マジックテープがくっつくのは、片面にびっしり並んだ小さな「かぎ」が、もう片面の糸の「輪」に引っかかるからです。ひとつの引っかかりは弱くても、数が集まると大人がぶら下がれるほどの力になります。この仕組みには手本がありました。野山を歩くと服や犬の毛にくっついてくる植物の実、いわゆる「ひっつき虫」です。
かぎと輪が引っかかってくっつく

片面は硬いかぎ、片面はやわらかい輪
マジックテープは2枚1組でできています。片方のテープには、先の曲がった小さなかぎ(フック)が無数に立っています。もう片方は、やわらかい糸の輪(ループ)がびっしり織り込まれた面です。2枚を押し合わせると、かぎが輪の層にもぐり込み、あちこちで輪をつかまえます。接着剤も磁石も使わない、純粋に形だけで留まる仕組みです。
1本は弱くても数が力になる
かぎ1本が輪をつかむ力は、指で簡単に外せるほど弱いものです。ところがテープの上には、このかぎが数えきれないほど並んでいます。押し付けた瞬間にそのほとんどが同時に輪へ掛かるため、面全体ではかなりの重さを支えられるのです。小さな力の足し算で強さを出している、というのがこの留め具のいちばんの特徴です。
10センチ四方で体重50キロを支える
どれほど強いのか、メーカーのクラレが目安を示しています。10センチ四方のテープを左右にずらす向きで張り合わせ、その先に体重50キロの人がぶら下がっても外れないそうです。クラレでは生産ロットごとに専用の装置で強さを測っています。靴や服の留め具として毎日引っ張られても平気なのは、この数字があるからです。
はがしても何度も使えるのはなぜ?

端からめくると一列ずつ外れる
50キロを支えるテープが、手でめくるとあっさりはがれます。秘密は力のかけ方です。面ごと横にずらそうとすると、すべてのかぎがいっせいに踏ん張ります。いっぽう端から持ち上げると、力がかかるのはめくれている境目の数列だけ。かぎは少しずつ、順番に外れていくだけです。はがすときの「ビリビリ」という音は、この連続した外れ方から生まれます。
外れたかぎは弾力で元の形に戻る
輪から抜けるとき、かぎはいったん引き伸ばされて形が変わります。それでも折れずに済むのは、かぎ自体に弾力があるからです。外れたあとは自分の弾性で元の曲がった形に戻り、次に押し付けたときにまた輪をつかめます。クラレの説明でも、繰り返し使える理由はこの「変形して外れ、元に戻る」性質だとされています。
手本は服にくっつく「ひっつき虫」

1941年、スイスの技師が気づいた
発明者はスイスの技師ジョルジュ・デ・メストラルです。ベルクロ社によると、1941年に愛犬を連れて野山を歩いたあと、自分の服と犬の毛に植物の実がびっしりついているのに気づきました。狩りの帰りだったと紹介する資料もあります。誰もが一度は経験する、ちょっと面倒な出来事です。ただ彼は払い落として終わりにせず、なぜ取れないのかを確かめようとしました。
顕微鏡で見えた無数の小さなかぎ
実を顕微鏡でのぞくと、表面には先が曲がった小さなかぎが無数に生えていました。そのかぎが、布の糸や犬の毛の輪に引っかかっていたのです。かぎと輪という組み合わせなら、人工の布でも同じことができるのではないか。マジックテープの考え方は、この観察からそのまま生まれています。

ゴボウの実かオナモミか
手本になった植物は、ベルクロ社の説明ではゴボウの仲間の実です。日本の辞典にはオナモミと書くものもあります。どちらも実のとげの先がかぎ状になっていて、通りかかった動物の毛にくっつきます。そうして遠くへ運ばれ、種を広げるという生き残りの工夫です。人には迷惑なこの性質が、そのまま発明の設計図になりました。
布で再現するまでに何年かかった?

綿では弱く、ナイロンにたどり着いた
アイデアは単純でも、布で作るのは簡単ではありませんでした。最初に試したかぎと輪は大きさが合わず、思ったほど強く留まらなかったといいます。デ・メストラルはフランスの織物職人と組み、硬いかぎとやわらかい輪の作り方を探りました。たどり着いたのは、かぎには綿ではなくナイロンが向いているという答えです。
輪を熱で固めて切ると「かぎ」になる
かぎの作り方は特許の書類に残っています。まず合成樹脂の糸を細い金属の棒に掛けて輪を作り、棒を熱して輪の形を固める。次に棒の溝に沿って刃を走らせ、輪の片側を切り開きます。すると切れた糸の端が下向きに曲がったまま残り、かぎの形になるのです。輪を切ってかぎにするという、織物ならではの発想でした。
1951年に出願、1955年に特許
着想は1941年ですが、日本の辞典は考案の年を1948年としています。本格的に取り組み始めた時期を指すのかもしれません。特許はスイスで1951年に出願され、アメリカでは1955年9月に認められました。思いついてから製品の形になるまで、ざっと10年以上かかった計算です。
ベルクロの名はフランス語から

ビロードとかぎを合わせた名前
デ・メストラルはこの留め具を「ベルクロ(VELCRO)」と名づけました。フランス語のvelours(ビロード)とcrochet(かぎ)の頭を組み合わせた造語です。輪の面の手ざわりがビロードに似ていて、反対の面がかぎ。名前そのものが、2枚の布の正体をそのまま説明しています。
商標は約130か国で登録
ベルクロの商標は1956年にスイスで初めて登録され、1958年にはアメリカでも登録されました。いまでは約130か国で登録されているそうです。同社が世界で持つ登録商標は1,332件にのぼります。それだけ名前を守ることに力を入れている、特定の会社のブランド名なのです。
「マジックテープ」は誰の名前?

クラレの商標で、一般名は面ファスナー
日本でおなじみの「マジックテープ」も、実は誰でも使える一般名ではありません。化学メーカーのクラレが持つ商標です。この種の留め具の総称は「面ファスナー」といいます。ニュースや製品の説明で耳なれない「面ファスナー」という言葉が使われるのは、特定の会社の商品名を避けるためと考えられます。
新幹線の座席カバーで広まった
クラレによると、日本で出始めたころの用途はオムツカバーなどに限られていました。転機は1964年です。開業した東海道新幹線で、座席のヘッドレストカバーの留め具に採用されました。そこから使い道が一気に広がり、いまでは子ども服や運動靴、スポーツウェアにまで使われています。
月へ行ったアポロ11号でも活躍した

機体の内外に約3,300平方インチ
面ファスナーは宇宙でも重宝されました。ベルクロ社によると、1969年に月へ降りたアポロ11号では、司令船と月着陸船の内側と外側に合わせて約3,300平方インチが使われていました。メートル法に直すと約2.1平方メートルで、畳1枚と少しの広さです。船内のほとんどの道具に付いていた、というのが同社の説明です。

ペンも食料袋も浮かないように
無重力の船内では、手を離した物がふわふわ漂ってしまいます。面ファスナーを付けておけば、ペンや食料の袋、カメラや工具もぽんと壁に留めておける。ブーツの中で足を固定したり、宇宙服に計器を付けたりする用途もありました。ヘルメットの内側に貼って、鼻のかゆいところをかいた飛行士もいたそうです。
熱に耐える特別なテープも作られた
宇宙用には、普通のナイロンでは持たない場所向けの特別品もありました。宇宙服などに使われた燃えにくいタイプのほか、カプセルの外側用には約232度まで耐えるもの、大気圏への再突入に備えたステンレス製の約427度まで耐えるものがあったといいます。ひっつき虫の仕組みが、金属にまで姿を変えて宇宙を飛んだわけです。
散歩のあとに服から実をつまみ取る手間は、たいていの人にとってただの面倒ごとです。その面倒を「なぜ取れないのか」という問いに変えた人がいて、くっつく理由がそのまま発明になりました。足元のひっつき虫は、いまも同じかぎで誰かの服にしがみついています。
参考
- 米国特許 US2717437A「Velvet type fabric and method of producing same」(George de Mestral、1955年登録)
- Velcro Companies「History」
- Velcro Companies「Securing Success for NASA Astronauts」
- クラレ「面ファスナー〈マジックテープ®〉」
- コトバンク「面ファスナー」
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