横断歩道で「通りゃんせ」が流れる信号機は、いまや全国で300基にも届きません。減った理由は、曲が嫌われたからではありません。メロディーは「青になった」ことは知らせても、目の不自由な人に「どちらへ渡ればいいか」までは伝えられなかったのです。その役目を果たせる「カッコー」「ピヨピヨ」へ、2003年から少しずつ置き換えが進んできました。
通りゃんせが減ったのはなぜ?

曲が伝えるのは「いま青」だけ
メロディー式の信号機は、青の間じゅう同じ曲を流します。耳で聞く人に届くのは「渡ってよい時間だ」という合図までです。交差点には横断歩道が2本、4本と並んでいます。どの横断歩道の青なのか、自分はどちらを向いて歩けばよいのか。曲そのものには、その手がかりが入っていません。
擬音式は「どちらへ」まで伝える
擬音式は、道路ごとに「カッコー」と「ピヨピヨ」を使い分けます。さらに横断歩道の両端から違う音を交互に鳴らすので、音の聞こえてくる向きが進む方向を教えてくれます。警察庁はこの方式を「道路横断時の方向性がより明確」として整備を進めてきました。きれいな曲より、道案内になる音が選ばれたわけです。
最初の音響信号はベルだった

1955年、杉並区東田町の交差点
目の不自由な人に音で信号を知らせる装置は、1955年(昭和30年)に東京都杉並区東田町へ設けられたのが始まりとされます。鳴ったのは曲ではなく、ベルでした。「鳴っている間は渡れる」という、ごく単純な仕組みです。音楽を流すという発想は、まだ生まれていませんでした。
1960年、名古屋に流れた「くるみ割り人形」
メロディーを流す信号機は、1960年(昭和35年)に名古屋市東区古出来町(こできまち)の交差点へ付けられました。当時の新聞には、6月7日にテストが行われたと載っています。盲学校の生徒が渡る交差点でした。
青で流れたのは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」です。「乙女の祈り」なども使われたと記録されています。日本で最初のメロディーは、通りゃんせではなくクラシックでした。
20種類を超えた曲はどう4つに絞られた?

赤とんぼ、お猿のかごや…曲がばらばらの時代
名古屋のあと、メロディー式は各地へ広がりました。ところが曲の選び方は地域任せです。「赤とんぼ」「お猿のかごや」なども使われ、多いときには20種類を超えたといわれます。住む町では覚えた音でも、隣の町へ行けば別の曲が鳴る。耳をたよりに歩く人ほど、旅先で戸惑うことになりました。
1975年、アンケートで4つの音へ
「全国で音をそろえてほしい」という声を受け、警察庁は1975年(昭和50年)に委員会を設けます。学識経験者や視覚障害者の団体が加わり、アンケート調査もしたうえで標準の音が決まりました。
| 方式 | 選ばれた音 |
|---|---|
| メロディー式 | 「通りゃんせ」「故郷の空」 |
| 擬音式 | 「カッコー」「ピヨピヨ」 |
このとき、曲と擬音は対等な選択肢として並んでいました。通りゃんせが「減らす側」に回るのは、もう少し先の話です。
カッコーとピヨピヨの役割分担

カッコーは広い道、ピヨピヨは狭い道
2つの擬音は、渡る道路で使い分けられています。大阪府警察の説明では、交通量が多い幅の広い道路を渡るときが「カッコー」。交通量の少ない幅の狭い道路を渡るときが「ピヨピヨ」です。音を聞き分ければ、いま自分がどちらの道を渡ろうとしているのか見当がつきます。
東西・南北で決めた香川県
道の広さではなく、方角で決める県もあります。香川県警察は2025年(令和7年)2月21日までに、県内の割り当てを統一しました。南北方向を渡るのが「ピヨ」系、東西方向を渡るのが「カッコー」系です。
しかも同じ系統の中で、鳴る側まで決めています。北側は「ピヨ」、南側は「ピヨピヨ」。西側は「カッコー」、東側は「カカッコー」です。音を覚えておけば、自分がどの角に立っているのかまで分かる仕組みです。
異種鳴き交わしはどうして方向が分かる?

両岸で違う音を約1.5秒ずつ
異種鳴き交わし(いしゅなきかわし)方式では、横断歩道のこちら側と向こう側で、少し違う音を交互に鳴らします。間隔は約1.5秒です。「ピヨ」と「ピヨピヨ」、あるいは「カッコー」と「カカッコー」が呼び合う形になります。
※ 異種鳴き交わし方式とは、横断歩道の両端に向かい合わせたスピーカーから、種類の違う誘導音を時間をずらして交互に鳴らす方式のことです。
向こう岸の音が「目印」になる
向こう岸からの音は、渡り切る先の位置を耳に知らせ続けます。音のする方へまっすぐ進めば、横断歩道からそれにくい。両側で同じ曲が鳴るメロディー式では、こうした目印が作れません。音色を変えて交互に鳴らすという小さな工夫が、方向という情報を生んだのです。
2002年の試験で半数を超える人が支持
この方式が全国の標準になる前、2002年に視覚障害のある人を対象にした試験が行われています。結果は、半数を超える人が「横断の方向が分かりやすい」と答えたと伝えられています。使う人の実感が、次の通達の後押しになりました。
2003年の通達が流れを決めた

「方向性がより明確」という理由
警察庁は2003年(平成15年)10月、擬音式の異種鳴き交わし方式の整備を進めるよう通達を出しました。理由は、道路を横断するときの方向性がより明確で、誘導性も高いことです。ここで初めて、曲と擬音の間に優先順位がつきました。
廃止の命令ではなく、更新のたびの置き換え
警察庁は、メロディー式を廃止せよという通達は出していないと説明しています。新しく付ける装置は擬音式にし、古い装置は壊れたり更新したりする機会に入れ替える。通りゃんせが一斉に消えず、少しずつ数を減らしてきたのはこのためです。
メロディー式は全国で266基

令和8年3月末、擬音式が約99%
警察庁によると、2026年(令和8年)3月末の視覚障害者用の音響装置は全国に21,644基あります。このうち擬音式が21,378基、メロディー式は266基です。割合にすると、メロディーは100基に1基あまり。旅先で通りゃんせが聞こえたら、かなりめずらしい交差点だといえます。
2020年の394基から約3分の2に
2020年3月末の時点では、メロディー式は394基残っていたと報じられています。6年で約3分の2に減った計算です。一方で装置全体の数は増え続けています。音の出る信号機が減ったのではなく、その中身が擬音に入れ替わっているのです。
スマートフォンに知らせる装置も953基
音だけに頼らない仕組みも広がっています。歩く人のスマートフォンに、信号の状態や渡り始めの時期を音声で伝える「歩行者支援装置」です。警察庁の集計では、2026年3月末で953基になりました。耳で聞く案内は、街のスピーカーから手元の端末へも広がり始めています。
2つの曲はどこから来た?

通りゃんせと川越の「天神さまの細道」
「通りゃんせ」は「お通りなさい」という意味の、古いわらべうたです。埼玉県川越市の三芳野神社(みよしのじんじゃ)が発祥の地とされています。神社は川越城の中にあったため、一般の人はなかなかお参りできませんでした。その様子が歌われたと伝えられています。通してほしい、という歌が横断歩道に選ばれたのは、なかなか味のある取り合わせです。
故郷の空はスコットランド民謡
もう一方の「故郷の空」は、1888年(明治21年)の唱歌集に載った歌です。詞は大和田建樹(おおわだたけき)ですが、旋律はスコットランド民謡でした。詩人ロバート・バーンズの「Comin’ Thro’ the Rye(ライ麦畑で)」として知られる曲です。日本の秋の夕空を歌うあの旋律は、海の向こうの畑の歌でした。
夜に音が止まる信号もある

昼は鳴らし、夜は止める
音の出る信号機は、近くに住む人にとっては夜通し鳴れば負担になります。昼間は常に鳴らして夜間は止める、というのが大阪府警察の説明です。一方で鹿児島県のように、夜間も鳴らしている場所がある地域もあります。何時まで鳴らすかは、土地ごとに決められているのです。
押しボタンで、そのときだけ鳴らす
音を止めている時間でも、交差点の押しボタンを押せばその回だけ鳴る仕組みがあります。渡りたい人の安全と、まわりの人の眠りを両立させる工夫です。昼のにぎやかな交差点で聞く「カッコー」と、夜にボタンを押して聞く「カッコー」は、同じ音でも役目の重さが少し違って聞こえます。
通りゃんせが街から消えていくのは、音楽が奪われていく話ではありません。「通してください」と歌う曲が、本当に人を向こう岸まで通せる音へ、役目を譲っていく話です。信号機の色の順番にも理由があり、信号機はなぜ赤・黄・青なのか?「青信号」が緑色である理由で詳しく書いています。
参考
- 警察庁「音響信号機に関するQ&A」
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「名古屋市内に設置された日本初の音響信号機の場所はどこか」
- 香川県警察「香川県内の音の出る歩行者用信号の運用をより分かりやすく変更しました」
- 大阪府警察「音の出る信号機(視覚障がい者用信号機)について」
関連記事





