なぜ地図は「北が上」なのか—向きが決まった歴史と慣習

歴史と変遷の話
スポンサーリンク

地図を広げれば、上が北。あまりに当たり前で、理由を考えたことすらないかもしれません。けれど大昔の地図は、上が東だったり南だったりと、向きはまちまちでした。では、なぜ世界は「北を上」に選んだのでしょうか。

世界地図のイラスト
スポンサーリンク

北が上は、長い歴史の積み重ねで決まった

地図の向きは、最初から北で決まっていたわけではありません。時代や地域ごとに「上」とする方角は違い、北が標準になったのは比較的あとのことでした。どの時代に何が「上」だったのか、大きな流れを一覧で押さえておきましょう。

時代・地域上にした方角主な理由
古代ローマ(プトレマイオス)『地理学』で北を上に描いた
中世ヨーロッパ聖地エルサレムや楽園を上に置いた
初期のイスラム圏祈りの方角メッカが南だった
大航海時代以降羅針盤とメルカトル図法で定着した

北が上に落ち着くまでには、千年単位の試行錯誤があったわけです。順を追って見ていきましょう。

昔の地図は「北が上」ではなかった

かつての地図は、北以外の方角を堂々と上に置いていました。何を「上」にするかは、その文化が何を大切にしていたかを映す鏡でもあったのです。

中世ヨーロッパでは「東」が上だった

中世ヨーロッパの地図の多くは、東を上にして描かれました。キリスト教の聖地エルサレムや、楽園エデンがあるとされた東を、いちばん尊い「上」に据えたためです。地図を正しい向きに置くことを英語で「orientation(オリエンテーション)」と言いますが、これは「東(orient)に向ける」という言葉が語源です。当時の人にとって地図を正しく構えることは、東を上にすることそのものでした。

イスラム世界では「南」が上だった

いっぽうイスラム圏では、長く南を上にする地図が作られました。12世紀の地理学者アル=イドリースィーが1154年に描いた世界地図も、南が上になっています。初期にイスラム教が広まった地域の多くが聖地メッカより北にあり、祈るときに南を向いたことが関係すると言われています。

「北が上」を決めた3つの後押し

ばらばらだった地図の向きが北へ収れんしたのは、主に3つの後押しが重なったからです。古代の知識と航海の道具、そして地図を作った国の都合が、それぞれに働いた結果でした。

古代の地理書が再発見された

ひとつめは、古代の知識の復活です。2世紀のプトレマイオスは、著書『地理学』で北を上にした世界地図の描き方を示していました。この書物が13世紀末のヨーロッパで再発見されると、北を上にする作法がよみがえります。

羅針盤が北を指した

ふたつめは、羅針盤の普及です。12〜13世紀のヨーロッパで方位磁針が広まると、針の指す北が航海の自然な基準になりました。手元の磁針と地図の向きをそろえるなら、北を上にするのがいちばん分かりやすい。14世紀には、航海用の海図はほとんどが北を上にして描かれるようになっていました。

方位磁石のイラスト

メルカトル図法と、地図を作った国の位置

みっつめは、地図づくりの主導権です。1569年にメルカトルが考案した図法が広まり、北を上にした世界地図が標準の体裁になりました。しかも、この時代に地図を量産して世界へ広めたのは、北半球にあるヨーロッパの国々です。自分たちの土地を上半分に置く構図が、そのまま世界の見慣れた地図になっていきました。

日本の地図も「北が上」に合流した

日本の地図も、長い道のりの末に世界と同じ北上へとそろっていきました。最初から決まっていたわけではない点は、ヨーロッパと同じです。

行基図から伊能忠敬の実測図まで

奈良時代に原型ができたとされる「行基図(ぎょうきず)」のころは、方位の取り方はおおらかなものでした。流れが変わるのは江戸時代後期です。伊能忠敬が1800年から全国を実測して歩き、その成果は没後の1821年に「大日本沿海輿地全図(だいにほんえんかいよちぜんず)」として結実しました。

伊能忠敬の似顔絵イラスト

明治の近代測量で世界標準へ

明治に入ると、国は西洋式の近代測量を本格的に取り入れます。これにあわせて北を上にした地図づくりが整えられ、日本の地図も世界の標準と足並みをそろえていきました。いま手にする地図が北を上にしているのは、こうした世界規模の流れに連なった結果です。

「北が上」は世界共通の決まりではない

上下をひっくり返した地図たち

ここまで見てきたとおり、北を上にするのは自然法則ではなく、あくまで人間が選んだ約束事です。だからこそ、その約束をあえて崩した地図も存在します。1979年にオーストラリアで作られた世界地図は、南を上にしてオーストラリアを中央の上部に大きく描き、「北が上」という思い込みを揺さぶりました。身近なところでは、カーナビの画面も進行方向を上に切り替えられます。地下鉄の路線図にいたっては、方位そのものをほとんど無視して見やすさを優先しています。

地球儀のイラスト

北が上の地図は、空や大地が決めた絶対の姿ではありません。古代の地理書や羅針盤、地図を広めた国々の都合が重なり合って、いまの見慣れた一枚ができあがりました。世界をどちらから眺めるかは、本当はもっと自由なのかもしれません。