2020年9月29日、アイルランドの最高裁判所はサブウェイのサンドイッチに使われるパンを、税金の上では「パン」に当たらないと判断しました。生地に入る砂糖が小麦粉の重さの10%あり、当時の法律がパンと認める上限の2%を5倍も超えていたからです。ただし裁判の本当の争点は、温かいサンドイッチにかかる税率のほうでした。
争いのはじまりはゴールウェイの1店舗

フランチャイズ店が求めた税金の払い戻し
裁判を起こしたのは、アイルランド西部の町ゴールウェイでサブウェイを営むブックファインダーズ社です。本部ではなく、看板を借りて店を出すフランチャイズの加盟店でした。2006年12月、同社は2004年1月から2005年12月までに納めた税金を返してほしいと国の税務当局に申し出ます。この2年間、店は売り上げに平均9.2%の税率をかけて納めていました。それを「本来は0%のはずだった」と主張したのです。
持ち帰りが7〜8割を占める店
判決文によると、この店の売り上げの70〜80%は持ち帰りです。そこで店は最初、高めの税率は店内で食べる客だけにかかるはずだとも訴えました。この言い分は一審の段階で退けられ、最高裁に届くころには争いから外れています。残ったのは、温かい食べ物と飲み物をどう分けるかという問い。そしてパンとは何かという問いでした。
4つの段階を経て14年
税務当局に払い戻しを断られた店は、まず税の不服を扱う審判官に訴えました。2011年に退けられると高等法院へ進み、2016年に敗訴。2019年には控訴院でも負けています。最高裁は判決の冒頭で、自分たちが「4番目の上訴の場」だと書いています。5人の裁判官が審理し、オドネル裁判官が判決を書きました。払い戻しを申し出てから、ほぼ14年後のことです。
アイルランドの食べ物の税金はどう分かれる?

付加価値税には3つの税率がある
争われたのは付加価値税です。当時の法律は、一般の品物に21%をかけたうえで、例外として13.5%と0%の品目を決めていました。パンや牛乳のような毎日の食べ物は0%の側に入ります。
※ 付加価値税(VAT)とは、商品やサービスの売り上げにかかる税金のことです。日本の消費税と同じしくみで、ヨーロッパの国々で使われています。
温めた食べ物は13.5%
13.5%がかかる品目の一つが、温めた食べ物と飲み物です。法律は「周りの空気より高い温度で食べられるよう温めたもの」と書いていて、決め手は皿の上の温度でした。サブウェイのミートボールサンドのように、注文を受けてから温めて出すサンドイッチは、この文言にそのまま当てはまります。税務当局は、これを根拠に13.5%を求めていました。
日本の軽減税率とは線の引き方が違う
日本でも2019年10月から、食べ物の多くは8%、外食は10%と税率が分かれました。同じハンバーガーでも、持ち帰れば8%、店内で食べれば10%です。日本が「どこで食べるか」で線を引くのに対し、アイルランドは「温かいかどうか」で線を引いています。持ち帰りが売り上げの大半を占める店にとって、どちらの線で測るかは大きな違いになります。
税法の「パン」には材料の上限がある

小麦粉の重さを物差しにした定義
当時の法律は、0%になるパンを細かく決めていました。小麦粉などの穀物の粉に、決められた材料だけを混ぜて焼いたものです。酵母・塩・牛乳・水などは量の制限がありません。
一方で油脂・砂糖・パン用の改良剤は、どれも小麦粉の重さの2%まで。ドライフルーツは10%までと決まっていました。材料の量を、いつも小麦粉の重さと比べて測るしくみです。
パンでなければ焼き菓子の仲間
なぜここまで細かいのでしょうか。法律はまず、チョコレートやビスケット、そのほかの焼き菓子を0%の対象から外しています。そのうえで「ただしパンは除く」と書き、パンだけを0%の側に戻していました。
判決はこの意図を、主食としてのパンと、菓子に近い焼き物とを分けることだと読んでいます。甘い生地を許すと、菓子パンやケーキまで0%に入りかねません。
サブウェイのパンは砂糖が10%
判決文には「砂糖が小麦粉の重さの10%で、2%を超えていることに争いはない」とあります。店の側も、この数字自体は認めていました。アメリカの公共ラジオNPRなどの報道では、6インチのパン1本に含まれる砂糖は3〜5グラムほどとされています。食べて甘いと感じるほどではなくても、法律の物差しでは上限の5倍に当たりました。
サブウェイの店は何を主張した?

「each」と「any」をめぐる言葉の争い
店は砂糖の量ではなく、条文の読み方で争いました。法律には「それぞれの材料(each ingredient)について決めた上限」という言い回しがあります。店はこれを、決められた材料がすべて上限を超えたときに初めてパンでなくなる、と読んだのです。
店の弁護側は、当局の読み方を通すには条文の「each」を「any(どれか一つでも)」に書き換えるしかない、とまで述べています。
パンなら温めても0%という理屈
この読み方には続きがありました。2005年に加わった文言で、13.5%の対象からは「定義に合うパン」が外されています。そこで店は、ミートボールサンドを「温めた具を含むパン」と位置づけました。パンなのだから13.5%にはならない、という組み立てです。パンの定義を通れば、温かいサンドイッチまで0%に運べる理屈です。
温かい紅茶とコーヒーも争点に
店はカップで出す紅茶やコーヒーも0%だと訴えました。法律は紅茶とコーヒーを0%の飲み物に挙げていて、温かいものを除くとは書いていない、という言い分です。
最高裁は、0%の紅茶やコーヒーとは袋入りの茶葉や挽いた豆のことだと読みました。店で売る茶葉は0%、持ち帰りのホットコーヒーは13.5%という分け方に、不自然なところはないとしています。
最高裁はどこで線を引いた?

材料が1つでも上限を超えればパンではない
最高裁は、条文を全体として読めば答えははっきりしていると述べました。材料のどれか1つが上限を超えれば、その焼き物は法律上のパンから外れます。
判決は、この読み方が常識にも合い、0%を標準的なパンに限るという法律の目的にも沿うと付け加えています。サブウェイのパンは砂糖だけで上限を超えていたので、ここで結論が出ました。
文法を直す先生ではないという一文
店の文法の指摘を、判決は頭から否定してはいません。言葉の正確さとしては一理あると認めたうえで、こう書きました。
法律を解釈する裁判所の役目は、生徒の英語を直す細かい学校の先生と同じではない。(判決文第93段落、筆者訳)
もっと明確に書けた条文だからといって、意味があいまいになるわけではない、というのが最高裁の立場です。
ミートボールサンドの理屈は「不自然」
「温めた具を含むパン」という理屈について、判決は「ミートボールサンドの説明としてはひどく回りくどく不自然」と評しました。こうした主張を見ると、苦労して条文を書く立法の担当者に同情したくなる、とも書いています。
もっとも最高裁は、この理屈の当否まで踏み込んでいません。前提となる「サブウェイのパンは法律上のパン」という主張がすでに退けられたので、続きの理屈も成り立たなくなったからです。
「パンではない」の見出しが伝えなかったこと

税金がかかるのはサンドイッチ全体
判決が出ると「サブウェイのパンはパンではない」という見出しが世界中に流れました。けれど判決文の中で、パンの定義は温かいサンドイッチの税率を決めるための途中の一段です。判決は、税金の対象はパンの部分ではなく温めたサンドイッチ全体だ、という当局の主張にも触れています。争われたお金の中心は、パン単体の税率ではありませんでした。
「もちろんパンです」とサブウェイ
報道を受けて、サブウェイは声明を出しました。NPRなどが伝えた内容は「サブウェイのパンは、もちろんパンです」というものです。声明は、30年以上お店で焼きたてのパンを焼いてきたこと、客が毎日サンドイッチを買いに来ることにも触れていました。判決そのものについては、内容を確認していると述べるにとどめています。
合格最低点のたとえで退けた「公平」
店は最後に、似た商品には同じ税率をかけるというヨーロッパの原則も持ち出しました。よその店のホットサンドと比べて不公平だ、という主張です。判決はこれを試験にたとえて退けました。どんな試験にも最低点で受かった人と最高点で落ちた人がいて、その差はわずかでも線を引くこと自体はおかしくない、という理屈です。証拠もなく比べるだけでは足りないとして、上告は棄却されました。
食べ物の線引きは各国の裁判でも起きている

イギリスのジャファケーキはケーキか
イギリスでは1991年、オレンジジャムとチョコレートをのせた小さな焼き菓子「ジャファケーキ」が争われました。イギリスの付加価値税では、ケーキはチョコがかかっていても0%です。一方、チョコがかかったビスケットは標準の税率になります。
英国歳入関税庁の手引きによると、審判所は生地がスポンジケーキと同じ点を重く見ました。古くなるとビスケットのように柔らかくなるのではなくケーキのように硬くなる点も挙げ、ケーキと認めています。
プリングルズはポテトチップスか
同じイギリスでは、プリングルズがポテトチップスに当たるかも裁判になりました。メーカー側は、じゃがいもが42%しか入っていないので課税されるポテトチップスではない、と主張します。
2009年、控訴院は全体として見ればポテトチップスに似ていて「じゃがいもから作られている」として、メーカー側の訴えを退けました。材料の割合を細かく測るアイルランドとは、ちょうど反対の考え方です。
フランスは「伝統のパン」を名前で守る
フランスには1993年の政令で、「伝統的なフランスパン(pain de tradition française)」と名乗れるパンの条件があります。材料はパン用の小麦粉・水・塩と、酵母か天然の発酵種だけ。添加物は入れられず、途中で冷凍することも認められません。
そらまめの粉は2%まで、大豆の粉は0.5%までと、ここでも小麦粉の重さに対する割合で量を決めています。税金のためではなく、名前を守るための物差しです。
アイルランドのパンの定義は2012年に変わった

上限は油脂と砂糖を合わせて12%へ
2020年の判決が当てはめたのは、2004〜2005年当時の定義です。アイルランドはその後、2012年の財政法でパンの定義を書き換えていました。新しい定義では、油脂と砂糖はそれぞれ2%ではなく、合わせて小麦粉の12%までになりました。税務当局の説明によると、ふつうパンだと受け止められている食パンや丸パン、ナンやピタまでが0%から外れないようにするための改正です。
新旧の物差しを並べる
同じ「パン」という言葉でも、材料の上限は改正の前と後でこれだけ違います。
| 材料 | 判決が当てはめた定義(1972年法) | 今の定義(2012年改正後) |
|---|---|---|
| 油脂・砂糖 | それぞれ小麦粉の2%まで(パン改良剤も同じ) | 合わせて小麦粉の12%まで |
| ドライフルーツなど | ドライフルーツは10%まで | ドライフルーツ・野菜・ハーブ・香辛料を合わせて10%まで |
| 酵母・塩・牛乳・水など | 制限なし | 制限なし(種子とパン改良剤が加わる) |
改正で枠が広がっても、クロワッサンやブリオッシュは今も13.5%の側に残っています。
今のサブウェイのパンなら何と言える?
砂糖10%だけなら、今の12%の枠には収まる数字です。ただ新しい上限は油脂との合計なので、パンに入る油の量が分からなければ答えは出ません。判決文が数字を挙げているのは砂糖だけです。
しかもパンと認められたとしても、温めたサンドイッチ全体に13.5%がかかるという当局の主張は残ります。最高裁は前提の段階で決着をつけたため、この点には答えを出していません。
世界中で話題になった「パンではない」という判決は、2004年に焼かれたパンを、2012年にはもう書き換えられていた物差しで測ったものでした。最高裁が答えたのは「今のサブウェイのパンは何か」ではなく、「14年前のレシートにいくらの税金が正しかったか」です。法律の中のパンは、店の棚のパンより少し遅れて、時代とともに形を変えていきます。
参考
- The Courts Service of Ireland「Bookfinders Ltd v The Revenue Commissioners [2020] IESC 60」判決文
- Revenue(アイルランド税務当局)「VAT treatment of supplies of bread」
- Irish Statute Book「Finance Act 2012, Section 94」
- 米国議会図書館 In Custodia Legis「Irish Supreme Court Rules Subway Serves Freshly Baked Cake」
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