ナポリタンの起源と歴史——イタリアと無関係な「日本生まれのスパゲッティ」

身近な食文化
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ナポリタンはトマトケチャップで炒めたスパゲッティですが、イタリアの「ナポリ料理」とは無関係な日本生まれの料理です。1950年代に横浜のホテルで生まれ、喫茶店文化とともに全国に広まりました。

ナポリタンの歴史——年表

ナポリタンの誕生から現代までの流れを整理しました。

時期できごと
戦前・占領期進駐軍(GHQ)がスパゲッティにケチャップをかけて食べるスタイルをPXで提供。日本人スタッフが目撃
1950年頃横浜「ホテルニューグランド」の料理長・入江茂忠(いりえしげただ)氏がナポリタンを考案したとされる
1950〜60年代喫茶店・洋食屋の定番メニューに。ケチャップ・玉ねぎ・ウインナーを炒め合わせるスタイルが普及
1970〜80年代ファミリーレストランでの提供が増え、「洋食の定番」として全国に定着
1990年代〜本場イタリア料理の普及で「古くさい洋食」とみなされることも。一方で「懐かしの味」として再評価が始まる
現代純喫茶ブームで再注目。「ナポリタン専門店」も登場し、日本独自の食文化として定着

イタリア料理とは別物として生まれたナポリタンが、どのように日本の食文化に根付いたかを見ていきます。

発祥——占領期の横浜から喫茶店へ

進駐軍とケチャップスパゲッティ

ナポリタンの原点は、戦後の占領期(1945〜1952年)にさかのぼるのです。日本に駐留した米軍(GHQ)の兵士たちが、スパゲッティにケチャップをかけて食べていたスタイルを、日本人が見て取り入れたとされています。当時のケチャップは現地調達できる数少ない「洋風調味料」であり、軍の食堂(PX)でも広く使われていました。

ホテルニューグランドでの誕生

ナポリタンの「元祖」としてよく語られるのが、横浜の高級ホテル「ホテルニューグランド」です。同ホテルの料理長だった入江茂忠(いりえしげただ)氏が、進駐軍将校のためにスパゲッティをケチャップで炒めた料理を考案し、「ナポリタン」と命名したと伝わっています。「ナポリ風」というイメージで名づけたとされますが、実際のナポリ料理とは無関係です。

その後、喫茶店が全国に増えた1950〜60年代に、軽食メニューとしてナポリタンが広まりました。喫茶店の厨房でも作りやすく、材料費が安く、子どもから大人まで食べやすい味が受けたのです。

ナポリタンと本場イタリアのスパゲッティとの違い

同じスパゲッティを使いながら、ナポリタンとイタリア料理では別の食べ物といえます。

項目日本のナポリタンイタリアのトマトスパゲッティ
ソーストマトケチャップ(加熱・炒め)生トマトまたはトマト缶・オリーブオイルで作るソース
麺の茹で方やや柔らかめに茹でて冷ましてから炒めるアルデンテ(芯が少し残る硬さ)
具材玉ねぎ・ピーマン・ウインナーが定番にんにく・バジル・アンチョビなど素材重視
食べ方粉チーズ・タバスコをかけるパルミジャーノチーズ。タバスコは使わない

本場イタリアには「ナポリタン」という料理は存在しません。名前の由来はナポリですが、完全に日本独自の料理として発展してきたのです。

たらこスパゲッティのイラスト

豆知識——ナポリタンにまつわる話

冷まして炒めると「もちもち」になる理由

喫茶店のナポリタンの多くは、スパゲッティを茹でた後に一度冷ましてから炒める手法を採っています。茹でた直後の麺を炒めると水分が多くてべちゃっとしますが、一晩冷蔵庫で休ませると麺が締まり、炒めたときにもちもちした独特の食感になります。イタリア料理ではあり得ない調理法ですが、ナポリタン独特の食感を生む日本式の工夫です。

「純喫茶ブーム」による再評価

1990年代にイタリア料理が普及し始めると、ナポリタンは「古い洋食」として一時的に影が薄くなりました。しかし2010年代以降の「純喫茶ブーム」で状況が変わります。昭和の喫茶店文化を再評価する動きとともに、ナポリタンは「懐かしさ」と「日本固有の食文化」の象徴として注目を集めるようになりました。現在では専門店や老舗喫茶店を中心に、ナポリタンは堂々たる日本食のひとつとして認識されています。

イタリアとは無関係に生まれ、占領期の横浜から喫茶店を経て全国に広まったナポリタン。その歴史は戦後日本の食文化がいかに外来の素材を吸収し、独自の料理を生み出してきたかを象徴しています。