チンアナゴが砂から体を出しているのは、潮に乗って流れてくる小さな動物プランクトンを待ち受けて食べるためです。尾は巣穴に差し込んだまま、上半身だけを流れに向けて立てています。危ないと感じたら、そのまま後ろ向きに砂へ引っ込めばいい。食事と逃げ道を一か所にまとめた暮らし方です。
「チン」という名前は、顔つきが日本の小型犬「狆(ちん)」に似ていることから付きました。1979年の論文には「チンは日本のパグのこと」という説明まで添えられています。英語では「庭のウナギ」と呼ばれていて、同じ魚でも見る人によって見立てがまるで違うのも面白いところです。
チンアナゴはなぜ砂から体を出している?

チンアナゴの食べ方は、泳いで餌を探すのではなく、向こうから流れてくる餌を待つ「待ち」の一本勝負です。そのために必要なのが、流れの中に口を差し出しておくことと、すぐに逃げ込める場所を確保しておくこと。砂から体を出す姿勢は、この二つを同時にかなえる形なのです。
餌は流れに乗ってくる動物プランクトン
チンアナゴは、サンゴ礁の外側にある潮通しのよい砂地に暮らしています。水深でいえば15〜45mほど。そこでは潮の流れが、小さなエビやカニの幼生などの動物プランクトンを次々と運んでくるのです。
流れに顔を向ける理由
アクアマリンふくしまの解説によると、チンアナゴは潮の流れに顔を向けて、漂うプランクトンを食べています。上流を向いていれば、餌は正面から近づいてくるわけです。体の前を通りかかった一粒を、首を伸ばしてぱくっと口に入れる。これを一日じゅう繰り返しています。
群れ全体が同じ方向を向く
東京のすみだ水族館の大水槽では、幅5.5mの水槽の両側から真ん中へ向かって水流が起きています。チンアナゴたちはその流れを読んで、そろって同じ方向に顔を向けるそうです。何十匹もの首が一斉に同じ向きに傾く光景は、流れが目に見えるようで、観察していて飽きません。
体の3分の2は砂の中
サンシャイン水族館の解説では、チンアナゴの全長はおよそ30cm。体の2.5倍ほどの長さがある巣穴に、体の3分の2を埋めたまま暮らしています。外に出ているのは首から上の3分の1ほどにすぎません。
尾が巣穴の命綱になる
尾を巣穴に残しているのは、逃げ道を確保しておくためです。アクアマリンふくしまでは「性格はとても臆病」と紹介されていて、他の魚が近づくと頭の先まで砂の中へ隠れます。泳いで逃げる必要がないので、隠れるまでの時間はほんの一瞬です。
巣穴からはほとんど出ない
一度巣穴を作ると、チンアナゴはめったにそこを離れません。食事も休息も、あとで触れる産卵も、基本は巣穴に尾を入れたまま行います。サンシャイン水族館によると、夜間に場所を移動しているらしいとも言われていますが、詳しいことはまだはっきりしていません。
揺れて見えるのは流れに合わせているから
水族館で見るチンアナゴは、ゆらゆらと揺れているように見えます。これは踊っているのではなく、流れを受けながら餌の来る位置に口を合わせている動きです。
草に見立てた英名
英語の名前は spotted garden eel(スポッテッド・ガーデンイール)。砂底からたくさんの細長い体が生えている様子を、庭の草木に見立てています。「斑点のある、庭のウナギ」という意味で、日本語とはまったく別のところに目を付けた名前です。
流れが強くなるとチンアナゴはどうする?

流れが速すぎると、チンアナゴは体を曲げて短くし、巣穴の奥へ引っ込みます。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームが水路を使った実験で、この様子を数字で確かめました。
沖縄で行われた水路の実験
実験を率いたのは、OIST海洋生物物理学ユニットの博士課程学生だった石川コウタ(Kota Ishikawa)さんです。成果は2022年に英国の学術誌『Journal of Experimental Biology』に発表されました。砂を敷いた特製の水路に、1匹ずつ入れられる持ち運び式の巣穴を置き、3台のカメラで食べる動きを撮影しています。
餌はブラインシュリンプの幼生
使われたチンアナゴは5匹で、体長は18.0〜30.5cm。餌には、平均の長さ約0.6mmのブラインシュリンプの幼生が使われました。水路に流す餌の濃さを変えてみると、食べる回数は餌の濃さにほぼ比例して増えています。
※ ブラインシュリンプとは、塩分の濃い湖などに住む小さな甲殻類のことです。ふ化したばかりの幼生は、水族館や養殖で小さな魚の餌として広く使われています。
流れの速さは4段階
流れの速さは、秒速10cm・15cm・20cm・25cmの4段階で試されました。秒速25cmといっても、人が歩く速さの5分の1ほどです。それでも体長30cmほどの魚にとっては、全身で受け止めるにはかなり強い流れになります。
体を曲げて水の抵抗を減らす
流れが速くなるほど、チンアナゴは巣穴から出す体の長さを短くし、体を大きく曲げるようになりました。流れにまっすぐ体をさらすのをやめて、受け流す姿勢に変えたわけです。
抵抗はおよそ57%減った
OISTの発表によると、秒速20cmの流れのとき、この曲げた姿勢によって体が受ける抵抗はおよそ57%減っていました。体を短くするだけでなく形まで変えることで、流れの力を半分以下に抑えていたことになります。
狙う距離を短くする
引っ込んだぶん、口が届く範囲は狭くなります。チンアナゴはそのかわり、巣穴のすぐ近くを通る餌に狙いを絞りました。論文では、餌に飛びつく距離はおよそ5〜15cmの幅にあり、流れが速いほど短くなったと報告されています。
いちばんよく食べるのは秒速20cm手前
食べる回数は流れが速くなるほど増え、秒速20cmのすこし手前で最も多くなりました。流れが速ければ、同じ時間に目の前を通る餌の数も増えるからです。
泳ぐ魚より強い流れでも食べられる
OISTによると、泳ぎながらプランクトンを食べるサンゴ礁の魚は、秒速15cmほどの流れで最もよく食べるとされています。チンアナゴはそれより強い流れまで食事を続けられます。泳がずに巣穴で踏ん張れることが、ここで強みになっているのです。
秒速25cmでは巣穴へ深く引っ込む
ただし秒速25cmになると、チンアナゴは巣穴の奥へ深く引っ込み、食べる回数は大きく落ちました。無理に食べ続けるより、力を温存して流れが弱まるのを待つほうを選んでいるようです。流れの強さに応じた動きを並べると、次のようになります。
- 秒速10〜15cm:体を長く出し、少し離れた餌にも飛びつく
- 秒速20cm前後:体を曲げて抵抗を減らしながら、食べる回数は最も多い
- 秒速25cm:巣穴の奥へ引っ込み、食べる回数が大きく落ちる
巣穴はどうやって掘っている?

掘り方は、平たい尾を先にして砂に潜り、体から出す粘液で穴の壁を固めるというもの。掘るのも固めるのも、道具は自分の体だけです。
尾から先に砂へ潜る
巣穴を掘るとき、チンアナゴは頭からではなく尾から砂に潜っていきます。国立国会図書館のレファレンス協同データベースに登録された図書館の回答では、子ども向け図鑑などをもとに、その動きが紹介されています。
体をくねらせて砂をかき分ける
体の下半分をヘアピンカーブのように細かくくねらせて砂をかき分け、上半分はその後についていく。そんな動きで少しずつ潜っていくそうです。大阪の海遊館の解説にも「平たい尾で砂を掘りながら」巣穴を作る、とあります。
硬い尾がドリル役になる
米国のカリフォルニア科学アカデミーの解説でも、使うのは硬く筋肉質な尾です。尾から潜るので、巣穴に入ったときには自然と頭が入口を向きます。危ないときに後ろ向きにすっと引っ込めるのも、この向きのおかげです。
粘液で壁を固める
砂に穴を掘っただけでは、すぐに崩れてしまうはず。チンアナゴは体から出すねばねばした粘液を穴の内側に塗り、砂をつなぎ合わせて壁にしています。
粘液はセメントの代わり
粘液が固まると、砂の壁はトンネルのように崩れにくくなる。カリフォルニア科学アカデミーはこの粘液を「セメントのように働く」と表現しています。潮の流れがある砂地でも穴がふさがらないのは、この壁のおかげです。
巣穴にいても狙われる
巣穴は万能の隠れ家ではありません。敵は上からも下からもやってきます。
下から来るウミヘビ科の魚
巣穴の下から迫るのは、ウミヘビ科の魚(ヘビのような形をした魚の仲間)です。カリフォルニア科学アカデミーによると、チンアナゴの巣穴のすぐ下に自分の穴を掘り、尾のほうから襲いかかります。上を警戒していても、足もとから来られては逃げようがありません。
上から来るモンガラカワハギの仲間
一方でモンガラカワハギの仲間は、力ずくで砂に頭を突っ込み、巣穴からチンアナゴを引き抜いてしまうといいます。臆病ですぐ隠れる性格は、こうした敵がいる海で暮らすための備えでもあります。
群れの中でお隣さんとはどう付き合う?

チンアナゴは群れで暮らしますが、仲良く寄り添っているわけではありません。お互いの巣穴の間に距離を保ち、近づきすぎると口を開けて張り合います。
数百から数千匹の集団で暮らす
野生では一つの群れに数百から数千匹が集まることがあります(カリフォルニア科学アカデミー)。すみだ水族館でも、休館前には約300匹がひとつの水槽で暮らしていました。
住み分けが自然にできる
すみだ水族館の水槽では、チンアナゴと近い仲間のニシキアナゴ・ホワイトスポッテッドガーデンイールも一緒に暮らしています。特に決めたわけではないのに、種類ごとに分かれて集まっているそうです。ペンギンのプール側にはチンアナゴ。反対側にはホワイトスポッテッドガーデンイールがいて、真ん中はニシキアナゴの場所です。
近すぎるとケンカになる
群れといっても、隣との距離が近いとケンカが起こります。サンシャイン水族館の解説にも、距離が近いとケンカになることがあると書かれていました。
口を大きく開けて威嚇する
ケンカのときは口を大きく開けて、ものすごく怒った顔になるのだとか(すみだ水族館)。2匹だけでなく、3匹や4匹で張り合うこともあるそうです。ふだんのとぼけた顔からは想像しにくい迫力です。
同じ穴から2匹が顔を出すことも
反対に、アクアマリンふくしまでは、仲のいい個体が同じ穴から2匹そろって顔を出すことがあると紹介しています。お隣さんとの関係は、張り合うか寄り添うかのどちらかに振れるようです。
産卵も巣穴に尾を入れたまま
繁殖の季節になっても、チンアナゴは巣穴から出ません。相手のそばまで巣穴を寄せていき、尾は穴に残したまま体を伸ばして寄り添うのです。
上半身を絡ませて何時間も
オスとメスは尾をそれぞれの巣穴に入れたまま、上半身を絡ませて何時間も過ごすとされています。卵は海中に放たれ、生まれた子どもはしばらく海を漂ってから砂地に降りてくる。これもカリフォルニア科学アカデミーの解説です。
消灯の2時間後に産卵する
沖縄美ら海水族館では、水槽の中での産卵行動が観察されています。時期は主に5〜11月で、展示用の照明が消えてからおよそ2時間後に卵と精子を放つ様子が確かめられました。卵からふ化するのは、ウナギの仲間に共通する平たく透明な形の幼生です。
※ レプトケファルスとは、ウナギやアナゴの仲間に見られる、木の葉のように平たい幼生のことです。チンアナゴの幼生は全身が黒いとされています。
「チン」という名前はどこから来た?

チンアナゴの「チン」は、日本の小型犬の狆(ちん)のことです。眼や頭の感じが狆に似ていることから、この名前が付けられました。
1979年の論文に書かれていた由来
「狆に似ているから」という説明はよく知られていますが、根拠を見たことがある人は少ないかもしれません。山口県の海響館の飼育員も、似ているようにも似ていないようにも見えて半信半疑だったと書いています。
「チンは日本のパグのこと」
その飼育員が博物館の人から見せてもらったのが、1979年の論文『Garden Eels from Japan』でした。英語の本文に「チンは日本のパグのこと」という説明があり、チンアナゴの眼と頭が似ていることから名付けられたと読み取れたそうです。海外の読者にも伝わるよう、パグに例えて説明したのでしょう。
分布の北限は日本
住んでいるのは、インド洋から西太平洋にかけての暖かい海。日本では小笠原諸島・静岡県・高知県・屋久島・琉球列島などに分布し、北の限界は日本とされています。日本の海で見られる魚だからこそ、日本の犬の名前が付いたともいえます。
狆は江戸の人気者
狆は、日本で古くから座敷で飼われてきた小型犬です。小学館の辞書サイト「ことばのまど」によると、江戸時代には将軍をはじめ大名や裕福な町人がこぞってかわいがった高級犬の代表でした。
黄表紙にも描かれた座敷犬
1792年に刊行された山東京伝(さんとう きょうでん)の黄表紙『唯心鬼打豆(ゆいしんおにうちまめ)』にも狆が登場します。座敷犬として大変な流行だったことが、こうした絵入りの本からうかがえるのです。
※ 黄表紙(きびょうし)とは、江戸時代の中ごろに流行した大人向けの絵入り小説のことです。表紙が黄色だったことからこう呼ばれます。
海外ではジャパニーズ・チン
狆は海外でも知られていて、英語では Japanese Chin(ジャパニーズ・チン)と呼ばれます。かつては Japanese Spaniel の名前で紹介された時期もありました。チンアナゴの名前は、日本で愛された犬の名前をそのまま借りていることになります。
学名は潜水の先駆者の名前
学名のほうは Heteroconger hassi です。1959年に、クラウゼヴィッツとアイブル=アイベスフェルトという2人の研究者が記載しました。種小名の hassi は、オーストリアの海洋研究者で潜水撮影の先駆者、ハンス・ハスにちなむとされています。
三つの名前の見立て
和名・英名・学名を並べると、同じ魚にずいぶん違う角度から名前が付けられているのがわかります。
| 呼び名 | 名前 | 何に注目したか |
|---|---|---|
| 和名 | チンアナゴ | 顔つきが犬の狆に似ている |
| 英名 | spotted garden eel | 斑点のある体が庭の草のように生えて見える |
| 学名 | Heteroconger hassi | 潜水の先駆者ハンス・ハスへの献名 |
顔を見た日本、群れの景色を見た英語圏、人をたたえた学名。どれも間違いではなく、どこに目が行ったかの違いです。
よく似た仲間とはどう見分ける?

水族館では、チンアナゴと同じ水槽にニシキアナゴやホワイトスポッテッドガーデンイールがいることがよくあります。見分けるいちばんの手がかりは、体の模様と大きさです。
チンアナゴは白地に黒い点
体の色は灰白色で、小さな黒い水玉模様が全身に散らばっています。さらに目立つ大きな黒い点がいくつかあり、これが見分けの決め手になります。
大きな黒点は決まった位置にある
大きな黒い点は、決まった位置にしかありません。すみだ水族館によると、体の側面に左右2か所ずつ、おなか側に1か所の合わせて5か所です。沖縄美ら海水族館も、頭部の側面の黒点を特徴に挙げています。
ニシキアナゴとホワイトスポッテッドガーデンイール
ニシキアナゴはオレンジと白の縞模様で、ひと目で違いがわかります。ホワイトスポッテッドガーデンイールはチンアナゴに少し似ていますが、ずっと大柄です。すみだ水族館の解説から、三種の大きさを並べます。
| 種類 | 体の長さ | 見た目の目印 |
|---|---|---|
| チンアナゴ | 約30cm | 白地に黒い水玉、決まった位置に大きな黒点 |
| ニシキアナゴ | 約40cm | オレンジと白の縞模様 |
| ホワイトスポッテッドガーデンイール | 約70cm | 三種の中で最も長い |
大きさは倍以上ちがう
チンアナゴとホワイトスポッテッドガーデンイールでは、体の長さが倍以上違います。砂から出ている部分だけを見ると大差なく感じますが、砂の下にはそれだけ長い体が隠れているわけです。
住む場所も少しずつ違う
先に触れたように、すみだ水族館の水槽では三種が自然に分かれて集まっています。模様と大きさに加えて、どのあたりに群れているかも見分けの手がかりになります。
豆知識:人の顔を忘れかけたチンアナゴ

2020年春、すみだ水族館のチンアナゴが「人間の存在を忘れかけている」という話題が、国内外で報じられました。臆病な魚ならではの、ちょっと切ない出来事です。
休館で人の姿が消えた
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、すみだ水族館は2020年3月1日から臨時休館に入りました。それまでは約300匹が来館者のいる環境に慣れていて、人が近づいても砂に潜ることはなかったといいます。
飼育員が近づくと隠れるように
ところが休館が続くと、チンアナゴたちは人のいない状態を日常だと受け止めるようになりました。飼育スタッフが近づいただけで、すぐ砂に潜ってしまう。これでは健康状態を確かめることもできません。
ビデオ通話で開いた顔見せ祭り
そこで水族館が企画したのが「チンアナゴ顔見せ祭り」です。2020年5月3日から5日まで、iPhoneやiPadのFaceTimeで水族館にビデオ通話をかけ、画面越しに自分の顔をチンアナゴへ見せてもらうという試みでした。
11月11日はチンアナゴの日
11月11日は、すみだ水族館が「チンアナゴの日」として2013年に申請し、認定を受けた記念日です。砂から体を出したチンアナゴの姿が、数字の「1」に似ていることが由来です。
臆病で、人の顔にも慣れるし、忘れもする。水槽の前でチンアナゴを眺めているとき、こちらも同じように顔を覚えられたり忘れられたりしているのかもしれません。砂から体を出しているあの魚にとっては、ガラスの向こうの人間も、流れてくる景色の一部なのでしょう。
参考
- 沖縄科学技術大学院大学(OIST)「Going against the flow: scientists reveal garden eels’ unique way of feeding」(2022年)
- 市立しものせき水族館 海響館「魚の標準和名の由来」
- すみだ水族館「知っているだけで100倍かわいい!チンアナゴの豆知識」
- California Academy of Sciences「Spotted Garden Eel」
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