舌を上あごに当てて鳴らす「チッ」という音は、世界の少なくない地域で「いいえ」という返事に使われています。日本では不快さのしるしとして受け取られるあの音が、地中海の向こう側では会話のふつうの部品として働いているのです。
しかも話は「同じ動作でも意味が違う」だけでは終わりません。舌打ちに近い音を、単語をつくる子音としてそのまま使う言語まであります。日本語の辞書を引けば、この音を「おいしい」の側で説明する項目も残っているのです。
舌打ちの扱いは、世界地図の上で三色に塗り分けられる

言語ごとの使い方を地図に落としてみると、この音の扱いはおおまかに三色で塗り分けられます。世界の言語を横断して比較したデータベース「WALS」の第142章(デイヴィッド・ギル執筆)が、143の言語について舌打ちの用法を分類しています。
| グループ | 舌打ちの働き | 143言語中 | 例として挙がる言語 |
|---|---|---|---|
| 返事に使う | 「はい」「いいえ」という論理的な意味を担う | 47言語 | ヘブライ語(否定)、ソマリ語(肯定) |
| 感情だけに使う | 苛立ち・落胆・驚き・称賛などを表す | 71言語 | 日本語、英語、スワヒリ語 |
| どちらでもない | 決まった役割を持たない | 25言語 | ケット語、ラフ語 |
日本語は真ん中のグループです。「チッ」は返事の代わりにはならず、感情の色をつけるだけの音として扱われています。ここで見落とせないのが、この分類でいう「感情」には苛立ちや落胆だけでなく、驚きや称賛も含まれるという点でしょう。
※ WALS(The World Atlas of Language Structures=世界言語構造地図)とは、世界中の言語の文法や音の特徴を項目ごとに比べて地図の形で公開している、言語学のデータベースです。
「いいえ」の舌打ちは、モロッコからコーカサスまで帯になっている

返事として使う47言語のうち、目立って多いのが「いいえ」に割り当てる使い方です。しかもその分布は飛び飛びではなく、地図の上では一本の帯としてつながっているのです。
地図の上に現れる一本の帯
西のモロッコから、東のコーカサスまで
WALSは、否定を表す歯音(しおん)の舌打ちについて「西はモロッコから地中海と南ヨーロッパを横切り、中東とコーカサスの一部にまで及ぶ」と記述しています。トルコ語・ギリシャ語・アルバニア語・ブルガリア語・ヘブライ語・アラビア語の各方言・ペルシア語などが、この帯の上に並ぶ言語としてよく名前が挙がります。
国境や語族の線とは一致しません。系統がまったく違う言語どうしが、同じ音を同じ意味で使っているわけです。人の行き来のなかで習慣として広がったと考えるほうが自然でしょう。
東へ行くほど薄くなる
この帯はさらに東へ延びますが、南アジアに入るあたりから徐々に薄まっていきます。WALSの著者はもっと大きな傾向にも触れました。クリック音の役割の重さは、アフリカから北へ東へと離れるほど下がっていくというのです。東アジアと北米では、決まった用法を持たない言語のほうが優勢になります。
ただし著者自身が、この重なりを人類の拡散の跡と断定はできないと釘を刺しています。あとからの借用でも同じ模様は描けるからです。
音だけでなく、頭の動きとセットになる
あごを上げて、後ろへそらす
この「いいえ」の舌打ちは、単独で使われるとはかぎりません。多くの地域で、あごを上げて頭を後ろへそらす動きとひと組になるとされます。眉を上げる動作が加わることもあります。
日本人の目には、この動きは拒否ではなく「上を向いて考えている」ようにしか映りません。首を横に振るのが否定だと思っている側からすると、縦方向の動きは否定の合図に見えないからです。
旅先で誤解が起きやすい場面
市場で値段を聞き、店主が軽く舌を鳴らして顎を上げる。これは「まけられない」「在庫がない」という短い返事です。ところが日本の感覚では、値切ったことを不快がられたように受け取ってしまいます。
逆の誤解も起こります。日本人が思わず「チッ」と鳴らしたとき、相手には苛立ちではなく「ノー」という返答として届いてしまうわけです。
「はい」の返事に使う言語もある
ソマリ語では肯定のしるし
WALSは「ソマリ語では側面のクリックが肯定を表す」と明記しています。舌の横から空気を吸って鳴らす音で、日本でいえば馬を促すときの「チッチッ」に近い出し方です。同じ舌打ちでも、鳴らす位置が変われば別の記号として働きます。
否定のアラビア語圏と肯定のソマリ語は、地理的には遠くありません。すぐ隣で正反対の約束事が動いている点が、この音の面白いところでしょう。
一つの言語で肯定と否定を鳴らし分ける例
WALSが名指しで挙げる例の一つが、モーリタニアで話されるフラ語です。クリックの種類を変えることで、肯定と否定を言い分けると報告されています。うなずきと首振りの関係が、そのまま音の側に移ったような仕組みでしょう。
ここまでくると、舌打ちは感情の漏れではありません。語彙の一部と呼んだほうが近い働き方をしています。
英語圏の「tsk tsk」は、非難だけの音ではない

英語での舌打ちは、日本語と同じく感情の側に分類されます。ただし込められる感情は、日本語よりいくらか幅が広いようです。
つづりが二通りある音
イギリスは tut-tut、アメリカは tsk! tsk!
同じ音なのに、イギリス式では「tut-tut」、アメリカ式では「tsk! tsk!」と書き分けられます。音そのものは歯音のクリックで、日本語の「チッ」とほとんど変わりません。
面白いのは、どちらの綴りも実際の音を写しきれていない点です。舌先だけを使うこの音には、母音とつなげて音節にするための後ろの動きがありません。だから普通のアルファベットでは書きようがなく、二通りの当て字が並んで残ったのでしょう。
非難と同情のあいだ
英語のこの音は、相手をたしなめるときにも気の毒がるときにも使われます。学校の先生が生徒に向ける「まったく」と、事故の話を聞いた人が漏らす「お気の毒に」。意味は正反対に近いのに、音のほうは同じです。
WALSが感情的な用法として挙げているのも「苛立ち・焦れ・落胆」と「驚き・称賛」の両方でした。この音は、感情の向きまでは指定しない記号ということになります。
会話の切れ目をつくる音として働いている
会話分析が見つけた別の役割
英語の舌打ちは長いあいだ「否定的な気分を表す音」と考えられてきました。ところが実際の会話録音を細かく調べた研究が、まったく別の働きを見つけています。ライトが2011年に発表した論文と、それを受けたオグデンの2013年の論文です。どちらも国際音声学会の学術誌に載っています。
両者が示したのは、クリック音が「それまでとつながらない新しい話の切り出しを区切っている」という事実でした。話題を変えるとき・言葉を探しているとき・話す順番を受け取るとき。そうした場面で、この音が句読点のように置かれます。
※ 会話分析とは、実際に録音された日常会話を細かく書き起こし、話し手が順番をどう取り合っているかを調べる研究の方法です。
話し手は自分が鳴らしたことに気づいていない
この用法のやっかいなところは、話している本人にほとんど自覚がない点にあります。オグデンは二種類の音を区別できると論じました。口を開けるときに出る物理的な副産物と、区切りの記号として使われているクリックです。
つまり、舌打ちのすべてが感情の表れとはかぎりません。「さて」「ええと」に相当する音が、たまたま日本では失礼な音と同じ形をしている、という場面もありうるわけです。
舌打ちが単語の一部になっている言語がある

ここまでは音に意味を持たせる話でした。世界にはもう一段先があり、舌打ちに近い音を単語の中の子音としてそのまま使う言語が存在します。
肺の空気を使わない、特殊な音
口の中の二か所を閉じ、舌で吸う
クリック音は、口の中の前と後ろの二か所を舌で閉じてつくります。閉じ込めた空気を舌の吸引でうすめ、前の閉鎖を開いた瞬間に「チッ」と鳴る仕組みです。
※ 吸着音(きゅうちゃくおん・クリック音)とは、肺から出す息ではなく口の中の空気を舌で吸うことによって鳴らす子音のことです。
息を吸いながらでも鳴らせる
人が出す音のほとんどは、肺から押し出す空気に頼っています。クリック音はその例外で、呼吸とは切り離して鳴らせるのが特徴です。息を吸い込みながらでも舌打ちできるのは、この仕組みのおかげにほかなりません。
鋭くて遠くまで届き、風の音にも埋もれにくい。人の合図として選ばれやすい性質を、この音はもともと備えていました。
南部アフリカの言語に集まっている
コサ語の c・x・q は、三種類のクリック
南アフリカのコサ語では、三種類のクリックにアルファベットが割り当てられています。c は歯の裏で鳴らす音・x は舌の横から鳴らす側面の音・q は上あごの高い位置で鳴らす音です。これに息の出し方や鼻音化の違いが組み合わさり、十数種類の子音になります。
言語の名前そのものが実例です。「Xhosa」の頭にある X は、まさに側面のクリックを指しています。日本語のカタカナ表記「コサ」では、いちばん大事な音が消えてしまうわけです。
辞書の七割がクリックで始まる言語
ボツワナなどで話されるタア語(ǃXóõ)は、クリック子音の数が世界で最も多い言語として知られます。数え方によって五十とも八十とも言われ、辞書に載る語の七割以上がクリックで始まるとされています。
日本語話者にとっての「か行」のような位置に、あの舌打ちの音が座っている。そう考えると、感覚のずれ方がつかみやすいかもしれません。
借り物として広がった音でもある
ズールー語やコサ語は隣の言語から取り込んだ
クリック子音のふるさとは、南部アフリカのコイサン系の言語だと考えられています。ズールー語やコサ語はバントゥー系で系統が異なり、隣り合って暮らすなかで間接的にこの音を取り込んだようです。
タンザニアのサンダウェ語やハヅァ語、ケニアの消滅の危機にあるダハロ語にもクリック子音があります。地理的に離れた飛び地として残っている点から、この音がたどった道の複雑さがうかがえるでしょう。
儀礼のためだけに作られた言葉にも
アフリカ以外の例もありました。オーストラリアのラルディル語の話者が、儀礼のときだけ使った「ダミン」という特別な言葉づかいです。ここにもクリック音が組み込まれていました。
日常の言葉とは別の音を用意する。そのときにクリック音が選ばれたという事実は、この音が「特別さ」を示す材料になりうることを教えてくれます。
日本語の「チッ」も、四百年前から二つの意味を抱えていた

ここで日本語に戻ります。国語辞典で「舌打ち」を引くと、語義が二つ並んでいるのに気づくはずです。
辞書に並ぶ、正反対の二つの語義
①いらだち、②舌鼓
デジタル大辞泉は「舌打ち」を、まず「舌を上あごに当てて、ちっと鳴らすこと。いまいましさや、いらだちを表すしぐさ」と説明します。そのうえで第二の語義として、そっけなく「したつづみ」と書いています。
用例に引かれているのは、国木田独歩が1903年(明治36年)に発表した『非凡なる凡人』の一節「一膳めしに舌打ち鳴らすか」です。安い一膳飯屋の食事に舌を鳴らす場面で、苛立ちの音ではありません。
「舌鼓」は1540年の俳諧に見える
精選版日本国語大辞典によれば、「舌鼓(したつづみ)を打つ」の最も古い用例は1540年(天文9年)の俳諧書『飛梅千句(とびうめせんく)』にさかのぼります。この段階では、まだ「舌を鳴らして鼓のような音を出す」という物理的な意味でした。
おいしいものを食べたときに舌を鳴らす意味は、1603年から1604年にかけて編まれた『日葡辞書(にっぽじしょ)』に記録されています。宣教師が日本語を学ぶために作った辞書に、この用法はすでに載っていました。
二つの意味は、江戸時代には同居していた
1698年の用例は、すでに「憎い奴」
同じ精選版日本国語大辞典は、「舌鼓を打つ」の語義に「不愉快な思いをしたり不満を感じたりした時に、舌を鳴らす」も並べています。挙がっている用例は1698年(元禄11年)の浮世草子で、「さりとは憎い奴と舌つづみ討つ」という一節です。
つまり三百年以上前の時点で、日本語の舌打ちは「おいしい」と「憎い」の両方をすでに抱えていました。近代に入って意味が反転したのではなく、最初から二股だったわけです。
| 時期 | 記録 | そのときの意味 |
|---|---|---|
| 1540年 | 俳諧書『飛梅千句』 | 舌を鳴らして鼓のような音を出す |
| 1603〜04年 | 『日葡辞書』 | うまいものを食べて舌を鳴らす |
| 1698年 | 浮世草子の用例 | 「憎い奴」と不満をこめて鳴らす |
| 1903年 | 国木田独歩『非凡なる凡人』 | 一膳めしに舌を鳴らす |
| 現代 | デジタル大辞泉 | 第一義はいらだち、第二義に舌鼓 |
隣の中国語では、感嘆の音として定着した
中国語の「嘖嘖(ゼーゼー)」は、舌を鳴らす音を写した擬音語です。漢語の辞書はこれを、讃嘆や驚きを表す音として説明しています。「嘖嘖称賛」「嘖嘖称奇」と続ければ、感心してしきりに褒めるという意味になるのです。
1628年の短編集『初刻拍案驚奇』にも、珠の見事さに「嘖嘖」と声を漏らす場面があるとされます。もっとも現代のネット上では、見下したニュアンスで使われることもあるようです。同じ音がどちらへ転ぶかは、やはり文脈しだいなのでしょう。
豆知識——馬を走らせるのも、舌打ちの仕事
人ではなく動物に向けて鳴らす

英語圏の乗馬では、馬を前へ進ませる合図として舌打ちを使います。綴りは「tchick!」で、舌の横から鳴らす側面のクリックです。日本の馬方が使ってきた合図も、系統としては同じ種類の音でした。
指導する流派によって使い分けもあります。舌を鳴らす音は速歩、唇を鳴らすキスのような音は駆歩、といった具合です。声より短く、風でかき消されにくい点が重宝されてきました。
子どもが真似する「パカパカ」も同じ音
子どもが馬の蹄の音を真似るときの「clip-clop」も、言語学的にはクリック音の一種として扱われます。日本語なら「パカパカ」と表記される、あの音です。不快の合図に、返事に、動物への号令。蹄の物真似まで、同じ舌の動きが引き受けているわけです。
舌打ちには翻訳がいらない、と思いたくなります。声を出さずに済み、どの国の人でも同じように鳴らせるからです。ところが実際には、口から出た瞬間にその音は聞き手の側の辞書で引かれます。引く辞書がモロッコの辞書なら「いいえ」、ソマリの辞書なら「はい」、日本の辞書なら不機嫌。鳴らした本人の意図は、その工程のどこにも入ってきません。
自分の出した音の意味を決める権利は、そもそもこちらの手元になかったのです。
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