缶詰が何年も腐らないのは、空気も菌も入らない缶に食品を閉じこめてから、缶ごと高温で加熱して中の菌を殺しているからです。中に生きた菌がいない。外からも入れない。この二段構えだけで常温のまま約3年もつので、殺菌料や保存料は一切使われていません。仕組みと200年あまりの歴史、それに食べてはいけない缶の見分け方まで順に見ていきます。
食べ物が腐るのは微生物のしわざ

腐敗の正体は菌が増えること
肉や魚を台所に出しっぱなしにすると、数日でいやなにおいがしてきます。これは目に見えない細菌やカビが食品の栄養を食べて増え、その途中でにおいの成分やガスを出しているためです。食品そのものが勝手に傷むというより、そこに住みついた微生物が増えた結果。それが「腐る」ということです。
菌を抑えれば食品は長もちする
逆にいえば、微生物さえ働けなくすれば食品は長くもつはずです。冷蔵庫は温度を下げて菌の増え方を遅くし、干物は水分を抜いて菌が増えにくくしています。塩漬けや砂糖漬けも、菌が使える水を減らす工夫です。缶詰はもう一歩進んで、菌そのものを殺してしまうやり方をとりました。
腐らない仕組みは「密封」と「加熱殺菌」

詰めて空気を抜き、ふたを巻き締める
缶詰づくりは、まず食品を缶に詰めるところから。中の空気をできるだけ追い出してから、ふたを缶の胴に巻きこむようにして閉じます。この継ぎ目は「巻締(まきしめ)」と呼ばれ、空気も水も細菌も通さない封になるのです。ハンダを使わずに胴とふたをつなぐ「二重巻締」は、1896年にアメリカで特許が取られた方法です。
缶ごと110〜120℃で加熱する
封をしたあとで、缶をまるごと高温で加熱します。日本缶詰びん詰レトルト食品協会によると、一般的な条件は110〜120℃で30〜90分ほどです。家庭の鍋では、水は100℃までしか上がりません。そこで工場では圧力をかけた釜を使い、100℃を超える温度で中心までしっかり熱を通しています。
封をしてから加熱するのが要
この順番には意味があるのです。先に加熱して後から詰めると、詰める途中で空気中の菌が入りこむおそれがあります。缶詰は封をしてから熱を通すため、殺菌が終わった時点で中は菌のいない状態になり、そのまま外の菌からも守られます。棚の上で何年たっても腐らないのは、この順番のおかげです。
加熱の温度は何を基準に決まる?

ボツリヌス菌は熱に強い「芽胞」をつくる
加熱の温度と時間を決めるうえで、目安にされてきたのがボツリヌス菌です。土や水の中に広くいる菌で、まわりの環境が悪くなると「芽胞(がほう)」という殻にこもった姿になります。この芽胞は熱にとても強く、家庭の加熱調理では死にません。しかも酸素のない場所で育って強い毒素を出すため、密封された缶の中はむしろ好都合な環境です。
中心を120℃で4分という基準
食品衛生法の基準は、密封してから加圧加熱殺菌する食品のうち酸が弱く水分の多いものに厳しい条件を課しています。中心部を120℃で4分間加熱するか、それと同等以上の方法で殺菌すること。対象はpHが4.6を超え、水分活性が0.94を超える食品です。ツナや焼き鳥のような肉・魚の缶詰は、ここに入ると考えられるでしょう。
※ 水分活性とは、食品の中の水のうち微生物が使える水の割合を0〜1の数字で表したものです。数字が小さいほど菌は増えにくくなります。
酸っぱい果物の缶詰は低めの温度でよい
ボツリヌス菌は、酸の強い環境では増えにくいとされています。このため果物のシロップ漬けのような酸っぱい缶詰では、80℃以上の加熱で足りるとされます。同じ缶詰でも、中身の性質に合わせて殺菌の強さを変えているわけです。熱を必要以上にかけないことは、味や食感を守ることにもつながります。
保存料が要らないのはなぜ?

殺菌料・保存料は一切使われていない
保存料は、食品の中で菌が増えるのを遅らせるための添加物です。缶詰の場合は、増える菌がそもそも中にいません。業界団体の日本缶詰びん詰レトルト食品協会も、缶詰には殺菌料や保存料は一切使われていないと説明しています。長もちの理由は薬ではなく、容器と熱という仕組みそのもの。
栄養は思ったより残る
高温で長く加熱すると栄養が抜けてしまいそうに思えます。同じ協会によれば、たんぱく質・脂肪・糖質は加熱殺菌で減りません。野菜の缶詰で汁ごと測ると、ビタミンAは80〜100%、ビタミンCは50〜80%が残るとされています。真空に近い状態で加熱するので、栄養の損失が少ないのも利点です。汁にもうまみと栄養が溶けているので、料理に使うのがおすすめです。
賞味期限を過ぎたら食べられない?

缶詰の期限は製造から約3年
日本缶詰びん詰レトルト食品協会によると、缶詰は製造から常温でおよそ3年保存できます。同じ仕組みのびん詰は半年〜1年ほど、レトルト食品は1〜3年ほどです。冷蔵も冷凍も要らずに3年もつ食品はそう多くありません。防災用の備蓄品に缶詰がよく選ばれるのは、この長さと手軽さのためです。
期限が過ぎても未開封なら安全
賞味期限は「おいしく食べられる期限」です。協会は、期限を過ぎても未開封で缶に異常がなければ、安全性は問題ないとしています。中に菌がいない状態は、封が保たれているかぎり続くからです。ただし色や風味は少しずつ変わっていくので、期限を大きく過ぎた缶においしさまでは期待しにくくなります。
開けたあとは生鮮食品と同じ
長もちするのは、あくまで封が閉じているあいだだけです。開けた瞬間から外の菌が入りこむので、中身は作りたての料理と同じ扱いになります。食べ残しは別の容器に移して冷蔵庫へ入れ、早めに食べきるのが基本です。果物の缶のように内側が塗装されていないブリキ缶は、開けたまま置くと缶の成分が溶け出しやすいため、とくに移し替えが勧められています。
食べてはいけない缶はどう見分ける?

ふくらんだ缶は開けない
正常な缶は、ふたが少しへこみ気味で、指で押しても硬いものです。ふたが盛り上がってパンパンになっている缶は、封の内側で菌が増えてガスを出したおそれがあるもの。中身は食べず、捨て方にも注意が要ります。協会は、内圧で破裂することがあるのでビニール袋をかぶせてからガスを抜き、捨てるよう呼びかけています。
さびやへこみは場所で判断する
胴の少しのさびやへこみなら、中身にはほとんど影響しないとされる程度です。気をつけたいのは、ふたと胴をつなぐ巻締の部分が強く曲がったりへこんだりしている缶です。封が壊れて菌が入っている場合があります。期限切れの缶なら、さびで穴があいていないかも確かめておくと安心です。
缶詰を発明したのは誰?

遠征する軍隊の食料が課題だった
缶詰の出発点は、冷蔵庫のない時代の軍隊の食料問題でした。1796年にイタリア遠征軍の司令官となったナポレオンは、ヨーロッパ各地を転戦するなかで、おいしくて腐らない兵食を政府に求めたと伝えられます。フランス政府は食料を保存する方法を広く募り、そこに名乗り出たのが菓子職人のニコラ・アペールでした。
1804年、びんに詰めて煮る方法を確立
アペールは1790年代から10年ほど研究を重ね、1804年に方法を確かなものにしました。食品をガラスびんに詰めてしっかり栓をし、びんごと湯で煮るというものです。いまの缶詰と同じく、封をしてから加熱する順番がすでに守られていました。パリ近郊のマシーには、この方法で保存食をつくる工場も開いています。
「1795年の懸賞」は記録が乏しい
よく知られた話に、1795年にフランスが1万2千フランの懸賞金を出し、アペールがそれを射止めたというものがあります。ところが、日本の業界団体や製鉄会社の解説には年が書かれていません。フランス語版のウィキペディアは、ナポレオンが保存法に懸賞を出したことはないと注記しています。「1795年の懸賞」は、裏付けの乏しい通説と見ておくのが無難です。
1810年、製法の公開と引きかえに1万2千フラン
確かなのは、1810年にアペールが政府から1万2千フランを受け取ったことです。内務大臣の側から特許か報奨金かを選ぶよう示され、製法を公開する条件で報奨金を選んだとされています。同じ年の6月には製法をまとめた本が6,000部刷られ、すぐに売り切れました。発明を独り占めせず世に広めたことが、缶詰が世界へ広がる近道になったといえます。
理由はわからないまま成功していた
アペール自身は、なぜ食品が腐らないのかを説明できませんでした。加熱して密封すればもつ、という事実を経験でつかんでいただけです。腐敗の原因が微生物だと明らかになるのは、パスツールらの研究が進んだ数十年後のこと。理屈より先に方法が完成していた、めずらしい発明です。
びんからブリキ缶へ、イギリスで進化

「CAN」の語源はティン・キャニスター
アペールが本を出したのと同じ1810年、イギリスのピーター・デュランがこの方法をブリキの容器に応用しました。当時のイギリスは産業革命で鉄鋼業が栄え、ブリキの生産は世界一。割れやすいびんより丈夫で軽い容器が作れたのです。デュランは容器を「ティン・キャニスター」と名づけ、英語で缶をCANと呼ぶのはここから来ています。日本語の「缶」も、CANの音を写した言葉です。
1812年、世界初の缶詰工場
1812年には、ブライアン・ドンキンとジョン・ホールがイギリスで世界初の缶詰工場を開きました。ただしブリキ缶はびん詰より高く、はじめは軍隊や長い航海の食料など特別な用途にかぎられていました。一般の家庭に広まるのは19世紀後半のアメリカです。国土が広く輸送距離が長いため、割れないブリキ缶が重宝されました。
缶切りは缶詰の約50年あとに登場

「のみとハンマーで開けてください」
初期の缶は厚い鉄板でできていて、中身より缶のほうが重いこともありました。ドンキンの工場でつくられた缶には、のみとハンマーで開けるよう書かれていたといいます。缶を開けるための専用の道具は、まだこの世にありませんでした。缶を開けること自体が、ひと仕事だったのです。
缶切りの登場は1850年代
製缶の技術が進んで缶の壁が薄くなると、ようやく缶切りが生まれます。1855年にイギリスのロバート・イェーツが先端に爪のついた缶切りを考え、1858年にはアメリカのエズラ・ワーナーがてこ式の缶切りで特許を取りました。アペールの発明から数えると、およそ50年。中身を守る技術に比べて、開ける道具は長く後回しにされていたことになります。
保存料に頼らず、閉じこめて熱を通す。アペールが経験でつかんだこの順番は、200年あまりたったいまも缶詰の中で変わらず働いています。棚の奥で何年も眠っていられるのは、薬の力ではなく、ふたひとつの封の確かさなのです。
参考
- 日本缶詰びん詰レトルト食品協会「缶詰・びん詰・レトルト食品Q&A」
- 季刊 新日鉄住金 Vol.6「缶詰の誕生」(PDF)
- Wikipédia(フランス語版)「Nicolas Appert」
- 港区「ボツリヌス食中毒にご注意ください」
関連記事





