ナマコが内臓を吐き出すのは、敵に腸を差し出して、相手がそれに気を取られている間に逃げるためと考えられています。食卓でおなじみのマナマコの場合、腸の出口はお尻の側です。失った腸は15日ほどで消化の働きを取り戻し、45日ほどで元の状態に戻るという研究があります。
「体が溶ける」ほうも、でたらめな噂ではありません。ナマコの皮は1分もかからずに硬さを変えられる特殊な組織で、しごき続けると流れ出すほど柔らかくなります。内臓を吐くのも皮を溶かすのも、動きの遅い生きものが身を守るための仕掛けです。
ナマコはなぜ内臓を吐き出す?

内臓を吐くのは、体の一部を「身代わり」として渡すためだとされています。ナマコは足が遅く、襲われても走って逃げられません。その代わりに、食べられても困らない部分を差し出すという方法をとりました。
身代わりに腸を差し出す作戦
ナマコの研究で知られる本川達雄さん(東京工業大学名誉教授)は、講演でこの行動を「身を捨てて、身を守る」ようなものだと説明しています。吐き出された腸に敵が食いついている間に、本体は少しずつ離れていくわけです。
ナマコの腸は魚にとってもごちそう
ナマコの腸の塩辛は「このわた」と呼ばれ、人間にとっても高級な珍味です。本川さんは、魚がこの腸を食べている間にナマコは逃げていくと言われている、と紹介しています。そのうえで、魚が実際にかみつく場面は自分でも見たことがないと正直に書き添えています。
そもそもナマコを好んで食べる魚は多くありません。それでもサメやフグなど、一部の魚は口にするようです。
出てくるのは腸・呼吸の器官・生殖巣
マナマコが吐き出すのは、食道から先の腸と、それに付いている血管です。呼吸に使う器官(呼吸樹)が1〜2本、ときには生殖巣もいっしょに出ていきます。体の中はほぼ空っぽ。それでも命は続きます。
出口はお尻か頭か、種類で分かれる
内臓の出し方は、ナマコの仲間によって大きく2つの型に分かれています。その違いを整理したのが、2022年に学術誌『Biology』に載った総説論文です。
マナマコはお尻の側から押し出す
マナマコやその近い仲間は、肛門の手前にある総排泄腔(そうはいせつこう)から内臓を出します。まず体の中の水が吹き出し、続いて体の壁がぎゅっと縮んで中身を押し出す順番です。口のまわりの触手や食道は体に残ります。
頭の側を破って出すキンコの仲間
一方、キンコなどが属する樹手目(じゅしゅもく)の仲間の多くは、体の前の端を破って内臓を出します。こちらは食べるための触手まで失うので、捨てるものがずっと多い型です。お尻は残るため、再生はそこを足がかりに進みます。
何を捨てて何を残すかは、型によってほぼ正反対です。
| 観点 | お尻側から出す型 | 頭側から出す型 |
|---|---|---|
| 主な仲間 | マナマコ・クロナマコなど | 樹手目(キンコの仲間)の多く |
| 出口 | 総排泄腔(お尻) | 体の前の端が裂ける |
| 失うもの | 食道より先の腸・呼吸樹1〜2本・ときに生殖巣 | 触手・のど・消化管全体・呼吸樹1本・ときに生殖巣 |
| 残るもの | 口・触手・食道 | 総排泄腔 |
漁のあとの保管中にも吐くことがある
内臓を吐くのは、敵に襲われたときだけではありません。北海道立総合研究機構の中央水産試験場は、水揚げ後のナマコが保管中に内臓を吐くことがあると報告しています。
引き金は高い水温や振動
試験場の資料には、15℃で2日間保管したナマコが内臓を吐いた写真が載っています。高い温度や振動などのストレスが、敵に襲われたときと同じ反応を引き起こすようです。
吐いた内臓が仲間の皮を傷める
同じ資料で紹介されているのが、内臓を乾かした粉末を水槽に入れる実験です。海水4リットルに0.2グラム、濃度にして0.005%を入れただけで、ナマコの皮の一部が溶け始めました。ナマコ1匹ぶんの内臓の、わずか10分の1の量です。
ただし、空気を送り込む装置(エアレーション)を使うと、10倍の量を入れても皮は傷みませんでした。十分な酸素がストレスをやわらげた可能性がある、と資料はまとめています。
吐き出した内臓はどうやって元に戻る?

内臓は、残った食道や体の壁を足場にして一から作り直されます。そのあいだナマコは何も食べられず、体にためた蓄えだけが頼りです。
マナマコは2週間で「管」を作り直す
再生の速さを示す数字は、1つではありません。どれも「数週間から数か月」の幅に収まりますが、何をもって「戻った」とするかで日数が変わります。
15日で消化が戻り、45日で元どおり
先の総説論文によれば、マナマコの新しい腸が消化の働きを取り戻すのは15日目、通常の状態に戻るのは45日目です。大阪府立環境農林水産総合研究所の図鑑も、2週間ほどで薄い膜でできた腸が再生すると紹介しています。
段階の区切り方は研究によって違う
再生は「傷をふさぐ→細胞が集まる→管ができる→腸らしく分化する→大きくなる」という順で進みます。ただ、各段階を何日目までとするかは、論文ごとにまちまちです。たとえば2021年の別の研究は、管ができる時期を1〜28日目、成長の時期を28〜56日目と広めに取っています。
再生中は飲まず食わずで耐える
腸がないので、再生のあいだは何も食べられません。本川さんは、南の海にすむシカクナマコでは腸がおよそ3か月で元に戻り、その間は飲まず食わずでもちゃんと回復すると述べています。
もともと必要なエネルギーがごく少ない
絶食に耐えられるのは、ナマコがほとんどエネルギーを使わない生きものだからです。本川さんの比較では、同じくらいの大きさのマウスに比べて、ナマコのエネルギー消費量は1430分の1しかありません。食べない期間が長くても、体の蓄えは簡単には尽きません。
殺さずに「このわた」をとる方法
この再生力を利用して、マナマコから腸だけを取り出し、本体は海へ帰す産地もあるようです。腸が生え戻ったらまた取るという、ナマコを殺さない珍味づくりです。どこでどの程度行われているかまでは確認できませんでしたが、再生の早さを考えれば理にかなったやり方と言えます。
体を2つに割って増えるナマコもいる
再生力は内臓だけにとどまりません。シカクナマコは季節によって、自分の体を前と後ろの2つに分けて2匹になります。
真ん中が糸のように細くなって切れる
本川さんが水槽で観察したところでは、まず体の真ん中が柔らかくなります。前半と後半が反対の方向へ歩き出すと、真ん中が糸のように細く伸びて、すっと2匹に分かれるそうです。
前は後ろを、後ろは前を作り直す
分かれた前半は体の後ろ半分を、後半は口や触手を含む前半分をまるごと再生します。オスとメスがいなくても増えられる、無性生殖の一つです。
ナマコの体はなぜ溶ける?

ナマコの体が溶けたように見えるのは、皮そのものが極端に柔らかくなるからです。皮は「キャッチ結合組織」という特殊な組織でできていて、硬さを自由に変えられます。
※ キャッチ結合組織とは、神経の指令で硬さがすばやく変わる結合組織のことです。ナマコ・ヒトデ・ウニなどの棘皮動物(きょくひどうぶつ)だけがもっています。「キャッチ」は扉の掛け金のことで、本川達雄さんが名づけました。
皮の硬さは1分以内に切り替わる
ナマコをつかむと、皮はゴリッと硬くなります。油断している状態で強く握ると指の形にへこみ、そのまますぐ固まるので、指の跡がボコボコと残るほどです。この切り替えが1分以内に起こります。
硬いときはばねのように押し返す
皮を切り出して引っ張る実験では、硬くなった皮は同じ長さまで伸ばすのに大きな力が要りました。力をゆるめると元の形にほぼそのまま戻ります。つまり、硬いばねに近いふるまいです。
しごき続けると流れるほど柔らかくなる
柔らかい状態の皮は、ふつうの材料とは逆の性質を見せます。長さの10%を超えて何度も引き伸ばすと、引っ張るほど抵抗する力が下がっていくのです。手でもみ続けると皮が溶けたようになるのは、このためです。
溶けるのも身を守るための反応
体が溶けるのは弱っているからではなく、これも防御の一つだと本川さんは説明しています。硬くなって守り、それでも駄目なら体の一部を渡す。その切り替えを、皮1枚がこなしているのです。
かまれた所だけに穴をあける
魚にかみつかれて何度も引っ張られると、その部分の皮だけがひどく柔らかくなり、小さな穴があきます。ナマコはそこから腸を出して魚に与えるとされています。穴そのものは小さく、すぐにふさがるそうです。
皮を脱ぎ捨てて巻き貝から逃げる
ナマコのいちばんの天敵は、ウズラガイという大きな巻き貝です。貝に触られると、ナマコは触られた部分を硬くし、そのすぐ内側を柔らかくします。そこで体を縮めると外側の皮だけがはがれ、中身はするりと抜け出せます。
貝が残された皮を食べているあいだに、ナマコは先へ逃げていくのです。貝も動きがのろいので、少し離れればもう安全です。むけた皮はすぐに再生します。
硬さを決めるのは繊維をつなぐ「のり」
ナマコの皮を顕微鏡で見ると、コラーゲンの繊維がびっしり詰まっています。細胞はほとんど見えません。硬さを変えているのは、この繊維どうしを貼り合わせている物質のほうです。
のりが緩めば繊維がすべり出す
本川さんはこの物質を「のり」にたとえています。のりがぐずぐずになると繊維がスルスル動き、のりが固まると皮全体がガチッと動かなくなります。のりの正体は複数の分子で、細胞から出され、その細胞を神経が操っていることまでわかってきました。
筋肉の100分の1のエネルギーで姿勢を保つ
キャッチ結合組織は、筋肉のおよそ10倍の力に耐えられます。同じ力で踏んばるのに要るエネルギーは筋肉の10分の1です。2つを掛け合わせると、筋肉で体を固めるときの100分の1のエネルギーで姿勢を保てる計算になります。
内臓を吐かないナマコは何で身を守る?

一部のナマコは、内臓の代わりに白くねばねばした糸をお尻から吹き出します。この糸の束の名前が「キュビエ器官」です。ほかにも、毒と骨で「食べる気をなくさせる」工夫が重ねられています。
お尻から白い糸を吹き出すキュビエ器官
魚にかみつかれると、ナマコはその方向へお尻をキュッと曲げて糸を発射します。鳥もちのような糸が敵にからみつき、動きを封じる仕組みです。
名前はフランスの博物学者キュヴィエから
名前は、18世紀末から19世紀に活躍したフランスの博物学者ジョルジュ・キュヴィエにちなみます。器官そのものは、呼吸の器官か腸の終わりの部分が変化してできたと考えられています。
沖縄の浅瀬にいるニセクロナマコ
この糸を見やすい種の一つが、ニセクロナマコです。沖縄美ら海水族館の図鑑によると、長さ20〜30cmほどで、日本では紀伊半島より南のサンゴ礁でふつうに見られます。刺激を与えると、肛門から白い糸を出します。
食卓のマナマコは糸を持っていない
キュビエ器官は、すべてのナマコにあるわけではありません。持っているのはクロナマコ科の一部で、酢の物にするマナマコは別の科(シカクナマコ科)に属し、この器官はありません。マナマコの守りは、内臓を吐くことと皮の硬さの切り替えが中心です。
毒と骨で「食べる気をなくさせる」
ナマコは目立つ場所にごろんといても、ほかの動物にあまり食べられません。本川さんによると、グアムあたりの海岸はナマコを踏まずには海へ入れないほどだそうです。それだけ残っていること自体が、食べられていない証拠です。
魚に効く毒、ホロスリン
ナマコの体には、ホロスリンというサポニンの一種が含まれています。サポニンは朝鮮人参にも入っている泡立つ成分で、魚にはとても強い毒になります。人間には無害とされているので、私たちはナマコを食べられるわけです。
皮の中に0.1ミリの骨が何千万個
ナマコの皮には、0.1ミリほどの小さな骨(骨片)が何千万個も散らばっています。食べるとジャリジャリしてまずいうえ、皮自体も硬くなってかみつかれにくくなる。そんな二重の効き目があると考えられています。骨片は炭酸カルシウムなので、酢ナマコにすると酢で溶けてしまいます。
ナマコの体はヒトとどこが違う?

ナマコには目も耳も鼻もなく、脳も心臓もありません。そのかわり、体の大半が皮で、呼吸はお尻でします。数字で比べると、その変わった作りがよくわかります。
体の6割が皮で筋肉は7%
ナマコを輪切りにすると、ちくわそっくりの形です。穴の部分は水で満たされ、そこに腸や生殖巣が浮いています。筋肉は穴のふちにわずかにあるだけで、まわりの白く厚い部分はすべて皮です。
ヒトと数字で比べると、ナマコがどれほど「皮の生きもの」かがはっきりします。
| 項目 | ナマコ | ヒト(哺乳類) |
|---|---|---|
| 皮が体重に占める割合 | 約60% | 約14% |
| 筋肉の割合 | 約7% | 半分近く |
| 骨の数 | 約2千万個(顕微鏡サイズの骨片) | 約200個 |
| 足 | 約3,000本(管足) | 2本 |
| 脳・心臓 | なし | あり |
| 呼吸の出入り口 | 肛門 | 口と鼻 |
数字は本川達雄さんの講演録によるもので、ナマコの種類や大きさによって多少変わります。
お尻で水を吸って呼吸する
ナマコの呼吸器官は、体の中で木の枝のように分かれた「呼吸樹」です。体をリズムよくふくらませたり縮めたりして、肛門から海水を吸い込み、この枝に送って酸素を取り込みます。
お尻の穴に住みつく魚、カクレウオ
お尻が水の出入り口になっていることを利用するのが、カクレウオという細長い魚です。ナマコが息を吐いて肛門を開いたすきに、尾のほうから少しずつ体をすべり込ませます。昼はナマコの中に隠れ、夜に外へ出てエビなどを食べる暮らしぶりだそうです。
1匹のナマコから15匹が出てきた記録
ナショナル ジオグラフィックが紹介した記録は、さらに驚きです。1975年にインドネシアのバンダ諸島で調べた1匹のナマコからは、14匹のカクレウオが出てきて、もう1匹が中に残っていました。なかには、ナマコの生殖巣を食べてしまう寄生性の仲間もいます。
肛門に「歯」を持つナマコ
熱帯の海にすむアクティノピガ属のナマコは、肛門のまわりに石灰質の硬い突起を5つ備えた変わり者です。英語では「anal teeth(肛門の歯)」と呼ばれ、カクレウオのような侵入者を防ぐ役目があるのではとも考えられています。
日本人はいつからナマコを食べている?

ナマコは奈良時代の書物にすでに登場し、平安時代には都への献上品でした。江戸時代には中国への大事な輸出品になり、今も北海道の稼ぎ頭の一つです。
古い呼び名はたった一文字の「こ」
平安時代の辞書『本草和名(ほんぞうわみょう)』には「海鼠 和名古」とあり、ナマコは古く「こ」と呼ばれていました。「なまこ」は、生の「こ」という意味です。
いりこ・このこ・このわたも「こ」から
ゆでて干したものは「いりこ」、卵巣を干したものは「このこ」、腸の塩辛は「このわた」と呼ばれます。どれも「こ」を土台にした名前です。このわたは、ウニ・カラスミと並ぶ日本三大珍味の一つです。
『古事記』では口を裂かれた生きもの
『古事記』には、アメノウズメが魚たちに天孫に仕えるかと尋ねる場面があります。ナマコだけが答えなかったため、小刀で口を裂かれ、それでナマコの口は裂けているのだと語られます。ただし、この「海鼠」が本当に今のナマコを指すのかは、別の生きものとみる説もあって決着していません。
平安時代は能登や若狭からの献上品
平安時代の法令集『延喜式(えんぎしき)』によると、いりこは能登や若狭などから、このわたは能登から都へ納められていました。天皇の食膳にも上ったとされます。能登は今もナマコとこのわたの産地として知られています。
江戸時代は清へ送る「俵物」
江戸時代の長崎貿易では、干したナマコは中国(清)へ送る重要な輸出品でした。俵に詰めて運んだことから「俵物(たわらもの)」と呼ばれます。
干しアワビ・フカヒレと並ぶ三品
俵物の代表は、煎海鼠(いりこ)・干しアワビ・フカヒレの3品です。17世紀末ごろから輸出が増え、1744年には長崎会所が集荷を独占しました。1785年からは会所が全国から直接買い付ける仕組みに変わっています。
今も北海道の輸出品として年241億円
中国向けの流れは今も続いています。北海道の中央水産試験場の資料によると、平成30年度のナマコ加工品の輸出額は241億円で、その半分を北海道が占めました。北海道のナマコの漁獲量は年2,000〜2,300トン、生産額は80〜110億円で推移しています。
豆知識:ナマコは夏に眠り、俳句では冬の主役

マナマコは、多くの生きものとは逆に夏に休みます。冬に活発になるため、ナマコは冬の季語として数多くの俳句に詠まれてきました。
水温が下がるまで岩陰で「夏眠」
大阪府立環境農林水産総合研究所の図鑑によると、マナマコは夏になると岩の下などにもぐり、何も食べずに過ごします。水温が23℃以下に下がると起き出し、秋から春にかけて活発に動きます。冬がナマコの旬とされるのも、この暮らしのリズムと無関係ではなさそうです。
「目のなき海鼠」を詠んだ俳人たち
江戸時代の俳人・炭太祇(たん たいぎ)は「そこここと見れど目のなき海鼠かな」と詠みました。どちらが頭か分からない姿から、「どちくち」と呼ぶ地方もあるそうです。ナマコの句だけを1,000句集めて英語で本にした人までいます。
走って逃げることも、殻にこもることもできない。だからナマコは腸を差し出し、皮を溶かし、ときには体を2つに割ってでも生き延びる道を選びました。食卓で見かけるあの地味な姿の生きものは、文字どおり腹の中を見せることで、生き延びてきたのです。
参考
- 日立環境財団 第14回環境サイエンスカフェ「ナマコ天国」本川達雄(2013年)
- 北海道立総合研究機構 中央水産試験場「生鮮ナマコの保管と品質に関する技術資料」(2020年)
- A Review of Histocytological Events and Molecular Mechanisms Involved in Intestine Regeneration in Holothurians(Biology, 2022)
- National Geographic「How This Fish Survives in a Sea Cucumber’s Bum」
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