「タメ口」の「タメ」は、もともとサイコロの目を指す言葉だったとされます。二つのサイコロを振って同じ数字が並ぶ、あのゾロ目のことです。
賭場で使われていた符丁が、どうして「敬語を使わない話し方」の名前になったのでしょう。賭博の隠語から不良少年の仲間言葉へ、そこから若者全体へ。この語はごく短い間に、ずいぶん遠くまで旅をしています。
「タメ」は「タメ口」の中だけの部品ではない

「タメ口」という形でしか目にしたことがない人も多いのですが、「タメ」は単独でも、ほかの語と組んでも使われてきました。同じ部品を持つ語を横に並べてみます。
| 語 | 何が「同じ」なのか | 使われ方の例 |
|---|---|---|
| タメ | 立場や力が五分五分であること | 「あいつとはタメだ」 |
| タメ張る | 実力や勢力が並ぶこと | 「大手とタメを張る店」 |
| タメ年(タメどし) | 生まれ年が同じであること | 「二人はタメ年らしい」 |
| タメ口 | 口のきき方が対等であること | 「先輩にタメ口をきく」 |
四つに共通しているのは「二つのものが横に並んでいる」という一点だけ。年齢の話でも口調の話でもありません。この共通項が見つかると、サイコロの話がすんなりつながります。
「タメ」の出どころは、サイコロの同じ目

国語辞典がそろって挙げているのは、賭博用語の「同目(どうめ)」から来たという説です。小学館の『デジタル大辞泉』も『精選版 日本国語大辞典』も、この由来を紹介しています。
同目(どうめ)とは、二つのサイコロが揃うこと
ゾロ目の古い呼び方
サイコロを二つ振って、1と1、3と3のように同じ数字が出る。これを賭場では「同目」と呼びました。いまでいうゾロ目です。丁半(ちょうはん)博打は二つの出目の合計が丁(偶数)か半(奇数)かを当てる勝負ですが、同じ数字が並べば合計は必ず偶数になります。ゾロ目は例外なく「丁」の目、というわけです。
「どうめ」が「ため」になったという道すじ
「どうめ」から「とうめ」を経て「ため」へ縮まった、という説明もよく見かけます。ただしこの音の変化そのものを裏づける古い用例が示されることは少なく、国語辞典は音の道すじまでは書いていません。ここは「そう言われている」程度に受け取っておくのが安全でしょう。
「同じ目」がなぜ「対等」を指すのか
勝ちも負けもない、五分五分の状態
同じ目が二つ並ぶというのは、どちらが上とも決められない絵柄です。そこから「五分五分」という意味で使われるようになり、さらに「対等」「同じ」へと広がったと説明されています。数字が揃った状態を、力関係が揃った状態に見立てたわけです。
最初に比べられたのは腕力や勢力だった
俗語辞典の解説によれば、「タメ張る」はもともと不良のあいだで使われ、比べる対象は腕力や勢力でした。「あいつとはタメだ」は、年齢の話ではなく力の話だったことになります。一般に広まってから、年齢・地位・商売の規模など、比べる対象がどんどん増えていきました。
辞書はどこまで書いているか
二つの国語辞典の書きぶり
『デジタル大辞泉』の語釈は「相手と対等、または同等であることをいう俗語」。由来には「さいころ賭博で、二つのさいの目が同じになることからという」と添えられています。『精選版 日本国語大辞典』のほうは「俗に、同等・対等であること」とし、こちらも賭博用語の同目に由来する説を紹介しました。
※ 『精選版 日本国語大辞典』とは、日本最大級の国語辞典『日本国語大辞典』を選び直した版で、語釈に古い用例と出典を添えるのが特徴の辞典です。
「という」で止めていることの意味
注目したいのは、どちらの辞書も「〜からという」「〜に由来するという」と、伝聞の形で止めている点です。語源としては有力でも、断定できるだけの証拠は出ていない、という姿勢の表れでしょう。俗語は書き言葉として残りにくく、賭場の符丁ならなおさら記録は乏しいのです。
江戸の丁稚に渡した駄賃——よく見かける異説の弱点

もう一つ、ネット上でよく紹介される説があります。こちらは筋書きが具体的で覚えやすいぶん、広まりやすい説でもあります。
駄賃説の中身
大坂の商家という舞台
江戸時代の大坂で、丁稚(でっち)に渡す駄賃や給与のことを「タメ」と呼んだ。その金を渡す番頭(ばんとう)の、目下に向けた乱暴な言葉づかいが「タメ口」と呼ばれるようになった——おおよそこういう話です。時代も土地も人物も揃っていて、いかにも由来らしい形をしています。
二つの引っかかり
上下の向きが逆になっている
いまの「タメ口」は、上下のない対等な口のきき方を指します。ところが駄賃説の「タメ口」は、上の立場の番頭が下の丁稚に向けて放つ言葉です。向きがちょうど反対を向いており、しかも上下ありから対等へ反転した経緯が説明されていません。語源由来辞典もこの点を弱点として挙げています。
「タメ」「タメ年」が先にあった
さらに厄介なのが、語の登場順です。先に「タメ」という語があり、そこから「タメ年」「タメ張る」「タメ口」が枝分かれした——語源由来辞典が示すのはこの順序で、駄賃説はこの兄弟語の存在をまるごと素通りしています。「タメ口」だけを単独で説明できても、一族全部を説明できなければ語源としては弱いのです。
それでも語り継がれる理由
物語としての出来がよすぎる
語源の俗説には、共通した特徴があります。登場人物がいて、場面が目に浮かび、一度聞いたら忘れない。反対に本当らしい語源は、音の変化や意味のずれといった地味な話になりがちです。覚えやすさで競えば、地味なほうが負けます。語源を調べるときは、面白い説ほど一度立ち止まったほうがよさそうです。
不良少年の隠語から、国語辞典の見出しへ

「タメ」が賭場の外へ出たのは、そう古い話ではありません。辞書の記述をたどると、半世紀ほどで隠語から一般語まで駆け上がっています。
1960年代——不良少年の隠語として
「五分五分」の意味で使われはじめる
『精選版 日本国語大辞典』の記述はこうです。1960年代に不良少年の隠語として用いられ、70年代以降に若者のあいだへ徐々に広まった。この段階の「タメ」は、まだ賭博用語の匂いを残した符丁でした。仲間の外には通じない言葉だからこそ、仲間の証にもなります。
1970年代後半から1980年代——若者全体へ
不良文化が広まるのと一緒に動いた
語源由来辞典によれば、1970年代後半から1980年代にかけて、一般の若者もこれらの語を使うようになりました。不良の文化が漫画や音楽を通じて広く消費された時期と重なります。言葉が広まるときは、その言葉を使う集団への憧れや興味が運び役になることが多いようです。
兄弟語もそろって外へ出た
広まったのは「タメ口」だけではありません。「タメ年」も1970年代後期に若者全体へ届いたとされ、「タメ張る」は比較の対象を腕力から実力・規模へ広げていきました。いまでは企業の紹介文に「大手とタメを張る」と書かれても、誰も賭場や不良を思い出しません。
そもそも、なぜ名前が必要だったのか
初対面は「ですます」という戦後の習慣
江戸期の庶民は、身近な相手には「〜だ」で話すのが普通だったと言われます。戦後になると、見知らぬ相手には丁寧な形で話す習慣が広く定着しました。初対面の標準が「ですます」に寄ったぶん、そこから外れた話し方が目立つようになります。
名前がつくのは、区別が要るようになったとき
敬語しかない世界にも、ためらいなく崩す世界にも、「タメ口」という語は要りません。二つの話し方が同じ社会に並び立ち、どちらを選ぶかが問われるようになって、初めて片方に名前がつきます。この語が広まった時期は、日本語の丁寧さの目盛りが引き直された時期でもあったのでしょう。
対等に話す言い方に名前をつけたのは、日本語だけではない

敬語とタメ口の使い分けは日本語特有の面倒だと語られがちですが、似た二択を抱えている言語はほかにもあります。呼び分けの仕組みは違っても、悩みどころはよく似ているのです。
| 言語 | 対等な言い方 | 改まった言い方 | 名前の由来・特徴 |
|---|---|---|---|
| 日本語 | タメ口 | 敬語 | 「タメ」はサイコロの同じ目から |
| 韓国語 | パンマル(반말) | チョンデンマル(존댓말) | 「半分の言葉」=語尾を削った形 |
| フランス語 | tu | vous | 呼び分けを表す動詞tutoyer/vouvoyerがある |
| ドイツ語 | du | Sie | duzen/siezenと言い分ける |
| 英語 | (thou) | you | 17世紀末にthouが退場し一本化 |
韓国語の「パンマル」
「半分の言葉」という呼び名
韓国語で対等な話し方を「パンマル(반말)」と呼びます。「パン」は漢字の「半」、「マル」は言葉。丁寧な語尾を落として短くした形なので「半分の言葉」というわけです。敬語のほうは「チョンデンマル(존댓말)」と呼ばれ、日本語と同じく、どちらへ切り替えるかが人間関係の合図になります。
面白いのは名づけ方の違いです。日本語は「対等」というサイコロ由来の言葉で名づけ、韓国語は「半分に削った」という形の特徴で名づけました。同じものを見て、片方は関係を、もう片方は語形を指さしたことになります。
ヨーロッパの二人称は二種類ある
フランス語のtuとvous、ドイツ語のduとSie
フランス語には親しい相手に使う「tu」と、改まった相手に使う「vous」があります。ドイツ語なら「du」と「Sie」。どちらで呼ぶかを動詞にした「tutoyer(テュトワイエ)」「vouvoyer(ヴヴォワイエ)」という語まであり、初対面の相手にいつtuへ切り替えるかは、いまも気を遣う場面だとされます。
※ T/V区別とは、二人称に親しい形と敬った形の二つを持つ言語の仕組みを指す言語学の用語です。ラテン語の「tu」「vos」の頭文字から名づけられました。
両方がtuなら連帯、片方だけなら力関係
この仕組みを整理した古典が、ロジャー・ブラウンとアルバート・ギルマンが1960年に発表した論文「The Pronouns of Power and Solidarity(力と連帯の代名詞)」です。互いにtuで呼び合う関係は連帯を表す。片方だけがtuを使い相手はvousで返す関係は、力の差を表す。二人はそう整理しました。
日本語に置き換えるとよく分かります。二人ともタメ口なら仲のよさの表明、片方だけがタメ口で相手が敬語なら上下の表明。「タメ」という語が対等を意味するのは、まさにこの相互性を指しているからでしょう。
英語が手放したもの
「thou」が消えた17世紀
英語にも、かつては親しい相手に使う「thou」と、改まった相手に使う「you」がありました。13世紀ごろからフランス語の影響で「you」が敬意ある単数として使われはじめ、17世紀の終わりには「you」が単数も複数も引き受けるようになります。英語は敬語がないのではなく、二人称の使い分けを途中で降りた言語なのです。
全員を「thou」と呼んだ人たち
その最後の場面に、キリスト教の一派クエーカーが関わっています。彼らは人を身分で呼び分けることを拒み、相手が誰であろうと親しい形の「thou」で呼びかけました。ところが17世紀の終わりには、thouを使うだけでクエーカーと見なされるほど結びつきが強くなり、かえってthouが一般社会から退くのを早めたとされます。平等のために選んだ言葉が、その言葉自体を追い出してしまったわけです。
豆知識——「タメ口」がいちばん揉める場所

病院と介護施設の「おじいちゃん」
いま「タメ口」が最も議論されているのは、若者言葉としてではなく、医療や介護の現場です。高齢の利用者を「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼び、幼児に話しかけるような口調で接することが、エイジズムの一形態になりうると指摘されています。
※ エイジズムとは、年齢を理由にした偏見や差別のことです。高齢者を一律に弱い存在として扱う態度も含まれます。
一方で現場からは、別の声も上がります。敬語のままでは距離が縮まらない。認知症のある人には丁寧すぎる表現が伝わりにくい。関係ができるまでは敬語で、という段階を踏む考え方が紹介されることも多く、正解は一つに決めきれていないのが実情でしょう。
敬語とタメ口のあいだにある「っす」
日本語には、二択の中間に置ける便利な形もあります。「そうっす」や、「ありがとうございます」を縮めた「あざっす」のような言い方です。丁寧語を崩した形でありながら敬意の気配は残っており、敬語とタメ口のあいだの「中間敬語」として説明されることがあります。1990年代ごろから職場でも聞かれるようになった、という指摘もあります。
サイコロの目が丁か半かの二択だったのに対し、話し方のほうは中間の目を勝手に足してしまった。人間関係の距離が二段階では足りないことの、ささやかな証拠かもしれません。
サイコロを二つ振ったとき、出方は全部で36通り。そのうちゾロ目は6通りで、割合にすれば6分の1です。賭場ではさほど珍しくもない出目でしたが、人と人のあいだで本当に目が揃うこと——遠慮も気負いもなく話せる相手に出会うことは、たぶんそこまで頻繁ではありません。「タメ」という短い言葉が半世紀で全国に広がったのは、その揃った状態にみんな名前をつけたかったからではないでしょうか。
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