ドル記号「$」はなぜSに線が入っているのか——「ドル」ではなく「ペソ」から生まれたという説

言葉と論理の話
スポンサーリンク

「$」という記号を見て、多くの人は「ドル」を思い浮かべます。ところが、この縦線の入ったSがどこから来たのかは、じつははっきり分かっていません。もっとも有力とされるのは、「ドル」ではなくスペインの通貨「ペソ」を略した記号が崩れて生まれた、という説です。

スポンサーリンク

「$」のかたちは、由来が一つに決まっていない

この記号の起源には複数の説があり、決定的な結論は出ていません。まず、どの説がどのくらい確からしいのかを先に並べておきます。

中身をひとことで確からしさ
ペソ略記説「pesos」の略「ps」が重なって変化したもっとも有力
ヘラクレスの柱説スペイン銀貨の2本の柱とS字の帯から有名だが傍証(ぼうしょう)どまり
「8」説8レアル銀貨の「8」を崩した俗説・証拠に乏しい
ドイツ銀貨説SにIやJを重ねた記号から一説として残る
US・奴隷制などU+Sの合字、「esclavo」など支持されていない

「$」は「ドル」という言葉の記号ですが、そのかたちの出どころと、「ドル」という言葉そのものの出どころは別々です。上から順に見ていきます。

最有力は「ペソ」の略記が変化した説

この記号は「ドル」の頭文字Dではなく、スペイン系の通貨「ペソ」を略した書き方が崩れたもの——というのが、現在もっとも広く受け入れられている説明です。縦線はもともと別の文字の名残だと考えられています。

もとは「pesos」を「ps」と略していた

世界の貿易を動かしたスペインの銀貨

18世紀、世界の貿易でもっとも信用された通貨のひとつが、スペイン領アメリカで大量に鋳造された8レアル銀貨でした。英語では「スペインドル」や「piece of eight(ピース・オブ・エイト)」と呼ばれ、アメリカ大陸から中国まで広く流通しました。この銀貨を指すスペイン語が「peso(ペソ)」です。

piece of eight(ピース・オブ・エイト)とは、8レアルの価値を持つスペインの銀貨のこと。8つに切り分けて釣り銭にも使えたことからこう呼ばれました。

pの右肩に小さなsを書く略記

商人や役人は帳簿で、複数形の「pesos」を「p」に小さな「s」を添えた形(今の書き方でいえば「pˢ」のようなもの)で略していました。金額のあとに何度も書く言葉なので、手早く走り書きできる形へと縮められていったわけです。

SがPに重なって「$」になった

手書きのくずし字が記号に育った

18世紀後半から19世紀初頭の手書き文書を調べると、この「s」がしだいに「p」の上へ重ねて書かれるようになった様子が読み取れるとされています。二つの文字はやがて一つにまとまりました。残った「p」の縦棒が、Sを貫く縦線として今に残ったという流れです。線が1本なのは、この縦棒の名残だと考えられています。

1770年代の手紙に残る痕跡

アイルランド出身の商人でアメリカ独立戦争を支援したオリバー・ポロックが1778年に書いた手紙には、「$」にそっくりな連結した記号が残っています。ポルトガルでは1775年の文書に、すでに縦線が2本入った形も現れていたそうです。書き手ごとの手のくせが、少しずつ共通の記号へ寄っていったのでしょう。

段階かたち説明
言葉pesosスペインの銀貨「ペソ」の複数形
略記pの右肩に小さなsを添えて略す
重なりsがpに重なる手書きでsをpの上に書くように
記号$残ったpの縦棒がSを貫く線に

もう一つ有名な「ヘラクレスの柱」説

「$」の縦線を、スペインの銀貨に描かれた2本の柱と結びつける説もあります。見た目の一致が分かりやすく人気がありますが、これが直接の起源だと示す決め手には欠けています。

銀貨に描かれた2本の柱とリボン

ヘラクレスの柱とは

ヘラクレスの柱とは、地中海と大西洋をつなぐジブラルタル海峡の両岸にある岩山を、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスにちなんで呼んだ言い方です。「世界の西の果て」の象徴とされてきました。

スペインはこの柱を国の象徴として紋章に取り入れ、銀貨のデザインにも使いました。柱は「ここから先へ」という国の姿勢を表すしるしでもありました。

柱に巻きつくS字の帯

ポトシ造幣局(現在のボリビア、1573年から1825年まで操業)などで作られた8レアル銀貨には、2本の柱に「Plus Ultra(もっと先へ)」の言葉を記した帯がS字を描いて巻きついています。この「2本の柱+S字の帯」の図柄こそ「$」の原型だ、というのがこの説です。縦線が2本のときは2本の柱にきれいに重なる、というわけです。

縦線は1本か、2本か

どちらも「同じ記号」の書き方の違い

「$」には縦線が1本のものと2本のものがあり、どちらも見かけます。柱の説では2本線が自然に思えますが、文字コードのUnicodeでは1本線も2本線も同じ文字(U+0024)の字形の違いとして扱われ、意味の区別はありません。ポルトガルなどで使われた2本線の記号(シフラン)は、かつて金額の小数点を区切る役目を持っていました。線の本数から由来を決めることはできない、というのが実情です。

「8」説やそのほかの説——俗説も混じる

記号の由来には、見た目から連想しやすいものほど広まりやすいという傾向があります。よく知られていても、証拠のうえでは弱いものが少なくありません。

piece of eightの「8」から?

「8」を崩したという見立て

8レアル銀貨が「piece of eight」と呼ばれたことから、その「8」を崩して記号にしたという説もあります。ただし百科事典のブリタニカは、これを「文書のうえでの裏づけを欠く、よく知られた俗説」と位置づけています。数字の8とのつながりは、耳なじみはよくても資料では確かめられていません。

ドイツ銀貨・US・奴隷制の説

SにIを重ねた記号

ドイツの銀貨を表すのに、「S」に「I」や「J」を重ねた記号を使ったという指摘もあります。ジョン・コリンズが1686年に著した会計の教本には、そうした記号が載っているとされます。ペソ説とは別の系統ですが、こちらも決め手とまではいえません。

広まったが支持されていない説

「U」を「S」に重ねた「US(アメリカ合衆国)」の合字だ、という説は何度も唱えられました。小説家アイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』(1957年)で描かれて広く知られましたが、研究者からは支持されていません。「esclavo(スペイン語で奴隷)」の「S」と「clavo(釘)」を組み合わせたという説も語られますが、信頼できる根拠はなく、俗説とされています。

そもそも「ドル」という言葉はどこから来たのか

記号のかたちとは別に、「ドル」という言葉そのものにも意外な出発点があります。たどっていくと、たどり着くのはヨーロッパの小さな谷の名前です。

ボヘミアの谷の銀貨「ターラー」

「ヨアヒムの谷」の銀貨

1519年ごろ、ボヘミア(現在のチェコ)のヨアヒムスタールという町で、大きな銀貨が作られました。ドイツ語で「Thal(タール)」は谷を意味します。「聖ヨアヒムの谷の銀貨」という意味で、この貨幣は「ヨアヒムスターラー」と呼ばれました。豊かな銀山を持つ土地の名が、そのまま貨幣の名になったのです。

ターラー → ダーラー → ドル

長い名前はやがて「ターラー(thaler)」と縮められ、さらに大きな銀貨全般を指す言葉として広がりました。低地ドイツ語では「ダーラー(daler)」と発音され、英語圏ではスペインの8レアル銀貨までもこの名で呼ぶようになります。「谷」を指すドイツ語が、海をわたって銀貨の呼び名になっていったわけです。

アメリカが「ドル」を選んだ理由

人々が毎日使っていた銀貨

独立してまもないアメリカで、人々が日常的に手にしていたのは、自国の貨幣ではなくスペインの8レアル銀貨でした。すでに「ドル」と呼び慣れていたこの銀貨にちなみ、トマス・ジェファーソンの提案で、1792年に新しい国の通貨名が「ドル」に決まります。同じ年の通貨法は、1ドルを「いま流通しているスペインの銀貨と同じ価値」と定めました。新しい通貨の名前は、暮らしのなかの銀貨からそのまま受け継がれたのです。

由来のはっきりしない一本の線を、それでも私たちは毎日ためらいなく打ち込んでいます。遠い昔の商人がペソを走り書きしたくせなのか、銀貨に刻まれた柱の記憶なのか、ほんとうのところは分かっていません。それでも「$」という記号は、意味さえ通じれば出どころは忘れられていくものだと教えてくれます。答えの出ないその一本の線が、いまも世界中のお金を数えているのです。

関連記事

電力の「ワット」は人の名前だった——「馬力」を考えた本人が、単位の名になるまで
電子レンジの「600W」、ドライヤーの「1200W」。この W は、スコットランドの技術者ジェームズ・ワット(1736〜1819年)の名字です。しかも、話には続きがあります。いま自動車のカタログに残っている「馬力」という単位を考え出したのも...