「台風19号」と番号で呼ばれる一方、ニュースの片隅に「アジア名 ○○」と別の呼び名が添えられているのを見たことはないでしょうか。じつはこの名前、日本を含む14の国と地域が相談して、あらかじめ140個も用意してあるものです。
しかも日本が担当する名前は、なぜか全部が「星座」。番号があるのにわざわざ名前もつけるのはなぜなのか、そして誰がどうやって決めているのか。台風の名前をめぐるしくみを、順にほどいていきましょう。
まず、台風の名前の正体

細かい話に入る前に、疑問の答えを先にまとめておきます。「誰が・いくつ・どう選ぶ」がわかると、あとの話がすっと入ってきます。
| 疑問 | 答え |
|---|---|
| 誰がつける? | 日本など14の国と地域でつくる「台風委員会」 |
| いくつある? | あらかじめ用意した140個を順番に使う |
| どう選ぶ? | 各国・地域が10個ずつ持ち寄る |
| 日本の担当は? | すべて星座の名前(ウサギ、ヤギなど) |
| 「○号」との関係は? | 番号は主に日本国内用、名前は国際用。別物 |
名前をつけているのは「台風委員会」
アジアの国と地域が集まる組織
名付け親は、一つの国ではありません。北西太平洋で台風の影響を受ける14の国と地域が加盟する「台風委員会」という国際的な組織です。日本・中国・韓国・フィリピン・タイなどが名を連ねています。防災や気象の情報を協力し合うための集まりで、名前づくりもその活動の一つなのです。
※ 台風委員会とは、北西太平洋・南シナ海の台風による被害を減らすため、加盟国・地域が気象や防災の面で協力する政府間組織のことです。台風のアジア名は、この委員会が管理しています。
名前は共通の「アジア名」
この委員会が決めた名前は「アジア名」と呼ばれ、加盟する国や地域が共通して使います。どの国から見ても同じ名前で呼べるので、国境をまたいで進む台風の情報を、取り違えずにやりとりできるわけです。
名前と「○号」は別物
日本でおなじみの「台風○号」
日本のニュースで主に使われるのは、「台風19号」のような番号のほうです。これは気象庁が、その年に発生した順につけていく通し番号。毎年1月1日にリセットされ、最初の台風が1号になります。
国際的に使うアジア名
一方のアジア名は、国をまたいだやりとりのための呼び名です。番号は国ごとに数え方が変わってしまいますが、アジア名なら世界のどこでも同じ。つまり番号と名前は役割が違い、片方が片方の言い換えというわけではないのです。
140個を順番に使い回す
発生順に上から使う
アジア名は、その都度ひねり出すのではなく、あらかじめ用意された140個のリストの上から順に使われます。新しい台風が発生するたびに、リストの次の名前が割り当てられていく方式です。2000年の第1号には、カンボジアが提案した「ダムレイ(象という意味)」がつきました。
一巡したら先頭に戻る
140個を使い切ると、またリストの先頭に戻ってくり返します。台風は1年に平均25個ほど発生するので、リストがひと回りするのはおよそ5〜6年。同じ名前が数年おきに再登場する計算になります。
なぜ番号だけでなく名前をつけるのか

番号があるなら、それで十分な気もします。それでも名前をつけるのには、ちゃんとした理由がありました。
同時に複数発生すると混乱する
番号だけでは取り違えやすい
台風は、いくつも同時に発生することがあります。「18号と19号と20号が接近中」と数字だけで言われると、どれがどれだか混乱しがちです。数字は近い値ほど紛らわしく、聞き間違いも起きやすいのが弱点でしょう。
名前があれば一目で区別できる
そこで固有の名前があれば、複数の台風もはっきり見分けられます。とくに国際線の航空や船舶、各国の気象機関がやりとりするとき、名前は取り違えを防ぐ実用的な道具になります。もともとアジア名が生まれた背景にも、この「区別のしやすさ」がありました。
防災の呼びかけに効く
記憶に残り、伝わりやすい
名前には、人の記憶に残りやすいという力もあります。「19号」より「○○という台風」のほうが、被害の記録や教訓と結びつけて覚えやすい。過去の災害をふり返るときにも、名前があると語り継ぎやすくなります。
国境を越えて情報を共有できる
一つの台風が、フィリピンから台湾、日本へと国をまたいで進むことは珍しくありません。そのとき各国が同じ名前で呼べれば、避難の呼びかけや被害の報告がスムーズにつながります。共通の名前は、いわば防災の共通言語なのです。
14の国と地域が持ち寄るリスト

140個の名前は、どこかの一国がまとめて決めたわけではありません。加盟する国と地域が、少しずつ出し合ってできています。
各国が10個ずつ、合計140個
10個 × 14で140個
しくみは単純で、14の国と地域がそれぞれ10個ずつ名前を提案します。10かける14で、ちょうど140個。自国が出した名前がリストに入るので、どの国にとっても親しみのある呼び名が混ざる形になっています。
アジア名は2000年から
この方式が始まったのは、意外と最近の2000年です。それ以前は、アメリカが英語の人名(当初は女性名)を台風につけていました。北西太平洋の台風を、この地域の言葉で呼ぼうという流れから、アジア名の制度に切り替わったのです。
由来はバラエティ豊か
動物・植物・星座・神話
140個の名前の由来は、実にさまざまです。動物・植物・星座・神話の神さま・山や川まで、あらゆる題材が並びます。たとえばカンボジアの「ダムレイ」は象を意味する言葉で、その土地に根ざした生きものや自然が名前に選ばれるなど、お国柄がにじみ出ているのも面白いところ。
その国らしさがにじむ
名前を眺めていくと、その国が何を身近に感じ、何を大切にしているかが透けて見えます。台風のリストは、防災の道具であると同時に、14の国と地域の小さな文化見本市のようでもあるのです。
日本だけ「星座」な理由

ほかの国が動物や植物、神話を出すなか、日本の10個はすべて星座の名前でそろえられています。これには、なるほどと思える狙いがありました。
日本の10個は全部が星座名
ウサギ・ヤギ・カジキ…
日本が担当する10個は、下の表のとおり、どれも星座に由来します。動物の名前に見えるものも、実は「うさぎ座」「やぎ座」といった星座から取られているのがポイントです。
| アジア名 | 由来の星座 |
|---|---|
| ウサギ | うさぎ座 |
| ヤギ | やぎ座 |
| カジキ | かじき座 |
| クジラ | くじら座 |
| コグマ | こぐま座 |
| コンパス | コンパス座 |
| コイヌ・コト・トカゲ・ヤマネコ | こいぬ座・こと座・とかげ座・やまねこ座 |
時代とともに入れ替わる
この10個は、ずっと固定というわけではありません。後述のように引退した名前もあり、そのたびに新しい星座名が補充されます。だから何年か前のリストとは、顔ぶれが少し違っていることも珍しくありません。
星座にした深い狙い
人や会社・地名を避ける
星座が選ばれた一番の理由は、その中立さにあります。特定の人名や会社名、地名を使うと、被害が出たときに角が立ちかねません。誰のものでもない自然の事物なら、そうした利害の対立が起きにくいのです。
台風=空の現象とイメージが重なる
もう一つ、星座は空にあるものだという点も効いています。台風という大気の現象と、同じ「空」でつながっているわけです。多くの人に親しまれていて、それでいて角が立たない。星座は日本にとって、うってつけの題材だったのでしょう。
大災害を起こした名前は「引退」する

140個のリストには、もう一つ知っておきたいしくみがあります。すべての名前がずっと使われ続けるわけではない、という点です。
二度と使わないという配慮
甚大な被害を出すと除外される
ある台風が特別に大きな被害を出すと、その名前はリストから外されることがあります。同じ名前を使い続けると、被災した人々の記憶を何度も呼び起こしてしまう。そうした配慮から、被害を受けた国の求めに応じて「引退」させるのです。
欠番にせず別の名前に差し替える
引退といっても、その枠を空席にするわけではありません。名前を出した国が新しい候補を提案し、リストに補充します。つまり140個という総数は保ったまま、中身だけが少しずつ入れ替わっていくしくみです。
日本の名前も引退している
カンムリはコトに交代
この引退は、日本が出した星座名にも起きています。たとえば「カンムリ(かんむり座)」は大きな被害を出したことで引退し、代わりに「コト(こと座)」が新しく加えられました。名前が静かに世代交代しているのです。
これまでに数十個が引退
引退した名前は日本のものだけではなく、2022年の適用分までに合計56個にのぼります。そのうち日本が提案した名前は、テンビンやハトなど5個。名前の引退は、それだけ多くの災害があった記録でもあります。
台風の名前は、ただのラベルではありません。14の国と地域が少しずつ持ち寄り、被害の記憶に応じて入れ替えていく、防災と文化の合作です。ニュースの片隅に見慣れないアジア名を見つけたとき、その裏側にはこれだけの物語がある。そう思うと、いつもの天気予報も、空の向こうの国々とつながって見えてきます。


