ピザの起源と歴史——古代の平焼きパンが2000年かけて世界食になるまで

身近な食文化
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ピザの原型は古代地中海世界に存在していましたが、「ピザ」として現代に通じる形になったのは18〜19世紀のイタリア・ナポリです。トマトソースとモッツァレラチーズをのせたナポリのピザが世界に広まり、各地で独自のアレンジが生まれました。

ピザの歴史——年表

古代の平焼きパンから現代の世界食になるまでの流れをまとめています。

時期できごと
古代(紀元前〜)古代ギリシャ・ローマでオリーブオイルやハーブをのせた平焼きパン「プラクンタ」「フォカッチャ」的な料理が食べられる
16世紀頃南米からトマトがヨーロッパに伝わる。当初は毒があると思われ食用化には時間がかかった
18世紀(ナポリ)ナポリの路上でトマトソースをのせた平焼きパンが庶民の食事として普及。「ピッツァ」と呼ばれ始める
1889年ナポリのピザ職人ラファエレ・エスポジトがイタリア王妃マルゲリータのためにピザを作る。トマト・モッツァレラ・バジルのイタリア国旗色のピザが「マルゲリータ」の名の由来に
20世紀初頭イタリア移民とともにアメリカにピザが伝わる。ニューヨークで独自のスタイルが発展
1950〜60年代アメリカでピザチェーンが急拡大。世界各地に広まり「世界食」に
日本(1954年〜)東京・銀座に日本初のピザレストランが開業。1970〜80年代に宅配ピザが普及し一般化

古代の平焼きパンからおよそ2000年かけて、ピザは世界食になりました。

発祥——古代の「平焼きパン」からナポリへ

古代地中海の「フォカッチャ」的な料理

小麦粉を練って薄く伸ばし、石の上や直火で焼く「平焼きパン」は古代地中海世界に広く存在していました。古代ギリシャの「プラクンタ」やローマの「フォカッチャ」がその例で、オリーブオイル・ハーブ・チーズなどをのせて食べていたとされています。これが後のピザの原型といえます。

ただし、現代のピザに欠かせないトマトソースはまだありません。トマトはもともと南米原産で、16世紀にスペインを通じてヨーロッパに伝わりました。当初は「毒がある」として観賞植物扱いだったため、食用として定着するまで約200年かかったとされています。

ナポリでトマトと出会う

18世紀のナポリで、平焼きパンにトマトをのせた料理が庶民の街頭食として広まりました。当時のナポリは大都市で、安くて腹持ちのよい食事が必要とされていました。屋台で売られる「ピッツァ」は手軽に食べられる庶民の味として定着したのです。

1889年、ナポリの職人ラファエレ・エスポジトがイタリア王妃マルゲリータを迎えてピザを作ったというエピソードが残っています。トマト(赤)・モッツァレラ(白)・バジル(緑)でイタリア国旗を表現したピザが「ピザ・マルゲリータ」の名前の由来とされており、現代でも世界中で愛される定番です。

ピザの特徴——ナポリ式・ローマ式・アメリカ式の違い

ひとくちに「ピザ」といっても、地域によってスタイルが大きく異なります。

スタイル生地特徴
ナポリ式薄くて縁が厚い(コルニチョーネ)高温の薪窯で短時間焼く。生地がもちもちして中心がやわらかい
ローマ式薄くてパリッとしている全体が均一に薄く、クリスピーな食感
ニューヨーク式薄くて大きい(折って食べる)イタリア移民が持ち込み変化。1枚のスライスが大きく、折りたたんで食べるのが特徴
シカゴ式深皿型(ディープディッシュ)厚い生地にチーズや具材をたっぷり詰めて焼く。パイのような形状

日本のピザは宅配チェーンを中心に独自の進化を遂げており、照り焼きチキンや明太子など日本独自のトッピングが定着しています。

豆知識——ピザが「庶民食」から「世界食」になった理由

イタリア移民とアメリカが世界に広めた

ピザが世界に広まった大きな要因はアメリカです。20世紀初頭にニューヨークへ渡ったイタリア移民がピザを持ち込み、第二次世界大戦後にアメリカに駐留した兵士たちがイタリアでピザを食べて帰国したことで需要が爆発的に高まりました。1950年代以降のピザチェーンの拡大がそれを世界規模に押し広げたのです。

2017年にユネスコ無形文化遺産に

2017年、ナポリのピザ職人の技(ピッツァイウォーロの技術)がユネスコの無形文化遺産に登録されました。単なる料理を超えた「文化的実践」として認められたことで、ピザはイタリアの食文化を代表するシンボルとしての地位を公式に得たといえるでしょう。

古代の平焼きパンがトマトと出会い、移民の波に乗って大陸を渡った——チェーン店と宅配がその先を世界の隅々まで届けました。ピザの歴史には、食文化の伝播のメカニズムがよく現れています。