カタツムリを素手で触っても、寄生虫が皮膚から入りこむことはありません。危ないのは、体や粘液にいる「広東住血線虫(かんとんじゅうけつせんちゅう)」の幼虫が、手から口へ運ばれることです。口から入ると脳を包む膜に炎症を起こすことがあり、日本でも2000年に死亡例が出ました。触ったあとに石けんで手を洗えば、この道すじはほぼ断てます。
カタツムリにいる寄生虫はどんな生きもの?

名前は「広東で見つかった血管の虫」
この虫は1933年、中国・広東省のネズミの肺動脈から見つかり、名前が付けられました。「住血」は血管の中に住むこと、「線虫」は糸のように細い虫のなかまを指します。学名は Angiostrongylus cantonensis。英語では「ネズミの肺の虫(rat lungworm)」と呼ばれ、本来の住みかがそのまま呼び名になっています。
人にうつる幼虫は0.45mm
成虫は体長2cmあまりの細長い虫です。いっぽう人に感染する段階の幼虫はずっと小さく、愛知県衛生研究所の資料では平均0.45mmとされています。カタツムリの粘液に紛れていれば、肉眼で見分けるのはまず無理な大きさです。「何も付いていないように見える手」でも、安心はできません。
人の体では大人になれない
人は、この寄生虫にとって予定外の宿です。口から入った幼虫は脊髄から脳へ入りこみますが、人の体では最後まで育ちきれません。国立感染症研究所の報告によると、病気は風邪のような症状から始まります。幼虫が脊髄から脳へ入りこむため、どの患者にも神経の症状が現れるのが特徴です。
寄生虫の親はネズミの肺にいる

卵は肺でかえり、糞にまじって外へ
成虫が暮らすのは、ネズミの肺動脈です。メスが産んだ卵は血流で肺の毛細血管へ運ばれ、そこでかえります。生まれた幼虫は肺の壁を破って気管へ出て、食道と腸を通り、糞といっしょに外へ出ていきます。肺から喉へ上がり、飲み込まれてお腹へ下りるという、ずいぶん回りくどい道のりです。
カタツムリの体で約2週間育つ
糞に出た幼虫は、まだ人にうつる力を持っていません。カタツムリやナメクジに取りこまれ、約2週間かけて「第3期幼虫」に育ってはじめて感染力を持ちます。国内の主な宿はアフリカマイマイとナメクジのなかま。食用のスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)からも、自然の感染が見つかっています。
※ 中間宿主(ちゅうかんしゅくしゅ)とは、寄生虫が幼虫の時期を過ごす生きもののことです。大人になって卵を産む生きものは「終宿主(しゅうしゅくしゅ)」と呼ばれます。広東住血線虫の場合、終宿主はネズミで、中間宿主はカタツムリやナメクジです。
カエルやエビは「乗り継ぎ」の宿
第3期幼虫を持つカタツムリを、ほかの生きものが食べることもあります。国立健康危機管理研究機構が挙げるのは、プラナリア・淡水のテナガエビ・陸にすむカニ・ヒキガエルなど。幼虫はその体の中では育たず、生きたまま潜んでいるだけです。こうした「乗り継ぎ」役を生で食べても、人は感染します。輪を閉じるのは、カタツムリを食べたネズミの体の中です。
素手で触ると、どうして危ない?

感染するのは口から入ったときだけ
国立健康危機管理研究機構は、人への感染経路を「第3期幼虫を口から取りこむこと」と説明しています。ハワイ州保健局も、乾いた粘液からは感染しないこと、人から人へはうつらないことを明記しています。危ないのは触ることそのものより、触った手でおにぎりをつかんだり、指をなめたりすることです。
海外の保健当局は手袋を勧める
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、カタツムリやナメクジを扱うなら手袋をはめ、手を洗うよう勧めています。患者の多いハワイ州の保健局は、さらに一歩進んで「素手で扱わない」と呼びかけています。小さな幼虫が指に残っても気づけない以上、見た目で判断せずに洗うと決めておくほうが確実です。
傷ついたカタツムリから幼虫が水へ出る
1993年の国立感染症研究所の報告には、宿が傷ついたり死んだりすると、第3期幼虫が水の中へ出てくると書かれています。幼虫は水中で9日間生き延びることができ、その水を飲んで感染する道もあるそうです。つぶれたカタツムリが入ったバケツの水や、雨水をためた容器にも注意が要るということです。
刺激を受けたカタツムリは粘液に幼虫を出す

ハワイの研究チームが186匹で試した
幼虫はふだん、カタツムリの体の組織の中にいます。では、外から刺激を受けたらどうなるのか。2023年に発表された研究では、オアフ島で集めた半ナメクジ(小さな殻を持つカタツムリのなかま)の一種 Parmarion martensi を使い、186匹に24時間の刺激を与えました。このうち140匹が寄生虫に感染していました。
刺激を受けた感染個体の13%が幼虫を放出
刺激は3種類です。30.5℃の熱、駆除剤の餌、そして容器を揺らし続ける物理的な刺激。刺激を受けた感染個体105匹のうち14匹(13.3%)が、粘液に幼虫を出していました。内訳は揺らしたグループが17.7%、駆除剤が16.7%、熱が5.7%です。刺激を与えなかった35匹からは、1匹も見つかっていません。
多いと1匹から4,000匹以上
幼虫を出したカタツムリ1匹あたりの数は、推定45.5〜4,216匹にのぼりました。つついたり握ったり、駆除しようとつまんだりするのは、カタツムリにとって強い刺激です。おとなしく這っている姿を眺めるより、いじり回すほうが手に幼虫が移る条件をそろえてしまうと考えられます。
口に入ると、どんな病気になる?

症状が出るまで平均16日
起きる病気は「好酸球性髄膜脳炎(こうさんきゅうせいずいまくのうえん)」です。潜伏期間は2〜35日、平均16日とされています(国立健康危機管理研究機構)。1993年の報告では「16.5日(12〜28日)」で、新しいまとめのほうが幅を広く取っています。2週間以上前に庭で遊んだことを、熱が出たときに思い出せる人は多くないでしょう。
※ 好酸球とは、白血球の一種です。寄生虫やアレルギーに反応して増える性質があり、この病気では脳や脊髄のまわりを流れる液(髄液)にたくさん現れます。
激しい頭痛と首のこわばり
主な症状は、微熱から中くらいの発熱と激しい頭痛です。首の後ろがこわばって曲げにくくなる「項部硬直(こうぶこうちょく)」も代表的な症状。吐き気や嘔吐のほか、脳から出る神経のまひが起きることもあります。皮膚のピリピリした感覚や痛みも、CDCが挙げる症状の一つです。
多くは2〜4週間で治まる
典型的な例では症状が2〜4週間続き、ふつうは経過が良いとされています。CDCの説明も「感染者の多くは治療をしなくても自然に回復する」。虫は時間とともに体の中で死んでいくそうです。ただし重い場合は昏睡に至り、命を落とすこともあります。軽く済む人が多いからといって、油断してよい病気ではありません。
特効薬はなく、症状を抑える治療が中心
この病気には、虫だけをねらって治す特効薬がありません。国内では炎症を抑えるステロイド薬や、脳の圧力を下げる薬が使われます。腰から髄液を抜いて圧を下げる処置も、その一つです。激しい頭痛で受診するとき、数週間前にナメクジに触った・生のカエルを食べた、といった心当たりがあれば医師に伝えておくと診断の助けになります。
日本ではどこで、どれくらい起きている?

最初の発見も最初の患者も沖縄
1960年代のはじめ、日本はこの病気を「対岸の火事」と受け止めていたそうです。ところが1964年、沖縄産のネズミから成虫が見つかります。1970年には沖縄県で最初の患者が確認されました。沖縄は、代表的な宿である大型のアフリカマイマイが多く暮らす土地でもあります。
患者は10年で34例から54例へ
1993年の国立感染症研究所の報告では、国内の患者は34例でした。国立健康危機管理研究機構のまとめでは、2003年8月までに少なくとも54例。うち沖縄県が33例、本土が21例です。本土で感染したとみられる15例は、静岡6例・神奈川と鹿児島が2例ずつで、残りは島根・徳島・高知・東京・大阪で1例ずつ。
2000年の沖縄で初の死亡例
2000年の1〜3月、沖縄で8人がこの病気を発症しました。同じ年の6月には、国内で初めての死亡例も沖縄で出ました。1998年から2003年8月までの14例は、いずれも沖縄県内での感染と推定されています。感染源がわかった例を並べると、カタツムリだけが原因ではないことが見えてきます。
| 感染源 | 例数 | 感染した地域 |
|---|---|---|
| アフリカマイマイ | 15例 | 沖縄14・インドネシア1 |
| ナメクジ | 7例 | 沖縄3・静岡3・鹿児島1 |
| アジアヒキガエル | 2例 | 沖縄2 |
2003年8月までの集計です(国立健康危機管理研究機構)。残りの例は、感染源がわかっていません。
ネズミの感染は北海道から小笠原まで
患者の多くは沖縄ですが、寄生虫は南の島だけのものではありません。ネズミへの自然感染は、南西諸島・鹿児島・福岡・広島・愛知・静岡・神奈川・東京(小笠原の父島を含む)・北海道で確かめられています。一部の地域では、貝やナメクジからも感染力のある幼虫が見つかりました。住む地域に関係なく、同じ注意が当てはまると考えておくのが無難です。
触ったら手を洗えば防げる

梅雨どきの遊びは手洗いとセットに
雨上がりの塀や植え込みは、子どもにとってカタツムリ探しの絶好の場所です。遊んだあとはおやつの前に手を洗う、という順番を決めておくと習慣になりやすくなります。小さな子は手を口に入れがちなので、大人がそばで気をつけたいところ。庭仕事で駆除するときは、手袋をはめておけば粘液が指につく心配も減らせます。
葉物は1枚ずつ流水で洗う
触った覚えがなくても感染しうるのが、生野菜です。CDCは、レタスなどの生野菜にまぎれた小さなカタツムリやナメクジを気づかずに食べる経路を挙げています。ハワイ州保健局の勧めは、葉物を1枚ずつはがして流水で洗うこと。水にためて浸けるのではなく、流しながら洗うのがポイントです。
カタツムリやナメクジを生で食べない
国内の患者のなかには、中間宿主を生で食べて感染した人が少なくありません。ナメクジを生きたまま飲むと喘息に効く、という民間療法が伝わる地域もあるほどです。国立健康危機管理研究機構は、ナメクジの生食やヒキガエルの肝の生食を勧める民間療法をはっきり退けています。カエル・淡水のエビ・陸のカニも、生で食べれば同じおそれがある点に注意が要るでしょう。
3〜5分ゆでれば幼虫は死ぬ
ハワイ州保健局によると、カタツムリやエビなどは3〜5分ゆでれば幼虫が死にます。野菜を24時間以上冷凍することも、感染を防ぐ方法として挙げられています。屋外の雨水タンクや飲み物の容器にはふたをして、ナメクジが入らないようにすること。庭の散水ホースから直接水を飲まないことも、同じ保健局の注意点です。
世界が注目したのは1960年代

人の最初の記録は日本語の論文だった
人が感染した最初の記録は、1945年に野村・林の両氏が報告したものです。髄膜炎で亡くなった台湾の15歳の少年の髄液から、この虫が見つかりました。ただ論文が日本語だったため、長く海外の目に留まりませんでした。世界が注目したのは、1960年代にタヒチなど太平洋の島々で、亡くなった患者の脳から多数の虫が見つかってからです。1992年の時点で、世界の報告はおよそ2,500例にのぼります。
シドニーでナメクジを飲んだ青年
2010年、オーストラリア・シドニーで、ラグビーをしていた若者が友人にけしかけられてナメクジを飲み込みました。この寄生虫による脳炎で1年以上昏睡が続き、目覚めたあとも全身にまひが残りました。食事や呼吸を管に頼り、つねに介護を受けて暮らしたのち、2018年11月に亡くなっています。ナメクジを飲んでから、8年後のことでした。
ハワイの患者の8割はハワイ島
アメリカでとくに患者が多いのがハワイ州です。2007〜2017年に82例が確認され、そのうち68例がハワイ島で起きていました。入院した人は79%にのぼり、2人が亡くなっています。研究者が警戒しているのは、粘液の実験にも使われた外来の半ナメクジ Parmarion martensi。寄生虫を高い密度で抱えることが知られています。
ネズミの肺から糞へ、糞からカタツムリへ、カタツムリからまたネズミへ。広東住血線虫は、人の暮らしのすぐそばで小さな輪を回り続けています。その輪に人がつながってしまう場所は、ほとんどの場合、自分の手と口のあいだにあります。雨上がりのカタツムリは、眺めても触ってもかまいません。最後に石けんの泡が通れば、輪はそこで切れます。
参考
- 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト「広東住血線虫症」
- 国立感染症研究所 病原微生物検出情報「日本における広東住血線虫ならびにその感染者の発生状況」(1993年)
- Hawaii State Department of Health「Rat Lungworm (Angiostrongyliasis)」
- Stressed snails release Angiostrongylus cantonensis (rat lungworm) larvae in their slime(One Health, 2023)
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