親知らずはなぜこの名前?そもそもなぜ生えてくるの?

奥歯と歯ぐきのイラスト入りの親知らずのカード 言葉と論理の話
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口のいちばん奥に、18歳を過ぎたころ遅れて顔を出す歯。その親知らずという名前は、親の目が届かなくなってから生えてくることに由来するとされます。生える場所が足りないのは、人類の顎が小さくなったのに歯の数が昔のまま残ったためと考えられています。痛みや腫れがあるときは、早めに歯科で相談してください。

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親知らずは何番目の歯?

歯科検診で口の中を診てもらう男の子のイラスト

正式な名前は第三大臼歯

親知らずの正式な名前は第三大臼歯(だいさんだいきゅうし)です。前歯の真ん中から数えて8番目にあたるため、歯科では「8番」とも呼ばれます。上下左右に1本ずつ、全部そろえば4本になります。永久歯は親知らずを含めると32本で、含めなければ28本。歯の本数を28本とする説明が多いのは、親知らずを数に入れていないためです。

6歳・12歳・18歳と奥へ増える

奥歯の大臼歯は、子どもの成長に合わせて後ろへ1本ずつ足されていきます。6歳前後に第一大臼歯が生え、11〜13歳ごろに第二大臼歯が続きます。それぞれ「6歳臼歯」「12歳臼歯」とも呼ばれる歯です。親知らずはその3本目で、日本口腔外科学会は生える時期を18〜20歳くらいとしています。

顎の骨が後ろへ伸びるのを待ってから、次の歯が出てくる順番です。6年ほどの間隔で奥へ並んでいくので、18歳ごろというのは数字の並びとしても自然な位置にあります。

生える年齢には大きな幅がある

18〜20歳はあくまで目安です。平凡社の『世界大百科事典』は20〜30歳ごろと書いており、30代に入ってから気づく人もいます。骨の中に埋まったまま一生出てこないこともあれば、横向きに寝たまま途中で止まる例も珍しくありません。学会の説明では、完全な形できれいに生えてくる人はまれだとされます。

名前は親の目が届かないころに生えるから

一人暮らしの部屋で食事をする若い男性のイラスト

親元を離れる年ごろに生える説

よく知られた説明は、生える時期そのものにあります。乳歯が抜けて永久歯が生えそろうまでは、親が子どもの口の中をのぞいて確かめるのが普通でした。ところが親知らずは、子どもが大人になってから生えてきます。親がもう歯の生え具合を見ていない年ごろなので、親は知らない歯というわけです。

親がすでに亡くなっていた説

もう少し重い説明もあります。人の寿命が今より短かった時代には、子どもに親知らずが生えるころには親が亡くなっていることも珍しくなかった、というものです。この説明は雑学の本や記事でよく見かけます。

ただし、昔の平均寿命が短く見えるのは、幼いうちに亡くなる子どもが多かったことが大きく影響しています。大人まで生きた人の寿命はそこまで短くないため、こちらは話を大げさにした言い伝えとして聞いておくのがよさそうです。

乳歯を親に見立てる説

三つ目は、歯どうしの関係に目をつけた説です。前歯や小臼歯は、先に生えていた乳歯が抜けた跡に入れ替わる形で生えます。乳歯を「親」と見れば、親の歯がいる歯といない歯があることになります。

大臼歯にはもともと前の代の乳歯がありません。中でも親知らずは最後にひとりで出てくるので、親を知らない歯だという見方です。歯科医院の解説で紹介されることがある一説で、定説とまではいえません。

400年以上前の辞書にもう載っていた

古びた文書のイラスト

1595年の『羅葡日辞書』

この呼び名はかなり古くからあります。小学館の『日本国語大辞典』は、歯の意味の「親知らず」の出典に『羅葡日辞書(らほにちじしょ)』を挙げています。1595年にイエズス会が天草で出した、ラテン語・ポルトガル語・日本語を並べた辞書です。宣教師たちが日本語を学ぶために作った本に、この歯の呼び名がすでに記録されていました。

関ヶ原の戦いより5年前のことです。少なくとも430年ほど前には、人々はこの歯を親と結びつけて呼んでいたことになります。

「歯」が取れて「親知らず」に

『日本国語大辞典』によると、もとの形は「親知らず歯(おやしらずば)」で、今の「親知らず」はその略です。小説の用例としては、中勘助(なか かんすけ)の『銀の匙』(1913〜15年)が引かれています。親知らずを除いた歯の本数を数える場面で、28本という数字が出てくるくだりです。

同じ辞典は、「親知らず」の意味として生みの親を知らずに育つことも挙げています。歯の名前は、その言葉の感覚を借りて生まれたものと考えるのが自然でしょう。

新潟の「親不知」は別の由来

新潟県の西の端には、親不知(おやしらず)という海岸があります。こちらの名前は歯とは関係がありません。断崖の下の波打ち際を北陸道が通り、波が寄せるたびに親は子を、子は親を気にかける余裕もなかったことに由来するとされます。

1489年にここを越えた禅僧の万里集九(ばんりしゅうく)は、詩文集『梅花無尽蔵(ばいかむじんぞう)』に「扶桑第一嶮難地」、つまり日本一の難所と書き残しました。

英語ではなぜ「知恵の歯」?

地球のまわりで手をつなぐ世界の人々のイラスト

wisdom toothは古代ギリシャ語から

英語では親知らずを wisdom tooth(知恵の歯)と呼びます。これはラテン語の dens sapientiae を訳した言葉です。そのラテン語もまた、古代ギリシャ語で「分別のついたもの」を意味する言葉を訳したものとされます。分別のつく大人の年ごろに生えるから知恵の歯、という発想です。

歯科で使う「智歯(ちし)」も、同じ「知恵の歯」の流れにある呼び名です。中国語でも智歯と書きます。

国ごとに呼び名を並べると

同じ歯でも、名前が目をつけている点は言語によって違います。何にちなんだ名前かを横に並べてみました。

言語呼び名文字どおりの意味目をつけている点
日本語親知らず親が知らない(歯)親との距離
英語wisdom tooth知恵の歯本人の分別
中国語智歯知恵の歯本人の分別
ドイツ語Weisheitszahn知恵の歯本人の分別
韓国語사랑니(サランニ)愛の歯恋をする年ごろ

ヨーロッパから中国まで「知恵」でそろう中で、日本語だけが親のほうから歯を見ています。

韓国語は「愛の歯」

韓国語の사랑니(サランニ)は「愛」と「歯」を合わせた言葉です。初恋をするような年ごろに生えてくるから、と説明されることが多い名前です。生えるときの痛みを、恋の痛みに重ねる説明もあります。

なぜ生える場所が足りない?

木の実を拾う原始人のイラスト

歯の数は類人猿と同じ32本

人の歯の並び方は、チンパンジーやゴリラと同じです。上下左右それぞれに前歯2本・犬歯1本・小臼歯2本・大臼歯3本が並び、合わせて32本になります。大臼歯を3本ずつ持つのは、人類の祖先から受け継いだ形です。

祖先の顎は前後に長く、3本目の大臼歯まで無理なく並ぶ余裕がありました。歯の数を決める仕組みは、今も大きくは変わっていません。

農耕の始まりで顎の形が変わった

変わったのは顎のほうでした。2011年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に載った研究は、世界11の集団の下顎の骨を比べています。狩猟採集で暮らしてきた集団は下顎が長くて細く、農耕で暮らしてきた集団は短くて幅の広い形をしていました。

この違いは、遺伝的な近さや地理、気候の影響を除いても残りました。研究者は、やわらかい穀物を食べるようになって噛む力が弱まり、顎の成長が控えめになったと考えています。短い顎では、奥歯が並びきらなくなるおそれがあるわけです。

噛む力が顎を育てる

骨は、かかる力に応じて太さや長さを調整しながら育ちます。子どものうちによく噛めば顎はしっかり育ち、やわらかい物ばかりだと成長が控えめになる、というのが研究者の見立てです。顎の大きさは遺伝だけで決まらず、育つ間に何を食べたかにも左右されます。

やわらかい餌で育てたハイラックスの実験

イワハイラックスのイラスト

生の餌と加熱した餌で比べた

この考えを動物で確かめた実験があります。ハーバード大学のダニエル・リーバーマンらが2004年に発表した研究です。使ったのはイワハイラックスという、アフリカの岩場に住むウサギほどの大きさの草食動物でした。

一方のグループには生や乾燥させた硬い餌を、もう一方には加熱してやわらかくした餌を与えて育てました。噛むときに骨にかかるひずみは、硬い餌のほうが場所によって2倍ほど大きかったといいます。

顔の下と奥の成長が1割ほど少ない

加熱した餌で育ったハイラックスは、顔の下側と奥側の成長がおよそ10%少なくなりました。ちょうど噛む力がいちばん強くかかる部分です。研究チームは、調理や加工で食べ物がやわらかくなったことが、人の顎を小さくしてきたという仮説を支える結果だとまとめています。

人で起きているのも同じ流れ

火を使った料理、臼でひいた粉、やわらかいパンやご飯。人類は何千年もかけて、噛まなくても食べられる物を増やしてきました。歯の数はそのままで顎だけが小さく育てば、最後に生える親知らずの居場所が足りなくなるのは自然な成り行きです。

はじめから無い人は世界で2割余り

エックス線写真の前で説明する医師のイラスト

6万人分のデータを集めた分析

親知らずは、そもそも作られない人も少なくありません。2015年にハーバード大学の研究者がまとめた分析は、世界の92の研究、およそ6万3,000人分のデータを集めています。1本以上の親知らずが生まれつき無い人の割合は、平均で22.6%でした。

ただし研究ごとの値は5%から56%まで大きくばらつき、地域による差もはっきり出ています。女性のほうが男性より14%ほど欠けやすく、下顎より上顎で欠けやすいという傾向も見つかりました。

日本人では2〜3割という報告

アジアの人々は、世界の中でも欠けている割合が高いほうだとされます。日本の矯正歯科の患者を調べた研究で報告された割合は、22〜32%でした。

平凡社の『世界大百科事典』は、日本人の約半数は歯のもとがまったくないと書いています。数え方の違いもあって数字には幅があるものの、珍しいことではないのは確かです。

埋まっているだけの人もいる

口の中に見えないからといって、無いとは限りません。歯ぐきや骨の中に埋まったまま出てこない歯は「埋伏歯(まいふくし)」と呼ばれます。生まれつき無いのか埋まっているだけなのかは、エックス線写真を撮らないと分かりません。

なぜ欠ける人がいるのかは、まだはっきりしていません。顎の大きさや遺伝との関係を調べた研究は多いものの、結果が食い違っていることが先の分析の出発点でした。

抜くかどうかは何で決まる?

抜歯用の器具で歯をはさんだイラスト

抜いたほうがよいとされる場合

日本口腔外科学会は、抜歯を考えたほうがよい例をいくつか挙げています。親知らずのまわりの歯ぐきが腫れる智歯周囲炎・手前の歯のむし歯・歯並びの乱れ・口臭などです。斜めや横向きに生えると歯ブラシが届きにくく、汚れがたまりやすくなります。

※ 智歯周囲炎(ちししゅういえん)とは、親知らずのまわりの歯ぐきに細菌が入って起こる炎症のことです。腫れや痛みのほか、口が開けにくくなることもあります。

抜かなくてよい場合もある

まっすぐ生えて上下でしっかり噛み合っている親知らずなら、無理に抜く必要はないというのが学会の説明です。手前の奥歯を失ったとき、両隣の歯を支えに人工の歯を橋のように渡す「ブリッジ」の土台に使えることもあります。

年配の人や持病のある人は、抜くかどうかを口腔外科の医師とよく相談するよう学会はすすめています。生え方は一人ひとり違うので、自分で判断せず歯科で診てもらうのが近道です。

抜いた親知らずが別の場所で働くことも

歯科医が患者の歯を治療しているイラスト

失った歯の跡へ移す

健康な親知らずは、ほかの歯を失った場所へ移し替えて使えることがあります。日本歯科医師会はこれを歯の移植として紹介しています。ブリッジのように両隣の歯を削らずにすみ、入れ歯より違和感が少ないのが利点です。

一方で、歯を失ってから時間がたつと骨が埋まってしまい、移すのが難しくなります。親知らずの形が合わない場合も向きません。

10年後も残るのは7割余り

日本歯科医師会のページには、移植した712本の歯を追った臨床グループの集計が紹介されています。10年後も口の中で働いていた歯は73.6%、平均すると14.6年ほど持つと見積もられました。人工の歯根を埋めるインプラントよりはやや低いものの、自分の歯を生かせるのは大きな強みです。

マイナス150度で待つ歯

抜いた歯を凍らせて取っておく「歯の銀行」という試みもあります。2015年の症例報告では、38歳の男性から抜いた上顎の親知らずを専用の液に浸し、マイナス150度で保存しました。4日後に解かして移植したところ、歯と骨をつなぐ膜が再生し、長く安定した状態が続いたといいます。名前の由来とは逆に、抜いた後の親知らずは持ち主にしっかり見守られることになります。

英語は本人の分別を、韓国語は恋を見た一本の歯に、日本語は親との距離を見ました。どの名前も、その歯が生える年ごろに人生で何が起きているかを映しています。日本語が選んだのは、親の手を離れて一人で歩き出すという節目でした。

参考