四番目の指が「薬指」と呼ばれるのは、昔この指で薬を水に溶かしたり、肌に塗ったりしたからだと国語辞典は説明しています。ただし名前は一つではありませんでした。奈良時代は「名無し指」、中世は「くすし指」、江戸時代は「紅差し指」。呼び名は時代ごとに移り変わってきたのです。その道のりと、動かしにくさや結婚指輪の話までたどります。
薬を溶かして塗った指、という説が有力

国語辞典が挙げる由来
『精選版 日本国語大辞典』は、古く薬を溶かして塗るのに使った指なので「くすりゆび」と名づけられたとしています。『デジタル大辞泉』も、薬を水に溶かしたりつけたりしたところから、と同じ筋の説明です。粉薬を少量の水で練り、そのまま傷や肌に塗る。昔の暮らしでは、指がそのまま薬さじの役を果たしていました。
四番目が選ばれたのは汚れにくいから
なぜ人差し指ではなく四番目だったのか。よく挙げられるのは、ふだんの作業であまり使わない指なので汚れが少なく口や目もとに入る薬を扱うのに向いていた、という見方です。辞典はここまで書いていないので、あくまで後から付けられた説明の一つと考えておくのが無難でしょう。
力を入れずに薄く広げられるのも、この指の持ち味です。アイクリームや口紅を指でのせるとき、自然と薬指を使う人は今でも少なくありません。
医者「くすし」と薬師如来の説
平凡社の『世界大百科事典』は、少し違う角度から説明しています。薬師(くすし)、つまり医者が薬を調合するときにこの指をよく使ったので薬指になった、という説です。「くすし」は「くすりし」が縮まった言葉で、古くは医者を指しました。
ほかに、病を治す仏である薬師如来(やくしにょらい)が印を結ぶときの指だから、という言い伝えもあります。こちらは辞典の語源欄には見えない説です。薬と結びつけて名前を説明しようとした人が、昔から多かったことはうかがえます。
奈良時代の名前は「名無し指」

奈良から鎌倉までは「ななしゆび」
『日本国語大辞典』の語誌によると、奈良時代から鎌倉時代にかけて主に使われた呼び名は「ナナシユビ」でした。漢字で書けば名無し指。親指や小指のように形から呼べる特徴が乏しく、決まった名前を持たない指だったわけです。
今の感覚では少し気の毒な呼び方に聞こえます。けれども千年近く前の人にとって、四番目の指はそれほど目立たない存在だったのでしょう。
中国語ではいまも「無名指」
名前に困ったのは日本だけではありません。中国語では、薬指を今も「無名指(むめいし)」と書きます。日本の古い文献にも「無名指」の字に「くすりゆび」と読みを当てた例が残っていて、字そのものは日本にも入ってきていました。
「ななしゆび」は、この漢語をそのまま和語に置き換えた呼び名だという見方があります。字は中国から借り、読みは日本で付け替えていった。指の名前にも、漢字文化の受け入れ方がそのまま表れています。
呼び名はどう移り変わってきた?

中世は「くすしゆび」と「くすりゆび」が並んだ
鎌倉時代から江戸時代の前期にかけて主流になったのが「クスシユビ」です。同じ中世には「クスリユビ」という言い方もすでにありました。『日本国語大辞典』の語誌は、二つの使い分けにも触れています。
それによれば「クスシユビ」は上の階層の言葉や書き言葉、「クスリユビ」は庶民が口で話す言葉だったと考えられるそうです。かしこまった場では「くすし」、ふだんの会話では「くすり」。今の「薬指」は、庶民の話し言葉のほうが生き残った形といえます。
室町末から明治は「紅差し指」
室町時代の終わりから明治にかけて主に使われたのは「ベニサシユビ」です。紅(べに)を唇に差すときにこの指を使ったことからの名前で、「べにつけゆび」という言い方も辞典に載っています。薬の次は化粧。四番目の指は、何かを薄くのせる役目と結びついて呼ばれ続けてきました。
「薬指」と書いた例は1717年の辞書に
『日本国語大辞典』が挙げる用例でいちばん古いのは、1717年(享保2年)の『書言字考節用集(しょげんじこうせつようしゅう)』です。ここでは「無名指」という漢字に「クスリユビ」と読みが添えられていました。
「名無し」の字に「薬」の読みを付けている。この一行に、二つの呼び名が重なり合っていた時代がよく表れています。名無し指から薬指へ、名前の交代は一度にではなく、何百年もかけて少しずつ進んだのです。
ほかの4本はどこから名前がついた?

親指はいちばん太い「親」
親指は五本のうちで最も太く、ほかの四本と向き合って物をつかめる特別な指です。その存在感から、指の「親」に見立てた名前とされています。病院では「母指(ぼし)」と呼び、英語でも thumb と finger は別の単語。どの言葉でも別格あつかいの一本です。
人差し指は指し示すはたらきから
人差し指は、人や物を指し示すのに使うことからの名前です。医学では「示指(じし)」。中国由来の「食指(しょくし)」という別名もあり、「食指が動く」は食べたい・欲しいという気持ちがわくことを表します。
この言い回しは、中国の古い歴史書『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』に出てくる話がもとになっています。人差し指がぴくりと動いたら、ごちそうにありつける前ぶれだと言った人物がいたのです。
中指は真ん中、小指はいちばん小さい
中指は五本の真ん中にあり、長さもいちばん。小指は最も小さく細い指です。どちらも見たままの名前で、医学用語でも「中指(ちゅうし)」「小指(しょうし)」と読みが変わるだけでした。
四本とも、形や位置やはたらきがそのまま名前になっています。だからこそ「薬」という暮らしの道具を名乗る四番目だけが浮いて見えるわけです。医学用語では薬指は「環指(かんし)」と呼ばれ、ここでも指輪の「環」が名前になっています。
薬指だけが動かしにくいのはなぜ?

腱が横どうしでつながっている
机に手をついて中指を折り、薬指だけを持ち上げてみると、ほとんど上がりません。指を伸ばす腱(けん)は人差し指から小指まで、手の甲のあたりで横にもつながっています。これを腱間結合(けんかんけつごう)といいます。
中指と小指を曲げたままだと、つながった薬指の腱も曲がる向きに引っぱられてしまう。ピアノの指づかいでよく話題になるのは、このしくみのためです。
人差し指と小指には専用の筋肉がある
人差し指と小指には、その指だけを伸ばすための筋肉が別にあります。親指はさらに独立していて、ほかの指の筋肉と解剖学的なつながりを持ちません。専用の筋肉を持たない中指と薬指は、四本に共通する指伸筋(ししんきん)に頼るしかないのです。
生まれつき薬指の腱の一部が小指の腱とつながっている人もいて、その場合は小指を曲げたまま薬指を伸ばしきれません。動かしやすさには個人差もあります。
脳からの指令も一本ずつには分かれていない
腱だけが理由ではありません。脳の中で指を動かす神経細胞は、一本ごとにきれいに分かれているわけではないとされています。中指を伸ばしただけで薬指や小指の筋肉も働き、薬指を動かすときには人差し指より多くの神経細胞が使われるそうです。
練習を重ねると、指を動かすときに働く脳細胞の数が減ることも知られています。ピアニストの薬指がよく動くのは、腱が変わったからではなく脳の使い方が変わったから、と考えられています。
結婚指輪が左手の薬指なのはなぜ?

2世紀ローマの随筆に残る記録
左手の薬指に指輪をはめる理由として、よく引かれるのが2世紀ローマの著述家ゲリウスの随筆集『アッティカの夜』です。古代のギリシャ人は小指の隣の左手の指に指輪をはめ、ローマの男性の多くもそれにならっていた。ゲリウスはそう書いています。
理由として紹介されているのが、エジプト出身の学者アピオンの説です。エジプトで人体を解剖したところ、この指から心臓まで細い筋が通っていた。体でいちばん大切な臓器とつながる指だから、飾りをはめるのにふさわしい、という理屈でした。
もとの記録では「血管」でなく「神経」
よく「愛の静脈(ヴェナ・アモリス)」が心臓へ通じている、と紹介されます。けれども『アッティカの夜』の英訳で心臓へ通じるとされるのは nerve、つまり神経や筋です。静脈という言い方は、後の時代に広まった言い伝えのほうに乗っています。
※ ヴェナ・アモリス(vena amoris)とは、ラテン語で「愛の静脈」を意味する言葉です。左手の薬指から心臓へ通じる血管があるという言い伝えを指します。
心臓へ直通する血管はない
現代の解剖学から見れば、薬指だけが心臓と特別につながっているわけではありません。指の血管や神経のつくりは、どの指もおおむね同じ。指輪の習わしは、体のしくみではなく言い伝えの力で受け継がれてきたことになります。
作業の邪魔になりにくい指でもある
それでも、薬を塗った指が愛を誓う指になったのは面白い巡り合わせです。動かしにくく作業の邪魔になりにくい指だから、指輪をはめたままでも暮らしやすい。そんな実用面の相性のよさも、習わしが長続きした理由の一つかもしれません。
名無し指から始まり、医者の指・紅を差す指・そして薬の指へ。四番目の指は、目立たないぶん、そのときどきの暮らしで何に使われたかを名前に映してきました。手のひらで一本だけ名前がよく変わったのは、いちばん控えめな指だったからなのでしょう。
参考
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉・世界大百科事典「薬指」(コトバンク)
- 大阪大学 全学教育推進機構 ニュースレター「教えて先生!クイズの答えは…」
- ピティナ「脳と身体の教科書 第04回 指が独立に動く仕組み」
- Aulus Gellius, Attic Nights 10.10(Perseus Digital Library 英訳)
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