緑色の背景に、ドアへ向かって駆け出す人——どんな建物でも見かける「非常口」のマークです。あまりに当たり前すぎて気にも留めませんが、あの走る人は誰が、どうやってデザインしたのでしょうか。実はこのマーク、日本で生まれて世界中に広がった、誇るべきデザインなのです。身近な非常口マークに隠れた物語をたどります。
※ この記事はデザインや制度の由来を一般向けに紹介するものです。年代や経緯には諸説あり、細部は資料によって異なる場合があります。
結論——あの「走る人」は日本生まれの世界標準
非常口の「走る人」マークは、日本で考え出され、のちに国際規格として世界に広まったデザインです。何気ない一枚に、たくさんの工夫が詰め込まれています。主な要素とその意味を表に整理しました。
| 要素 | 意味・由来 |
|---|---|
| 走る人(通称ピクトさん) | 避難する・逃げる動作を、言葉なしで直感的に伝える |
| 緑色 | 火災を連想させる「赤」に対し、最も目立つ安全の色 |
| 白色 | 停電のときに光る、誘導灯としての役割 |
| 生まれ | 日本で完成し、のちに国際規格(ISO)として世界標準に |
毎日のように目にするあのマークが、実は世界に誇る発明だったのです。

誰が、どうやって作ったのか
全国公募3373点から選ばれた一枚
このマークは、一人の思いつきで生まれたわけではありません。きっかけは全国規模の公募で、集まったアイデアはなんと3373点にのぼりました。そこからNHKも協力した見やすさの実験などを重ね、一つの案にしぼり込まれていきます。多くの人の知恵が集まって、ようやく原型ができあがったのです。
デザイナー・太田幸夫が完成形へ
その原案をもとに、最終的な形へと整えたのが、デザイナーの太田幸夫(おおたゆきお)さんです。誰が見ても一目で意味が伝わるよう、線や角度がていねいに調整されました。こうして1980年には、それまでの「非常口」という文字表記に代わり、絵で示す国家規格(JIS)として正式に採用されます。文字から絵へと切り替わった、大きな転換点でした。

なぜ「緑」と「白」なのか
火災の「赤」に対して、緑が最も目立つ
非常口マークの色にも、しっかりとした理由があります。火災のときに広がるのは、炎や警報を思わせる赤色です。その赤に対してもっとも見分けやすく、人の目に飛び込んでくるのが緑色だとされています。「危険の赤」と「安全の緑」を対比させることで、煙の中でも避難口を見つけやすくしているわけです。
白は、停電時に光る誘導灯の役目
もう一つの色、白にも役割があります。非常口のマークは、停電してもしばらく光り続ける「誘導灯(ゆうどうとう)」になっていることが多いものです。明かりが消えた真っ暗な空間でも、白い部分がぼんやりと浮かび上がり、逃げる方向を教えてくれます。色の一つひとつが、いざというときの命綱として設計されているのです。
※ 誘導灯とは、火災や停電のときに避難経路や非常口を示すために設けられた照明設備のことです。停電後も一定時間は点灯し続けるよう、内部に電池などを備えています。

日本発が「世界標準」になるまで
1987年、国際規格ISOに採用される
日本で定着したこのマークは、やがて国境を越えていきます。1987年、避難や防火に関する国際規格として、走る人のピクトグラムが国際標準化機構(ISO)に正式に採り入れられました。これにより、日本生まれのデザインが世界共通の記号になったのです。いまでは多くの国の建物で、同じ「走る人」が避難口を示しています。
言葉に頼らない「ユニバーサルデザイン」
このマークがすぐれているのは、文字を一切使っていない点です。日本語が読めなくても、英語が分からなくても、絵を見ただけで「ここから逃げる」と理解できます。言語や文化の違いを越えて誰にでも伝わる、まさにユニバーサルデザインの代表例です。緊急時にこそ、こうした分かりやすさが人の命を左右します。

知ると面白い、マークの細部
走る向きが、避難の方向を表す
よく見ると、非常口マークには右へ走るものと左へ走るものがあります。これは気まぐれではなく、人が走っていく向きが、逃げるべき方向を示しているのです。通路の途中にある誘導灯は、出口のある側へ「こっちだよ」と人を導いています。次に見かけたら、その人がどちらを向いているかを確かめてみると面白いはずです。
海外では「EXIT」の文字も根強い
世界標準になったとはいえ、すべての国が同じというわけではありません。たとえばアメリカでは、今も赤い「EXIT」という文字の表示が広く使われています。絵で示す日本式と、文字で示す欧米式が、国によって混在しているのです。同じ「逃げ道の案内」でも、見せ方には国ごとの個性が表れています。

豆知識——ピクトグラムをめぐる話
日本のピクトグラムは東京五輪で花開いた
非常口に限らず、絵で情報を伝える「ピクトグラム」は、日本が得意としてきた分野です。大きな転機になったのが、1964年の東京オリンピックでした。世界中から人が集まるこの大会で、言葉に頼らず競技や施設を示すために、絵文字の案内が本格的に取り入れられたのです。この経験が、のちの非常口マークへとつながっていきます。
「ピクトさん」として愛されるキャラクター
あの走る人は、いつしか「ピクトさん」という愛称で親しまれるようになりました。非常口だけでなく、転倒注意や立入禁止などさまざまな場面で体を張る姿が、どこかユーモラスに見えるからです。命を守る大事な記号でありながら、見る人にちょっとした親しみを感じさせる。それも、よくできたデザインの力なのかもしれません。

当たり前に思っていた非常口のマークは、たくさんの知恵と工夫が積み重なった、日本発の世界的なデザインでした。次にあの緑の「走る人」を見かけたら、世界中の人を同じように導いている小さな名作だと思い出してみてください。見慣れた風景が、少し違って見えてくるはずです。
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