「ものもらい」は関西で「めばちこ」——目の病気の呼び名が地域でこんなに違う

言葉と論理の話
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まぶたの縁がぷっくり腫れて、まばたきのたびにゴロゴロする。あの目のできものを、あなたは何と呼ぶでしょうか。関東では「ものもらい」ですが、大阪や神戸の人に言うと「それ、めばちこやろ」と返ってくるはずです。

同じひとつの病気なのに、日本全国では15種類ほどの呼び名があるといわれます。「めいぼ」「めっぱ」、さらには「ばか」や「おひめさん」まで。なぜこんなに散らばったのか、そもそも「ものもらい」とは何をもらう病気なのか。呼び名の地図を、順にたどっていきましょう。

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全国の呼び名を、まず地図にすると

日本地図とものもらいの呼び名

北から南まで、呼び名は本当にばらばらです。地方ごとの顔ぶれを、目薬メーカーのロート製薬の全国調査をもとに割合の多い順で並べてみました。

呼び名主な地域(全国での割合)
ものもらい関東を中心に東日本ほか(約34%・全国1位)
めばちこ近畿(京都・滋賀を除く)(約27%・2位)
めいぼ京都・滋賀(約7%・3位)
めぼ・めんぼ三重・東海・中国・四国
めっぱ北海道
めもらい北陸・九州の一部
ばか宮城
おひめさん熊本

全国で最も使われる「ものもらい」も、もとをたどれば関東の言い方だったとされます。標準語の顔をしていますが、実は数ある方言の一つが全国区になったものなのです。

そもそも「ものもらい」とは何の病気か

まぶたが腫れてものもらいになった様子

呼び名の話に入る前に、正体を押さえておきます。「ものもらい」は俗称で、医学的には性質の異なる二つの病気をひとまとめにした呼び方です。

麦粒腫と霰粒腫、二つの総称

麦粒腫は「膿」がたまって痛い

一つめは麦粒腫(ばくりゅうしゅ)。まぶたにある脂や汗を出す腺、あるいはまつ毛の根元に細菌が入り込み、化膿して腫れるものです。原因の多くは黄色ブドウ球菌で、押すとズキッと痛みます。抗生剤の点眼などで、たいてい一週間ほどで治まるとされています。

麦粒腫(ばくりゅうしゅ)とは、まぶたの分泌腺やまつ毛の毛根に細菌が感染して起こる、急性の化膿性の炎症のことです。麦の粒くらいの大きさに腫れることから、この名がついたといわれます。

霰粒腫は「脂の詰まり」でしこる

もう一つが霰粒腫(さんりゅうしゅ)。こちらはマイボーム腺という脂を出す腺が詰まり、中に分泌物がたまってしこりになったものです。細菌感染ではないので膿ではなく、痛みも少ないのが特徴です。ニキビの芯に近いイメージで、治るのに半年以上かかることや、摘出の小手術になることもあります。

名前に反して「もらう」病気ではない

人からうつるわけではない

「ものもらい」という名前から、うつる病気だと思われがちですが、そうではありません。原因は自分のまぶたにいる常在菌で、疲れや睡眠不足で抵抗力が落ちたときなどに起こります。人から人へ感染するプール熱のような結膜炎とは、別のものです。汚れた手で目をこすらない、まぶたを清潔に保つ、といった心がけが予防になります。

「ものもらい」は「物貰い」から来ている

米俵とお米をもらう昔の暮らし

では、うつりもしないのに、なぜ「もらう」という言葉が使われるのでしょうか。ここには昔の人の、ちょっと不思議な治し方が隠れています。

人からものをもらうと治る、という言い伝え

米や食べ物をもらって治す民間療法

薬のなかった時代、目のできものを治すおまじないとして、他人から何かをもらうという習わしが各地にありました。「三軒の家から米をもらって食べると治る」「よその家へもらいに行くと治る」といった言い伝えです。この、人から施しを受ける行為が名前の芯になり、「物貰い(ものもらい)」と呼ばれるようになったとされています。

「めこじき」も同じ発想の呼び名

同じ発想は、ほかの地方の呼び名にも顔を出しました。目のことを指す「め」に、施しを受ける人を意味する古い言葉を重ねた「めこじき」「めもらい」も、根っこは「もらって治す」という同じ考え方から生まれたと考えられています。北陸や九州の一部に残る「めもらい」は、関東の「ものもらい」と兄弟のような呼び名なのです。

関西の「めばちこ」と、その周りの呼び名

通天閣に象徴される関西

「もらう」系とは別に、目の見た目や様子から名づけたと思われる一群があります。その代表が、関西で強い「めばちこ」です。

「めばちこ」の語源ははっきりしない

諸説あって決着していない

近畿でおなじみの「めばちこ」ですが、その由来は実のところよくわかっていません。有力とされる説だけでもいくつかあります。腫れがはじけて膿が出る様子を、熟れた果実がはじける「めはじけ」になぞらえたという説。目が飛び出すような「めはち」から転じたという説。さらには、魚のメバチに引っかけたという説まであります。どれも決め手を欠くというのが、正直なところです。

「めいぼ」「めんぼ」「めぼ」は“目のいぼ”系

京都・滋賀から東海・中国四国へ広がる

近畿でも京都府と滋賀県は「めばちこ」ではなく「めいぼ」が優勢です。これは目にできた「いぼ」、つまり「目いぼ」が語源とされ、見た目をそのまま名前にしたものと考えられています。この「めいぼ」が周りへ広がるなかで形を変え、岐阜・愛知では「めんぼ」に、三重や広島・香川といった中国四国では縮まって「めぼ」になりました。一つの言葉が地図の上を旅しながら姿を変えた、と考えると腑に落ちます。

「ばか」と「おひめさん」——正反対で実は同じ心

おひめさまと呼ばれる呼び名

呼び名のなかでも、とりわけ意表を突くのが宮城の「ばか」と熊本の「おひめさん」です。片やののしり言葉、片や敬う言葉。まるで逆に見えて、その根っこは案外そっくりなのです。

宮城の「ばか」は“余計なもの”

宮城県では「ばか」と呼ぶ人が多く、ある調査では6割にのぼったといいます。ここでの「ばか」は人をののしる意味ではなく、「余分なもの」「いらないもの」に近いニュアンスだとされます。まぶたにできた邪魔ものを、そのまま名前にぶつけた率直な呼び方です。

熊本の「おひめさん」は丁寧に遠ざける

反対に、熊本の「おひめさん(おひめさま)」は、うやうやしい呼び名です。厄介なできものを、あえて丁寧に呼ぶ。これは、いやなものをへりくだって扱うことで、心理的に距離を置こうとする言い回しだと説明されます。けなして遠ざける「ばか」と、敬って遠ざける「おひめさん」。向きは真逆でも、どちらも「早く出ていってほしい」という同じ願いの裏返しなのだと考えると、方言の面白さが際立ちます。北海道の「めっぱ」のように、由来のはっきりしない呼び名も各地に残っています。

呼び名の地図が教えてくれること

方言の分布を調べる調査

これほど呼び名が枝分かれしたのには、名づけの発想が一つではなかった点が大きいでしょう。ざっくり分けると、二つの流れが見えてきます。

名づけの発想芯になった考え呼び名の例
治し方から人からもらうと治る、という俗信ものもらい・めもらい・めこじき
見た目から目にできた「いぼ」という姿かたちめいぼ・めんぼ・めぼ

同じ小さなできものでも、治す作法に目を向けた地域と腫れた見た目に目を向けた地域とで、名前の出発点が分かれたわけです。「めばちこ」や「ばか」「おひめさん」のように、独自の感覚で名づけられたものも混ざり、地図はいっそう賑やかになりました。

ちなみに、こうした呼び名の分布は昔から研究の対象で、半世紀ほど前に国立国語研究所が全国調査を行っています。近年も三重大学で方言を研究する余健(よ・けん)氏らが分布を読み解いており、時代とともに「ものもらい」が全国へじわじわ広がってきた様子もわかっています。テレビや人の行き来を通じて、標準語が方言を少しずつ塗り替えているのです。

「ものもらい」は、けっして人からもらってうつる病ではありません。それでも呼び名のほうは、たしかに土地から土地へと受け継がれてきました。ひとつの小さな腫れものに、これだけの名を贈り分けてきた列島の言葉は、思いのほか気前がいいのです。

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