「$」のSを貫く縦線は、スペインの銀貨「ペソ」を帳簿で「ps」と略したときの、pの縦棒の名残だとする説がもっとも有力です。ドルより前にあったのは、そのペソでした。独立前のアメリカで人々が実際に使っていたのはスペインの8レアル銀貨で、英語圏ではこれを「ドル」と呼んでいました。記号も通貨の名前も、スペインの銀貨から受け継がれたものなのです。
縦線はペソの「p」の名残とされる

アメリカの紙幣を印刷する財務省の印刷局(BEP)は、「$」の由来としてもっとも広く受け入れられている説明に、ペソの略記を挙げています。Sに縦線が入っているのは、もとの「p」が消えずに残ったからだという考え方です。
帳簿では「pesos」を「ps」と書いた
18世紀のアメリカ大陸では、金額の多くがスペイン系の通貨「ペソ」で数えられていました。商人や役人は帳簿や手紙に何度も同じ単位を書くため、複数形の「pesos」を頭文字の「p」と「s」だけに縮めて記しました。pの右肩に小さなsを添える書き方も使われています。
印刷局の説明では、この記号はメキシコやスペインの「Ps」から、別々の場所でそれぞれに変化して生まれたとされています。誰か一人が考案したのではなく、多くの書き手の手癖が同じ形に落ち着いた、という見方です。
sがpに重なって一つの記号になった
古い手書きの文書を年代順に並べると、sがしだいにpの上へ重ねて書かれるようになった様子が読み取れるといいます。2文字が1つにまとまると、pの丸い部分はsの曲線に吸収されます。残ったのはpの縦棒だけ。これがSを貫く1本の線になった、というのがこの説の筋道です。
1778年の手紙に「$」そっくりの形
この説の手がかりとしてよく紹介されるのが、ニューオーリンズの商人オリバー・ポロックの手紙です。ポロックは独立戦争を資金面で支えた人物で、1778年に軍人ジョージ・ロジャース・クラークへ送った手紙に、pとsを続けて書いた「$」に近い形が残っています。
この手紙を世に広めたのは、数学記号の歴史を研究したフロリアン・カジョリで、1929年の貨幣専門誌で紹介しました。カジョリの結論は、「$」が1775年ごろの北米で生まれたというもの。ただし後の研究者は、同じ記号を使った商人がほかにも大勢いたことを指摘しました。
同じころポルトガルには2本線の形も
縦線が2本の形は、ポルトガルで1775年にはすでに普通に使われていたとされます。コインブラでの買い物の受け取りに「270$000」と書かれた文書が残っているそうです。北米の1本線とは別の土地で、似た記号が同じ時期に育っていたことになります。
ドルより前にあったのはスペインの銀貨

アメリカがドルという通貨を持つ前から、北米ではスペインの8レアル銀貨が日常のお金として出回っていました。「$」の元になったペソとは、この銀貨のことです。
世界の貿易で通用した8レアル銀貨
スペインは中南米の植民地で銀を掘り、大量の銀貨を鋳造しました。中でも8レアル銀貨は重さと品位がそろっていて信用が高く、ヨーロッパやアメリカ大陸だけでなくアジアの交易でも受け取られました。スペインの国立水中考古学博物館は、この銀貨が「ピラー・ダラー」「スペイン・ダラー」などの名で世界中の貿易に使われたと紹介しています。
「ピース・オブ・エイト」という呼び名
8レアル銀貨は、英語では「piece of eight(ピース・オブ・エイト)」とも呼ばれました。8レアルの価値を持つ1枚の銀貨、という意味です。海賊の物語で宝箱からあふれる銀貨として登場するのも、たいていこの銀貨です。
※ レアルとは、スペインの銀貨の単位のことです。8レアル銀貨は1枚で8レアル分の価値があり、これがペソとも呼ばれました。
イギリスの植民地でも主役はペソ
北米のイギリス植民地は、本国のポンドやシリングを十分に持っていませんでした。代わりに出回ったのが、スペイン領との交易で入ってくる8レアル銀貨です。語源辞典のEtymonlineによれば、スペイン領の西インド諸島との盛んな取引と距離の近さから、植民地ではスペインのドルが主流になっていました。
「ドル」という名前はどこから来た?

記号はペソから来ましたが、「ドル」という名前はスペインではなく中央ヨーロッパの銀山の町に行き着きます。名前と記号は、別々の道をたどって一つの通貨に集まったのです。
ボヘミアの谷で生まれた銀貨
1516年、ボヘミア(現在のチェコ西部)のヨアヒムスタールという谷の近くで銀山が開かれました。領主のシュリック家はここで大きな銀貨を造り始めます。試しの鋳造は1519年に始まっていたとみられ、1520年には正式な許可を得ました。
現地のヤーヒモフ(ヨアヒムスタールのチェコ語名)の解説によると、銀貨は1枚約27.6グラム。1520年から1528年までのあいだに、およそ325万枚が造られました。
ターラーからダーラー、そしてドルへ
この銀貨は谷の名をとって「ヨアヒムスターラー」と呼ばれ、やがて「ターラー」と縮められました。ドイツ語の「Thal」は谷のことです。低地ドイツ語では「ダーラー(daler)」となり、英語には1550年代に入りました。綴りが「dollar」に変わったのは1600年ごろまでのことです。
英語ではペソも「ドル」と呼ばれた
ターラーと同じくらい大きく質の良い銀貨は、国が違っても「ドル」と呼ばれるようになりました。英語圏の人々は1580年代から、スペインのペソにもこの名を使っています。こうして「ペソ=ドル」という読み替えが、植民地の暮らしの中に定着しました。記号はペソから、名前はターラーから。2つの流れがここで重なります。
アメリカはなぜ「ドル」を選んだ?

独立したアメリカが通貨の単位にドルを選んだのは、すでに誰もが使い慣れた銀貨の名前だったからです。新しい国のお金は、手元のスペイン銀貨をそのまま基準にして作られています。
1785年、通貨の単位を「ドル」に
大陸会議(独立期のアメリカの議会)は1785年、合衆国のお金の単位をドルとすることを決めました。印刷局によれば、「$」の記号はそれより前から広く使われていました。記号が先にあって、国の通貨があとから追いついた形です。
Etymonlineは、ドルには「イギリスのものではない」という利点もあったと紹介しています。独立したばかりの国にとって、旧宗主国のポンドを名乗らずに済むのは大きなことでした。
1792年の法律は「スペインのドルと同じ価値」
1792年4月2日に成立した貨幣法(造幣局を設け、硬貨を定めた法律)は、1ドル硬貨の価値を「いま流通しているスペインの削り縁ドル(Spanish milled dollar)と同じ」と定めました。純銀の量は371と16分の4グレインです。新しい国のドルは、スペインの銀貨を物差しにして生まれたのです。
実物のドル硬貨は1794年から
単位を決めてから硬貨が出回るまでには時間がかかりました。Etymonlineによると、合衆国のドルが実際に流通し始めたのは1794年です。それまでの帳簿に並ぶ「$」は、中身としてはスペインの銀貨を数えていたことになります。
柱の模様から来た説は本当?

ペソの略記と並んで有名なのが、スペイン銀貨の「ヘラクレスの柱」の図柄から来たという説です。見た目はよく似ていますが、文書の上で裏づける証拠は見つかっていません。
銀貨に刻まれた2本の柱
1732年からメキシコで造られた「コルムナリオ(柱の銀貨)」の裏面には、王冠をいただいた東西2つの半球が海の上に描かれています。その両側に立つのがヘラクレスの柱です。この図柄は1772年に国王の肖像入りのデザインへ切り替わるまで使われました。
※ ヘラクレスの柱とは、地中海と大西洋をつなぐジブラルタル海峡の両岸の岩山を、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスにちなんで呼んだ名前です。古くから「世界の西の果て」の象徴とされてきました。
柱に巻きつく「PLUS ULTRA」の帯
それぞれの柱には、ラテン語で「もっと先へ」を意味する「PLUS ULTRA」と書かれた帯が巻きついています。2本の縦線と、くねる帯。この組み合わせを「$」の原型とみるのが柱の説です。縦線が2本の「$」なら、柱にぴったり重なって見えます。
決め手を欠くのはなぜか
柱の説の弱みは、図柄から記号へ移っていく途中の資料が見当たらないことです。ペソの略記なら、psが少しずつ重なっていく手書きの段階を文書でたどれます。柱の説はできあがった形が似ているだけで、その間をつなぐものがありません。とはいえ、柱の銀貨が「ドル」の代表だった時代に、似た図柄が記号の定着を後押しした可能性までは否定できないでしょう。
縦線の本数に意味の違いはない

「$」には縦線が1本の形と2本の形があります。どちらが正しいというものではなく、書体のデザインの違いとして扱われています。
Unicodeでは同じ1文字
世界の文字に番号を割り当てる規格のUnicodeでは、「$」はU+0024という1つの文字です。コード表には、字形は縦線が1本でも2本でもよいと注記されています。キーボードで打つ「$」の線が何本になるかは、使っているフォント次第というわけです。
※ Unicode(ユニコード)とは、世界中の文字に共通の番号を割り当てて、どのコンピューターでも同じ文字を表示できるようにするための国際的な文字コードの規格です。
2本線の「シフラン」とポルトガルの通貨
ポルトガル語圏では、2本線の形を「シフラン(cifrão)」と呼びます。Unicodeのコード表はU+0024の別名として、ポルトガルの旧通貨ミルレイスとエスクードを挙げています。「270$000」のように、記号を区切りの位置に置いて金額を書く使い方もありました。中南米の多くのペソ通貨でも、今も「$」が使われています。
「8」や「US」から来た説は俗説

形が似ているものほど由来の説として広まりやすいものです。ただ、よく耳にする説の多くは文書の裏づけがありません。
「ピース・オブ・エイト」の8を崩した説
8レアル銀貨の「8」を斜めに崩し、縦線を引いたのが「$」だという説があります。数字の8とSの曲線は、たしかによく似た形です。しかし、8から「$」へ移っていく書き方の例は見つかっておらず、裏づけの無い俗説とされています。
「U」と「S」の組み合わせ説
アメリカ合衆国(United States)の頭文字UとSを重ね、Uの下が消えて2本線になったという説もよく語られます。作家アイン・ランドも1957年の小説『肩をすくめるアトラス』で、合衆国造幣局の袋に押された「US」の印が起源だと書きました。けれども「$」は合衆国の成立より前から使われていて、この説を裏づける証拠はありません。
ドイツの銀貨に使われたSとIの記号
ペソとは別の系統として、ドイツのターラー銀貨を表すのにSにIやJを重ねた記号が使われた、という指摘もあります。1686年に出たジョン・コリンズの商人向けの簿記の手引きに、そうした記号が載っているそうです。ただ、これが「$」へつながったことを示す資料はまだ見つかっていません。
奴隷制と結びつける説は語呂合わせ
スペイン語で奴隷を意味する「esclavo」を、S(エス)と釘を意味する「clavo」に分け、Sに釘を打った形が「$」だという話もあります。言葉の語呂合わせから組み立てた説で、信頼できる根拠はありません。由来の分からない記号ほど、こうした物語が後からつけ加えられていきます。
キーボードで何気なく打つ「$」の1本線には、18世紀の商人がペソを書き急いだ跡が残っているのかもしれません。ドルより前にあったのはスペインの銀貨で、名前はボヘミアの谷の銀貨から借りたもの。アメリカのお金の記号は、もとをたどれば二つの国の銀でできているのです。
参考
- U.S. Bureau of Engraving and Printing「FAQs」
- United States Statutes at Large, Vol.1「An Act establishing a Mint, and regulating the Coins of the United States」(1792年)
- Museo Nacional de Arqueología Subacuática「Spanish Dollar」
- Unicode Consortium「C0 Controls and Basic Latin」コード表
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