雨の日にミミズが地上へ出てくる理由は、まだ一つに絞られていません。有力なのは「水びたしの土で酸素が足りなくなる」と「濡れた地面なら遠くまで移動できる」の二つです。よく聞く「溺れるから」はそのままでは当たらず、同じ雨でも地上へ出てこない種がいることまで実験で確かめられています。
ミミズは本当に溺れる?

肺を持たず、皮膚で息をしている
ミミズには肺も鰓(えら)もありません。体の表面から酸素を取り込み、二酸化炭素を外へ出しています。人のように肺へ水が入って息が止まる、という意味の「溺れる」はそもそも起きない体のつくりです。あの独特のぬめりも、体表を湿らせて呼吸を続けるための粘液です。
※ 皮膚呼吸とは、専用の呼吸器官を使わず、体の表面から直接ガスをやりとりする呼吸のことです。体表が薄く湿っている生きものに見られます。
水より乾燥のほうがずっと怖い
裏を返せば、体表が乾いた時点で酸素の受け渡しができなくなります。英国・中央ランカシャー大学のクリス・ロウは、ミミズは皮膚で呼吸するので土の湿り気がむしろ必要だと説明しました。日なたを嫌い、土の中や落ち葉の下で暮らすのはこの一点に縛られているからです。水に弱い生きものというより、乾きに弱い生きものと見たほうが実態に近いでしょう。
空気の通った水なら何日も生きる
ミミズを水に沈める実験は古くから行われてきました。米国の自然保護団体ネイチャー・コンサーバンシーの解説は、複数の研究をもとに多くの種が2週間以上の水没に耐えると紹介しています。ただし多くの実験では、水に空気を送り込んで酸素が溶けた状態を保っていました。危ないのは水そのものではなく、酸素の切れた水です。
水びたしの土で起きているのは酸欠

雨で埋まった巣穴には空気が届かない
ふだんの土は粒のすき間に空気を含んでいて、ミミズはそこから酸素を得ています。雨でそのすき間が水に置き換わると、頼れるのは水に溶けている酸素だけになります。水に溶ける酸素はもともと多くありません。土の中の微生物や根も同じ酸素を使うので、雨が続けば少しずつ減っていきます。
※ 溶存酸素(ようぞんさんそ)とは、水に溶け込んでいる酸素のことです。水温・気圧・塩分で溶ける量が変わり、水温が高いほど少なくなります。
密閉した水では1日半で死んだ種もいる
英国のキスらは2020年、地下水に似せた水にミミズを入れ、容器を密閉して酸素が減っていく様子を追いました。始めは1リットルあたり9.53ミリグラムあった酸素が、ミミズ自身の呼吸で下がっていきます。ツリミミズ科の大型種ナイトクローラー(Lumbricus terrestris)は約36時間で死に、そのときの酸素は0.82ミリグラムまで落ちていました。
同じ水でも、粘り強さは種でちがう
同じ実験で、地表近くに住む小型の種は約168時間で力尽きました。土の中に住む小型の種は、280時間たっても生き残っています。研究者は、体の大きさと暮らし方の型によって酸素の使い方が変わると結論づけました。水びたしの土が「誰にとっても同じ危険」ではないことが、この数字からも見えてきます。
同じ雨でも、地上へ出てこない種がいる

台湾で二種を並べた実験
国立台湾大学のシュチュン・チュアンとジュンホン・チェンは、大雨のあとに地上へ出る種と出ない種を比べ、2008年に『Invertebrate Biology』誌へ報告しました。出る側はハワイミミズ(Amynthas gracilis)です。比べられたもう一種(Pontoscolex corethrurus)は、大雨のあとに地上へ出る姿が一度も観察されませんでした。
出てくる側は水に弱く、夜に酸素を多く使う
ハワイミミズは水に沈めた条件への耐性が低く、酸素の消費量そのものも多い種でした。しかも消費量には一日の波があり、昼より夜に多く使います。水びたしの土で酸素が乏しくなれば、真っ先に苦しくなるのはこちらです。
出てこない側は、使う酸素を抑えて耐える
もう一種は水中で長く生き、酸素の消費量は少なく、一日の波も持っていませんでした。研究者は、水没への対処として二つの戦略があると考えています。土から逃げ出す戦略と、酸素の使い方を抑えて土の中で待つ戦略です。違いを並べると次のようになります。
| 比べた点 | 地上へ出る種(ハワイミミズ) | 出てこない種 |
|---|---|---|
| 水に沈めたときの耐性 | 低い | 高い(長く生きる) |
| 酸素の消費量 | 多い | 少ない |
| 消費量の一日の波 | 夜に増える | 波がない |
| 大雨のあとの行動 | 夜に地上へ出る | 土の中にとどまる |
出てくるのが夜に多いのはなぜ?

酸素がいちばん要る時間と重なる
台湾の実験で、ハワイミミズが地上へ出るのはとくに夜でした。夜に酸素の消費が増える種にとって、夜の水没はもっとも苦しい時間帯にあたります。研究者は、酸素の消費が高まる時刻と地上へ出る時刻が重なることに、この行動の手がかりを見ています。
昼の地表は乾いていて、隠れる場所もない
夜に出るのは酸素の都合だけではなさそうです。日中の地表は日差しで乾き、身を隠す場所もありません。後で見るように、ミミズは紫外線にも弱い生きものです。夜のうちに動いて朝までに土へ戻る個体が生き残ってきたと考えれば、行動が夜に偏ることにも説明がつきます。
「雨音はモグラの足音に似ている」説の行方

杭をこすると12メートル先から出てきた
アメリカ南部には、地面に打ち込んだ木の杭を鉄でこすり、その振動でミミズを地上に呼び出す餌取りの伝統があります。ヴァンダービルト大学のケネス・カターニアは2008年、この振動のエネルギーが約80ヘルツに集中していることを測りました。最大で12メートル先のミミズまでが地表へ出てきて、毎分約30センチの速さで散っていきます。
※ ワームグランティングとは、地面に打ち込んだ杭を鉄などでこすって振動を起こし、地中のミミズを地表へ出させて集めるアメリカ南部の伝統的な餌取りの手法です。
本当の呼び主はモグラだった
カターニアは、この振動が地中を掘るモグラの立てる振動とよく似ていることを示しました。調べた杭の穴94か所のうち44か所(47%)では、5メートル以内にモグラのトンネルが見つかっています。小さな容器にモグラを入れた実験では、平均23.6匹(47%)のミミズが地表へ逃げ出しました。人が長く続けてきた餌取りは、天敵のまねだったわけです。
人工の大雨では5回で3匹しか出なかった
同じ論文は「杭の振動は雨音のまねでは?」という見方も試しています。毎分1インチという激しい人工の雨を5回かけて、地表に出たのは合わせて3匹でした。実際の雷雨を3回観察したときも、出てきたのは合計6匹です。杭やモグラで数十匹単位が出てくるのと比べると、桁がちがいます。
研究者の間でも評価が割れている
それでもこの説は消えていません。バーモント大学の土壌学者ヨーゼフ・ゲレスは、雨の振動をモグラの振動になぞらえて説明しています。いっぽうネイチャー・コンサーバンシーの解説は、ウィスコンシン大学の研究者の話として、実験室で確かめられたことはないと紹介しました。
食い違いをほどくと、確かめられた範囲がはっきりします。振動でミミズが地上へ逃げること自体は実証済みです。その仕組みが雨のときにも働いているかどうかが、まだ示されていません。
有力なのは「濡れた地面が通り道になる」説

土の中を進むのは、とにかく遅い
ミミズが地中を進むには、体をふくらませて土を押し広げるか、土そのものを食べて後ろへ出すしかありません。どちらも硬い土ほど時間がかかり、一日に進める距離は知れています。地表を這えば、同じ時間でずっと遠くまで行けます。カターニアの観察した毎分約30センチという速さも、地表だからこそ出せる数字です。
濡れている間だけ、近道が開く
地表が速いとわかっていても、晴れた日には使えません。体表が乾けば息ができなくなるからです。雨で地面が濡れている時間だけ、この近道が開きます。先のクリス・ロウは、雨が「土の中を進むよりも長い距離を地表で移動する機会」をミミズに与えると説明しました。
出てくるのは大人ばかりという観察
移動の目的として挙がるのは、新しい住み場所を探すことと、繁殖の相手に出会うことです。ミミズは雌雄同体ですが、ふつうは他の個体と精子を交換して増えます。イリノイ大学のフィル・ニクソンは、大雨で地表に出てくるのはほとんどが成体だと指摘しました。苦しさから逃げているだけなら、子どもも一緒に出てくるはずだという見方です。
移動説だけでも説明しきれない
この説にも弱いところがあります。台湾の実験で見つかった種ごとの差は、移動説だけではうまく説明できません。どちらも同じ水びたしの土にいたのに、片方は出てこなかったからです。酸欠と移動のどちらか一方が正解というより、種によって効いている理由の重みがちがうと考えるほうが自然でしょう。
翌朝の歩道で干からびているのはなぜ?

アスファルトには潜れない
土の上なら、ミミズは危険を感じた時点で潜れます。舗装の上ではそれができません。歩道や車道に上がった個体は、縁石を越えて土に戻るか、そのまま朝を迎えるかのどちらかです。ミミズに目はなく、体表の光を感じる細胞で明暗をとらえているだけなので、平らな舗装の上で戻る方角を見つけるのは難しいはずです。
朝日の紫外線が数時間で効いてくる
台湾のチュアンらは2006年、ミミズ三種に紫外線を当てる実験を報告しました。UV-BはUV-Aより強く体を傷め、筋肉の異常な収縮や皮膚の損傷が起きています。ハワイミミズは三種のなかでもっとも弱い種でした。論文は、土から這い出した個体が日の出から数時間で死ぬことがあると書いています。
真昼の31℃では土へ戻れなかった
カターニアの観察でも、気温31℃の日なたへ出た数匹は土へ戻れないまま死にました。アリやヘビ、トカゲ、甲虫に襲われた個体もいます。皮膚は呼吸の器官でもあります。乾燥と紫外線が同時に進めば、息そのものが続きません。
土の上なら、同じ行動でも死なずに済む
草地や畑で夜に地表を移動したミミズは、明るくなる前に潜って一日を終えます。同じ行動が、舗装された場所では取り返しのつかない結果になります。雨の翌朝に見る光景は、ミミズの側の失敗というより、地面の側が変わったことで目に入るようになった光景です。
日本で見かけるミミズはどっち寄り?

庭や畑の主役はフトミミズ科
台湾の実験で地上へ出た側は、アズマフトミミズ属(Amynthas)の一種です。京都大学などの研究グループによると、日本を含む東アジアのミミズは大部分がフトミミズ科に属し、なかでもアズマフトミミズ属が多数を占めます。日本ではこの属だけで約140種が記録されていて、その多くが日本にしかいない固有種です。
「日本のミミズも同じ」とまでは言えない
属が近いことと、同じ振る舞いをすることは別の話です。台湾の実験で比べたのは二種だけで、日本の種を一つずつ確かめたわけではありません。種ごとに水への強さがちがうなら、雨の日に道路へ出てくるのは、日本でも一部の種に偏っている可能性があります。身近な生きものなのに、その正体はまだ調べ尽くされていません。
鳴かないのに季語になった「蚯蚓鳴く」

鳴いているのはケラ
秋の季語に「蚯蚓鳴く(みみずなく)」があります。ミミズには声を出す器官がないので、実際に鳴くことはありません。秋の夜に土の中から聞こえる「ジー」という低い音の主は、土を掘って暮らす昆虫の螻蛄(けら)です。百科事典にも、ケラの雄の声が「ミミズが鳴く」と誤解されてきたと書かれています。
暦にも「蚯蚓出」がある
季節を約五日ごとに区切る七十二候(しちじゅうにこう)には、立夏の次候として「蚯蚓出(みみずいずる)」が置かれています。五月の半ばごろ、土が温んでミミズが地上に姿を見せるころという意味です。雨の日に足元へ出てくる生きものが、暦の名前にまでなっています。
※ 七十二候とは、二十四節気をさらに三つずつに分け、一年を約五日ごとの七十二に区切った暦のことです。動植物の様子を短い言葉で示した名前が付いています。
ダーウィンが最後に書いた本の主役
チャールズ・ダーウィンの最後の著作は、ミミズの本でした。1881年刊行の『ミミズによる腐植土(ふしょくど)の形成』です。ダーウィンは、イングランドの多くの土地で1エーカーあたり年に10トンを超える乾いた土がミミズの体を通り、地表へ運び上げられていると見積もりました。地点ごとの計算では、年に7.56トンから18.12トンという値が出ています。
雨の日にミミズが地上へ出てくる理由は、まだ一つに絞られていません。それでも地面が土であるかぎり、この移動はたいてい無事に終わっていたはずです。翌朝の歩道に並ぶ姿は、ミミズが道を間違えた証拠というより、私たちが地面に蓋をしたあとで初めて見えるようになった光景なのかもしれません。
参考
- Chuang & Chen「Role of diurnal rhythm of oxygen consumption in emergence from soil at night after heavy rain by earthworms」(Invertebrate Biology 127巻1号, 2008)
- Catania「Worm Grunting, Fiddling, and Charming—Humans Unknowingly Mimic a Predator to Harvest Bait」(PLOS ONE, 2008)
- Kiss, Chen & Hodson「Interspecies variation in survival of soil fauna in flooded soil」(Applied Soil Ecology, 2021)
- Chuang, Lai & Chen「Influence of ultraviolet radiation on selected physiological responses of earthworms」(Journal of Experimental Biology, 2006)
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