キジトラの「キジ」は、鳥の雉(きじ)のことです。茶色の地に黒い縞が入った毛並みが、地味な色をしたメスの雉の羽によく似ていることから名づけられました。ほかの呼び名も同じ発想です。サバトラは魚の鯖、サビは金属の錆。ハチワレは漢字の「八」の字に柄を見立てています。英語の呼び名や遺伝のしくみまで、柄ごとにたどります。
キジトラのキジはメスの雉の羽

茶色の地に黒い縞が入る柄
キジトラは、こげ茶や黄土色の地に黒っぽい縞が入った柄です。縞は背中から脇腹へ流れるように走り、しっぽには輪のような模様が並びます。顔まわりにも細い線が入るので、全体として落ち着いた茶色に見えます。英語の「ブラウン・マッカレル・タビー」にあたる毛色です。
派手なオスではなく地味なメスの羽
雉と聞くと、赤い顔に緑の首をしたオスを思い浮かべる人が多いはずです。ところがキジトラの名のもとになったのは、目立たない茶色のメスのほう。メスの羽は茶色の地に黒い斑が細かく入り、草むらに溶けこむ保護色になっています。猫の縞も同じく地面や枯れ草にまぎれる色で、見た目も役割もよく似ているのです。
飼い猫でいちばん多い柄
キジトラは日本でとても多く見かける柄です。アイリスオーヤマが2019年に行った「猫の国勢調査」の柄ランキングでも、飼われている頭数の1位はキジトラでした。近所の野良猫や保護猫カフェで、まず出会うのがこの柄という人も多いでしょう。名前の由来を知らないまま呼んでいる、いちばん身近な柄ともいえます。
キジトラが多いのはなぜ?

祖先リビアヤマネコの毛並み
イエネコの祖先は、アフリカから西アジアにすむリビアヤマネコ(アフリカヤマネコ)です。砂っぽい灰色や薄い黄色の地に淡い縦縞が入り、脚やしっぽには濃い輪の模様があります。この毛並みは、縞のある猫の姿にかなり近いものです。キジトラは、猫という動物のもとの姿をいちばんよく残した柄といえます。
人と暮らし始めたのは約1万年前
リビアヤマネコが人のそばで暮らし始めたのは、約1万年前の西アジア(近東)とされています。人に飼われるようになってからの時間は、野生で過ごした長い歴史に比べればごく短いものです。いまでも両者はとても近い間柄で、すみかが重なる地域では交雑した個体がふつうに見られるほどです。
白や単色はあとから生まれた柄
茶トラや白黒のぶち、全身まっ黒といった柄は、イエネコになったあとの突然変異や交配で広がったと考えられています。野生では目立つ毛色は獲物にも敵にも見つかりやすく、残りにくいものです。人に守られて暮らすようになって、ようやくさまざまな柄が生き残れるようになりました。縞のキジトラは、その中で原点にあたる柄なのです。
サバトラと茶トラは何が違う?

サバトラは鯖の背中の模様
キジトラの茶色みが抜け、銀色がかった灰色に黒い縞が入ったものがサバトラです。その色あいと縞の流れが、青魚の鯖の背中によく似ていることから名づけられました。鯖の背には青緑の地に黒く波打つ線が走っています。灰色の猫の縞と並べると、たしかによく似た模様です。
英語でも「鯖の縞」と呼ぶ
英語では、体の脇に細い縦縞がゆるやかに曲がって並ぶ模様を「マッカレル・タビー」と呼びます。マッカレルは鯖のこと。魚の骨のようにも見えるので「フィッシュボーン・タビー」という別名もあり、縞のある猫でいちばん多い型です。日本では灰色の猫だけを鯖にたとえますが、英語では縞の形そのものを鯖に見立てているわけで、目のつけどころが少し違います。
茶トラは色をそのまま名前に
全体が明るいオレンジ色の茶で、濃い茶色の縞が入るのが茶トラです。こちらは何かに見立てたわけではなく、毛の色をそのまま呼び名にしています。キジトラ・サバトラ・茶トラは縞の入り方が同じ仲間で、違うのは地の色だけです。その地の色を決めるしくみの中に、茶トラならではの特徴が隠れているのです。
茶トラはオスが多い柄

茶色を出す遺伝子はX染色体の上
猫の毛を茶色(オレンジ)にする遺伝子は、性別を決めるX染色体の上にあります。この遺伝子が働くと黒い色素が作られにくくなり、かわりに赤みのある色素が作られます。つまり同じ場所の遺伝子が、毛を黒にするか茶にするかを切り替えているのです。
※ X染色体とは、性別を決める性染色体の一つです。メスはX染色体を2本(XX)、オスはXとYを1本ずつ(XY)持っています。
オスはX染色体1本で茶色になれる
オスはX染色体を1本しか持たないため、その1本に茶色の遺伝子があれば全身が茶色系になります。メスが茶トラになるには、2本のX染色体の両方に茶色の遺伝子がそろわなければいけません。条件がひとつで済むぶん、オスのほうが茶トラになりやすいわけです。茶トラにオスが多いとされるのは、このしくみのためと考えられています。
ハチワレは漢字の「八」の字

額の上で色が左右に分かれる
ハチワレは、額の真ん中から白と黒(または茶)が左右に分かれている柄です。鼻すじから口まわりが白く、目から上が濃い色になるため、分かれ目が漢字の「八」の字に見えます。八の字に割れているから「ハチワレ」。分かれ目の位置は一匹ごとに違い、同じハチワレでも顔の印象がずいぶん変わります。
末広がりの縁起のよい形
「八」は下に向かって広がる形から、日本では末広がりの縁起のよい字とされてきました。そのためハチワレを、福を呼ぶ柄として喜ぶ飼い主もいます。猫の顔に縁起のよい字を見つけてしまうのは、見立て好きの日本語らしいところです。
英語では燕尾服の「タキシード」
白と黒がはっきり分かれ、胸元や足先が白い猫を、英語では「タキシード・キャット」と呼びます。黒い上着に白いシャツという礼装に見立てた呼び名です。日本では顔の分かれ目を字に読み、英語では体全体を服にたとえる。同じ白黒でも、どこに目をつけるかが国によって違うのは面白いところです。
サビは金属の錆、英語ではべっ甲

黒と赤茶が混じるまだら
サビ猫は、黒と赤茶色が縞にならずに全身へ混じり合った柄です。その色あいが、鉄にできる錆(さび)を思わせることから名づけられました。ぱっと見ると黒っぽい猫ですが、光の下では茶色の毛がまだらに浮かびます。柄が複雑なぶん、同じ模様の猫は二匹といません。
英語のトータスシェルは亀の甲羅
同じ柄を、英語では「トータスシェル(tortoiseshell)」と呼びます。亀の甲羅から作る装飾品、つまり「べっ甲」のことで、日本でもサビ猫を「べっ甲猫」と呼ぶことがあります。日本語は錆にたとえ、英語はべっ甲にたとえた。同じ色を見て、片方は古びた鉄を、もう片方は高級な工芸品を思い浮かべたわけです。
サビ猫もほとんどがメス
サビ猫の黒と茶のまだらは、X染色体を2本持つメスにしか通常は現れません。2本のうち一方に茶色の遺伝子、もう一方に黒の遺伝子を持ち、体の場所ごとにどちらが働くかが分かれるためです。このしくみは、次に見る三毛猫とまったく同じ。サビに白いぶちが加わると、三毛猫になります。
三毛猫にオスがほとんどいないのはなぜ?

白・黒・茶の三つの毛色
三毛(みけ)は、その名のとおり白・黒・茶の三色がそろった柄です。特定の品種の名前ではなく、三色の毛をもつ猫をまとめてそう呼びます。招き猫のモデルは三毛猫だともいわれ、商家では商売繁盛を願って大切にされたと伝わります。日本ではとりわけなじみの深い柄です。
X染色体2本が三色を生む
メスの体では、2本のX染色体のうち1本が細胞ごとにランダムに働かなくなります。茶色の遺伝子をもつX染色体が働く場所は茶に、もう一方が働く場所は黒になるので、毛色がまだらに分かれるのです。この考え方は1961年に提唱され、三毛猫やサビ猫の模様を説明するものとして広く受け入れられてきました。
オスの三毛は3万匹に1匹とも
X染色体が1本のオスは、茶か黒のどちらか一方しか出せません。それでも、まれにオスの三毛猫が生まれます。多くはX染色体を2本もつ「XXY」という染色体の組み合わせによるもので、繁殖する力はふつうありません。その割合は、およそ3万匹に1匹ともいわれます。
2025年に茶色の遺伝子の正体が判明
茶色を出す遺伝子がX染色体にあることは古くから知られていましたが、それがどの遺伝子なのかは長く分かっていませんでした。2025年5月、九州大学などの研究グループが、正体は「ARHGAP36」という遺伝子だと発表しました。この遺伝子の近くで約5,000塩基が欠けると働きが強まり、黒の色素のかわりにオレンジ色の色素が作られると考えられています。
南極で越冬したオスの三毛猫

第1次南極観測隊の「たけし」
珍しいオスの三毛猫は、船に乗せると福を呼び、遭難を防ぐという言い伝えがあります。日本の第1次南極観測隊でも、出発直前に託されたオスの三毛猫が航海の安全を願って観測船「宗谷」に乗りました。名前は永田武(ながたたけし)隊長にちなんで「たけし」。昭和基地で隊員たちと越冬し、日本でただ1匹南極で冬を越した猫として紹介されています。
帰国後の行方はだれも知らない
たけしは1958年2月に南極を離れ、同年4月に日本へ帰りました。その後は隊員の一人の家族として迎えられましたが、およそ1週間で家から姿を消し、行方を知る人はいません。なお現在は、1991年に採択された南極条約の議定書によって、動物を南極へ連れていくことは禁じられています。
タビーとキャリコは織物の名前

縞の猫をまとめて「タビー」
英語では、キジトラやサバトラのような縞模様の猫をまとめて「タビー(tabby)」と呼ぶのが一般的です。基本の型は4つ。まっすぐな縞のマッカレル、渦を巻くクラシック、斑点になるスポッテッド。そして一本の毛に濃淡が入るティックドです。どの型でも、額にはアルファベットの「M」に見える模様が浮かびます。
タビーはバグダッドの縞の絹
「タビー」はもともと、縞の入った絹織物を指す言葉でした。さかのぼると、縞模様の布で知られたバグダッドのアッタービーヤという地区の名にたどり着きます。この絹がイングランドで広まり、1690年代には縞の猫を「タビー・キャット」と呼ぶようになりました。猫の柄の名前が、中東の織物の産地につながっているのです。
キャリコはインドの綿布から
三毛猫の英語名「キャリコ(calico)」も布の名前です。インド南西部の港町カリカットで作られた綿布が語源で、アメリカでは柄を染めたプリント布を指すようになりました。そこから、色が入り混じった猫もキャリコと呼ばれるようになりました。日本語が雉や鯖にたとえたのに対し、英語は布の柄にたとえたことになります。
柄と性格は関係ある?

「茶トラはおっとり」は経験談
「茶トラはおっとり」「サビは賢い」など、柄と性格を結びつける話はよく聞かれます。飼い主どうしの経験談としては楽しいものですが、柄で性格が決まると科学的に確かめられたわけではありません。茶トラにオスが多いように、柄によって性別の割合が違うことが、印象に影響している面もありそうです。
柄は見た目の個性として楽しむ
同じキジトラでも、縞の太さや顔の色の入り方は一匹ずつ違います。性格も、育った環境や人とのかかわり方で大きく変わるものです。柄から性格を決めつけるより、目の前の一匹がどんな猫かを見るほうが確かでしょう。呼び名の由来は、その個性をながめる楽しみをひとつ増やしてくれます。
雉に鯖、錆に八の字、そして遠いバグダッドの絹。猫の柄の呼び名をたどると、人が身のまわりのものへ次々と見立ててきた跡が見えてきます。その奥には、祖先のヤマネコの縞や、X染色体のしくみまで続いていました。道ばたのキジトラも、実は野の鳥と大昔のヤマネコの両方を背負って歩いているのです。
参考
- 国立遺伝学研究所「三毛猫の毛色を決める遺伝子をついに発見」
- 国立極地研究所 アーカイブ室「南極へ行った猫 たけし」
- ねとらぼ(ペトコト編集部)「キジトラ猫ってどんな猫?」
- Wikipedia(英語版)「Tabby cat」
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