論理的思考力は訓練で伸ばせます。批判的思考を教える指導の効果を341件の比較研究で集計した2015年のメタ分析では、平均効果量は0.30でした。小学生から大学生まで、理系でも文系でも、数字はプラスの側に出ています。
ただし、伸ばし方には当たり外れがあります。同じ分析で頭ひとつ抜けていたのは「人と言葉を交わす」「現実の問題を扱う」「誰かに見てもらう」の3つがそろった訓練で、効果量は0.57。どれか1つだけの訓練は0.25前後にとどまりました。一人で論理パズルを解くだけでは、なかなか動かないということです。
論理的思考力は本当に鍛えられるのか?

「地頭の良さ」で片づけられがちな力ですが、教育研究の世界では数十年ぶんの比較実験が積み上がっています。訓練した集団と、しなかった集団を並べて測る、というやり方です。
341件の比較研究が出した答え
カナダのコンコルディア大学の研究チームが2015年に発表したメタ分析は、批判的思考を標準的な尺度で測った準実験・実験研究から341件の効果量を集めました。加重平均は0.30です。
※ メタ分析とは、同じテーマを扱った複数の研究の結果を統計的にまとめ直し、全体として何が言えるかを出す手法です。
※ 効果量とは、二つの集団の平均の差を、ばらつきの大きさで割った数値です。単位の違う実験どうしを同じものさしで比べるために使われます。
0.30という数字の読み方
0.30は、劇的ではないけれど確かにある、という大きさです。ざっくり言えば、訓練を受けた人たちの平均が、受けなかった人たちの中では上から4割ほどの位置に来る。真ん中だった人が、5割の位置から4割の位置まで押し上げられる感覚に近いでしょうか。
一晩で別人になるような話ではありません。それでも、集めた341件の大半が同じ向きを指していたという点は軽くありません。「センスの問題だから仕方ない」という前提のほうが、データと合っていないのです。
大人だけは「効いた」と言い切れていない
年齢層で割った結果も出ています。小学生(6〜10歳)と中学生(11〜15歳)がそろって0.37。高校生(16〜18歳)は0.25で、大学生は0.26。ここまではすべて統計的に意味のあるプラスでした。
ところが大学院生・社会人だけは、17件で0.21、信頼区間が-0.05から0.46。ゼロをまたいでいます。効果が無いと示されたわけではなく、17件では判定できなかった、というのが正確な読み方です。大人向けの研究そのものが少ない。ここは知っておいていい弱点でしょう。
同じ訓練でも効き方が倍以上ちがう
このメタ分析のいちばん実用的な部分は、平均値ではなく内訳のほうにあります。研究チームは各研究の指導内容を、対話・真正な問題・メンタリングという3つの軸で0〜3点に採点しました。
1つだけでは0.25前後で止まる
現実に根ざした問題を扱うだけの研究は22件で0.25。議論や質疑の機会があるだけの研究は43件で0.23。どちらもプラスではありますが、全体平均の0.30に届いていません。
3つそろうと0.57へ跳ね上がる
現実の問題と対話の両方がある研究は45件で0.32。そこに指導者による手本提示やフィードバックが加わった19件は、0.57まで上がりました。この差は統計的にも意味のある差だと報告されています(p=.04)。
細かい下位分類も面白い数字を出しています。教師が問いを投げる形が0.38。教師の進行する少人数討論は0.41で、学級全体の討論が0.42。いちばん高かったのは、役割を割り当てて論じるロールプレイの0.61でした。逆にメンタリングは、単独ではどの下位分類も有意になっていません。手本やフィードバックは、それ単体ではなく他の条件と組み合わさって効くようです。
長くやれば伸びる、とも言えない
期間別の数字は、直感と少しずれます。1時間〜2日の短期集中が13件で0.66。数日〜1学期未満は0.33、1学期は0.27。1学期を超えるものは0.23で、長いほうがむしろ小さいのです。
ただし短期集中の13件は信頼区間が0.15から1.17と非常に広く、期間どうしの差も統計的には確定していません(p=.21)。「短期集中のほうが効く」と読むのは行き過ぎでしょう。ここから言えるのはむしろ、量をこなせば自動的に伸びる力ではない、ということです。
教え方の分類でも、批判的思考の原則をはっきり言葉にして教える方式が0.38、教科の中に沈めて明示しない方式が0.23という差が出ました。もっともこちらは方式間の差が統計的に確定していません(p=.25)。それでも、型を名前ごと教わるほうが数字が高い、という傾向は覚えておいて損はありません。
鍛えるのは頭のどの働きか?

「論理的思考力」はひとかたまりの筋肉ではありません。少なくとも三つの別々の働きが混ざっています。どれが弱いかで、やるべき練習が変わります。
| 働き | やっていること | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 演繹 | 前提から結論を必然的に導く | 前提そのものを検算しない |
| 帰納 | 複数の事例から法則を取り出す | 都合のいい事例だけ集める |
| 因果の判別 | つながりの向きと正体を見分ける | 相関を原因と読みちがえる |
前提から結論を運ぶ働き
演繹(えんえき)は、決められた形に当てはめれば答えが出る働きです。機械的で、だからこそ訓練しやすい。学校で習う「三段論法」がその代表格です。
三段論法という形
「すべての人は死ぬ」「ソクラテスは人である」。この二つを認めたら、「ソクラテスは死ぬ」を認めないわけにいきません。前提を認めた時点で結論が決まってしまう、この強制力が演繹の正体です。
前提がずれれば結論もずれる
形が正しくても、前提が間違っていれば結論も外れます。「残業が多い部署は生産性が高い」「うちの部署は残業が多い」から「うちは生産性が高い」を導いても、一つ目の前提が怪しければ全部が崩れる。
議論がかみ合わないとき、たいていは推論の形ではなく前提のほうがずれています。相手の結論に反論する前に、相手が何を当たり前だと思っているかを探す。これだけで会話の質が変わります。
事例から法則を取り出す働き
帰納(きのう)は逆向きです。個別の出来事をいくつも見て、そこから共通の法則を引き出します。天気予報も、健康診断の基準値も、この働きの産物です。
帰納が出せるのは「確からしさ」まで
白い白鳥を千羽見ても、「白鳥はすべて白い」は証明できません。実際に黒い白鳥はオーストラリアにいました。帰納の結論はつねに「今のところ反例が無い」という留保つきです。
都合のいい事例だけ集めてしまう癖
人はもともと、自分の考えに合う例を探しに行きます。「あの人はいつも遅刻する」と思った瞬間から、遅刻した日だけが記憶に残る。間に合った日は数えません。
対策は、探す方向を反対にすることです。自分の考えを支える例ではなく、壊す例をわざわざ探しに行く。この習慣が身につくと、帰納はぐっと信用できるものになります。
つながりの向きを見分ける働き
二つのものが一緒に動いていても、片方がもう片方を起こしているとはかぎりません。アイスクリームの売上と水難事故の件数は連動しますが、アイスが事故を起こすわけではない。どちらも気温という第三の要因に引っぱられています。
日常の判断でも同じことが起きます。「朝型の人は成績がいい」というデータがあったとして、朝型にすれば成績が上がるのか。それとも、もともと生活が安定している人が朝型にもなりやすいだけなのか。この二つは、同じグラフから同じように見えます。
見分ける手がかりは三つあります。時間の前後が説明どおりか。逆向きの因果で同じグラフが描けないか。両方を動かす別の要因が思い当たらないか。この三つを順に当てるだけで、早とちりはかなり減ります。
なぜ人は簡単な論理を間違えるのか?

ここで、心理学でよく知られた出題を一つ紹介します。1968年にピーター・ウェイソンが考えた、4枚のカードの問題です。50年で300を超える実験が積み上がりました。
4枚のカードをめぐる出題
カードは片面に文字、もう片面に数字が書かれています。机の上に並ぶのは4枚。「D」・Dではない文字・「3」・「7」が、それぞれ表を向いています。ここで一つのルールが示されます。
カードの片面がDなら、その裏面は3である。
多くの人が選ぶのは「Dと3」
このルールが正しいかどうかを確かめるには、どのカードをめくればいいでしょうか。抽象版を出された参加者の選択は、Dだけが36%、Dと3が39%という分布になりました。
正解のDと7を選べたのは19%
正解はDと7です。3の裏がDでなくてもルールは破られません。一方、7の裏がDだったらルールは即座に崩れる。つまり7こそ確かめる価値のあるカードなのに、そこへ手が伸びない。
2017年に228件の実験をまとめたメタ分析によると、抽象的なルールを使った104件で正解にあたる選択をしたのは19%でした。多くの人は「当たっているか」を確かめにいき、「外れているか」を確かめにいきません。
「違反者を探せ」に変えると64%が解ける
同じメタ分析には、内容を入れ替えた版の数字も載っています。論理の構造はまったく同じで、題材だけを変えたものです。
| 課題の種類 | 実験の数 | 正解にあたる選択 |
|---|---|---|
| 抽象的なルール | 104件 | 19% |
| 日常的なルール | 44件 | 29% |
| 規則違反を探す形 | 80件 | 64% |
ビールと年齢のルールなら解ける
「ビールを飲んでいる人は19歳を超えていなければならない」。このルールで誰を確かめるかと聞かれると、多くの人は迷わずビールを飲んでいる人と年齢の低い人を指します。抽象版とまったく同じ構造なのに、正解率は64%まで上がりました。
日常の題材でも29%どまり
注目したいのは真ん中の行です。行き先と交通手段のような身近な題材に変えただけでは29%。具体的でありさえすればいいのではなく、「ルールを破っている者を見つけろ」という形にしたときだけ跳ね上がっています。
この現象をどう説明するかで研究者は割れており、少なくとも15の理論が並び立っています。人がどこでつまずくのかは、半世紀たっても決着していません。
この実験から借りられる練習のコツ
実験が教えてくれるのは、人間には得意な入り口があるということです。抽象的な命題のまま考えると転びますが、「誰が約束を破っているか」という形に置き換えると、同じ頭が働き出します。
だとすれば、練習でも入り口を選べばいい。自分の主張を検討するときに「これを裏づける事実は何か」と問う代わりに、「これが嘘だとしたら、どんな事実が見つかるはずか」と問う。問いの形をひとつ変えるだけで、届く範囲が変わります。
書く練習では何をどう書けばいいのか?

頭の中の「なんとなく分かっている」は、驚くほど雑です。書き出すと、自分でも気づいていなかった飛躍がそのまま紙の上に現れます。これが書く練習の効き目です。
主張・根拠・つなぎ目の3つに割って書く
1本の主張を、三つの部品に分けて書き出します。言いたいこと(主張)、その支えになる事実(根拠)、そして事実から主張へ渡るための橋(つなぎ目)。
抜け落ちるのはいつも「つなぎ目」
「この商品は売れる。SNSで話題だから」という文には、主張と根拠はあります。ところが「SNSで話題になれば売れる」という橋は書かれていない。書いていないだけでなく、本人もそこを検討していないことが多いのです。
橋を言葉にすると、途端に怪しさが見えます。話題になっても売れなかった商品はいくらでもある。つなぎ目を明示する習慣は、それだけで議論の精度を一段上げてくれます。
200字に収めると粗が出る
字数を決めるのがコツです。長く書けるうちは、あいまいな部分を形容詞で埋められてしまう。200字という枠をはめると、言い換えの余地が無くなり、支えの無い箇所がむき出しになります。
自分の主張を自分で壊す
書き上げたら、次は反対側に回ります。自分が書いた文章をいちばん手厳しく批判する人になったつもりで、反論を200字書く。ここが練習の山場です。
先ほどのウェイソン課題を思い出してください。人は自分の説を支える証拠ばかり探しに行きます。反論を「書く」という作業は、その癖に逆らう仕掛けです。頭の中で反論を思い浮かべるだけでは、たいてい手加減してしまいます。
そして最後に、反論に対する再反論を書く。ここまでやって残った部分が、自分が本当に言えることです。三往復しても崩れなかった主張は、人前に出しても崩れにくい。
高校の国語にも「書く」が足りていなかった
書く練習の不足は、個人の怠慢というより教育の構造の話でもありました。文部科学省の資料に、その反省がはっきり書かれています。
「論理国語」という科目が生まれた
平成30年に改訂された高等学校学習指導要領では、国語科の6科目すべてが新しく作り直されました。そのうちの選択科目「論理国語」(4単位)は、「実社会において必要となる、論理的に書いたり批判的に読んだりする資質・能力の育成を重視した科目」と説明されています。
背景にあるのは、中央教育審議会が指摘した課題です。高校の国語は「教材の読み取りが指導の中心になることが多く」、「話合いや論述などの『話すこと・聞くこと』、『書くこと』の領域の学習が十分に行われていない」と名指しされていました。
大学の初年次教育が引き金になった
同じ資料には、もう一つ具体的な理由が書かれています。「近年、大学の初年次教育において、論文やレポートなどの書き方に関する講義が必要となっている」こと。高校までで足りていない分を、大学が入学直後に埋めている実態があったわけです。
裏を返せば、多くの大人は論理的に書く訓練をほとんど受けないまま社会に出ています。今からでも遅くない、というより、そもそも誰も早くはなかった。そう考えると気が楽になりませんか。
話す練習では何が起きるのか?

メタ分析で効いた3条件のうち、一人だと再現しにくいのが「対話」です。ただし数字を見ると、対話の中身にもかなりの当たり外れがありました。
問いを投げられる場の効き目
下位分類で有意にプラスだったのは三つ。教師が問いを投げる形(0.38)・教師が進行する少人数討論(0.41)・学級全体の討論(0.42)です。共通しているのは、誰かが問いを用意して投げ込んでいる点でしょう。
雑談ではなく「詰め」が要る
ただ話すだけの場は、効果量の高いグループに入っていません。「なぜそう言えるのか」と食い下がる相手がいて初めて、自分の推論の穴が露出します。心地よく同意し合う会話では、この作用は起きないわけです。
一人なら自分に問いを投げる
相手がいないときは、問いの側を自分で用意します。「その根拠の出どころは」「例外はないか」「反対の立場ならどこを突くか」。この3問を紙に印刷して、書いたものの横に置いておくだけでも、詰めの役を代行できます。
立場を割り当てて論じる
下位分類でいちばん高かったのは、ロールプレイの0.61です。ただし該当したのは5件だけで、数字をそのまま信じるには心もとない。それでも方向としては、ディベート教育が古くから重んじられてきたこととよく合います。
ポイントは、自分の意見と関係なく立場が割り当てられることでしょう。賛成側を引いたら賛成の論を組み立てるしかない。信じていない主張を成立させようとすると、論の組み立て方そのものに意識が向きます。
一人でも真似はできます。身近な論点を一つ選んで、賛成側の論拠を5分だけ声に出して喋る。続けて反対側を5分。書くより粗くなりますが、詰まった場所が自分の弱点だとすぐ分かるはずです。
人に説明してみると穴が見える
もう一つ、相手がいなくても半分は再現できる方法があります。書いたものを、その分野を知らない人に口で説明してみることです。
文章では接続詞でごまかせた飛躍が、声に出すと途中で止まります。相手が「え、なんで」と聞き返した場所は、そのまま自分の論の弱点。説明が長引いた箇所も同じで、短く言えないのは頭の中がまだ整理されていない証拠でしょう。
毎日のどこに練習を埋め込むか?

ここまでの条件を、特別な時間を取らずに満たす方法を考えてみましょう。材料は、すでに毎日目にしているもので足りるはずです。
ニュースを1本だけ分解する
たくさん読む必要はありません。1日1本を決めて、主張・根拠・つなぎ目に割るだけ。5分あれば終わります。
読むときのコツは、書き手が何を言いたいのかを先に押さえてから本文を追うこと。「なぜそう言えるのか」と問い、「だからこの結論になる」と自分の言葉で言い直す。この往復は、本や社内資料を読むときにもそのまま効きます。
見出しと本文がずれていないか
見出しは注目を集めるために書かれています。「〜の可能性」が「〜が判明」に化けていたり、一部の対象での結果が全体の話のように書かれていたり。見出しと本文を突き合わせるだけで、けっこうな数のずれが見つかります。
数字の出どころをたどる
記事中の数字を一つ選び、元の調査までさかのぼってみます。誰が、誰を対象に、何人に聞いたのか。「調査によると」の中身が自社アンケートの回答者200人だった、というようなことは珍しくありません。
自分の判断を3行で書き残す
ニュースは他人の論です。自分の論を鍛えるには、自分が下した判断を材料にするのがいちばん早い。
選んだ理由と、選ばなかった理由
買い物でも仕事の段取りでもかまいません。決めた内容、決めた理由、そして採らなかった選択肢を捨てた理由。この3行をメモに残しておく。3つ目がいちばん面倒で、いちばん効くところです。
1週間おいて読み返す
書いた直後は、自分の文章が正しく見えます。1週間たつと、書いたときの気分が抜け落ちて、論の骨組みだけが残る。ここで初めて「これは根拠になっていないな」と気づけます。結果が出ているものなら、予想と実際の答え合わせもできます。
1週間の練習メニュー
メタ分析で効いた3条件を、独学向けに置き換えたものが下の表です。合計しても週に1時間ほど。長くやるほど効くという証拠は無いので、短く続ける形にしてあります。
| タイミング | やること | 対応する条件 |
|---|---|---|
| 平日 毎日5分 | ニュース1本を主張・根拠・つなぎ目に割る | 現実の問題 |
| 平日 毎日3分 | その日の判断を3行で書き残す | 現実の問題 |
| 週1回 20分 | 論点を1つ選び、賛成200字・反論200字・再反論200字 | 対話の代わり |
| 週1回 10分 | 先週の3行メモを読み返し、外れた予想に印をつける | フィードバック |
もし付き合ってくれる相手がいるなら、週1回の20分を人に読んでもらう時間に替えてください。3条件がそろった訓練が0.57だったことを思えば、他人の目を一つ足す価値は大きいはずです。
2400年前の型と、まだ決着していない謎

最後に、この分野の両端にある話を二つ。ひとつは驚くほど変わっていないもの、もうひとつは半世紀かけても分からないままのものです。
三段論法を最初に書き留めた人物
三段論法を論じたのは、紀元前4世紀の古代ギリシャの哲学者アリストテレスです。『オルガノン』と総称される論理学の著作群のうち、『分析論前書』(Prior Analytics)がその中心にあたります。
スタンフォード哲学百科事典は、アリストテレスの論理学の著作には「現在私たちが手にしているなかで最も初期の、論理の形式的な研究」が含まれていると記しています。彼の定義では、推論とは「いくつかのことが前提されたとき、前提されたものとは別のことが必然的に帰結するような言論」。この骨格は、いま私たちが使っている論理の型とほとんど同じです。
50年で300以上の実験、説明する理論は15個
一方、先ほどの4枚カード問題のほうは、まったく落ち着いていません。1968年の発表から50年で300を超える実験が行われ、この現象を説明する理論は少なくとも15。研究者たちは、自分たちの分野にとってこの状況は「きまりが悪い」とまで書いています。
2017年のメタ分析は、228件の実験を情報理論の道具で洗い直し、「4枚のカードは互いに独立に選ばれている」と仮定する理論群をまとめて退けました。人がどう間違えるのかは、いまも更新され続けている研究テーマなのです。
論理の型は2400年前に出そろったのに、その型を人間がなぜうまく使えないのかは、まだ分かっていません。三段論法を覚えることと論理的に考えられることの間には、思ったより距離があるということです。その距離を数字の上で縮めてくれたのは、人と言葉を交わし現実の問題を扱う訓練、それを誰かに見てもらう時間でした。今日ニュースを1本だけ分解してみる。その5分が、2400年ぶんの型を自分の手に馴染ませる最初のひと押しになります。
参考
- Abrami ほか「Strategies for Teaching Students to Think Critically: A Meta-Analysis」Review of Educational Research 85巻2号(ERIC)
- Ragni・Kola・Johnson-Laird「The Wason Selection Task: A Meta-Analysis」Cognitive Science Society 年次大会論集 2017年(eScholarship)
- 文部科学省「平成30年改訂の高等学校学習指導要領に関するQ&A<国語に関すること>」
- Stanford Encyclopedia of Philosophy「Aristotle’s Logic」
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