あくびがうつるのは、相手の状態を自分の中でなぞる「共感」に近い働きが関わるためだと考えられています。手がかりは、親しい相手ほどうつりやすいという観察です。成人109人のあくびを1年かけて記録した研究では、家族・友人・知人・他人の順にうつりやすさが下がりました。ただ、共感だけでは説明しきれないという大規模な研究もあり、答えはまだ一つに定まっていません。
あくびがうつるのは共感のせい?

他人の動きを脳内でなぞる神経
説明によく使われるのが、ミラーニューロンという神経細胞です。1990年代にイタリアのパルマ大学の研究チームがサルの脳で見つけたもので、自分が動くときだけでなく、他者の同じ動きを見たときにも活動します。他人のあくびを見ると、脳の中で同じ動きが「再生」され、実際のあくびを引き出すのではないか。伝染あくびの代表的な説明はこの形ですが、ミラーニューロンとの直接の結びつきは今も検証の途中とされています。
心を読む力とうつりやすさが重なった
2003年には、米国の心理学者プラテックらが大学生を対象に調べています。あくびの動画につられやすい人ほど、鏡に映る自分の顔をすばやく見分ける課題や、他人の気持ちを推し量る物語の課題で成績がよい傾向がありました。逆に、人との交流を避けがちな性格傾向が強い人は、あくびがうつりにくかったといいます。ここから「伝染あくびは他人の心を思い描く力の一部ではないか」という見方が広まりました。
見なくても、音だけでうつる
伝染あくびは、相手の顔を見たときだけの反射ではありません。後で紹介する109人の観察研究では、あくびの音だけを聞いた場合と姿だけを見た場合で、うつりやすさに差は出ませんでした。あくびの話を読んだり思い浮かべたりしただけで出てしまう、という経験をもつ人も多いはずです。単なる物まねより一段深いところで「あくび」に反応している点が、心の働きを疑わせる理由になっています。
家族・友人・知人・他人の順にうつる

109人を1年かけて観察した研究
親しさとの関係をはっきり示したのが、イタリアのピサ大学のノルシアとパラジが2011年に発表した研究です。対象はヨーロッパ・北米・アジア・アフリカ出身の成人109人。職場やレストラン・待合室・食事の席といった日常の場面で、本人たちに知らせずに1年間観察しました。記録したあくびは613回で、そのうち条件のそろった480回を分析しています。
この研究は「数百人規模」と紹介されることもありますが、人数としては109人です。数が大きく見えるのは、あくびの回数のほうでしょう。
うつる回数は家族がいちばん多い
結果を左右したのは、相手との関係だけでした。性別も出身国の違いも、うつりやすさには関係しなかったのです。うつった組み合わせの中で、あくび1回あたりにつられる割合を比べると、知人は約0.39・友人は約0.52・家族などの血縁は約0.85でした。見知らぬ人のあくびとなると、うつること自体がまれでした。
近い相手ほど、つられるまでが速い
差は回数だけでなく、反応の速さにも出ています。相手があくびをしてから自分があくびをするまでの時間は、他人や知人のときより、友人や家族のときのほうが短かったと報告されています。親しい人のあくびほど、考える間もなく体が反応してしまう。研究チームは、これを共感の強さが親しさで変わることと重ね合わせて説明しています。
犬にも飼い主のあくびがうつる

25頭で確かめた東京大学の実験
人から犬へも、あくびはうつります。東京大学の長谷川寿一教授らのグループは2013年、家庭で飼われている犬25頭で実験しました。飼い主と初対面の女性研究者が、それぞれ本物のあくびと、口を開け閉めするだけの動作を5分ずつ見せます。25頭のうち13頭があくびをし、本物のあくびを見たときのほうが明らかに多く出ました。
知らない人より飼い主のほうがうつる
犬がよりつられたのは、初対面の研究者より飼い主のあくびでした。人どうしと同じく、近い相手ほどうつるという形がここでも出ています。あわせて心拍も測りましたが、あくびの場面と口の開け閉めの場面で差はありませんでした。緊張や不安から出た「ストレスのあくび」ではなさそうだ、というのが研究チームの見立てです。
子どもは何歳からつられる?

1歳では0人、4歳で35%
あくびそのものは、生まれる前の胎児のころから見られるとされます。ところが、つられるあくびは生まれてすぐには起きません。2010年に米コネティカット大学のヘルトらは、1〜6歳の120人を調べました。読み聞かせの途中で大人があくびをしても、1歳では20人中0人で、2歳でも1人しかつられていません。
4歳になると20人中7人(35%)、5〜6歳では8人(40%)へ。4歳を境に急に増えています。他人の気持ちを推し量る力が育つ時期と重なることから、共感の発達と関係づけて語られてきました。
自閉スペクトラム症の子どもと「目」
同じ研究では、自閉スペクトラム症の6〜15歳の子どもは、伝染あくびが定型発達の子どもの半分ほどでした。ただ、話はそれで終わりません。2009年に日本の千住淳らが行った実験では、映像の人物の「目」を見るように指示すると、自閉スペクトラム症の子どもも同じくらいあくびがうつりました。違いは共感の有無というより、顔のどこを見ているかの差かもしれないのです。
共感だけでは説明しきれない

328人を調べたデューク大学の研究
共感説に待ったをかけたのが、米デューク大学のバーソロミューとシルリが2014年に発表した研究です。18〜83歳の328人に、あくびをする人の動画を見てもらいました。同時に共感の強さや眠気、時間帯ごとの元気さなどを質問票で測り、うつりやすさとの関係を調べています。
はっきり効いたのは年齢だけ
結果は意外なものでした。年齢の影響を差し引くと、共感の強さはうつりやすさと関係が見られなかったのです。眠気も同様でした。はっきり効いていたのは年齢だけで、年を重ねるほどうつりにくい傾向がありました。それでも年齢で説明できるのは個人差の8%ほどにとどまります。
うつりやすさは人ごとにほぼ一定
一方で、同じ人に日を変えて試すと、うつる度合いはよく似た値になりました。つられやすい人はいつもつられやすく、そうでない人はいつもそうでない。研究チームは、この安定した個人差に遺伝の影響があるかもしれないと述べています。「親しい相手ほどうつる」ことと「共感が強い人ほどうつる」ことは、分けて考えたほうがよさそうです。
あくびは何のために出る?

酸素不足説は裏づけが弱い
「あくびは酸素が足りないから出る」とよく言われます。ところが、酸素や二酸化炭素の濃さを変えた空気を吸わせても、あくびの回数は変わらなかったという実験があります。眠いときや退屈なときに出やすいのは確かです。それでも、何のための動作なのかは今もはっきり決まっていません。
脳を冷やす「ラジエーター」説
近年注目されているのが、米ニューヨーク州立大学オールバニ校のギャラップ親子が2007年に唱えた説です。脳は活動すると熱を持ちます。大きく口を開けて外の空気を吸い込み、顔まわりの血流を増やすことで、その熱を逃がすのではないか。車のラジエーターのように、あくびが脳を冷やしているという考え方です。
鼻で息をするとうつらなかった
ギャラップらは、大学生にあくびの動画を見せる実験でこの説を確かめようとしました。ふつうに息をした人や口で息をした人は、半数があくびにつられています。ところが鼻だけで息をするよう指示された人は、一人もあくびをしませんでした。額に保冷剤を当てた人も同じくあくびが出ず、温かい袋や室温の袋のときはふつうに出たといいます。ただし小さな実験での結果で、反論もあるのが現状です。
会議であくびが連鎖するのはなぜ?

群れの覚醒をそろえる合図という仮説
伝染あくびには、進化の上での役割があったのではないかという見方があります。一頭のあくびが群れに広がれば、みなの眠気や警戒の度合いがそろう。休むときと動くときを合わせる合図になった、という考え方です。脳冷却説と組み合わせて、仲間どうしで頭を冷やし、注意力を保ち合う働きだと説明する研究者もいます。ただし、いずれも確かめられた事実ではなく仮説の段階です。
同じ部屋にいる人どうしほど広がる
会議や授業であくびが次々に広がるのは、同じ場所で同じ退屈を分け合っている人たちだからかもしれません。ノルシアらの観察でも、あくびは顔見知りどうしのほうがよくうつりました。毎日顔を合わせる同僚や同級生は、まさに「知人」から「友人」にあたる相手です。誰か一人のあくびが、場の空気をまるごと映し出してしまうわけです。
親しい人のあくびほどうつりやすいことは、人でも犬でも確かめられています。一方で、うつりやすさそのものは共感の強さより、その人ごとの持ち前に近いようです。誰かのあくびにつられたとき、それは相手との距離の近さを体が先に知らせた合図なのかもしれません。
参考
- Norscia & Palagi「Yawn Contagion and Empathy in Homo sapiens」PLoS ONE(2011)
- Romero, Konno & Hasegawa「Familiarity Bias and Physiological Responses in Contagious Yawning by Dogs Support Link to Empathy」PLoS ONE(2013)
- Bartholomew & Cirulli「Individual Variation in Contagious Yawning Susceptibility Is Highly Stable and Largely Unexplained by Empathy or Other Known Factors」PLoS ONE(2014)
- UConn Today「When Yawning Isn’t Contagious」(2010)
関連記事








