ナマコが内臓を吐き出すのは、腸を敵に差し出して相手が気を取られているすきに逃げるためと考えられています。食卓でおなじみのマナマコの場合、腸はお尻の側から出ていき、1か月ほどで元に戻るほどの再生力があります。皮が溶けるほど柔らかくなるのも同じく守りの仕掛けで、硬さを自由に変えられる特殊な皮がその正体です。
ナマコはなぜ内臓を吐き出す?

内臓を吐くのは、体の一部を「身代わり」として渡すためだとされています。ナマコは足が遅く、襲われても走っては逃げられません。食べられても困らない部分を差し出して命をつなぐ、という作戦です。
身代わりに腸を差し出す作戦
ナマコの研究で知られる本川達雄さん(東京工業大学名誉教授)は講演で、この行動を「身を捨てて、身を守る」と表現しました。敵が腸に食いついている間に、本体は少しずつ離れていくわけです。
ナマコの腸の塩辛は「このわた」と呼ばれる高級な珍味で、魚にとってもごちそうになるはず。ただ、ナマコを好んで食べる魚はサメやフグなど少数です。本川さん自身も、魚が実際にかみつく場面は見たことがないと正直に書き添えています。
マナマコはお尻の側から腸を出す
マナマコが吐き出すのは、食道から先の腸と、それに付いている血管です。呼吸に使う器官(呼吸樹)や生殖巣がいっしょに出ていくこともあります。出口は肛門の手前にある総排泄腔(そうはいせつこう)。
順番も決まっていて、まず体の中の液(体腔液)が吹き出し、続いて体の壁がぎゅっと縮んで中身を押し出します。口のまわりの触手と食道は体に残るので、再生はそこを足がかりに進むのです。
キンコの仲間は頭の側を破って出す
キンコなどが属する樹手目(じゅしゅもく)の仲間の多くは、体の前の端を破って内臓を出します。食べるための触手やのどまで失うので、捨てるものがずっと多い型です。2つの型の違いは、2022年に学術誌『Biology』に載った総説論文が整理しています。何を捨てて何を残すかは、型によってほぼ正反対です。
| 観点 | お尻側から出す型 | 頭側から出す型 |
|---|---|---|
| 主な仲間 | マナマコ・クロナマコ科の多く | 樹手目(キンコの仲間)の多く |
| 出口 | 総排泄腔(お尻) | 体の前の端が裂ける |
| 失うもの | 食道より先の腸・呼吸樹1〜2本・ときに生殖巣 | 触手・のど・消化管全体・呼吸樹1本・ときに生殖巣 |
| 残るもの | 口・触手・食道 | 総排泄腔 |
水揚げ後の保管中にも吐く
内臓を吐くのは、敵に襲われたときだけではありません。北海道立総合研究機構の中央水産試験場は、水揚げしたナマコが保管中に内臓を吐くことがあると報告しています。15℃で2日間保管したナマコが内臓を吐いた写真も添えられていて、高い温度や振動などのストレスが同じ反応を引き起こすという説明です。
吐き出した内臓はどうやって元に戻る?

内臓は、体に残った食道や総排泄腔を足場にして一から作り直されるのです。そのあいだナマコは何も食べられず、体にためた蓄えだけが頼り。かかる日数は種類や「戻った」の決め方で変わり、数週間から数か月の幅があります。
マナマコは15日で消化が戻り、45日で元どおり
先の総説論文によると、マナマコの新しい腸が消化の働きを取り戻すのは15日目。通常の状態に戻るのは45日目とされます。同じ論文には、形と働きが元に戻るまでおよそ1か月という書き方も出てきました。
再生は「傷をふさぐ→細胞が集まって芽ができる→管の中が空洞になる→腸らしく育ち分ける→大きくなる」の5段階で進みます。どの段階を「戻った」とみるかで、日数が変わってくるわけです。
3か月の絶食にも耐えられる
本川さんは講演で、魚に腸を与えてしまった場合も3か月ぐらいで腸は再生すると述べています。その間は飲まず食わずでも、ちゃんと回復するそうです。
耐えられるのは、ナマコがほとんどエネルギーを使わない生きものだから。同じくらいの大きさのマウスと比べると、ナマコのエネルギー消費量はわずか1430分の1です。
腸だけ取って海へ帰す「このわた」づくり
この再生力を利用して、マナマコから腸だけを取り出し、本体は海へ帰す産地もあるようです。腸が生え戻ったらまた取って、このわたにする。本川さんが講演で紹介している、ナマコを殺さない珍味づくりです。
体を2つに割って増えるナマコもいる
シカクナマコは季節によって、自分の体を前と後ろの2つに分けて2匹になります。本川さんが水槽で観察したところでは、まず体の真ん中が柔らかくなりました。前半と後半が反対の方向へ歩き出すと、真ん中が糸のように細く伸びてすっと2匹に分かれます。
分かれた前半は体の後ろ半分を、後半は口や触手を含む前半分をまるごと再生します。オスとメスがいなくても増えられる、無性生殖の一つです。
ナマコの体はなぜ溶ける?

ナマコの体が溶けたように見えるのは、皮そのものが極端に柔らかくなるからです。皮は「キャッチ結合組織」という特殊な組織でできていて、硬さを自由に変えられます。
※ キャッチ結合組織とは、神経の指令で硬さがすばやく変わる結合組織のことです。ナマコ・ヒトデ・ウニなどの棘皮動物(きょくひどうぶつ)だけがもっています。「キャッチ」は扉の掛け金のことで、本川達雄さんが名づけました。
皮の硬さは1分以内に切り替わる
ナマコをつかむと、皮はゴリッと硬くなります。油断しているときの皮は柔らかめで、強く握ると指の形にへこむほど。そのまますぐ固まるので、指の跡がボコボコと残ってしまいます。この切り替えにかかる時間は1分もありません。
硬いとばね、もみ続けると流れる
皮を切り出して引っ張る実験では、硬くなった皮は同じ長さまで伸ばすのに大きな力が要りました。力をゆるめると、来た道をほぼそのまま戻って元の形に。とても硬いばねに近いふるまいです。
柔らかい状態の皮は、普通の材料とは逆の性質を見せます。長さの10%を超えて何度も引き伸ばすと、引っ張るほど抵抗する力が下がっていくのです。手でもみ続けると皮が流れ出しそうなほど柔らかくなるのは、このためでした。
硬さを決めるのは繊維をつなぐ「のり」
電子顕微鏡で皮を見ると、コラーゲンの繊維がびっしり詰まっていて細胞はほとんど見えません。硬さを変えているのは、繊維どうしを貼り合わせている物質のほうです。
本川さんはこの物質を「のり」にたとえています。のりがぐずぐずになると繊維がスルスル動き、のりが固まると皮全体がガチッと動かなくなる仕組み。のりは複数の分子からなり、細胞から出されること、その細胞を神経が操っていることまでわかってきました。
筋肉の100分の1のエネルギーで踏んばる
キャッチ結合組織は、筋肉で体を固めたときのおよそ10倍の力に耐えられます。しかも同じ力で踏んばるのに要るエネルギーは、筋肉の10分の1で足ります。2つを掛け合わせると、筋肉の100分の1のエネルギーで姿勢を保てる計算です。
皮を溶かすのも身を守る技

本川さんによれば、皮が溶けるのは弱っているからではなく、これも防御の一つです。硬くなって身を守り、それでも駄目なら体の一部を渡す。その切り替えを、皮1枚がこなしています。
かまれた所だけに小さな穴をあける
魚にかみつかれてぐいぐい引っ張られると、その部分の皮は何度も大きく伸ばされます。するとそこだけがひどく柔らかくなり、小さな穴があくのです。ナマコはその穴から腸を出して、敵に差し出します。穴は小さく、すぐにふさがるといいます。
皮を脱ぎ捨ててウズラガイから逃げる
ナマコのいちばんの天敵は、ウズラガイという大きな巻き貝です。貝に触られると、ナマコは触られた部分の皮を硬くし、そのすぐ内側を柔らかくします。そこで身を縮めると外側の皮だけがはがれ、中身はするりと抜け出せる仕掛けです。
貝が残された皮を食べているあいだに、ナマコは先へ逃げていきます。貝も動きがのろいので、少し離れればもう安全。むけた皮はすぐに再生します。
吐いた内臓は仲間の皮も傷める
中央水産試験場は、ナマコの内臓を粉末にして水槽に入れる実験もしています。海水4リットルに0.2グラム、濃度にして0.005%を入れただけで、イボの先が白くなる・皮の表面が溶けるといった傷みが出始めました。ナマコ1匹ぶんの内臓の、わずか10分の1の量です。
一方で空気を送り込む装置(エアレーション)を使うと、1グラムを入れても傷みは出ませんでした。十分な酸素がストレスをやわらげた可能性がある、と試験場はみています。
糸と毒と骨で食べる気をなくさせる

一部のナマコは、内臓の代わりに白くねばねばした糸をお尻から吹き出します。この糸の束が「キュビエ器官」。ほかにも、毒と小さな骨で「食べる気をなくさせる」工夫が重ねられています。
お尻から白い糸を吹き出すキュビエ器官
魚にかみつかれると、ナマコはその方向へお尻をキュッと曲げて糸を発射します。鳥もちのような糸が敵にからみつき、動きを封じる仕組みです。器官は呼吸樹の付け根にある細い管の束で、名前は最初に記載したフランスの博物学者ジョルジュ・キュヴィエにちなみます。
日本の海でよく知られた持ち主が、ニセクロナマコです。京都大学の研究発表にも、お尻からこの管を出す姿が写真で紹介されています。
食卓のマナマコは糸を持っていない
キュビエ器官は、すべてのナマコにあるわけではありません。持っているのはクロナマコ科の一部の種で、酢の物にするマナマコ(シカクナマコ科)には無いのです。マナマコの守りは、内臓を吐くことと皮の硬さの切り替えが中心になります。
魚に効く毒、ホロスリン
ナマコは目立つ場所にごろんといても、ほかの動物にあまり食べられません。本川さんによると、グアムあたりの海岸はナマコを踏まずには海へ入れないほどだとか。それだけ残っていること自体が、食べられていない証拠です。
理由の一つが、ホロスリンというサポニンの一種。サポニンは朝鮮人参にも含まれる泡立つ成分で、魚にはとても強い毒になります。人間には毒にならず、マナマコはもともと含む量が少なめのようです。
皮の中に0.1ミリの骨が何千万個
ナマコの皮には、0.1ミリほどの小さな骨(骨片)が何千万個も入っています。食べるとジャリジャリして感じが悪いうえ、皮全体も硬くなってかみつかれにくくなる。そんな二重の効き目があると考えられています。骨片は炭酸カルシウムなので、酢ナマコにすると酢で溶けてしまいます。
ナマコの体はヒトとどこが違う?

ナマコには目も耳も鼻もなく、脳も心臓もありません。そのかわり体の大半が皮で、呼吸はお尻でします。数字で比べると、その変わった作りがよくわかります。
体の6割が皮で筋肉は7%
ナマコを輪切りにすると、ちくわそっくりの形です。穴の部分は水で満たされ、そこに腸や生殖巣が浮いています。筋肉は穴のふちにわずかにあるだけで、まわりの白く厚い部分はすべて皮。ヒトと並べると、ナマコがどれほど「皮の生きもの」かがはっきりします(数字は本川さんの講演録から)。
| 項目 | ナマコ | ヒト(哺乳類) |
|---|---|---|
| 皮が体重に占める割合 | 約60% | 約14% |
| 筋肉の割合 | 約7% | 半分近く |
| 骨の数 | 約2千万個(顕微鏡サイズの骨片) | 約200個 |
| 足 | 約3,000本(管足) | 2本 |
| 脳・心臓 | なし | あり |
| 呼吸の出入り口 | 肛門 | 口と鼻 |
お尻で水を吸って呼吸する
ナマコの呼吸器官は、体の中で木の枝のように分かれた呼吸樹です。体をふくらませたり縮めたりして肛門から海水を吸い込み、この枝に送って酸素を取り込みます。
この水の出入り口を利用するのが、カクレウオという細長い魚。ナマコが息を吐いて肛門が開いたすきに、尾のほうから少しずつ体をすべり込ませます。
1匹のナマコから15匹のカクレウオ
ナショナル ジオグラフィックが紹介した記録は、さらに驚きです。1975年にインドネシアのバンダ諸島で採集された1匹のナマコからは、10時間のうちに14匹のカクレウオが出てきて、もう1匹が中に残っていました。多くは隠れ家として使うだけですが、ナマコの生殖巣を食べてしまう寄生性の仲間もいます。
肛門に「歯」を持つナマコ
熱帯の海にすむアクティノピガ属のナマコは、肛門のまわりに石灰質の硬い突起を備えた変わり者です。英語では「anal teeth(肛門の歯)」と呼ばれ、5つが輪のように並ぶ種もいます。カクレウオのような侵入者を防ぐ役目があるという説明も見られます。
日本人はいつからナマコを食べている?

ナマコは『古事記』にすでに登場し、平安時代には都へ納める品でした。江戸時代には中国への大事な輸出品となり、今も北海道の稼ぎ頭の一つです。
古い呼び名はたった一文字の「こ」
平安時代の辞書『本草和名(ほんぞうわみょう)』には「海鼠 和名古」とあり、ナマコは古く「こ」と呼ばれていました。「なまこ」は、生の「こ」という意味です。
煮て干したものは「いりこ」、卵巣を干したものは「このこ」。腸の塩辛の「このわた」も含めて、どれも「こ」を土台にした名前です。このわたは、ウニ・カラスミと並ぶ日本三大珍味の一つに数えられます。
『古事記』では口を裂かれた生きもの
『古事記』には、アメノウズメが魚たちに天孫に仕えるかと尋ねる場面があります。ナマコだけが答えなかったため、小刀で口を裂かれてしまいました。ナマコの口が裂けているのはそのせいだ、という言い伝えです。
平安時代は能登や若狭から都へ
平安時代の法令集『延喜式(えんぎしき)』を見ると、いりこは能登・若狭・志摩など7か国から納められていました。このわたは能登から。生のナマコは運ぶのが難しかったためか、納めた形跡がありません。能登は今もナマコとこのわたの産地として知られています。
江戸時代は清へ送る「俵物」
江戸時代の長崎貿易で、干したナマコは中国(清)へ送る大事な輸出品でした。俵に詰めて運んだことから「俵物(たわらもの)」と呼ばれます。もとは煎海鼠(いりこ)と干しアワビの2品で、のちにフカヒレが加わって3品になりました。
輸出は17世紀末ごろから増え、1744年には幕府が長崎の町人8人に集荷を独占させます。中国向けの流れは今も続き、平成30年度のナマコ加工品の輸出額は241億円。その半分を北海道が占めています。
豆知識:ナマコは夏に眠り、俳句では冬の主役

マナマコは、多くの生きものとは逆に夏に休みます。冬に活発になるため、ナマコは冬の季語として数多くの俳句に詠まれてきました。
水温が20℃を超えると岩陰で「夏眠」
青森県の水産総合研究所の資料によると、マナマコは水温がおよそ20℃以上の間、岩のすき間などで「夏眠」と呼ばれる休眠状態に入ります。夏のあいだは体重が減り、水温が下がる秋以降にまた取り戻して育ち始める。冬がナマコの旬とされるのも、この暮らしのリズムと無関係ではなさそうです。
腸を抜かれても平然とした「海鼠かな」
ナマコの句は意外に多く、ナマコの句だけを1,000句集めて英語の本にした人までいます。本川さんが講演で紹介したのが、阿波野青畝(あわの せいほ)の「腸わたぬいてさあらぬさまの海鼠かな」。腸を抜かれても、何事もなかったような顔をしている姿を詠んだ句です。
走って逃げることも、殻にこもることもできない。だからナマコは腸を差し出し、皮を溶かし、ときには体を2つに割ってでも生き延びてきました。食卓で見かける地味な姿の裏には、身を削って身を守る、したたかな生き方が隠れています。
参考
- 日立環境財団 第14回環境サイエンスカフェ「ナマコ天国」本川達雄
- 北海道立総合研究機構 中央水産試験場「生鮮ナマコの保管と品質に関する技術資料」(2020年)
- A Review of Histocytological Events and Molecular Mechanisms Involved in Intestine Regeneration in Holothurians(Biology, 2022)
- コトバンク「ナマコ」
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