漫画やアニメで、「ネズミーランド」や「ワックのハンバーガー」といった、どこかで見た名前を少しだけ崩した固有名詞に出会うことがあります。元ネタはすぐに分かるのに、決して同じ綴りにはしない。あの微妙なずらし方には、はっきりした理由があります。
意外に思われるかもしれませんが、実在の店名や商品名を作品に出すこと自体は、多くの場合そのままでは法律違反になりません。それでもわざわざ名前を変えるのは、「訴えられるから」というより「揉めたくないから」という、もう少し現実的な事情が大きいのです。
※ この記事は、商標や著作権をめぐる一般的な考え方を身近な例で紹介するものです。個別のケースが問題になるかどうかは事情によって変わります。実際に作品づくりで判断に迷うときは、弁理士や弁護士などの専門家に相談してください。
名前をぼかす理由は、大きく四つある

「訴えられるのが怖いから」のひとことで片づけたくなりますが、本当の動機はもう少し込み入っています。まずは大きく四つに整理してみましょう。
| 理由 | 中身 | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| 商標クレームを避ける | 侵害にならなくても、権利者から抗議が来ることはある | 「勝手に使うな」と言われたくない |
| 名誉毀損・信用毀損を避ける | 悪く描くと、商標とは別の責任が生まれる | けなす描写は危ない |
| 放送・アニメ化での差し替え | テレビ局の考査で、結局あとから変えることになる | 最初からぼかすほうが早い |
| そもそも角を立てたくない | もじれば相手も読者も嫌な気持ちにならない | 創作の自由を守る保険 |
一つずつ見ていくと、「実名でもいいはずなのに、なぜ避けるのか」というすれ違いの正体が見えてきます。
実は「実名を出すだけ」では侵害になりにくい

まず押さえておきたいのは、漫画のセリフやコマの中に実在の商品名が出てくること自体は、商標権の侵害にあたりにくいという点です。ここが多くの人の直感とずれるところです。
商標権は「商品やサービスに使う」ための権利
「商標的使用」でなければ引っかからない
商標権の侵害が成り立つには、「指定した商品やサービスについて、その商標を使う」ことが必要だとされています。つまり、名前を出しさえすればアウト、という単純な話ではありません。自分の商品を売るときの目印として無断で使ったときに、はじめて問題になるのが基本です。
※ 商標的使用とは、その言葉やマークを「これは自分の商品・サービスですよ」という目印(出所を示すしるし)として使うことです。単なる話題としての言及や、飾りとしての使用は、これにあたらないと判断されることがあります。
漫画のコマは「お店」ではない
たとえば、あるハンバーガーチェーンの商標は「西洋料理を主とする飲食物の提供」といったサービスについて登録されています。漫画はそのサービスを実際に提供しているわけではないので、キャラクターがその店名を口にしても「商標的使用」とは認められにくい、と専門家は説明しています。看板を掲げて客に料理を出しているわけではない、というわけです。
ではパロディならどうなのか
日本の著作権法に「パロディOK」の規定はない
ややこしいのは、著作権の世界ではパロディの扱いがはっきりしていないことです。アメリカには「フェアユース」という幅広い例外があり、フランスにはパロディを認める条文があります。ところが日本の著作権法には、「パロディだから許される」と明記した規定がありません。判断は個々の事案しだいになります。
過去の裁判では厳しい判断も
有名なのが、他人の写真を素材に使ったパロディ作品が争われた「パロディモンタージュ事件」です。1980年(昭和55年)の最高裁は、元の作者の許可なく利用した点を厳しく見ました。国も2013年(平成25年)に文化庁でパロディの法制化を検討しましたが、結局まとまらず見送られています。「線引きがない」状態が今も続いているわけです。だからこそ作り手は、白黒はっきりさせるより、はじめからもじって波風を立てない道を選びがちになります。
それでも名前を変える——「揉めない」ための工夫

法律上はセーフになりやすい。にもかかわらず名前をぼかすのは、「勝ち負け」より「面倒を避ける」ことを優先しているからです。ここが今回のいちばんの核心です。
侵害でなくても、抗議は来る
「一般名称化」を嫌う権利者
ボートレースを描いた漫画『モンキーターン』では、ある器具の名前として登録商標を使ったところ、権利者から抗議の書面が届いたと伝えられています。背景にあるのは「その名前がありふれた一般名詞のように広まってしまう」ことへの警戒です。商標は、みんなが普通名詞として使い出すと権利を保ちにくくなるため、権利者は自社の名前が安売りされることに神経を使います。
裁判に勝てても、関係はこじれる
たとえ最終的に「侵害ではない」と認められたとしても、そこにたどり着くまでのやり取りは大きな負担です。作品や作者のイメージにも傷がつきかねません。数年がかりの争いを避け、権利者と険悪にならずに済むなら、名前を一文字変えるほうがはるかに安上がりなのです。
悪く描くと、商標とは別の責任が生まれる
名誉毀損・信用毀損というもう一つの壁
実名を出すこと自体が問題でなくても、その描き方しだいで別の責任が生じます。実在の企業や商品について事実と違うことを描いたり、評価を大きく下げるような表現をしたりすると、名誉毀損や信用毀損として損害賠償を求められる可能性があります。これは商標の話とはまったく別の次元の問題です。
「けなす描写」は避けるのが定石
ある出版社の漫画編集の現場では、実在の商品を描くときの目安として「その商品をおとしめる描写はしない」という考え方が紹介されています。たとえばサッカー漫画で実在のスパイクを登場させ、「試合中に靴紐が切れた」といったマイナスの場面に使うのは避ける、という具合です。良い文脈なら実名でも、悪い文脈ならもじる——このさじ加減が働いています。
アニメ化・放送というもう一つのハードル
放送局の考査で、結局あとから差し替え
漫画が原作でも、アニメやドラマになれば放送局のチェック(考査)が入ります。特別な必然性がなければ、実在の商品名は差し替えるよう求められることが少なくありません。原作の段階でもじっておけば、映像化のときに描き直す手間も省けます。最初からぼかしておくのは、先回りの知恵でもあるわけです。
テレビが文字をぼかすのも同じ発想
バラエティ番組の提供クレジットで、出演者の服のロゴや背景の文字がぼかされているのを見たことがあるでしょう。あれはスポンサーの名前に注目を集めたい、同業他社の製品を目立たせたくない、といった配慮から来ています。番組でも作品でも、「余計なところで角を立てない」という発想は共通しているのです。
もじりは日本の「作法」——嫌味なく愛でる

名前をぼかす文化は、単なる自己防衛にとどまりません。元ネタが分かる絶妙なずらし方には、作り手の遊び心と敬意がにじみます。
「分かる人には分かる」もじりの妙
崩しすぎず、そのままにもしない
もじりの巧みさは、元ネタが一目で伝わりつつ、決して同じ名前にはしないバランスにあります。読者は「あれのことだな」と楽しみながら、権利者に真正面からぶつかることは避けられる。この「ちょうどよさ」が、日本の作品に独特のユーモアを添えてきました。
| もじりの例(通称) | 連想される元ネタ |
|---|---|
| ワック | 大手ハンバーガーチェーン |
| パッキー | 棒状のチョコ菓子 |
| ネズミーランド | ネズミが看板役のテーマパーク |
いずれも「言われてみればそのまま」という崩し方です。もじりは、隠すためというより、あえて元を思い浮かべさせる仕掛けとして機能しています。
敬意が実を結んだ例もある
パロディが公式コラボに育つ
『クレヨンしんちゃん』に登場する架空のスーパー「サトーココノカドー」は、実在の大手スーパーをもじったものとして知られています。悪意なく愛着をもって描かれ続けた結果、2018年には実在のスーパー側が店舗名を期間限定で「サトーココノカドー」に変える公式コラボまで実現しました。もじりが縁になり、双方にとって嬉しい形へ育った一例です。
リスペクトがあるかどうか
専門家も、もじりがうまくいくかどうかの分かれ目として「作中での悪意のない描写」と「元へのリスペクト」を挙げています。同じ名前をいじるのでも、けなすために使えば角が立ち、愛着をもって使えば思わぬ縁につながる。名前の扱い方そのものに、作り手の姿勢が出るのです。
実名を出せるケース、出しにくいケース

最後に、「もじる/もじらない」を分ける少し細かい事情を、二つの角度から補っておきます。
実在の人名には「パブリシティ権」も絡む
有名人の名前は「顧客を呼ぶ力」を持つ
店名や商品名だけでなく、実在の有名人の名前を出すときはもう一つの権利が関わります。パブリシティ権です。人気者の名前や姿には「お客を引きつける力」があり、その経済的な価値を本人が守れる、という考え方です。
※ パブリシティ権とは、有名人の名前や肖像がもつ「お客を引きつける力(顧客吸引力)」から生まれる経済的な価値を、本人が独占できるとする権利のことです。
「その名前で客を集める」使い方が問題
侵害かどうかは、もっぱらその人の「引きつける力」を利用することを目的にしているか、で判断されるとされています。報道や批評、物語の中での自然な言及であれば、ただちに問題になるとは限りません。逆に、名前を看板がわりに使って宣伝すれば引っかかりやすい。作り手が有名人の名前もぼかしがちなのは、この線引きの難しさを避けるためでもあります。
逆に「出してほしい」企業もいる
あえて実名を出すタイアップ
ぼかすのが常に正解というわけでもありません。企業の側が「うちの商品をぜひ登場させてほしい」と望むこともあり、許可を得たうえで実名やロゴをそのまま出すタイアップ作品も珍しくありません。良い形で描かれれば、企業にとっては宣伝になるからです。
ぼかしは義務ではなく「選択」
つまり、名前を変えるかどうかはルールで決まっているのではなく、作り手が場面ごとに選んでいる工夫です。必然性があって許可も取れるなら実名で、そうでなければもじって角を立てない。あの一文字違いは、その都度の判断の跡なのです。
「ネズミーランド」とわざと崩した綴りは、臆病さの表れではありません。相手に敬意を払いながら、創作の自由も手放さない。誰の目にも元ネタが分かるのに決して同じ名前にはしない絶妙なさじ加減こそ、揉めごとを避けつつ遊び心を守ってきた、日本の作り手たちの立派な作法なのだと思います。
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