「サラリー」の語源は「塩」だった——古代ローマの塩の給料

言葉と論理の話
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毎月あたりまえに受け取る「サラリー(給料)」。この言葉をずっとさかのぼっていくと、意外にも「塩」にたどり着きます。よく聞くのは「古代ローマの兵士は塩で給料をもらっていた」という話ですが、実はこの部分は少しあやしい。言葉のルーツが塩なのは確かでも、「塩で払っていた」というのは後から広まった俗説なのです。

言葉の由来と、そこにまつわる誤解。二つを分けて追いかけると、古代の塩がどれほど大切なものだったのかまで見えてきます。

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サラリーと塩、関係をひとことで

サラリーと塩の話は、「言葉の由来」と「よくある誤解」を分けて考えると、もつれがほどけます。それぞれの答えを、先に一枚の表へ置いておきましょう。

ポイント中身
語のつながりsalary(英)← salarium(ラテン語)← sal(塩)
サラリウムの意味「塩を買うためのお金(手当)」とされる
よくある誤解「兵士は塩そのものを給料としてもらった」=古い証拠のない俗説
本当のところ兵士の給料は貨幣。塩は語源には残ったが、支払いは基本お金だった

つまり「サラリー=塩由来」は正しく、「サラリー=塩で支払い」は言いすぎ、というのが今の見方です。ここから、その二つを順にほどいていきます。

「サラリー」をさかのぼると「塩」に行き着く

まずは語源そのもの。ここははっきりしていて、辞書のあいだでも争いがありません。英語のsalaryは、ラテン語のsalarium(サラリウム)から来た言葉です。

英語salary ← ラテン語salarium ← sal(塩)

一直線にたどれる語のつながり

salaryはラテン語のsalariumがフランス語などを経て英語に入ったものです。そのsalariumの中心にあるのが、ラテン語で塩を意味するsal(サル)。塩を表す語に、お金・手当を示す語尾がついた形が、いまの「給料」につながっています。

ヨーロッパ各国の「塩」も同じ仲間

このsalは、いまのヨーロッパの言葉にもしっかり残っています。フランス語のsel・イタリア語のsale・スペイン語のsalは、どれも塩のこと。英語のsalt自体も同じ語族の親戚です。給料を表すsalaryと、食卓の塩がこうして同じ根っこでつながっているわけです。

サラリウムは「塩を買うためのお金」

塩の代金として渡された手当という理解

では、サラリウムとは具体的に何だったのか。伝統的な説明では「塩を買うために支給されたお金」、つまり塩の代金にあてる手当だとされてきました。塩そのものを配るのではなく、塩を手に入れるためのお金を渡す、という理解です。この「塩代の手当」というイメージが、のちの「給料」という意味へ広がっていきました。

博物学者プリニウスが書き残した一文

この由来をうかがわせるのが、古代ローマの博物学者プリニウス(大プリニウス)の記述です。彼は大著『博物誌』のなかで、塩が公職や軍務と結びついていること、そして「サラリウム(給料)という語もそこから来ている」と書きました。ただしプリニウスが言っているのはあくまで言葉のつながりで、「兵士に塩を支払っていた」とは書いていません。ここが、のちの誤解の分かれ目になります。

「兵士は塩で給料をもらった」は実は俗説

語源が塩なのは確か。では「だから兵士は塩で給料をもらっていた」まで言えるかというと、そこはつながりません。塩で支払われたという古代の証拠は、実のところ見つかっていないのです。

ローマ兵の給料は塩ではなく貨幣だった

常給は「ステイペンディウム」=コイン

そもそも、ローマの兵士がふだん受け取っていた給料には別の名前がありました。ステイペンディウム(stipendium)です。これは貨幣で支払われる正規の俸給で、皇帝アウグストゥスの時代には軍団兵で年225デナリウス、年3回に分けて渡されたと伝えられています。塩の袋を給料袋がわりに担いで帰る、といった光景があったわけではありません。

サラリウムはむしろ高官・臨時勤務の手当

一方のサラリウムは、この常給とは別ものでした。おもに高い地位の役人や将校に支給された手当、あるいは臨時の勤務にあてられたお金だったとされます。のちに官吏の俸給を指す言葉として使われるようになり、そこから「給料」という広い意味へと落ち着いていきました。塩と結びついていたのは、あくまで名前の由来のほうだったわけです。

呼び名だれの・どんなお金か支払い
ステイペンディウム一般の兵士の正規の給料貨幣(デナリウス)
サラリウム高官・将校の手当、臨時勤務のお金お金。「塩代の手当」が語源とされる

「塩で払った」話はどこで生まれたのか

十八世紀の辞書の勘違い

では、なぜ「兵士は塩で給料をもらった」という話が広まったのでしょうか。きっかけは、後世の辞書にあったようです。十八世紀(1771年)のラテン語辞書が、古代の「塩の税」に関する記述を兵士の給料と取り違え、「塩でもらう給料」という説明を載せたと指摘されています。プリニウスの言葉の由来と、別の資料にある塩の税とが、辞書の上でひとつに混ざってしまったわけです。

現代の辞書と研究者が言う「本当のところ」

現代の権威あるラテン語辞書は慎重で、「サラリウムはsal(塩)に由来する」とだけ記し、中身が具体的に何のお金だったかは断定していません。研究者のなかには、サラリウムは塩に限らず「食料や物資を買うための手当」だったのではないか、と見る人もいます。古代ギリシャにも兵士や下男の食費手当を指す似た言葉があり、それと近い性格だったという見方です。「塩で給料」という鮮やかな逸話は、どうやら証拠より先にひとり歩きしてしまったようです。

なぜ塩が給料の語源になるほど大事だったのか

ここで一つの疑問がわきます。支払いが塩でなかったのなら、なぜわざわざ「塩」という語がお金の名前に入り込んだのか。答えは、当時の塩がそれほどまでに貴重で、生活に欠かせない存在だったからです。

塩は保存と生命維持の戦略物資だった

冷蔵庫のない時代に食べ物を守る

冷蔵庫のなかった時代、肉や魚を長く保たせる方法といえば塩漬けでした。塩がなければ食料は腐り、遠くへ運ぶことも冬を越すこともできません。人や家畜が生きていくうえでも塩は不可欠です。つまり塩は、ただの調味料ではなく、暮らしと軍隊を支える戦略物資でした。値打ちがあるからこそ、お金と同じ重みで語られたのです。

ローマに塩を運んだ「塩の道」

塩の重要さは、道の名前にも刻まれました。古代ローマには、内陸へ塩を運ぶための街道ウィア・サラリア(塩の道)が通っていました。名前のsalariaは、やはり塩のsalから来ています。塩を運ぶために専用の街道が引かれたという事実そのものが、塩がいかに大切な物資だったかを物語っています。

塩から生まれた言葉は世界にある

英語の「worth one’s salt」

塩とお金・値打ちを結ぶ感覚は、英語の言い回しにも残りました。「worth one’s salt」は直訳すれば「その人の塩に値する」で、意味は「給料に見合った働きをする、一人前だ」。サラリウムの記憶が、そのまま慣用句として生き続けているような表現です。

日本語にも塩の言葉

塩を大切なものとして扱う感覚は、日本語にもあります。手間ひまかけて育てることを「手塩にかける」と言い、争っている相手でも弱みにつけ込まないことを「敵に塩を送る」と言います。後者は、戦国武将の上杉謙信が敵方の武田信玄に塩を送ったという伝承にちなむとされる言葉です。塩が命綱だったからこそ、それを送るという行いが美談になりました。洋の東西を問わず、塩は「値打ちのあるもの」の代名詞だったのです。

豆知識 ― 「サラリーマン」は英語では通じない

最後にひとつ。日本で会社勤めの人を指す「サラリーマン」は、salary(給料)とmanをつないだ和製英語で、そのままでは英語圏には通じません。英語で言うなら office worker・company employee・salaried worker、あるいは white-collar worker といった表現になります。

おもしろいのは、その「サラリー」の部分に、はるか古代ローマの塩の記憶がひそんでいること。給料を表す言葉が塩から生まれ、それが海を渡って日本で「サラリーマン」という新しい言葉に化けた、というわけです。

給料日に受け取るのは、もちろん塩ではありません。それでも「サラリー」という響きの奥には、古代の塩がいまも静かに溶け込んでいます。食べ物を守り、人や軍を生かしてきた、あの塩が。