クリームシチューはフランス料理でもイギリス料理でもなく、日本で生まれた料理です。白いルーでとろみをつけた「クリームシチュー」は欧米には存在せず、戦後の学校給食をきっかけに家庭料理として定着した純粋な和製洋食です。
クリームシチューの歴史——年表
日本にシチューが伝わってから家庭の定番料理になるまでの流れをまとめています。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 明治時代 | 欧米の煮込み料理「シチュー(stew)」が洋食堂に登場。茶色のビーフシチューが主流だった |
| 明治末〜大正期 | 「フリカッセ」などフランス料理の白い煮込みが一部の洋食堂に登場するが、一般には広まらず |
| 1950年代 | 戦後の学校給食でミルクを使った白い煮込み料理が提供され始める。牛乳の消費拡大政策とも連動 |
| 1966年 | ハウス食品が「ハウスシチューミクス(クリーム)」を発売。家庭でルーから手軽に作れるようになり一気に普及 |
| 1970年代〜 | 固形ルーが全国的に普及。「クリームシチュー=冬の家庭料理」として定着 |
| 現代 | レトルト・缶詰でも販売。給食の定番として親しまれ続け、世代を問わず愛される料理に |
わずか60年ほどの間に、クリームシチューは「知られていない料理」から「家庭の定番」へと変わっています。
発祥——日本の給食が生んだ「和製洋食」
欧米の「シチュー」との出会い
「シチュー(stew)」はヨーロッパ各地に存在する煮込み料理の総称で、日本には明治期に伝わりました。当時の洋食堂で提供されていたのは牛肉を赤ワインとブラウンルーで煮込んだビーフシチューで、茶色い煮込みが「洋食のシチュー」のイメージとして根づいたのです。
白いクリーム状のシチューに近い料理としては、フランス料理の「ブランケット・ド・ヴォー(仔牛の白煮込み)」やイギリスの「フリカッセ」がありますが、これらは日本には広まりませんでした。日本のクリームシチューは、こうした西洋料理を参考にしつつ、日本独自に発展したものです。
給食と家庭への普及
クリームシチューが広まった大きな要因のひとつは、戦後の学校給食です。1950年代、日本政府はアメリカから提供された脱脂粉乳や小麦粉を活用した給食メニューを展開し、白いミルクベースの煮込み料理が各地の学校で出されるようになりました。子どもたちがその味に親しんだことで、家庭でも求められるようになったのです。
決定的な普及のきっかけは1966年のハウス食品による固形ルーの発売です。それまで小麦粉とバターからルーを作る必要があったクリームシチューが、固形ルーを溶かすだけで再現できるようになり、一般家庭に一気に広まりました。
クリームシチューの特徴——欧米にない日本独自の料理
日本のクリームシチューと欧米の白い煮込み料理を比べると、いくつかの違いが見えます。
| 特徴 | 日本のクリームシチュー | 欧米の白煮込み(参考) |
|---|---|---|
| ルー | 固形ルーを使うことが多い | バターと小麦粉を炒めたブールブランが基本 |
| 具材 | 鶏肉・ジャガイモ・ニンジン・玉ねぎ・ブロッコリー | 仔牛・鶏・きのこなど。根菜は少ない |
| 食べ方 | ご飯と一緒に食べることが多い | パンと合わせることが主流 |
| とろみ | 濃いめのとろみが標準 | やや軽めのソース状が多い |
「白いシチューをご飯と食べる」という組み合わせは欧米から見ると独特ですが、日本では当たり前の食べ方として定着しています。

豆知識——「ハウス食品」とルーが作った食文化
固形ルーが「家庭の味」を標準化した
ハウス食品がクリームシチューの固形ルーを発売した1966年当時、家庭でクリームシチューを作るには小麦粉とバターを炒めてルーを作る必要があり、料理の上級者向けの工程でした。固形ルーの登場はこの壁を取り払い、「誰でも同じ味に仕上がる」料理に変えたのです。
給食出身の料理が「懐かしさ」を持つ理由
クリームシチューが多くの人に「懐かしい」と感じられる背景には、学校給食での経験があります。日本人の多くが幼少期に給食でクリームシチューを食べており、その記憶が「家庭料理の原点」として刻み込まれています。給食から始まって家庭に広まり、「外で食べる料理」ではなく「家で食べる料理」として定着したのは、クリームシチューの特異な来歴です。
欧米の料理から着想を得ながら、給食とルーという二段階の普及経路をたどって日本の食卓に根づいたクリームシチュー——その白いとろみの中には、戦後の食文化の変遷が凝縮されています。


