消防車はなぜ赤いのか——法令の言葉は「赤」ではなく「朱色」

社会と仕組みの話
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消防車が赤いのは法律で決まっているから——そう説明されることが多いのですが、その法令に書かれている色の名前は「赤」ではありません。条文が使っているのは「朱色」の二文字です。しかも、どの朱色なのかは書かれていません。

色の名前だけを決めて、濃さも番号も指定しない。その粗さが、消防車の赤の歴史と、いま各地の消防本部が試している工夫の両方につながっています。

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条文・歴史・目の仕組みで変わる答え

「消防車はなぜ赤いのか」は、どこに問い合わせるかで返ってくる答えが変わる問いです。条文に聞けば決まりの話になり、歴史に聞けば由来の話になります。目の仕組みに聞けば、見え方の話になる。宛先別に並べると、こうなります。

問い合わせ先返ってくる答え但し書き
法令緊急自動車の塗色は「朱色」と決まっている決めているのは色の名前だけ。色番号も色見本も無い
歴史輸入した消防車が赤かった流れを引き継いだとされるなぜ朱色にしたのかの決め手は残っていない
目の仕組み明るい場所では強く目を引く薄暗くなるほど赤は沈み、黄緑のほうが明るく見える
現場色は変えず、反射材と蛍光塗料を足している海外には車体の色そのものを変えた消防局もある

消防車の色はどの決まりに書いてあるのか

塗色を定めているのは道路運送車両法の下にある省令と告示です。ただし、多くの案内が引用している場所と、いま実際に「朱色」と書かれている場所はずれています。

保安基準の条文に「朱色」の三文字はない

根拠としてよく挙がるのが「道路運送車両の保安基準」です。昭和26年の運輸省令で、緊急自動車について定めた第49条があります。

※ 道路運送車両の保安基準とは、自動車の構造や装置が満たすべき安全上の条件をまとめた国の省令です。ブレーキや灯火から車体の寸法まで、公道を走る車の要件がここに集まっています。

第49条第2項が求めるのは「告示で定める基準」

現行の第49条第2項を開くと、緊急自動車は「車体の塗色に関し告示で定める基準に適合しなければならない」と書いてあるだけです。色の名前は一語も出てきません。省令はここで判断を告示へ渡しています。

「朱色」が書かれているのは細目告示のほう

受け取り先が「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」です。国土交通省が公開している第75条を開くと、緊急自動車の車体の塗色は「消防自動車にあっては朱色とし、その他の緊急自動車にあっては白色とする」と書かれています。世間で「法律で赤と決まっている」と言われているものの正体は、この一文です。

条文が指定しているのは色の名前だけ

同じ第75条は、警光灯とサイレンについてはかなり細かく数字を並べています。塗色の扱いだけが、あきらかに雑なのです。

警光灯には距離、サイレンには音量の数字がある

警光灯は「前方300mの距離から点灯を確認できる赤色のもの」と性能で書かれています。サイレンは自動車の前方20mの位置で90デシベル以上120デシベル以下。しかも測り方まで、マイクの高さ1m・聴感補正回路はC特性という具合に指定されています。

塗色の条文に数値は一つも出てこない

ところが塗色は「朱色」の一語で終わります。色見本も、明度や彩度の範囲も出てきません。続く第4号にあるのは「車体の塗色の大部分の塗色が前号に規定する塗色である場合は、前号の基準に適合するものとする」という一文だけ。数量を表す言葉は「大部分」しかないのです。

案内文が古い条文のまま残っている

自治体や消防本部のよくある質問を読むと、たいてい「保安基準第49条第2項に、消防自動車にあっては朱色とすると定められています」と書かれています。かつての条文はそのとおりでした。けれども、いまの第49条第2項に色の名前は残っていません。細目告示へ移されたあとも、案内の文だけが昔のまま受け継がれてきたわけです。

引かれる条番号も資料によってばらつきます。細目告示は車の区分ごとに同じ規定を繰り返し置く構造になっていて、第75条を引く資料もあれば、第231条を挙げる資料もある。どちらが誤りというわけではなく、見ている章が違うだけです。

なぜ「朱色」という言葉が選ばれたのか

保安基準という省令ができたのは1951年です。日本に消防自動車が入ってきたのは、その四十年ちかく前でした。当時の車はすでに赤かったとされます。法令が色を生み出したのではなく、走っていた色をあとから条文にした順序なのです。

輸入した消防車の色を引き継いだという説明

最も広く紹介されているのが、外国から入ってきた蒸気ポンプや消防自動車が赤かったから、という筋書きです。日本の消防が機械化された時期と、赤い車体が定着した時期は重なります。

1914年、博覧会に並んだ二台の外国製

東京消防庁の資料によれば、消防ポンプ自動車が日本に姿を見せたのは1914年(大正3年)の大正博覧会でした。出品された2台のうち、イギリスのメリーウェザー社製を横浜市が、ドイツのベンツ社製を名古屋市が購入しています。輸入品がそのまま実戦へ回された時代です。

1917年、東京に入ったアメリカ製ポンプ車

東京では1917年(大正6年)に警視庁消防部がアメリカのラフランス社製を配備しました。それまでの主力は、薪と石炭を燃やして蒸気の力で放水する蒸気ポンプと、ホースを積んだ水管馬車です。1920年までにポンプ自動車25台・はしご自動車5台がそろい、機械化は一気に進みました。買ってきた車の色を塗り替える理由も、当時はなかったのでしょう。

炎を連想させて警戒心を起こさせるという説明

もう一つよく挙がるのが、色そのものの働きに理由を求める説明です。ただし、こちらは後から付けられた解釈の可能性もあります。

東京消防庁が挙げる三つの理由

東京消防庁の解説は、輸入車の踏襲に加えて二つを並べています。赤は注意を引く色で、炎の赤を連想させて警戒心を起こさせること。そして暖色系の赤は強い刺激として感じられ、物が膨らんで見える効果を持つこと。色彩の性質から説き起こす筋立てです。

「定かでありません」と書く消防本部もある

一方で、消防車が朱色とされた理由は定かでない、とはっきり書いている消防本部もあります。輸入車の色を踏襲したというのが一般的な説明のようだ、という言い回しに留めているのです。公的な記録に「こういう理由で朱色に決めた」と残っているわけではない。そう読むのが正確でしょう。

赤系が多いのは日本だけではない

諸外国でも消防車は赤系が主流です。ただし、決め方の細かさはずいぶん違います。ドイツの規格DIN 14502-3は、基本色を火災赤(RAL 3000)・交通赤(RAL 3020)・発光赤(RAL 3024)といった番号で指定したうえ、該当する面の75パーセント以上をその色にするよう求めています。2015年まで主役は火災赤の一色でしたが、いまは交通赤で塗られた車両も珍しくありません。色の名前しか書かない日本の条文とは、精度がまるで違うわけです。

「赤がいちばん目立つ」は本当か

赤は目立つ色だから緊急車両に向いている——この説明は半分だけ当たっています。明るさの条件が変わると、色の見えやすさの順位はあっさり入れ替わるからです。

明るさが変わると見え方の順位も入れ替わる

網膜には働きの違う二種類の視細胞があります。昼と夜で主役が交代し、そのたびに「いちばん明るく見える色」がずれるのです。

昼は555ナノメートル、夜は507ナノメートル

明るい場所で働く錐体(すいたい)細胞の感度は、およそ555ナノメートルの黄緑あたりでピークになります。暗い場所を受け持つ桿体(かんたい)細胞のピークは、およそ507ナノメートルの青緑。長い波長にあたる赤は、どちらのピークからも外れた端に位置しています。

プルキンエ現象で赤は薄暮に沈む

薄暗くなるにつれて主役が錐体から桿体へ移ると、赤は相対的に暗く、青や緑は明るく見えるようになります。これがプルキンエ現象と呼ばれる変化です。夕暮れの街で赤い車がやけに黒っぽく沈んで見えることがありますが、目の側の切り替えがそこで起きています。

ライムイエローの消防車のほうが事故が少なかった

この見え方の差を、実際の出動記録で確かめた研究があります。検眼医のソロモンらが、アメリカ・ダラス市の消防局のデータを4年ぶん比べたものです。

ダラス消防局の四年間、16対4

ダラスは1970年代から80年代前半にかけて、赤い消防車を黄緑がかったライムイエローの車両へ入れ替え、のちにまた赤い車両を購入しました。おかげで同じ街に二色の消防車が走ることになったのです。4年間で赤系のポンプ車は153,348回、ライムイエロー系は135,035回出動し、視認性が関わる事故は赤系16件に対してライム系4件でした。研究は1995年の学術誌『Journal of Safety Research』に載っています。

赤へ戻した消防局もある

ただし、この結果で決着がついたわけではありません。色による差は見られなかったとする研究もあり、いったんライムイエローに変えたあと赤へ戻した消防局もあります。アメリカ消防局が強調しているのも、車体色の選択そのものではありません。昼間は黄緑やオレンジの蛍光色で目立たせ、夜は再帰反射材で光を返す。この組み合わせのほうが効くという立場です。

赤が残り続けている理由

見えやすさで負ける場面があるのに、赤い消防車は世界中で生き残りました。理由の一つは、色と意味の結びつきにあります。

赤は「緊急」と結びついた色として覚えられている

百年ちかく赤い車が走り続けた結果、人は赤い大型車を見た瞬間に消防車だと理解するようになりました。見えやすさで数ポイント有利な色に変えても、「あれは何の車か」を判断するまでの時間が延びれば意味がありません。認識の速さという物差しでは、伝統の側にも分があるわけです。

安全を稼いでいるのは車体の色ではない

車体の色を変える議論は、いつまでも決着しません。そこで各国が力を入れてきたのが、色の上に貼る反射材のほうでした。決め方を比べると、日本の書き方の粗さがいっそう際立ちます。

国・規格決めていること具体的な内容
日本(細目告示)色の名前だけ消防自動車は「朱色」。大部分がその色なら適合
ドイツ(DIN 14502-3)色番号と面積RAL 3000ほかを、該当する面の75%以上に
アメリカ(NFPA 1901)後面の反射材後ろ向きの垂直面の50%以上に45度のシェブロン
イギリス(バッテンバーグ)模様と寸法600×300mm以上の市松模様。500mから識別

アメリカは車の後ろ姿を規格化した

消防車の事故で怖いのは、現場で停まっている車両に後続車が突っ込むかたちです。アメリカの消防車規格NFPA 1901は2009年版から、後ろ向きの垂直な面の50パーセント以上に再帰反射材のシェブロンを求めるようになりました。中心から左右へ45度下がる山形で、帯の幅は6インチ(150mm)、赤と黄を交互に並べます。塗装の色ではなく、光を返す素材の面積を規定したところが要点です。

イギリスは市松模様を作った

横から見たときの目立ち方を担当するのが、イギリス生まれの市松模様です。日本でも近年、救急車や消防車の側面で見かけるようになりました。

500メートルから見分けるための寸法

バッテンバーグ・マーキングは1990年代半ば、イギリスの警察科学開発部門が高速道路の取り締まり車両のために開発しました。狙いは昼でもヘッドライトの下でも500メートル先から車両を識別させること。そのためにブロックの寸法は最低600×300mmと決められ、乗用車なら側面に7ブロック並べるのが標準です。

色でサービスを見分ける仕組み

イギリスでは市松の配色そのものが名札になっています。警察は黄と青、消防救助は黄と赤、救急は黄と緑という具合です。日中は蛍光色が働き、夜はパターン全体が再帰反射材として光を返します。車体色に頼らず、模様と配色で機関を伝える設計といえます。

日本は消防本部ごとの工夫で足している

日本の告示は反射材について何も言いません。裏を返せば、朱色の面を大部分に残しておけば、上に何を足すかは各消防本部の裁量になります。

長野の消防本部が全国に先駆けて貼った反射材

長野県の北アルプス広域消防本部は、2015年11月に資機材搬送車で再帰反射材の実証実験を行いました。翌2016年3月18日には、高視認性マーキングを施した高規格救急車を導入しています。側面にはシェブロン、後面にはバッテンバーグという組み合わせ。その後ははしご車や広報車にも広がりました。

「消防朱赤」という名前の蛍光塗料

塗料の側からの答えもあります。塗料メーカーのシンロイヒは、消防車用の蛍光塗料に「消防朱赤」という色名を付けて販売しています。視認性はふつうの色の約2倍とうたわれ、夜明けや夕暮れ、霧や煙のなかで効果を発揮するという説明です。法令が「朱色」としか言わない余白を、産業の側が色名と製品で埋めてきたことになります。

朱色でない消防車と、白い救急車

ここまでの決まりには、意外なほど広い例外があります。黄色い消防車も、白黒でないパトカーも、条文をたどれば説明がつくのです。

関西国際空港の黄色い化学消防車

関西国際空港には、鮮やかな黄色の化学消防車が配備されています。航空機の火災に備えて、機体に穴を開けて放水する穿孔ノズルを備えた特殊な車両です。黄色にした理由は、夜間でも目立つようにするため。空港の敷地内だけで使われ、公道を走る緊急自動車としての指定を受けていないので、朱色の規定はそもそもかかりません。決まりの外にいるからこそ、見えやすさだけを基準に色を選べたわけです。

塗色の決まりがかからない緊急自動車

細目告示の「朱色または白色」には、長いただし書きが付いています。そこに並んでいるのは、塗色の基準から外された車ばかりです。

覆面パトカーが成り立つ理由

ただし書きの筆頭は警察自動車です。検察庁が犯罪捜査に使う車、防衛省の緊急出動用の車も同じ扱いになっています。塗色の基準から外れているため、ふつうの乗用車と見分けのつかない色で走ってよい。覆面パトカーが法令上どう成り立っているかは、この一行に書いてあります。

往診の医師を運ぶ車まで書き込まれている

ただし書きは、そこで終わりません。

  • 刑務所などの矯正施設で緊急警備に使う車
  • 入国者収容所や地方入国管理局が被収容者の警備に使う車
  • 自宅で療養している重い病状の人のもとへ医師を送り届ける救急自動車
  • 公共用応急作業自動車と、海上保安庁用の緊急自動車
  • 不法な無線局を探すために総務省が使う車

一台ずつ用途を書き切る流儀なので、条文はやたらと長くなるのです。

救急車が白いのはなぜか

同じ条文の後半が、救急車の色を決めています。消防自動車以外の緊急自動車は白色。ではなぜ白が選ばれたのかというと、こちらも由来は伝聞のかたちで語られています。

日本で最初の救急車が白だったという説

自治体の案内でよく紹介されるのは、1934年(昭和9年)に日本赤十字が使った日本初の救急車が白かったから、という説明です。同じ1934年には横浜市と名古屋市が救急業務を始め、東京消防庁が続いたのは1936年(昭和11年)でした。制度が先にあって色が決まったのではなく、走り出した車の色が後から条文になった順序は、消防車と同じです。

側面の赤い線は区別のために引かれた

白い車体に赤い横線が入っているのは、消防署の救急車と病院の車を見分けるためだったとされます。白一色では、どこから来た車なのか分からない。そこで消防を思わせる赤い線を一本足した、という筋書きです。いまも救急車の側面を走っているあの線は、色の規定に対する最初の補足だったことになります。

豆知識・もう一歩深く

「朱」は鉱物の名前から来た色

そもそも朱色とは何色を指すのでしょうか。この色名は、絵の具や染料ではなく石から始まっています。

辰砂という赤い石

朱の顔料の原料は辰砂(しんしゃ)です。硫化水銀を主成分とする鉱物で、粉にすると鮮やかな赤になります。古代から神聖な色とされ、土器や埋葬品の着色に使われてきました。環境省の資料でも、日本の赤い顔料はベンガラと水銀朱が中心だったと説明されています。

朱肉や朱塗りに残る同じ色

印鑑を押すときの朱肉、神社の鳥居の朱塗り、そして消防車の朱色。系統をたどれば、どれも同じ石の名前に行き着きます。法令が「赤色」ではなく「朱色」という語を選んだとき、千年以上使われてきた色名がそのまま省令の中へ入ってきたわけです。

白い帯やラインが許される根拠

消防車をよく見ると、朱色でない部分がたくさんあります。白い帯・部隊名の文字・銀色のはしご。それでも基準を満たすのは、第75条第4号の「大部分」という一語があるからです。厳密に何パーセントとは書かれていません。前面に反射材を足しても側面へ大きく市松模様を入れても、朱色が大部分を占めていれば適合と扱われます。粗い決まりが、結果として現場の工夫を招き入れてきました。

赤いから緊急車両に選ばれた、という順序を私たちはつい思い描きます。けれども話は逆かもしれません。輸入された車がたまたま赤く、その色が百年走り続けたから、赤は「急いでいる車の色」として私たちの側に刻まれた。目の性能で選ばれた色ではなく、目のほうが慣らされた色。次にサイレンの音で振り返るとき、赤を探しているのは自分の記憶のほうです。

参考

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