ネコにもチンパンジーにも、使いやすい前足はあります。ただ、群れのほとんどが同じ側にそろってしまうのは人間だけです。
決まる時期はいつなのか。決めているのは何か。そして、なぜ右ばかりなのでしょう。この三つは別々の問いで、わかっている度合いもずいぶん違います。
「いつ」「何が」「なぜ」——問いを分けると見え方が変わる

利き手の話は、答えがほぼ固まっているものと、いまも研究者のあいだで言い合いが続いているものが混ざっています。先に、その線引きごと一覧にしておきましょう。
| 問い | 現時点の答え | 確からしさ |
|---|---|---|
| いつ決まるか | 胎児期のかなり早い段階から、右を多く使う傾向が出ている | 追跡研究があり、比較的固い |
| 何が決めるか | 遺伝は関わるが、単一の遺伝子では決まらない | 関与は確実。ただし全体像は未解明 |
| なぜ右が多数派か | 脳の左右差、とくに言語の側にそろっているという見方が有力 | まだ仮説の段階 |
| なぜ左が消えないか | 少数派だからこそ有利になる場面がある、という説明がある | 賛否が分かれている |
| 矯正で変わるか | 書く手は変えられる。ほかの動作や脳の側性まで変わるとは限らない | 限定的な知見 |
一番はっきりしているのは「いつ」で、一番あやふやなのが「なぜ右か」です。当たり前に見える側ほど説明が足りていない、という妙な形になっています。
利き手は、生まれる前からすでに傾いている

利き手が決まる時期は、はしを持たせる年齢よりずっと早い段階にさかのぼります。超音波で胎児を観察した研究が、その手がかりを残しました。
胎児が見せる右優位
妊娠10週の腕の動き
片腕だけの動きが観察できるようになる最も早い時期が、妊娠10週ごろとされています。この段階の胎児を調べた研究では、右腕を左腕より多く動かした胎児が85%にのぼりました。脳と手をつなぐ配線が完成するより前から、動きはすでに右へ寄っていたことになります。
親指しゃぶりと、10年後の答え合わせ
胎児の親指しゃぶりは12〜14週ごろから見られ、およそ9割が右の親指を吸っていたと報告されました。おもしろいのはその先で、当時の胎児75人を10〜12歳になってから追跡した研究があります。右の親指を吸っていた60人は全員が右利きになり、左を吸っていた15人のうち10人が左利きになりました。
生まれてからの固まり方
赤ちゃんの手はまだ揺れている
胎児の段階で傾きがあっても、乳児期は左右が入れ替わることが珍しくありません。片方に落ち着いてくるのは幼児期以降とされ、そこから道具を使う経験が重なって固定されていくと考えられています。「うちの子は左利きかも」という判断が早すぎると当たらないのは、このためです。
利き手は「右か左か」の二択ではない
研究の現場では、利き手を程度で測ります。よく使われるエディンバラ利き手検査(1971年)は、書く・描く・投げる・はさみ・歯ブラシ・ナイフ・スプーン・ほうきの上側の手・マッチを擦る・箱のふたを開けるの10項目を聞き取り、偏りを数値にするものです。全項目が同じ側にそろう人もいれば、書くのは右で投げるのは左という人もいます。
この物差しで見ると、いわゆる「両利き」は自己申告より少なくなるようです。多くは、いくつかの動作だけが反対側という混在型に分類されます。
「左利きの遺伝子」は、まだ見つかっていない

利き手に遺伝が関わることは、はっきりしています。ただし血液型のように一つの遺伝子で決まる形ではありません。
双子が教える数字
遺伝率25%という値の読み方
双子を使った研究では、利き手の遺伝率はおおむね25%前後と見積もられています。裏返せば、残りの7割以上は遺伝以外の要因ということです。実際、遺伝情報がほぼ同じ一卵性双生児でも、片方が右利きでもう片方が左利きという組み合わせは普通に現れます。
説明できているのは、そのうち1〜6%
さらに厳しいのが、集団の遺伝子を直接調べたときの数字です。多くの人が共通して持つ変異で説明できる部分は、1〜6%ほどにとどまります。双子研究の25%との差が、そのまま「まだ手がかりのない部分」として残っている状態です。
それでも見つかった手がかり
176万人を調べて41か所
近年のゲノムワイド関連解析では、176万人規模の解析で左利きと統計的に関連する部位が41か所報告されました。数は多いものの、一つ一つが利き手に与える影響はごくわずかです。関連する部位は神経系ではたらく遺伝子に偏っており、手そのものより脳の側に鍵がありそうだと示唆されています。
※ ゲノムワイド関連解析(GWAS)とは、多数の人のゲノム全体を一度に調べ、ある特徴を持つ人に偏って現れる遺伝子の並びを統計的に探す手法のことです。
細胞の骨組みをつくる遺伝子
2024年の解析では、TUBB4Bという遺伝子のまれな変異が左利きで2.7倍の頻度で見つかったと報告されました。この遺伝子がつくるのはチューブリンという、細胞の骨組みになるたんぱく質です。体の左右の非対称をつくるしくみに関わる部品でもあり、利き手が「体の左右差」という大きな話の一部であることをうかがわせます。
人間だけが、集団ごと右にそろっている

個体ごとに使いやすい手があること自体は、人間の専売特許ではありません。人間で特殊なのは、その好みが集団としてひとつの側に偏っている点です。
ほかの動物と比べてみる
イヌとネコは、好みはあっても半々
ネコのおよそ4分の3、イヌの7割弱には、前足の好みがあると報告されています。ところが集団で集計すると右と左はほぼ同数で、人間のような偏りは現れません。ネコではメスが右、オスが左に寄る傾向も報告されており、性別で向きが割れるという点も人間とは違います。
チンパンジーは、少しだけ右に寄る
野生チンパンジーの道具使用を調べた研究では、集団レベルで右への偏りが確認されています。ただし比率は65〜70%ほどで、人間の9割には届きません。近い仲間でも、そろい方の強さには段差があります。
| 種 | 個体ごとの好み | 集団としての偏り |
|---|---|---|
| ヒト | ほぼ全員にある | 右がおよそ9割。社会を問わず共通 |
| チンパンジー | ある | 右が65〜70%程度 |
| イヌ・ネコ | 個体差として存在 | 右と左がほぼ半々 |
脳の左右差と手
言語がどちら側にあるか
326人の脳血流を測って言語の側性を調べた研究があります。右半球優位だった人の割合は、利き手の傾きに沿って段階的に増えました。強い右利きで4%、両手利きで15%、強い左利きでは27%です。利き手と言語の側は連動しているものの、左利きだから言語も逆、という単純な話ではありません。左利きの多くは、右利きと同じく左半球で言葉を扱っています。
手と言葉が同じ側にある意味
右手を動かす指令も、多くの人の言語機能も、どちらも左半球にあります。ここから一つの見方が生まれました。道具を扱う細かい動きと、身ぶりや発話を組み立てる働きが同じ側で育ったのではないか、という筋書きです。ただし証明されたわけではなく、順番がどちらだったのかも決着していません。
いつからそうだったのか
前歯に残った、斜めの傷
ネアンデルタール人には、口の前で肉や皮を引っぱりながら石器で切る習慣があったと考えられています。そのとき刃が前歯をかすめ、利き手の向きに応じた斜めの傷が残ります。この傷を調べた研究では、右利きと判定された個体が27に対し、左利きは2でした。割合にすると93%対7%で、現代とほとんど変わりません。
石器の作りにも出る
石を割ってつくる道具には、打ち方の癖が形として残ります。ドイツで出土した石器群を分析した研究では、少なくとも85%が右利き向けの作りだったと報告されました。右利きが多数派である状態は、数万年前にはすでに成立していたことになります。
それでも1割の左利きが消えない

右利きに何か有利な点があるなら、長い時間のなかで左利きは減っていきそうなものです。減らずに一定の割合で残り続けている点も、説明を必要とする謎になっています。
「戦いの仮説」という説明
珍しいほど有利になる
向かい合って争う場面では、多数派は少数派の型に慣れていません。左利きは相手にとって見慣れない角度から来るぶん有利になる、というのが戦いの仮説です。伝統的な社会を比べた研究では、殺人率の高い集団ほど左利きの割合が高いという関係が報告されました。少数派でいることが有利なら、増えすぎない範囲で左利きは残り続けます。
※ 負の頻度依存選択とは、珍しい型ほど有利になる結果として、その型が絶滅も多数派化もせずに一定の割合で保たれる現象のことです。
否定する研究もある
この仮説には反証も出ています。ある非工業社会を調べた研究は、争いの多さと左利きの割合の関係を支持しませんでした。研究者の評価も「強い証拠はないが、退けるだけの材料もない」という位置にとどまっています。魅力的な説明ほど、裏づけの確認は慎重に扱ったほうがよさそうです。
スポーツに残っている数字
時間の余裕が少ない競技ほど左が多い
世界ランキング上位の選手を競技別に集計した研究では、判断の時間的余裕が大きい競技で左利きは8.7%だったのに対し、余裕の小さい競技では30.4%に達しました。野球・クリケット・卓球での偏りがとくに目立ちました。相手に考える時間がないほど、見慣れない型の効き目が大きくなるという読み方ができます。
格闘技の1万3800人
プロボクサーと総合格闘技選手を1万3800人以上集めた分析では、左利きの選手のほうが勝率が高いという結果が男女ともに得られています。ただし、これは競技という限られた土俵での話です。日常生活の有利不利へそのまま広げられるものではありません。
割合が調査ごとに違う理由と、「短命説」の顛末

「左利きは何%」という数字は、資料によってかなり幅があります。同じ国の話でも、3%と書く本と12%と書く本が並んでいるのが実情です。この幅を無視したことで生まれた有名な誤解も残りました。
数字がばらつく
文献ごとの幅
国立国会図書館のレファレンス事例には、日本と世界の割合を扱った資料が並んでいます。世界の右利きはおおむね9割で一致する一方、左利きの数字は資料ごとに違います。
| 資料・調査 | 左利きの割合 | 注記 |
|---|---|---|
| 『左利きの秘密』(1979年) | 4〜6% | 同書掲載の日本の小学生調査は9.7% |
| 『総合リハビリテーション』(2010年) | 10〜12% | 右利きは88〜90%と記載 |
| 日本人7351人の調査 | 男性3.6%/女性2.7% | 『女の脳・男の脳』(1998年)に掲載 |
| 『世界大百科事典』(2007年) | 0.2〜31% | 地域・調査法による幅として提示 |
何の動作を数えたのか
ばらつきの大きな原因は、測る動作の違いです。「書く手」だけを聞けば、矯正を受けた人は右利きに数えられます。はしや投球まで含めた場合は左利き。同じ人でも、質問の立て方で所属が変わるわけです。日本のように書字と食事の作法で右を促してきた地域では、この差がとくに大きく出ます。
「左利きは9年早く死ぬ」の顛末
1991年の研究の作り方
1991年、左利きは右利きより平均9年早く亡くなるという研究が発表され、大きく報じられました。調べ方は単純です。最近亡くなった人の遺族に「故人はどちらの手で字を書いていたか」を尋ね、左右の平均死亡年齢を比べました。
世代のずれが生んだ幻
問題は、20世紀を通じて左利きと申告する人の割合が増え続けたことでした。矯正が当たり前だった時代に生まれた高齢者ほど「右利き」として数えられ、若い世代ほど左利きが多くなります。つまり亡くなった人のうち左利きは自動的に若い側へ偏ります。後年の再検証では、この世代のずれを織り込むと差はほぼ消え、残った0.02年も性別を調整していないことによるものだったと報告されました。
利き手のとなりにある、ずれた話

利き足と利き目は、利き手とそろわない
体の左右差は手だけの話ではありません。ボールを蹴る足、片目で狙うときに使う目にも偏りがあり、これらは利き手と一致するとは限らないと報告されています。右利きなのに左目でのぞく人は珍しくありません。利き手を「体全体の向き」と考えると、説明できない組み合わせに出会うことになります。
道具の側が右利き向けにできている
はさみは刃の重なりが右手で切ることを前提にしており、左手で使うと切り口が見えにくくなります。和包丁の多くが片刃なのも同じで、標準品は右手で扱う前提の研ぎ方です。左手で使えば刃の抜ける向きがずれ、切った面が曲がってしまうのです。急須の横手の柄や自動改札の投入口が右側にあることも、同じ発想の産物といえます。左利きの人が感じる不便の多くは、体ではなく道具の設計に由来しています。数としての少数派は、こうして日々の設計の側に現れるわけです。
胎児のころから傾きがあり、遺伝はたしかに関わり、数万年前の歯にも同じ比率が刻まれている。ここまではわかっています。では、なぜあなたは右手でペンを持っているのか。その問いの答えは、まだ半分も書かれていません。
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