郵便番号7桁の意味と、〒マークの由来——数字は「住所の地図」だった

郵便局の建物とポストのイラスト 社会と仕組みの話
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郵便番号の7桁は、前の3桁が配達を受け持つ地域、後ろの4桁がその中の町域を表します。番号を上から読むと、広い地域から町の単位へと住所が絞り込まれていく仕組みです。〒マークのほうは、1887年(明治20年)に当時の逓信省(ていしんしょう)が定めたもので、省名の「テ」を図案にしたとされています。ただし最初に告示された記号は「T」でした。

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7桁は上3桁と下4桁に分かれる

白い封筒のイラスト

上3桁は配達を受け持つ地域の番号

ハイフンの前の3桁は、郵便を配達する区域を表す番号です。もとをたどると、1968年に始まった旧制度の郵便番号がそのまま受け継がれています。旧制度の番号は、全国に約6,000あった集配郵便局の受け持ち区域ごとに付けられたものでした。上3桁を見れば、どの郵便局の受け持ちあたりかが見当がつくというわけです。

下4桁で町の単位までたどり着く

ハイフンの後ろの4桁は、その区域の中の「町域」を指す番号です。日本郵便のマニュアルでは、郵便番号は町域と超高層ビルに設定するもので、小字(こあざ)や通称には原則として設定しないと定めています。たとえば東京都世田谷区若林は「154-0023」です。上の「154」で地域を、下の「0023」で若林という町を指していることになります。

番地や丁目までは表さない

7桁といっても、番号が指すのは町域までです。日本郵便の説明では、町域とは「町名から○丁目を除く部分、および大字」のこと。同じ町内なら1丁目でも5丁目でも、たいていは同じ番号になります。丁目や番地によって番号が分かれる町もありますが、それは例外的な扱いです。番号だけで一軒の家まで決まるわけではありません。

先頭の数字で地方は分かる?

日本地図のイラスト

北海道は0、東京は1、沖縄は9

先頭の数字だけでも、だいたいの方角は見当がつきます。日本郵便の郵便番号検索で引くと、札幌市中央区は「060」でした。東京都千代田区千代田は「100-0001」、沖縄県那覇市港町は「900-0001」です。北海道は0、東京の中心部は1、沖縄は9から始まっています。

ただし、北から南へ順に並んでいるわけではありません。仙台市青葉区中江は「980-0001」で、宮城県も沖縄と同じ9から始まります。

郵便物を運ぶ道筋に沿った並び

仙台と那覇が同じ9で始まるのは、地図の上で南北に割った番号ではないからです。1973年の通信白書は、郵便番号を「郵便物の運送経路に従って体系化」されたものと説明しています。郵便物が運ばれていく道筋に沿って番号を振ったので、同じ道筋の上にある地域どうしが似た番号になりました。地図より、郵便の流れを写した並びなのです。

末尾が「0000」の番号は何を指す?

スマートフォンで地図を見る女性のイラスト

「以下に掲載がない場合」の受け皿

郵便番号を調べていると、下4桁が「0000」の番号に出会うことがあります。札幌市中央区の「060-0000」がその例で、町域の欄には「以下に掲載がない場合」と書かれています。日本郵便によれば、これは探している町域が一覧に見つからないときに書く番号です。特定の町を指すものではないので、正しい町域が分かればそちらを使います。

全国の郵便番号はおよそ12万件

日本郵便は、郵便番号と住所の対応表をデータとして無料で公開しています。全国分をまとめると12万件にのぼり、一般的な表計算ソフトでは読み込みきれない場合がある、と注意書きが添えられているほどです。町名が変わると番号も変わることがあり、追加・削除の分は更新年月ごとの差分ファイルでも配られています。番号と住所の対応は、一度決めたら終わりではない生きた台帳なのです。

郵便番号の始まりは1968年

ポストに手紙を投函する人のイラスト

最初は3桁と5桁が混在していた

郵便番号制度が始まったのは、1968年(昭和43年)7月1日です。いまの7桁ではなく、当初は3桁の地域と5桁の地域がありました。日本郵便のマニュアルにも、「旧郵便番号が3桁の地域」「5桁の地域」と分けて7桁への移し方が書かれています。たとえば埼玉県川越市大字小室は、旧番号が「350-11」でした。

読み取る機械と同じ日にスタート

制度が始まった同じ日、東京中央郵便局では郵便番号自動読取区分機の公開運転が行われました。郵政博物館によると、使われたのは東芝のTR-4という機種です。カメラで郵便番号を写し、数字を読み分けて仕分け口へ送る仕組みで、1時間に約22,000通を処理できました。番号は、人のためというより機械に読ませるための数字として生まれたのです。

※ OCR(光学文字認識)とは、紙に書かれた文字をカメラなどで読み取り、機械が扱える文字データに変える技術です。東芝は1967年に、手書き文字をOCRで読む区分機の試作機TR-2を完成させています。

5年で記載率は9割を超えた

新しい制度が根づくまでには少し時間がかかりました。それでも1973年3月の時点で、郵便物に郵便番号が書かれていた割合は約94.7%に達しています。始まってわずか5年ほどで、ほとんどの人が番号を書くようになったわけです。白書はこの伸びを、制度発足以来の順調な上昇として記録しています。

7桁になったのはなぜ?

郵便局員のイラスト

1998年2月2日、配達の順番まで機械で

7桁の郵便番号は、1998年(平成10年)2月2日に始まりました。ねらいは、仕分けの機械化を配達の段階まで広げることです。郵政省の通信白書によると、新しい番号に住所の丁目や番地の数字を組み合わせてバーコードとして印字し、新型の区分機がそれを読んで配達する順番に並べる計画でした。

旧番号が表せるのは、郵便局の受け持ち区域まででした。町域まで番号で指せるようにして、配達の順に並べる段階まで機械化を広げようとしたのが7桁化です。

旧3桁と旧5桁で、増やし方が違う

7桁への移り方は、旧番号の桁数によって異なります。旧番号が3桁の地域では、4・5桁目で大きなブロックに分け、6桁目で小さなブロックに分けました。旧番号が5桁の地域は、6桁目で小ブロックを分けます。川越市大字小室の「350-11」は「350-1106」に、世田谷区若林の「154」は「154-0023」になりました。旧番号を残したまま後ろに桁を足したので、古い番号を覚えている人にも分かりやすい形です。

会社やビルだけの郵便番号もある

高層ビルのイラスト

1日50通以上届く事業所には個別番号

郵便番号は町ごとに付くものだけではありません。郵便物がたくさん届く会社や役所には、その事業所だけの「個別番号」を設定できます。日本郵便のマニュアルでは、対象は1日平均の配達数が原則50通以上の事業所です。旧3桁の地域では、4・5桁目に「85」〜「87」を使うのが決まりです。

1日平均1,000通以上届く事業所には、番号を最大2個まで追加できます。懸賞やクイズの応募用に、臨時で設ける番号まであるのです。

サンシャイン60は階ごとに番号が違う

配達数の多い超高層ビルには、ビルと階を表す番号が付くことがあります。東京・池袋のサンシャイン60がその一つです。60階は「170-6060」、地階や階が分からない場合は「170-6090」と、下2桁で階を表します。一方、周りの東池袋の町域は「170-0013」で、町域名には「次のビルを除く」としてサンシャイン60の名が添えられています。ビル一つが、町と同じ扱いを受けているわけです。

〒マークはどこから来た?

郵便配達のイラスト

逓信省の「テ」を図案にしたとされる

〒マークは、1887年(明治20年)2月に定められました。当時、郵便や電信を受け持っていたのは逓信省という役所です。国立国会図書館のレファレンス協同データベースに載る回答では、郵政百科事典などをもとに、〒は逓信省の「テ」を図案化したもの「とされている」と紹介しています。由来は定説ですが、図案の意図を直接書いた当時の記録までは示されていません。

※ 逓信省(ていしんしょう)とは、かつて郵便・電信などを担当していた日本の役所です。「逓」には、次々に送り伝えるという意味があります。

前は日の丸に横線のマークだった

〒が生まれる前、郵便のマークには日の丸に横線を引いた図柄が使われていました。〒はそれに代わる逓信省の徽章(きしょう)として登場したものです。いまでは郵便局の看板やポスト、宛名の郵便番号の前など、あちこちで目にします。140年ほど前に決まった記号が、形を変えずに使われ続けていることになります。

最初に告示された記号は「T」

バイクに乗った郵便配達員のイラスト

2月8日の告示、2月19日の訂正

〒の誕生には、ちょっとした行き違いがありました。1887年2月8日、逓信省は告示で「T」を逓信省の徽章にすると発表します。ところが11日後の2月19日、官報に訂正が載りました。「T」は「〒」の誤植だった、という内容です。発表から2週間足らずで、マークの形が入れ替わったことになります。

「料金不足のT」説は記録に見当たらない

この訂正については、「Tは国際郵便で料金不足を表す記号と紛らわしかったので改めた」という説明がよく語られます。ただ、レファレンス協同データベースの回答が示す記録は、官報が「誤植」として訂正したところまでです。料金不足と紛らわしいから変えた、という理由はそこには書かれていません。単なる誤植だったのか、事情があって改めたのかも、この記録からは分からないままです。料金不足の話は、一つの説として受け止めておくのがよさそうです。

郵便番号は機械に読ませるために生まれ、配達の順番まで任せるために7桁へ伸びました。〒のほうは、一度「T」と告示されてから11日で姿を改めた記号です。はがきの右上の7つの数字と、その前に添える小さな記号。どちらにも、郵便を少しでも速く届けようとした人たちの工夫が刻まれています。

参考

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