あまいスイカに、わざわざ塩をふる。はじめて見た人には、せっかくの甘さを台なしにする行いに映るかもしれません。ところが実際に食べてみると、スイカはむしろ、前より甘く感じられます。塩をかけたのに、甘くなる。不思議な話です。
このからくりの正体は、舌の「対比効果(たいひこうか)」という働きにあります。しかも、こうした味どうしの作用は、対比効果だけではありません。台所には、味を引き立てたり打ち消したりする現象が、いくつもひそんでいます。順に見ていきましょう。
味の相互作用 早見表

スイカに塩の現象は、「味の相互作用」と呼ばれるしくみの一つです。その仲間は、大きく4種類。それぞれの働きを、表にまとめました。
| 種類 | はたらき | 身近な例 |
|---|---|---|
| 対比効果 | 一方の味が強まる | スイカ+塩 |
| 抑制効果 | 一方の味が弱まる | コーヒー+砂糖 |
| 相乗効果 | 同じ味を強め合う | 昆布+かつお節 |
| 変調効果 | あとの味が変わる | 濃い味のあとの水 |
なぜ塩で甘くなる——対比効果

さっそく主役、スイカと塩のひみつから見ていきましょう。ここで働いているのが「対比効果」です。
甘味を引き立てる塩味
※ 対比効果(たいひこうか)とは、ある味に別の味を合わせたとき、一方の味が強く感じられる現象のことです。
ほんの少しの塩が効く
大事なのは、塩の量です。スイカにひとつまみ、うっすらとかかる程度がちょうどよいとされます。甘味に少しだけ塩味がそえられると、対比によって甘さがくっきり浮かび上がります。ところが塩をかけすぎると、今度はただ塩辛くなってしまう。効果が生きるのは、あくまで「少量」のときだけなのです。
しょっぱさの「あと」に甘さがくる
なぜ、少しの塩で甘さが際立つのでしょうか。一つの説明として、舌が塩味を先に感じ取り、そのあとで甘味を強く受け取るからだと言われています。しょっぱさがいわば前ぶれとなり、続く甘さをより濃く感じさせる。異なる味がとなり合うことで、たがいの輪郭がはっきりする、というわけです。くわしいしくみには諸説ありますが、甘味と塩味の相性のよさは、昔から料理に生かされてきました。
台所にひそむ対比効果
あんこやおしるこの隠し塩
この対比効果は、スイカだけの話ではありません。あんこを炊くとき、仕上げにひとつまみの塩を加える。おしるこにも、少量の塩を落とす。どれも、塩で甘さを引き立てる同じ知恵です。和菓子屋さんが昔から使ってきた「隠し塩」も、この対比効果を上手に利用したものだったのです。
だしに塩でうま味が立つ
甘味だけでなく、うま味にも対比効果は働きます。昆布やかつお節でとっただし汁に、少し塩を加える。すると、うま味がぐっと前に出て、味に芯が通ります。吸い物がぼんやりした味にならないのは、この塩のひと働きのおかげでもあります。塩は、それ自体を味わうためだけの調味料ではなかったのでした。
逆に打ち消す——抑制効果

対比効果が味を「強める」働きなら、逆に「弱める」働きもあります。それが「抑制効果」です。きつい味を、まろやかにととのえてくれます。
きつい味をやわらげる
コーヒーの苦味と砂糖
いちばん身近なのが、コーヒーに砂糖を入れる例です。砂糖の甘味が加わると、コーヒーの苦味はやわらぎ、飲みやすくなります。これは甘味が苦味を抑える、抑制効果の働きです。ビターチョコレートに砂糖が使われるのも、強い苦味をととのえるため。甘さは、苦さの角をとる役目も果たしていたわけです。
すっぱさをまるくする砂糖
酸味に対しても、抑制効果は活躍します。すっぱいグレープフルーツやレモンに砂糖をかけると、とがった酸味がまるくなり、食べやすくなります。レモネードやジャムが飲みやすく、食べやすいのも、砂糖が酸味をやわらげているからです。強すぎる味を上手におさえる。抑制効果は、料理の縁の下の力持ちなのです。
足し算以上に——相乗効果

三つめは「相乗効果」です。同じ種類の味を持つもの同士を合わせると、たがいに強め合って、足し算以上のおいしさになります。日本のだしは、まさにこの効果のかたまりです。
うま味は重ねると跳ね上がる
昆布とかつお節の合わせだし
和食の基本である「合わせだし」が、相乗効果の代表例です。昆布にはグルタミン酸、かつお節にはイノシン酸という、それぞれ別のうま味成分がふくまれています。この二つを合わせると、うま味は単なる足し算ではなく、何倍にもふくらむことが知られています。昆布とかつお節を組み合わせる日本の知恵は、うま味の相乗効果を経験から見つけ出したものだったのです。
精進だしの昆布としいたけ
肉や魚を使わない精進料理にも、相乗効果は受けつがれています。昆布のグルタミン酸に、干ししいたけのグアニル酸を合わせるのです。動物性の食材を使わなくても、植物性のうま味を重ねることで、深い味わいのだしが生まれます。うま味の掛け合わせは、和食のいたるところで生かされてきました。
順番で化ける——変調効果

最後は「変調効果」です。これは、先に味わったものが、あとの味の感じ方を変えてしまう現象です。味そのものではなく、味わう「順番」がカギをにぎります。
前の味が、次の味を変える
濃い味のあとは水が甘い
塩辛いものを食べたすぐあとに水を飲むと、その水がほんのり甘く感じられることがあります。これが変調効果です。強い塩味を味わった舌には、あとの水が、実際よりずっとまろやかで甘いものに感じられる。前の味の印象が、次の味の受け取り方を、まるごと変えてしまうのです。
「ミラクルフルーツ」の不思議
変調効果でとくに有名なのが、ミラクルフルーツという果実です。この実を口にしたあとだと、すっぱいレモンが、まるで甘いオレンジのように感じられます。実にふくまれる成分が舌に働きかけ、酸味を甘味へと変えてしまうのです。同じレモンが別物の味に化けるこの体験は、味覚のふしぎさをよく物語っています。
豆知識——スイカの塩は夏バテ対策にも

スイカに塩をかける習慣には、じつは甘さ以外の、もう一つの理にかなった一面があります。それは、暑い夏の体を守る知恵です。
甘さのほかにもある、塩の役目
汗で失う塩分をおぎなう
夏の暑い日、私たちは汗とともに、水分だけでなく塩分もうしなっています。スイカは、その9割以上が水分でできた、うってつけの水分補給源です。そこへ塩をひとふりすれば、水分と塩分を同時にとることができます。甘さを引き立てる工夫が、そのまま夏バテを防ぐ知恵にもなっていた。昔の人の習慣には、思いのほか理にかなったものが多いのです。
スイカに塩、という一見ちぐはぐな取り合わせ。その裏には、味どうしを引き立て合う舌の巧みなしくみが隠れていました。甘さをきわ立たせるのは、ほんのひとつまみの塩。ときに正反対のものどうしこそが、いちばん相手を輝かせるのかもしれません。


