「ファーストペンギン」は、天敵がいるかもしれない海へ群れで最初に飛び込む一羽のことで、危険を承知で先に動く人や企業のたとえです。ただ、その一羽がいつも勇敢とは限りません。仲間に押されて落ちる話も古くから語られ、研究者は「作り話」と退ける一方、水際のためらい自体は天敵への警戒として記録されてきました。
ファーストペンギンはどんな人を指す?

前例のない場所に最初に入る役
誰も手をつけていない市場や、実績のない技術に最初に挑む人や企業がこう呼ばれます。うまくいけば市場の形を自分で決められますが、参考にできる先例はひとつもありません。ルールが整っていない分野なら、法律の解釈から自分で確かめて進むことになります。
使われ方はほぼ褒め言葉です。「彼はうちのファーストペンギンだ」と言えば、失敗の見込みを承知で先に動いた人への評価になります。
パイオニアとの違いは一番乗りへのこだわり
似た言葉にパイオニア(開拓者)があります。こちらは新しい分野を切りひらいた人全般を指し、一番乗りかどうかは問いません。ファーストペンギンのほうは、名前どおり「最初の一羽」であることと、危険に身を投げ出す身振りに重心があります。
無事を見届けて続くセカンドペンギン
一羽目が無事だと分かってから続く者を、セカンドペンギンと呼び分けることもあります。危険が見えてから動くぶん失うものは小さく、そのかわり一番よい場所は一羽目が押さえているかもしれません。経営の言葉なら、先行者利益とファストフォロワー(素早い追随者)の関係にあたります。
※ 先行者利益(せんこうしゃりえき)とは、新しい市場にいち早く入った企業が得られる有利さのことです。顧客を先に囲い込める、価格競争に巻き込まれにくい、といった点が挙げられます。
由来は水際で足踏みするペンギンの群れ

氷の上から海の中は見えない
ペンギンにとって海は食料庫で、同時に天敵の待ち伏せ場所です。南極ではヒョウアザラシが氷の縁の近くで獲物を待ち、シャチも同じ海を回遊しています。氷の上に立つ側から、水面下の様子はまず見えません。危ないかどうかは入ってみるまで分からない。この確かめようのなさが、群れの足を止めている正体です。
一羽が入ると後続は一斉に続く
先に入った一羽が襲われずに泳いでいれば、そこは「今のところ安全」という知らせになります。すると後ろの群れが次々に飛び込みはじめます。人の行動を手がかりに自分の行動を決める連鎖は、経済学でいう情報カスケードによく似た形です。
※ 情報カスケードとは、自分では判断の材料を持たない人が先に動いた人と同じ選択をし、それが次々に連鎖していく現象を指す言葉です。
まとまって入るほうが一羽あたりは安全
一斉に飛び込むこと自体にも意味があるとされます。待ち伏せる側は、次々に落ちてくる相手を一度には捕まえられません。数が多いほど自分が狙われる確率は下がり、この考え方は希釈効果と呼ばれています。
長いためらいと速い飛び込み。この落差は臆病さの表れというより、入る時をそろえるための待ち時間と見るほうが筋が通ります。
最初の一羽は自分で飛び込んでいる?

動物図鑑に繰り返し載った突き落としの話
アデリーペンギンは氷の縁に並ぶと、仲間を一羽だけ海へ押し込む。その一羽が浮かんでくれば全員が入り、浮かんでこなければアザラシに食べられたと悟って引き返す。1968年の一般向け動物百科は、この話をそう紹介しています。
百科の書き手自身も「信じがたい話」と書きながら、まじめな動物学者までが繰り返し報告してきたと添えています。勇敢な一羽どころか、仲間を試しに使う冷たい群れの姿です。
児童書が広げた「押し出される一羽」
この話は子ども向けの本で特に好まれました。1938年の米国の児童書『Mr. Popper’s Penguins』にも登場します。ポッパー氏は本を読み上げて「押し合って一羽を突き落とし、安全か確かめるそうだ」と感心し、夫人はあきれ顔でした。
ほかにも「勇気を出して飛び込むか、仲間に押されるか」と両方を並べる本が何冊も出ました。勇者の一羽と押し出される一羽は、早くから同じ話の中に同居していたわけです。
研究者の見立ては「よくできた作り話」
一方で、ペンギンを調べてきた研究者の見方は冷ややかです。生物学者ストーンハウスは1968年、この話を「よくできているが事実ではない」と書きました。ペンギンにそこまで実験的な発想を求めるのは、能力を超えた買いかぶりだという理由です。
彼の見立てでは、最初の一羽は自分から飛び込んでおり、天敵の有無に関係なく見られる水遊びの一部でした。別の研究者ペニーも、群れが互いに刺激し合って動くことは認めつつ、人間くさい「生贄」の話とは限らないと見ています。
突き落とし説はどこから来た?

写真家ポンティングの講演とされてきた
突き落としの話は、スコット隊の写真家ハーバート・ポンティングが帰国後の講演で広めたと言われてきました。ところが本人の手記『The Great White South』には、この話が出てきません。エバンス岬での滞在中にヒョウアザラシを見たのも、たった一度きりだったと書き残しました。氷の上で長く撮影していた写真家でさえ、天敵の姿はめったに目にしなかったことになります。
最初の記録は「冷たい水の前の人間」
1974年にこの伝説の来歴を調べたドーソンの論文によれば、ためらう姿を最初に書き留めたのは1901年のボルクグレヴィンクとみられます。南極のアデア岬で越冬した探検家で、その様子を「冷たい水に入る前の人間のよう」とたとえ、天敵とは結びつけていませんでした。
話を定着させたのは、同じアデア岬でペンギンを観察した軍医レビックの1914年の本です。彼は後で近くの海にヒョウアザラシが多く集まっていると知り、一番乗りを嫌う理由の一部はそれかもしれないと考えました。
冬のためらいは天敵への警戒
ストーンハウスも、ためらいそのものは否定していません。とくに5月から11月初めの冬場に入水を渋るのは、待ち伏せるヒョウアザラシへの恐れによると見ていました。夏はアザラシが繁殖のため流氷へ移り、ペンギンはのびのびと泳ぐそうです。
彼が手をたたいてヒレで水面を打つ警戒の音をまねると、冬のペンギンはあわてて陸へ上がってきました。夏には同じことをしても反応しなかったといいます。
誰も動かないと群れはどうなる?

待つほうが得だから全員が待つ
一羽ずつの立場で見れば、待つのは理にかなった判断です。誰かが先に入ってくれれば、危険の有無をただで知ることができます。けれど全員がそう考えれば、群れはいつまでも氷の上に立ったままです。この形はゲーム理論で「ボランティアのジレンマ」と呼ばれています。
※ ボランティアのジレンマとは、誰か一人が小さな犠牲を払えば全員が助かるのに、その役を引き受けたくないために全員が他人を待ってしまう状況を表すモデルです。群れの見張り役を務めるミーアキャットがよく例に挙げられます。
餌は海の中にしかない
足踏みが永遠に続かないのは、陸の上に食べ物がないからです。ペンギンの餌は魚やオキアミで、どれも海の中にいます。待つほど空腹は深まり、待たされた時間そのものが背中を押していく。勇気の問題である前に、締め切りの問題でもあるわけです。
英語圏で広めたのは大学の授業の賞

カーネギーメロン大学の仮想現実の授業
米カーネギーメロン大学のランディ・パウシュ教授は、「Building Virtual Worlds(仮想世界をつくる)」という授業を生み出しました。学生が少人数のチームで短期間に仮想世界を作る授業です。パウシュ氏は学生に、難しいことに挑んで失敗を恐れるなと繰り返していました。
目標に届かなかったチームにぬいぐるみ
学期の終わりに、パウシュ氏はペンギンのぬいぐるみを贈りました。受け取るのは、いちばん大きな賭けに出て目標に届かなかったチームです。名前は「First Penguin Award」。天敵がいるかもしれない海に入るとき、誰かが最初の一羽にならなければならない、という考えから来ていました。本人はこれを「栄光ある失敗」への賞と呼んでいます。称えられたのは成功ではなく、挑んだこと自体でした。
『最後の授業』とペンギンの橋
パウシュ氏は末期がんを告げられたあと、2007年に大学で「最後の授業」と題した講義を行いました。この賞の話は、それをもとにした同名の本にも出てきます。
大学には彼の名を冠したパウシュ橋が架けられ、欄干には世界中の「ペンギンたち」に捧げる抽象的なペンギンの切り抜きが並んでいます。夜の照明演出のひとつも「Be the First Penguin」と名づけられました。
日本で広まったのは2015年の朝ドラ

「あさが来た」の五代友厚のせりふ
日本でこの言葉が一般に知られたきっかけは、2015年度後期のNHK連続テレビ小説「あさが来た」だとされます。ディーン・フジオカ氏が演じた五代友厚(ごだいともあつ)が、炭鉱の経営など慣れない事業に挑む主人公あさを「ファーストペンギン」と呼んだ場面です。
番組は高い視聴率を集め、言葉はドラマを離れてビジネスの場でも使われるようになりました。明治の実業家が英語の比喩を口にする場面は、洋行帰りの五代らしい演出でもあります。
2022年にはドラマの題名に
2022年10月からは、日本テレビ系で「ファーストペンギン!」というドラマが放送されました。主人公のモデルは、山口県萩市で漁師たちと船団丸の事業を立ち上げた坪内知佳(つぼうちちか)氏です。たとえ話の借り物だった言葉が、番組名として通じるところまで来ていたことになります。
一番乗りの企業は本当に得をする?

市場を開いた企業の47%が消えていた
マーケティング研究者のゴールダー氏とテリス氏は1993年、50の商品分野・約500ブランドの歴史を古い雑誌や本からたどった論文を発表しました。題は「先行者優位は市場の論理か、それとも伝説か」です。
結果は伝説の側に厳しいものでした。市場を最初に開いた企業の47%は、その分野から姿を消していたのです。残った企業も含めた平均の市場シェアは10%にとどまり、第二次大戦後に生まれた分野では7%でした。
長く市場を率いたのは13年遅れの参入者
同じ論文では、早い時期から長く市場を率いた企業は、開拓者より平均で13年遅れて入ってきていました。戦前の分野では19年、戦後の分野では5年の差です。紙おむつでは1950年のチャックスが市場を開き、のちに首位に立ったのは1961年に参入したP&Gのパンパースでした。
生き残った会社だけを数えていた
それ以前の研究が先行者に有利な数字を出していたのは、主に生き残った企業のデータを使っていたためだと論文は指摘しています。消えた会社は、そもそも調査票に答えられません。
ペンギンにたとえるなら、海から戻ってきた個体にだけ「飛び込んでよかったか」と聞いていたようなものです。
二番手が泳ぐ水面は一羽目が確かめたもの
数字の上で分が悪いからといって、一羽目が要らないわけではありません。セカンドペンギンが泳ぐ水面は、一羽目が身をもって「今日は大丈夫らしい」と示した水面です。パウシュ氏の賞が失敗したチームに贈られていたのも、この役回りを評価してのことでした。
ヒョウアザラシの狩りはめったに見られない

襲う瞬間の記録はわずか
ペンギンを狙う天敵の代表がヒョウアザラシです。それでもドーソンの論文によれば、アザラシがペンギンを捕まえる方法を直接見た記録はわずかでした。狩りの場面に立ち会えたのは、狙って観察した成果というより運がよかった結果だとまとめています。
群れ全体から見れば食べられる数は少ない
同じ論文は、ヒョウアザラシによる捕食がペンギンの群れ全体の死亡に与える影響を「ごくわずか」と見ています。営巣地に集まる数の多さに比べれば、食べられる数は小さいということです。群れにとっては小さな数でも、氷の縁に立つ一羽にとっては一度きりの勝負です。ためらいが長くなるのも無理はありません。
勇敢だったのか、押されただけなのか、ただ泳ぎたかったのか。飛び込んだ本人にも区別はついていないかもしれません。それでも後ろで見ていた群れにとっては同じことで、水面が割れて何も起こらなかったという事実だけが、次の一羽を動かします。
参考
- Dawson, E. W. “Adelie Penguins and Leopard Seals: Illustrations of Predation”(Notornis 21巻、1974年)
- Golder & Tellis “Pioneer Advantage: Marketing Logic or Marketing Legend?”(Journal of Marketing Research、1993年)
- The Randy Pausch First Penguin Award(IEEE GameSIG Showcase)
- Pausch Bridge(カーネギーメロン大学)
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