かっこいい人を「二枚目」、ちょっとおどけたお笑い担当を「三枚目」と呼びます。ふだん何気なく使う言葉ですが、よく考えると不思議です。なぜ「枚」で人を数え、しかも二枚目と三枚目で、意味がこんなにちがうのでしょうか。
その答えは、江戸時代の歌舞伎にありました。かつて芝居小屋には、役者たちの絵看板がずらりと並べられ、その並ぶ順番に意味があったのです。しかも看板は、二枚三枚どころか、じつは八枚目まで存在しました。その順番を、一枚ずつめくっていきましょう。
歌舞伎の「八枚看板」早見表

看板は全部で八枚ありました。それぞれがどんな役どころだったのか、一覧にまとめます。二枚目と三枚目の意味も、この並びから見えてきます。
| 順番 | 役どころ |
|---|---|
| 一枚目 | 主役。一座の看板をになう座頭(ざがしら)役者 |
| 二枚目 | 色男。恋や濡れ場を演じる、容姿端麗な優男 |
| 三枚目 | 道化。滑稽な演技で物語を盛り上げるおどけ役 |
| 四枚目 | 中軸(なかじく)。物語に安定感を与える中堅 |
| 五枚目 | 敵役。主役に立ちはだかる悪役・ライバル |
| 六枚目 | 実敵(じつがたき)。敵ながら憎めない善人 |
| 七枚目 | 実悪(じつあく)。物語の真の黒幕 |
| 八枚目 | 座長格。一座をまとめる元締め |
そもそも「〇枚目」は看板だった

まず押さえておきたいのが、「〇枚目」の「枚」の正体です。これは、芝居小屋にかかっていた絵看板を数える言葉でした。
芝居小屋に並んだ絵看板
※ 顔見世(かおみせ)とは、歌舞伎で毎年11月に行われた興行のことです。新しく組んだ一座の役者たちを、観客にお披露目する場でした。
毎年11月の「顔見世」
江戸時代の歌舞伎役者は、芝居小屋と1年ごとの契約を結んでいました。そして毎年11月、新しい顔ぶれの一座がお披露目されます。これが「顔見世」です。「今年はこの役者たちでやりますよ」と、客に知らせる大切な節目でした。1年に一度、座組がまるごと入れかわる世界だったのです。
看板に描かれた8人の役者
この顔見世に合わせて、芝居小屋の表には、一座を代表する役者8人の絵看板が掲げられました。今でいう、劇場前の大きなポスターのようなものです。だれが出るのかをひと目で伝える、いわば宣伝の役割をになっていました。ずらりと並ぶ8枚の看板は、その芝居の豪華さを示す顔でもあったのです。
並び順が「格」を表した
順番そのものが序列だった
大事なのは、8枚がただ並んでいたのではない、という点です。看板の順番は、そのまま役者の格と役どころを表していました。端から順に一枚目・二枚目・三枚目と数え、どの位置に描かれるかで、その役者の担当が決まっていたのです。つまり「何枚目か」は、単なる番号ではなく、役者の肩書きそのものでした。
先頭の一枚目は主役
その先頭に立つ一枚目は、当然ながら花形の主役です。一座の看板をひとりで背負う、座頭(ざがしら)と呼ばれる大立者がここに来ます。「一枚看板」という言葉が、今も「中心人物」の意味で使われるのは、このなごりです。看板は、格の高い役者から順に並んでいたわけです。
二枚目はなぜ「色男」なのか

さて、いよいよ二枚目に移りましょう。主役の次に置かれたこの看板には、どんな役者が描かれたのでしょうか。
二枚目は恋を演じる美男役
濡れ場や恋を担う優男
二枚目に描かれたのは、恋の場面や色事を演じる、容姿端麗な優男でした。物語のなかで、しっとりとした恋模様を担当する役どころです。当然、演じるのは見た目のよい役者ばかり。二枚目の看板は、いわば「美男担当」の指定席だったのです。
だから今も「二枚目」はイケメン
この「二枚目=美男の色男役」というイメージが、舞台をはなれて世間に広まりました。そうして、顔立ちのよい男性そのものを「二枚目」と呼ぶようになったのです。歌舞伎を知らない私たちが今もこの言葉を自然に使うのは、江戸の看板の記憶が、そのまま言葉に染みついているからでした。
三枚目はなぜ「おどけ役」なのか

二枚目のとなり、三枚目に回ってきたのは、まったくちがうタイプの役者でした。ここが、お笑い担当の指定席になります。
三枚目は物語を沸かせる道化
滑稽な芸で客を笑わせる
三枚目が受け持ったのは、こっけいな演技で客を笑わせる、道化の役です。二枚目が見た目で魅せるのに対し、三枚目は芸で沸かせる。しんみりした場面が続いたところに顔を出し、笑いで空気をやわらげる、大切な役回りでした。物語にメリハリをつける、いわば緩急のスイッチだったのです。
「三枚目キャラ」の生まれた場所
この役どころも、そのまま言葉として世間に広まりました。今でいう「三枚目キャラ」、つまりみんなを笑わせるおどけ者を指す言い方は、ここから来ています。二枚目と三枚目がそれぞれ「イケメン」と「お笑い」を意味するのは、看板でとなり合っていた二人の役どころが、そっくりそのまま残ったからでした。
四枚目から八枚目——残りの看板

二枚目と三枚目ばかりが有名ですが、看板はまだ五枚も残っています。あまり知られていない、四枚目から先の顔ぶれものぞいてみましょう。
中堅から悪役、そして座長まで
四枚目は「中軸」の中堅
四枚目は「中軸(なかじく)」と読み、物語に安定感を与える中堅の役者です。派手さはなくとも、芝居全体を支える屋台骨。名前のとおり、物語の”軸”となる存在でした。ちなみに「四枚目」という言葉が世間にあまり残らなかったのは、この地味だが堅実な役どころゆえかもしれません。
五・六・七枚目は敵役たち
五枚目から七枚目までは、物語をしめる敵役たちが占めます。五枚目は主役に立ちはだかる悪役。六枚目は「実敵(じつがたき)」といい、敵でありながらどこか憎めない善人を演じます。そして七枚目が「実悪(じつあく)」、物語の真の黒幕です。ひと口に敵役といっても、細かく役割が分かれていたのがおもしろいところです。
八枚目は一座のまとめ役
最後の八枚目は、少し毛色がちがいます。ここは主役級の役者ではなく、一座をまとめる座長格の人物が入るとされます。芝居を演じるというより、興行そのものを取りしきる元締めの立場です。華やかな一枚目にはじまり、屋台骨をまとめる八枚目で締める。八枚の看板は、一座の縮図でもあったのです。
豆知識——「大根役者」も舞台の言葉

役者にまつわる言葉は、「〇枚目」だけではありません。演技の下手な人を指す「大根役者」も、じつは芝居の世界が生んだ言い回しです。
なぜ下手な役者が「大根」なのか
由来には諸説ある
なぜ演技が下手だと「大根」なのか。これには諸説あり、はっきりとは定まっていません。大根はどう料理しても食あたりしないことから「当たらない(人気が出ない)役者」にかけたという説。色白の大根を、白粉ばかり厚い素人役者に重ねたという説などがあります。どれも決め手には欠けますが、身近な野菜が役者の代名詞になったのは、なんとも庶民的な発想です。
何気なく口にする「二枚目」「三枚目」という言葉。その背中には、江戸の芝居小屋にずらりと並んだ八枚の看板が、今もそっと隠れています。数字がそのまま人柄を語るこの言い回しは、二百年の時をこえて舞台から受けつがれてきました。だれかを「二枚目」と呼ぶそのとき、私たちは知らず知らず、江戸の芝居小屋の看板を一枚めくっているのです。


