミルグラムの「仲間が拒むと10%」とは違う結果です。拒み方が控えめだったことなど、条件の違いも影響したとみられます。男女の差も見られませんでした。
実験そのものへの批判は?

参加者を追い詰めた倫理の問題
1964年、心理学者ダイアナ・バウムリンドは、参加者が強い苦痛を見せた時点で実験を止めるべきだったと批判しました。本当の目的を伏せたまま強いストレスを与えたことは、本人の同意の点でも問題だとされます。この議論は、心理学の研究倫理の基準が大きく見直されるきっかけの一つになりました。
記録を見直して分かった食い違い
オーストラリアの心理学者ジーナ・ペリーは、ミルグラムの残した記録や録音を調べ、2012年に本にまとめました。実験者が決まった4つのことばから外れ、即興でうながしを重ねていた場面があったと指摘しています。電気ショックが本物だと心から信じていた参加者は半数ほどだった、という分析もありました。
「服従」ではなく「科学への協力」という読み方
英国の社会心理学者ハスラムやライカーらは、同じ記録から別の解釈を示しました。命令口調のうながしほど効き目が弱く、「実験のために必要」と目的を強調されたときに人は続けやすかったというのです。参加者を動かしたのはただの服従ではなく、科学に協力したい気持ちだったのではないか。評価はいまも分かれていますが、権威の下で人がどう動くかという問いの重さは変わっていません。
日常にもある服従の場面

肩書き・制服・専門家のひとこと
職場の上司、制服を着た係員、白衣の専門家。身のまわりには「この人が言うのなら」と判断を預けたくなる相手がたくさんいます。多くの場合それは理にかなった信頼です。ただ、ミルグラム実験の参加者も、はじめは「大学の先生の言うことだから」と素直に応じた普通の人たちでした。
周りに合わせてしまう心理を調べたアッシュの同調実験や、与えられた役割が人を変えたスタンフォード監獄実験も、同じ問いを別の角度から照らしています。
「おかしい」と言う一人が流れを変える
実験から読み取れる希望もあります。実験者どうしの意見が割れたり、ほかの先生役がはっきり拒んだりすると、服従は大きく減りました。誰かが「やめよう」と口に出すことは、周りの人にとって立ち止まるための確かな手がかりになります。責任を誰に預けているのかを一度自分に問うだけでも、流れに乗りかけた足は止めやすくなるはずです。
65%という数字は、人間の弱さだけを示しているわけではありません。同じ人が、相手との距離や周りの一言しだいで、ためらいなく手を止める側にも回れました。残酷さを生むのが状況なら、それを止めるのもまた状況です。その状況の一部に、私たち自身の声も含まれています。
参考
- WJEC「Milgram, S. (1963). Behavioral study of Obedience」
- Jerry M. Burger「Replicating Milgram: Would People Still Obey Today?」American Psychologist 64(1), 2009
- Simply Psychology「Milgram Shock Experiment」
- Wikipedia「Milgram experiment」
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