横断歩道で流れていた「通りゃんせ」や「故郷の空」。あの音が、いつの間にか「ピヨピヨ」や「カッコー」に置き換わっています。理由は音楽の好みが変わったからではありません。メロディーには、目の不自由な人がいちばん知りたい情報――「どちらへ渡ればいいのか」――を伝える力が足りなかったからです。
消えていく理由を先に言うと

二つの方式のちがいは、音色の美しさではなく「方向が分かるかどうか」にあります。下の表に要点を整理しました。
| 方式 | 鳴る音 | 横断の方向 | いまの立場 |
|---|---|---|---|
| メロディー式 | 「通りゃんせ」「故郷の空」など曲が流れる | 曲だけでは分かりにくい | ほぼ更新で終了へ |
| 擬音式 | 「ピヨピヨ」「カッコー」などの短い音 | 対岸と鳴き交わして方向が分かる | 現在の主流(全国の約99%) |
つまりメロディーは、耳で街を歩く人にとって「きれいだけれど道案内にならない音」だったわけです。以下では、音の出る信号機の成り立ちから、擬音式へ切り替わった経緯までを順に見ていきます。
そもそも「音の出る信号機」はいつからあるのか

音で青信号を知らせる装置は、意外に古くからあります。最初は音楽ですらありませんでした。
始まりは「鐘の音」だった
1955年、東京の交差点でベルが鳴った
記録に残る最初の音響式信号は、1955年(昭和30年)9月に東京・杉並区の交差点へ設けられたものとされます。青の合図はベル、つまり鐘の音でした。曲を流す発想はまだなく、「鳴っている間は渡れる」という単純な仕組みです。
1960年、名古屋でメロディーが登場
音楽を流す方式が現れたのは1960年(昭和35年)6月の名古屋だと伝えられています。単調なベルより耳に優しく、周囲にもなじみやすい。こうしてメロディー式が各地に広がっていきました。
曲が全国で乱立し、1975年に整理された
かつては20種類を超えるメロディーがあった
普及するにつれ、地域ごとにばらばらの曲が使われ始めました。全国では20種類以上のメロディーが鳴っていた時期もあったといいます。旅先で音が違えば、耳をたよりに歩く人ほど戸惑ってしまう。「全国で音をそろえてほしい」という声が各地から上がりました。
昭和50年の委員会で「4つの音」に絞られた
そこで1975年(昭和50年)、学識経験者・視覚障害者団体・警察庁・厚生省などによる委員会が設けられ、アンケートを重ねて標準の音が選ばれました。残ったのはメロディー2種(「通りゃんせ」「故郷の空」)と、擬音2種(「ピヨ」「カッコー」)。この4つが、以後の音の土台になります。
「ピヨピヨ」と「カッコー」は”方向”を鳴らしている

擬音式のいちばんの強みは、音そのものが道案内になっている点です。ただの鳥の鳴きまねではありません。
2つの音は、渡る道路を「役割分担」している
カッコーは大きい道、ピヨは細い道
慣例として、「カッコー」は交通量の多い主要な道路(おおむね東西方向)に、「ピヨ」や「ピヨピヨ」は交差する細い道路(おおむね南北方向)に割り当てられています。音を聞き分ければ、いま自分がどちらの道を渡ろうとしているのかの見当がつく。ただし東西・南北の対応はあくまで原則で、交差点の向きによって入れ替わることもあります。
| 音 | 渡る道路 | 向き(原則) |
|---|---|---|
| カッコー | 交通量の多い主要道路 | 東西 |
| ピヨ・ピヨピヨ | 交差する細い道路 | 南北 |
対岸と交互に鳴らす「異種鳴き交わし方式」
もう一つの工夫が、横断歩道のこちら側と向こう側で違う音を交互に鳴らすやり方です。これを異種鳴き交わし(いしゅなきかわし)方式と呼びます。
※ 異種鳴き交わし方式とは、道路の手前と対岸で少し異なる音を約1.5秒おきに交互に鳴らし、音が「向かってくる方向」で渡る先を示す鳴らし方のことです。
音が呼び合うと、進む先が「聞こえて」くる
向こう岸から音が呼びかけてくると、まっすぐ進めばよい方向が耳で分かる。2002年に行われた比較試験では、半数を超える人が「メロディーより渡る方向をつかみやすい」と答えたと報告されています。曲を流すだけでは得られない、方向という手がかりが生まれたのです。
なぜメロディーでは足りなかったのか

音として美しくても、メロディー式には越えられない弱点がありました。それが移行を決定づけます。
曲は「どちらへ渡るか」を語れない
音色が一定で、方向の手がかりにならない
メロディーは最初から最後まで同じ曲が流れるだけで、そこに東西や南北といった情報は乗りません。曲だけを頼りにすると、「音は鳴っているのに、どちらを向いて渡ればいいのか分からない」という状況が起きます。目でななめの横断や斜め方向を確かめられない人にとって、これは小さくない不安でした。
2003年、警察庁が擬音式へ舵を切る
「方向性が明確・誘導性も高い」という判断
こうした声を受け、警察庁は2003年(平成15年)10月に通達を出します。「道路横断時の方向性がより明確で、誘導性も高い、擬音式の異種鳴き交わし方式の整備を進める」という内容でした。新しく付けるものは擬音式、古いメロディー式も更新の機会に擬音式へ――こうして緩やかな置き換えが始まりました。
いま残るメロディーはわずか

置き換えの結果は、数字にはっきり表れています。
99%が擬音式に入れ替わった
令和7年、メロディー式は277基だけ
警察庁によると、2025年(令和7年)3月末の時点で、視覚障害者用の音響装置は全国に21,459基。うちメロディー式は277基で、残りの21,182基が擬音式です。割合にすると約99%が擬音式に置き換わった計算になります。壊れたり更新されたりするたびに擬音式へ替わるため、メロディーは静かに数を減らし続けています。
それでも土地の音は残る
標準の2曲以外が鳴る場所もある
数は少ないものの、標準の2曲以外が流れる交差点も各地に残っている。たとえば青森では「乙女の祈り」が使われてきたと伝えられます。地域にゆかりの曲やご当地の音は、耳になじんだ風景の一部でもあり、すべてが一気に消えるわけではありません。旅先でメロディー式に出会えたら、少し貴重な音だと思ってよさそうです。
2曲の素顔と、夜の信号機

最後に、標準に選ばれた2曲の出自と、音を鳴らす時間の話を添えておきます。
「通りゃんせ」と「故郷の空」はどんな曲か
通りゃんせ――「通してください」の古い童謡
「通りゃんせ」は、「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ」と歌い出す古い童謡です。「通りゃんせ」は「お通りなさい」の意味で、行き来を願うその歌詞は、人を渡らせる横断歩道と語感がよく合います。標準の音に選ばれた背景には、この耳なじみのよさもあったと考えられます。
故郷の空――実はスコットランド民謡
もう一方の「故郷の空」は、大和田建樹(おおわだたけき)の詞で知られる唱歌ですが、旋律はもともとスコットランド民謡です。原曲は、詩人ロバート・バーンズの歌でも知られる「Comin’ Thro’ the Rye(ライ麦畑で)」。日本の秋を歌うあの曲が、海のむこうの畑の歌だったというのは、少し意外な縁です。
夜は静かに――音を止める配慮
時間帯で音を絞る「押しボタン式」も
音の出る信号機は、近くに住む人にとっては夜通し鳴り続ければ負担になります。そのため夜間は音を止める時間制限を設けたり、必要なときだけ押しボタンで音を鳴らす方式にしたりと、地域ごとに運用が工夫されています。誰かの安全と、別の誰かの静けさ。その両方に目配りしながら、音は少しずつ形を変えてきました。
ちなみに、信号機の「音」だけでなく、あの赤・黄・青という「色」の並びにもちゃんと理由があります。気になった方は、信号機はなぜ赤・黄・青なのか?「青信号」が緑色である理由もあわせてどうぞ。
メロディーが街から消えていくのは、音楽が減って寂しくなる話ではありません。きれいな曲を、より確実に渡れる音へ譲っていく作業です。「ピヨピヨ」も「カッコー」も、耳で街を歩く人へ向けた、方向をもったやさしい呼びかけです。
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