川の右岸・左岸は、上流から下流を向いて右側が右岸、左側が左岸と決まっています。物差しは立っている人ではなく、川が流れる向きです。ところが地図は北を上にして描くので、南へ下る川では右岸が地図の左側に来ます。地図を見て「右なのに左岸?」と戸惑うのは、このずれのせいです。
右岸は「下流を向いて右」と決まっている

河川の管理で使う正式な決め方
国土交通省の荒川上流河川事務所は、川の右左を「上流から下流に向かって右側が右岸、左側が左岸」と説明しています。天気予報の言い回しでも工事の看板でも、意味するところは同じです。川のどちら側に立っていても、地図のどこを開いても、右岸と呼ばれる岸は一つに決まります。
由来は舟を待つ上流の人の目線
なぜ下流を向くのかについて、同じ事務所は昔の暮らしに由来する話を紹介しています。上流に住む人は、暮らしに必要な品が下流から舟で運ばれてくるのを待っていました。その人たちが下流を見つめる向きで右と左を呼ぶようになった、といわれているそうです。言い伝えの一つですが、川が物を運ぶ道だった時代の名残として覚えておくと忘れにくくなります。
なぜ人ではなく川の流れで決めるのか

人を基準にすると右が裏返る
もし「土手に立った人から見て右」で決めると、向かい合う両岸の二人では右手の指す方向が正反対になります。同じ一つの岸を、片方は右と呼び、もう片方は左と呼ぶ。人はその場でくるりと向きを変えられるので、話し手が替わるたびに答えも変わってしまうのです。
東岸・西岸では川の曲がりに負ける
方角で「東岸・西岸」と呼ぶ手もありそうに思えます。けれど川は曲がりくねって流れるため、同じ岸が場所によって北岸になったり東岸になったり。上流から下流への向きなら、川がどれだけ蛇行しても一本の線でつながっています。源流から河口まで、同じ岸をずっと同じ名前で呼べるのが強みといえます。
右岸にいれば向こう岸は必ず左岸
流れの向きで決まる以上、自分が右岸にいれば、川を挟んだ向こう岸は必ず左岸です。「右岸の集落」「左岸を走る道路」と言えば、電話越しでも地図の上でも相手と同じ場所を指せるわけです。左右を言い違えると正反対の場所になるため、河川の現場ではこの呼び方が基本の共通語になっています。
地図で右岸が左に見えるのはなぜ?

北へ流れる川は地図の右が右岸
普通の地図は北を上にして描かれています。南から北へ流れる川なら、下流の北を向いたときに右手が指すのは東です。地図の上では右側にあたるので、「地図の右=右岸」が素直に成り立ちます。直感とずれないのは、実はこの向きの川だけです。
南へ流れる川は地図の左が右岸
北から南へ流れる川では話が逆になります。下流の南を向くと右手は西を指し、地図では左側です。たとえば天竜川は諏訪湖から南へ下って遠州灘に注ぐので、地図で左に描かれた岸のほうが右岸になります。地図を見る人は北を向いた姿勢で考えがちで、その向きと川の向きが正反対になるのが混乱のもとです。
流れる向きと地図の位置の早見表
東や西へ流れる川では、右岸は地図の上か下に来ます。北が上の地図で、流れる向きごとに右岸の位置を並べました。
| 川が流れる向き | 右岸の方角 | 地図での右岸の位置 |
|---|---|---|
| 南から北へ | 東 | 右 |
| 北から南へ | 西 | 左 |
| 西から東へ | 南 | 下 |
| 東から西へ | 北 | 上 |
斜めに流れる川は、近いほうの行で考えればおおよそ当たります。表を覚えるより、地図の上で下流側に顔を向けた自分を思い浮かべるほうが確実です。
上流と下流はどう見分ける?

海や湖に近いほうが下流
右か左かを先に考えず、まず流れの向きを確かめると取り違えずに済みます。海や湖につながる河口の側が下流で、山側の標高が高いほうが上流です。地図なら等高線や山の位置、現地なら水面に浮いた葉や泡の動く先が手がかりです。
距離標は流れの真ん中で測る
川の堤防には、河口や合流点からの距離を示す杭が立っています。荒川の中流では400mごとに置かれ、距離は川の流れの真ん中で測るそうです。そこから直角に左右の岸へ杭を立てるので、同じ数字の杭が右岸と左岸に一本ずつ並びます。支流では本川との合流点が0kmです。数字が小さくなるほうへ進めば下流だと分かります。
防災情報では右岸・左岸で場所を伝える

氾濫情報の「右岸」も同じ定義
大雨のとき、河川の管理者や自治体は「○○川右岸の△△地区で氾濫のおそれ」という形で危ない場所を知らせます。この右岸も、下流を向いて右という同じ決め方です。地図の右だと思い込むと、避難の判断そのものがずれかねません。自分の住まいがどちらの岸かを、平時に一度確かめておくと安心です。
堤防は左右で別々に計画される
堤防の高さや工事の順番も、右岸と左岸で分けて計画されます。同じ川でも片側だけ堤防が低い区間があったり、片側に水を逃がす遊水地があったりと、左右で事情が違うことは珍しくありません。ハザードマップを読むときも、自分の側の岸の色分けを見ないと危険度を取り違えます。
多摩川は右岸が神奈川・左岸が東京

川が都県の境目になっている
多摩川の下流は、おおむね北西から南東へ流れて東京湾に注ぎます。下流を向くと右手が南西にあたり、右岸が神奈川県の川崎市側、左岸が東京都の世田谷区や大田区の側です。同じ川べりを歩いていても、岸が違えば住所も川の手入れをする自治体も変わります。
両岸に同じ地名が残るのはなぜ?
多摩川をはさんで、宇奈根(うなね)・瀬田・等々力・野毛など同じ地名が両岸に見られます。多摩川はたびたび洪水で流れを変える川で、そのたびに一つの村が二つに分けられてきました。川崎市がまとめた調査報告によると、宇奈根村は川に二分され、昔は境をめぐる争いも起きています。
東京府と神奈川県の境を多摩川とすることが決まったのは明治45年です。それまで川向こうにあった飛び地は、この決定を受けて同じ岸の町に組み込まれていきました。いまの「右岸=神奈川、左岸=東京」という分かりやすい線は、100年余り前に整えられたものなのです。
船の右舷・左舷も進む向きで決まる?

starboardは舵を取る側
船首、つまり進む方向を向いて右側が右舷(うげん)、左側が左舷(さげん)です。英語で右舷を指すstarboardは、古い英語で「舵をとる側」を意味する言葉から来ています。初期のゲルマン人の舟は、右側につけたかいで漕いだり向きを変えたりしていたためです。
左舷はもともとlarboardだった
左舷を指すportは、1540年代から使われ始めた言葉です。右側のかいが岸にぶつからないよう、港には左側を着けて停めた。そこから「港に面する側」と呼ばれたと考えられています。もともと左舷はlarboardと呼ばれていました。starboardと音が似て聞き違えやすいため、イギリス海軍は1844年に、アメリカ海軍は1846年にportへ改めています。
面舵・取舵は十二支の方角から
日本語の号令では、面舵(おもかじ)が右、取舵(とりかじ)が左です。船の進む方向を十二支の子(ね)に見立てると、右手が卯(う)、左手が酉(とり)の方角にあたります。「卯の舵」がなまって「おもかじ」に、「酉舵」が「とりかじ」になったとされ、面や取の字は後から当てたものという説明が一般的です。
パリでは右岸・左岸が街の性格を表す

セーヌ川は北側が右岸
右岸・左岸の決め方は海外でも同じで、フランス語にも同じ言い分けがあります。パリ市内のセーヌ川は、おおむね東から西へ流れています。下流の西を向くと北側が右岸(リヴ・ドロワット)、南側が左岸(リヴ・ゴーシュ)です。早見表の「東から西へ」の行のとおり、地図では右岸が上に来ます。
右岸は商業、左岸は学生と文化
右岸にはルーヴル美術館やオペラ座、高級ブティックが集まり、商業と華やかさの地区として知られます。左岸にはカルチエ・ラタンやサンジェルマン・デ・プレが広がり、大学やカフェ、出版社が並ぶ界隈です。かつては作家や芸術家が集い、「左岸の人」と言えば知的で自由な気風を連想させるといわれます。一本の川の右と左が、街の気質まで言い分けているわけです。
右岸・左岸で迷う原因の多くは、右左そのものより、自分がどちらを向いているかにあります。地図を回したり対岸へ渡ったりする前に、水の行き先を一度だけ確かめる。下流へ顔を向けさえすれば、右と左はもう動きません。
参考
- 国土交通省 関東地方整備局 荒川上流河川事務所「川の右左ときょり」
- 川崎市「多摩川両岸の地形や土地利用からの考察」(平成28年度)
- Online Etymology Dictionary「starboard」
- Online Etymology Dictionary「port」
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