川にもクラゲがいる——幻の「マミズクラゲ」

井戸からクラゲが出るサムネイル 生きものの話
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クラゲといえば海の生き物、というのが常識です。ところが、日本の池や沼にも、ひっそりと現れるクラゲがいます。ときには学校の井戸で見つかることさえあるのです。その名も「マミズクラゲ」。傘の直径はわずか2〜3センチメートルで、透きとおった小さな体を持つ、淡水のクラゲです。

しかもこのクラゲ、あるとき突然たくさん現れ、しばらくすると跡形もなく消えてしまう。翌年は同じ場所に出ないことも多く、「幻の淡水クラゲ」とも呼ばれてきました。身近な水辺にひそむ、この不思議な生き物の正体をたどってみましょう。

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マミズクラゲ・基本データ早見表

青いクラゲのイラスト

まずは、このクラゲの横顔をざっとつかんでおきます。海のクラゲとの違いに注目してください。

項目内容
分類刺胞動物・ヒドロ虫の仲間
大きさ傘の直径2〜3cmほど
すみか池・沼・防火水槽・井戸などの淡水
原産地中国の揚子江(ようすこう)流域とされる
特徴神出鬼没。現れて数週間で消える

淡水にすむ、小さなクラゲ

石で囲まれた池のイラスト

まず押さえておきたいのは、マミズクラゲが正真正銘のクラゲだということです。海のクラゲの仲間でありながら、真水で暮らす数少ない種です。

どんな姿をしているのか

傘の直径は2〜3センチ

大きさは、大人の親指の先ほど。傘の直径は2〜3センチメートルしかなく、体はほぼ透明です。水中でふわふわと漂う姿は、まさに海のクラゲをそのまま小さくしたよう。うっかりすると、ゴミか気泡と見まちがえてしまうほどの控えめな存在です。

体の中の十字と、細かな触手

透明な傘をよく見ると、内側に白っぽい十字の模様が透けて見えます。これは生殖腺などの器官です。傘のふちには数百本ともいわれる細い触手が並び、これを使って水中の小さなプランクトンを捕らえて食べています。

どこで見つかるのか

池・沼から、防火水槽や井戸まで

このクラゲが現れる場所は、川そのものよりも、流れのゆるやかな池や沼が中心です。公園の池、ため池、さらには防火水槽や学校の井戸といった人工的な水たまりでも見つかります。流れの速い川の本流ではなく、水がよどんで温まりやすい場所を好むようです。

意外なほど身近な水辺に

つまり、わざわざ深い山奥へ行かなくても、住宅地の池や公園でひょっこり見つかることがあります。過去には、水族館の展示水槽や個人の家の水鉢で発生した記録もあります。「淡水にクラゲ」という意外さに反して、その舞台はむしろ私たちのすぐそばなのです。

神出鬼没——現れて、消える

漂う透明なクラゲのイラスト

このクラゲの最大の魅力であり、謎でもあるのが、その気まぐれな出現ぶりです。研究者ですら、いつどこに現れるかを言い当てられません。

予測できない大発生

今年出た池に、来年は出ない

大発生は、続けて起こることがまれです。ある池で夏に大発生しても、翌年以降はぱたりと姿を見せない、という例が多く報告されています。逆に、長年なにもなかった水たまりに、ある日突然あふれるように現れたりもします。

だから「幻のクラゲ」

いつ、どこに出るのか読めない。この神出鬼没ぶりこそが、「幻の淡水クラゲ」という呼び名の由来です。見られたらかなりの幸運、というわけで、発生が確認されると地元のニュースになることも珍しくありません。

正体は「ポリプ」にあり

一生の大半は1ミリ以下

神出鬼没の秘密は、その一生の過ごし方にあります。私たちがクラゲとして目にするのは、じつは生活史のごく一部。ふだんは1ミリメートルにも満たない「ポリプ」という姿で、水底の石や水草にくっついて、ひっそりと暮らしているのです。

ポリプとは、イソギンチャクのように水底に固着して過ごす、クラゲの子ども時代の姿のことです。ここから成長し、クラゲの形になって泳ぎ出します。

脇から芽が出るように生まれる

ふつうの海のクラゲは、ポリプが皿を重ねたように分裂して子クラゲを放ちます。ところがマミズクラゲは、その段階を経ません。ポリプの脇から、まるで植物の芽が出るようにポコッと子クラゲが生まれます。水温や餌などの条件がそろった一瞬に、この芽出しが一斉に起きる。それが、あの突然の大発生の正体だと考えられています。

池ごとに「オスだけ・メスだけ」の謎

水鳥コガモのイラスト

マミズクラゲには、もう一つ不思議な性質があります。一つの池には、なぜかオスかメス、どちらか一方しかいないことが多いのです。

みんな同じ性のクローン

一つの池は、同じ性ばかり

その理由も、ポリプにあります。ポリプは分身を作って無性的に数を増やすため、一つの池に広がったマミズクラゲは、もとをたどればすべて同じ一匹のクローンです。だから、そこから生まれるクラゲも、そろって同じ性になります。

オスもメスもそろう池は、日本で未確認

その結果、オスとメスの両方がそろっている池は、日本では今のところ見つかっていないとされます。つまり、多くの池では受精による繁殖が起こりにくい状況です。それでもクラゲが絶えないのは、ポリプの無性生殖という「もう一つの増え方」があるからなのです。

どうやって別の池へ移るのか

越冬体が動物や水草に便乗

泳ぐ力の弱いクラゲが、離れた池にどうやって広がるのか。カギは、寒い季節をやり過ごすための姿にあります。冬になるとポリプは「被嚢体(ひのうたい)」という固い殻に包まれた休眠状態になり、乾燥や寒さに耐えるのです。

水鳥の足が「運び屋」に

この小さな休眠体が、水鳥の羽や足、あるいは水草にくっついて運ばれると考えられています。渡り鳥がぽとりと落とした一粒が、遠く離れた池で目を覚ます。あの突然の出現には、そんな旅の物語が隠れているのかもしれません。

どこから来たのか——外来種としての横顔

井戸のイラスト

じつはマミズクラゲ、もともと日本にいた生き物ではないと考えられています。その足あとは、世界と日本の両方に残っています。

できごと
1880年ロンドンの植物園の睡蓮鉢で発見され、西洋で知られる
1921年三重県津市の井戸で見つかり、日本で新種として記載
1946年東京・狛江の池で大発生。のちに天然記念物に指定

原産は中国、世界デビューはロンドン

1880年、睡蓮鉢に現れた謎の生き物

このクラゲが西洋に知られたきっかけは、1880年、ロンドンの植物園でした。オオオニバスなどを育てる睡蓮(すいれん)の水槽に、見なれない小さなクラゲが大量に現れたのです。淡水にクラゲがいるとは思われていなかった当時、大きな驚きをもって迎えられました。

学名は発見者サワービーにちなむ

この標本をもとに、動物学者が新種として記載しました。学名の「ソワビイ(sowerbii)」は、その生き物を見つけた植物園のサワービーの名にちなんだものです。のちに原産地は中国の揚子江流域と考えられるようになり、そこから世界各地へ、人や物の行き来とともに広まったとみられています。

日本に残る足あと

1921年、三重の井戸で新種記載

日本での最初の記録は、1921年(大正10年)にさかのぼります。三重県津市の学校の井戸で見つかったものが研究され、新種として発表されました。「マミズ(真水)クラゲ」という和名は、まさに海ではなく真水にすむこのクラゲの意外さを、そのまま言い表しています。

狛江の大発生と、天然記念物

戦後まもない1946年には、東京都狛江の池でマミズクラゲが大量に発生し、大きな話題になりました。この一帯は「狛江淡水クラゲ発生地」として国の天然記念物に指定されています。もっとも、神出鬼没のこのクラゲが毎年そこに現れるわけではないのが、なんとも彼ららしいところです。

大きさは親指の先ほど、一生の大半は1ミリのポリプ、そして気まぐれに現れて消える。マミズクラゲは、身近な池や井戸に、まだこんなに知らないことが残っているのだと教えてくれます。夏の水辺で透明な小さな傘がふわりと漂っていたら、それは百年以上も人を驚かせ続けてきた幻との、思いがけない対面なのです。