「ホチキス」という呼び名は、1903年(明治36年)に日本へ初めて輸入された製品の刻印から生まれました。アメリカのE・H・ホチキス社が作った「HOTCHKISS No.1」で、メーカー名がそのまま道具の名前になったのです。英語ではステープラー(stapler)と呼び、「ホチキス」と言ってもまず伝わりません。名前の出どころと、海外での呼び方をたどります。
最初の一台は1903年の輸入品

伊藤喜商店がゼムクリップと並べて売り出した
日本で最初にこの道具を売ったのは、大阪の伊藤喜商店(いとうきしょうてん)です。1890年に伊藤喜十郎が開いた店で、現在の事務機器メーカー・イトーキの前身にあたります。同社の沿革によると、1903年にゼムクリップとホチキスの輸入販売を始めました。どちらも明治の事務所にはまだ珍しい、紙をまとめるための新しい道具です。
本体に刻まれていた「HOTCHKISS No.1」
輸入されたのはアメリカ製の機械で、本体には「HOTCHKISS No.1」という文字が刻まれていました。「HOTCHKISS PAPER FASTENER」の文字も読み取れたと、マックスは紹介しています。HOTCHKISSはブランド名、No.1は型式です。つまり刻印はメーカー名と製品番号であって、道具の種類を表す言葉ではありませんでした。
呼び名がない道具に、刻印の名前がついた
当時の日本には、この道具を指す言葉がありません。そこで本体の刻印をもとに、誰ともなく「ホッチキス」と呼ぶようになったと考えられています。商品名が品物そのものの名前として広まる例は、ほかにもあります。透明な粘着テープを「セロテープ」と呼ぶのも、ニチバンの登録商標から来た呼び方です。
E・H・ホチキス社はどんな会社?

前身はコネチカット州の小さな工場
E・H・ホチキス社の始まりは、1893年にアメリカ東部コネチカット州ノーウォークで設立されたジョーンズ製造会社です。州内の工場の歴史をまとめた記録によれば、主に紙をとじる機械を作っていました。発足時の主な出資者の一人が、のちに社名となるイーライ・ハベル・ホチキスでした。
1897年、イーライ・ハベル・ホチキスの名を冠した
イーライ・ハベル・ホチキスは同じ州のウォーターベリー出身で、文房具店も営んでいた人物です。1897年に会社の株の過半を手に入れ、社名を「E・H・ホチキス社」に改めました。E・Hは彼の名前の頭文字です。「ホチキス」は道具の名前である前に、一人の実業家の名字だったことになります。
針を連ねた「No.1」が売れた理由
看板商品のNo.1ペーパーファスナーは1895年に考案され、この種の道具で世界初の量産品とされています。それ以前の機械は、金属の留め具を1本ずつ差し込むのが当たり前でした。No.1は針をつなげて帯にしてあり、上のつまみを一度たたくだけで針が切り離され、紙を貫いて折れ曲がります。安くて手早い点が受けて、売れ行きを伸ばしました。
会社は1947年に売られ、名前だけが日本に残った
イーライ・ハベル・ホチキスは1917年に亡くなり、その後も会社は妻の一族が持ち続けました。しかし1947年、事業はイリノイ州のベイル製造会社に売られ、工場も移ります。本国ではブランドとしての存在感が薄れた一方で、遠い日本では社名が道具の名前として毎日口にされている。工場の記録にも、日本への輸出が日本語の「ホチキス」の元になったと書き添えられています。
機関銃のホチキスとは関係がある?

「機関銃の発明者が作った」という言い伝え
ホチキスの由来としてよく語られるのが、機関銃を発明したベンジャミン・ホチキスとの関係です。機関銃の弾を送る仕組みを応用して作ったという話や、イーライ・ハベルはベンジャミンの弟だったという話が出回ってきました。同じ名字で、どちらも19世紀のアメリカで機械に名を残した人物なので、結びつけたくなるのも無理はありません。
つながりを示す証拠は出ていない
ただ、ベンジャミンがステープラーを作ったことを示す証拠はなく、今ではどちらの話も俗説とされています。E・H・ホチキス社の記録に出てくるのも、イーライ・ハベルとその家族の名前だけです。二人ともコネチカット州の出身なので、遠い親戚だった可能性までは打ち消せません。それでも「機関銃から生まれた文房具」という筋書きは、裏付けのない話と見ておくのが無難です。
英語ではステープラーと呼ぶ

針が「ステープル」、道具が「ステープラー」
英語では、とじるための金属の針をステープル(staple)と呼びます。それを打ち込む道具だから、ステープラー(stapler)です。名前が道具の働きをそのまま表しているので、初めて見る人にも何をする物か伝わります。英語圏の文房具店で探すなら、「stapler」と言えば話が早いでしょう。
「Hotchkiss」と言っても文房具は浮かばない
英語圏の人にとって、Hotchkissは人の名字か、せいぜい古い機関銃や自動車のメーカー名です。E・H・ホチキス社の製品を知る人は、骨董の愛好家くらいでしょう。「ホチキスを貸して」と頼んでも、人の名前を言われたように受け取られかねません。日本でなじんだ呼び名ほど、海外では思わぬ壁になります。
イタリアでは「クチトリーチェ」
マックスによると、海外ではステープラーのほかに、イタリア語の「クチトリーチェ(cucitrice)」のような呼び方もあるそうです。イタリア語のcucireは「縫う」という意味で、紙を縫い合わせる道具という発想の名前になっています。英語は「針」から、イタリア語は「縫う」動作から名づけた。同じ道具でも、言葉によって目のつけどころが違うのです。
「ホチキス」と「ホッチキス」はどちらが正しい?

新聞はホチキス、JISはステープラ
表記はひとつに決まっていません。新聞や放送の表記の目安になる新聞用字用語集では「ホチキス」とされています。一方、工業製品の決まりを定めたJISでの名前は「ステープラ」です。針のほうは「ステープラ用つづり針」と呼ばれ、日常の言葉とはだいぶ離れています。
※ JIS(Japanese Industrial Standards、日本産業規格)とは、工業製品や材料などについて定められている国の規格のことです。
メーカーのマックスは「ホッチキス」
国内で大きな売り上げを持つマックスは、自社の製品を「ホッチキス」と書いています。英語のHOTCHKISSを読むと、小さな「ッ」が入るほうが元の音に近いからでしょう。新聞は「ホチキス」、メーカーは「ホッチキス」と、書き手によって表記が分かれているのが実情です。どちらも同じ刻印から来た名前なので、使い分けに神経質になる必要はなさそうです。
韓国でも「ホチキス」が通じる

韓国の辞書にも載る「호치키스」
「ホチキス」は英語圏では通じませんが、日本だけの言葉というわけでもありません。韓国の国立国語院が出す標準国語大辞典には、「호치키스(ホチキス)」が名詞として載っています。語釈は「コの字の形をした針で書類などをとじる道具」。語源の欄には、アメリカの商標名から来た言葉だと書かれています。
日本から海を渡ったと考えられる
アメリカの商標が、英語圏を飛ばして日本と韓国で道具の名前になった。韓国にこの呼び名が根づいたのは、日本の影響によるものと説明されています。韓国でもステープラーを意味する「스테이플러」は使われていて、二つの呼び名が並んでいる点は日本とよく似ています。ホチキスは、東アジアで育った呼び名と言えそうです。
紙をとじる仕組みは2段階

コの字の針が紙を突き抜ける
ホチキスの中には、コの字の形をした金属の針が帯のようにつながって入っています。本体を握ると、先頭の1本だけが切り離されて押し下げられ、紙をまっすぐ突き抜けます。帯にした針を1本ずつ送り出す考え方は、120年以上前のNo.1から変わっていません。
裏側の溝で足を折り曲げる
紙を抜けた針の足は、下にある金属の台のくぼみに当たって、内側へ折り曲げられます。この折り曲げのおかげで、針は抜けずに紙をつかみ続けるわけです。握るという一つの動きで、貫く・曲げるの二つが続けて起こる。あの「ガチャン」という手応えは、その二つの仕事が終わった合図です。
針の号数で、とじられる枚数が変わる
針にはいくつかの規格があり、家庭でよく使う小型は「10号」で、コピー用紙20枚ほどまでとじられます。中型には「3号」や欧米で多い「35号」があり、30枚ほどが目安です。3号と35号は針の太さが違うため、多くの機種ではどちらか一方しか使えません。替えの針を買うときは、本体に書かれた号数を確かめると失敗しにくくなります。
針を使わないものから手術用まで

紙を折り込んでとめる針なしステープラー
金属の針を使わない製品も、ここ十数年で広まりました。コクヨの「ハリナックス」はその代表で、紙に切り込みを入れて折り込み、紙どうしを絡ませてとめます。針が無いので、とじた書類は針を外さずにそのまま捨てられる。針がほかのごみに混ざる心配もなく、卓上型では最大12枚をとじられる製品も出ているほどです。
傷口をとじるスキンステープラー
同じ「貫いて曲げる」仕組みは、医療の現場でも使われています。手術で切った皮膚をとじる「スキンステープラー」がそれで、金属の針で傷の両側を寄せて留めます。ある医療機器メーカーが紹介する研究では、傷10cmをとじる時間が糸の約6.6分に対して約1.8分でした。針はふつう1〜2週間ほどで、医師が外す時期を判断して抜き取ります。
机の上の一台には、明治の輸入品に刻まれた社名と、コネチカット州の実業家の名字が残っています。本国ではとうに忘れられた名前が、海を渡った先で120年以上使われ続けている。英語で伝わらないのは、それだけ日本の暮らしに深く綴じ込まれた言葉だからなのでしょう。
参考
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