コウモリがウイルスを抱えても平気なのは、ウイルスを強く退治しているからではありません。感染はしていても、炎症で自分の体を傷めない仕組みのほうが備わっていると考えられています。その仕組みを育てたのが、発熱並みの高体温になる「飛ぶ」という暮らしだという説が有力です。ただし狂犬病やカビの病気には弱く、無敵ではありません。
コウモリは本当にウイルスで死なないのか

人には重い病気のウイルスを抱えて飛び回る
「死なない」は言いすぎで、正しくは「平気でいられるウイルスの範囲が広い」です。コウモリ由来とされるウイルスには、マールブルグ・エボラ・ヘンドラ・ニパ・SARSコロナウイルスが並びます。どれも人が感染すると重くなりやすい相手ばかり。それでも宿主のコウモリは、見た目には健康なまま暮らしています。
獣医疫学雑誌に載った国内の総説は、代表的なウイルスを知られた年と「増幅動物」で整理しています。増幅動物とは、コウモリから受け取ったウイルスを増やし、人へ渡す役になった動物のことです。
| ウイルス | 知られた年 | 人へ渡した動物 |
|---|---|---|
| マールブルグ | 1967年 | 霊長類 |
| エボラ | 1976年 | 霊長類 |
| ヘンドラ | 1994年 | 馬 |
| ニパ | 1997年 | 豚 |
| SARSコロナウイルス | 2003年 | はっきりしていない |
多くは家畜や霊長類を経由して人に届く
表を見ると、コウモリから人へ直接うつった例は少ないと分かります。ニパウイルスはオオコウモリから豚へ、ヘンドラウイルスは馬へ渡り、その家畜から人に広がりました。人では致死率の高い病気になります。一方で、もとの宿主のオオコウモリは目立って弱りません。尿や唾液にウイルスを出しながら、そのまま群れで暮らし続けます。
狂犬病ウイルスにはコウモリも倒れる
例外がはっきりしているのが、狂犬病ウイルスとその仲間のリッサウイルスです。米国CDCの専門誌に載った2014年の総説も、病原性の強いウイルスでコウモリが死ぬ証拠はほとんどないとしたうえで、リッサウイルスだけは別だと書いています。「どんなウイルスも平気」という言い方は、この一点だけでも成り立ちません。
カビの病気で数百万匹が死んだ

白い鼻症候群で3種が9割以上減った
ウイルスの話で語られがちなコウモリですが、この20年で最も多くを殺したのはカビでした。冬眠中の鼻や翼に白いカビが生える「白い鼻症候群」です。米国地質調査所(USGS)によると、ニューヨーク州北部で確認されて以来、2007〜2008年の冬から数百万匹の虫を食べるコウモリが死にました。
2023年7月の時点で、見つかった範囲は米国40州とカナダ8州に及びます。リトルブラウンバット・ノーザンロングイヤードバット・トライカラードバットの3種は、9割を超える減少が報告されています。
冬眠中にエネルギーを2倍使ってしまう
カビが体を直接むしばむというより、冬越しの燃料が先に尽きるのが致命傷です。2014年の実験では、感染したリトルブラウンバットが健康な個体の2倍のエネルギーを使っていました。冬眠中に何度も目を覚ますことが原因と考えられてきましたが、この実験では目覚めの回数は増えていません。脂肪の減り方の仕組みには、まだ詰め切れていない部分が残ります。
「抵抗」ではなく「耐性」で生き延びる

病原体を減らす力と、壊れない力は別もの
免疫の世界には、病気を生き延びる方法が二つあります。ひとつは病原体そのものを減らす「抵抗」。もうひとつは、病原体がいても体が壊れずに済む「耐性」です。コウモリが得意なのは後者だと考えられています。ウイルスを追い出す力が特に強いわけではなく、居座られても日常を続けられる体だということです。
体を壊すのはウイルスより過剰な免疫のことがある
重い感染症で人が倒れるとき、体を痛めつけているのは免疫の行きすぎであることがあります。肺の炎症も高熱も、敵を叩こうとして自分まで焼いている状態です。2019年の研究では、コウモリの免疫細胞にウイルスを感染させると炎症は小さく済みました。それでいて体内のウイルス量は、人やマウスの細胞と変わらなかったと報告されています。
飛ぶことは毎日の発熱と同じなのか

代謝は安静時の15〜16倍に跳ね上がる
羽ばたいて飛び続けられる哺乳類はコウモリだけです。2014年のCDCの総説は、この飛び方がどれほど燃料を食うかを数字で並べました。
| 動物 | 動き方 | 安静時からの代謝の上がり方 |
|---|---|---|
| コウモリ | 飛ぶ | 15〜16倍 |
| げっ歯類 | 疲れ果てるまで走る | 約7倍 |
| 多くの鳥 | 飛ぶ | 約2倍 |
同じ「飛ぶ」でも、鳥とコウモリでは負荷がまるで違います。鳥が羽毛と軽い骨で飛ぶのに対し、コウモリは指の間に張った膜を動かして飛ぶからです。
飛ぶたびに体温は発熱と同じ38〜41度へ
代謝が上がれば熱が出ます。哺乳類の発熱は体の中心の温度で38〜41度とされ、飛んでいるコウモリはこの範囲によく入ります。人でいえば、えさを探しに出るたびに39度の熱を出しているようなもの。逆に休むときは体温を大きく下げる種も多く、1日のうちに体温が大きく行き来する動物だと言えます。
熱に耐えるウイルスだけが残るという仮説
この総説が示したのが「飛翔は発熱である(flight as fever)」という仮説です。毎日のように発熱状態になる宿主の体では、熱に弱いウイルスは増えにくくなります。生き残るのは高い体温に耐えるウイルスです。その結果、体温がそこまで上がらない別の動物へ移ったとたん、抑えが利かなくなるという筋書きになります。
もっとも、これは仮説です。飛んでいるコウモリの体温だけを下げて比べるような実験は組みにくく、証拠は状況証拠の積み重ねにとどまるとされます。体温と免疫が結びついていること自体は、次に紹介する抗体の研究のように少しずつ確かめられてきました。
抗体の働きは42度で大きく変わる

冬眠・休眠・飛行の3つの温度で比べた実験
体温と免疫の結びつきを、抗体の側から測った研究があります。2024年にネイチャー・コミュニケーションズ誌に載ったもので、ヨーロッパに住む2種のコウモリの抗体を使いました。比べた温度は冬眠に当たる4度、浅い休眠に当たる22度、そして飛行に当たる42度です。
結びつく相手が19種類から2400種類超へ
22度で強く結びついたタンパク質は、わずか19種類でした。ところが42度では2400種類を超え、試したタンパク質のおよそ14%にまで広がっています。人の抗体で同じことを試すと、温度による違いはずっと小さく出ました。体温が上がるほど守備範囲が広がるのは、コウモリの抗体に目立つ性質と見られています。
くっつく先は死んだ細胞という後片づけ役
広がった守備範囲の中身が、この研究のおもしろいところです。高い温度の抗体は、生きた細胞より死んだ細胞によく結びつきました。激しい運動で傷んだ細胞を早めに片づければ、そこから漏れた中身が炎症の火種になるのを防げます。敵を攻撃するというより、散らかりを掃除する働きに寄っているわけです。
炎症のスイッチはどこが鈍いのか

DNAの見張り装置STINGのアミノ酸が1つ違う
細胞の中に迷い込んだDNAを見張り、警報を鳴らす装置をSTING(スティング)と呼びます。2018年の研究では、コウモリのSTINGの358番目にあるセリンというアミノ酸が別のものに替わっていました。多くの哺乳類で共通している位置です。この違いのせいで、インターフェロンを呼び出す働きが弱まっています。
※ インターフェロンとは、ウイルスに感染した細胞が出す警報物質のことです。周りの細胞に守りを固めるよう伝えますが、出すぎると発熱やだるさなど体のほうが傷む反応も起こします。
同じ研究は、替わっていたアミノ酸をセリンに戻す実験もしています。するとSTINGの働きが回復し、インターフェロンが出てウイルスの増殖も抑えられました。装置が壊れているのではなく、音量を下げてあるということです。鳴りはするが鳴り続けない。守りを残しつつ、自分を焼く分だけを削った調整と言えます。
炎症の火付け役NLRP3も反応が小さい
2019年の研究では、コウモリの免疫細胞にインフルエンザウイルスやMERSコロナウイルスを感染させても、NLRP3の反応が人やマウスより小さいと示されました。細菌の成分など、ウイルス以外の刺激でも同じ傾向です。炎症は控えめなのに、ウイルスの量そのものは変わりませんでした。
※ インフラマソームとは、細胞の中で組み上がる装置の名前です。危険を感じ取ると炎症を起こす物質を作り、発熱や腫れの引き金を引きます。NLRP3はその代表格です。
DNAの見張り役を一家族まるごと失った

PYHIN遺伝子群が10種のコウモリで見つからない
削られているのは働きの強さだけではありません。遺伝子そのものが消えている例もあります。細胞内のDNAを感知する遺伝子のまとまりを、PYHIN遺伝子ファミリーと呼びます。2016年の研究で10種のコウモリを調べると、このファミリーはほぼまるごと失われていました。残っていたのは、1種に短くなったAIM2が1つだけです。
同じ研究によると、胎盤を持つ哺乳類の主なグループは、どれもこのファミリーを少なくとも1つは持っています。一家族を丸ごと手放したのはコウモリだけ。しかもコウモリの系統ごとに失い方が違い、別々の道筋で同じ結果にたどり着いたと見られています。
飛ぶたびに自分のDNAが傷むという事情
激しい代謝は、自分のDNAを傷つけます。傷ついたDNAの断片が細胞内に散らばれば、それを敵と見なす見張り役が誤作動しかねません。2013年に2種のコウモリのゲノムを比べた研究では、DNAの傷を点検する仕組みに関わる遺伝子に、自然選択の跡が集中していました。飛ぶ力を得た代償を、免疫の側で払っているように見えます。
警報を薄く鳴らし続ける種もいる
方向が逆に見える工夫も報告されています。オーストラリアのクロオオコウモリでは、インターフェロンαの遺伝子が感染していない組織でも常に働いていました。普通の哺乳類は感染して初めて作る物質です。強い炎症は避けながら、ウイルスが入った瞬間から守りを立ち上げる。鈍らせる方向とあらかじめ備える方向が、同じコウモリの仲間に同居しています。
コウモリは特別なのか、数が多いだけなのか

コウモリは1500種を超える大所帯
ここまでは「コウモリは特別だ」という前提で進めてきました。その前提自体を疑う研究もあります。コウモリは翼手目(よくしゅもく)というグループで、国際的な保護団体バット・コンサベーション・インターナショナルによれば1500種を超えます。哺乳類全体のおよそ5種に1種という数で、これより多いのはネズミの仲間だけです。
種の数で割ると特別ではないという指摘
米国科学アカデミー紀要に載った2020年の解析は、この点を正面から確かめました。415種のウイルスとその宿主を集め、人に感染するウイルスの数を動物のグループごとに比べています。すると、その数は種の多さに応じて増えていただけでした。コウモリもネズミの仲間も、その大きさのグループとして予想される範囲に収まっています。
致死率の高いウイルスは確かにコウモリ由来に多い
数では特別でなくても、質では違いが出ます。同じ紀要の2022年の解析は、人獣共通感染症のウイルスを宿主ごとに並べました。最も致死率が高かったのはコウモリ由来で、同じく飛ぶ鳥と比べても上です。反対に、人に近い霊長類から来たウイルスは致死率が低めで、そのかわり人から人へよく広がる傾向がありました。
死者の総数ではどの宿主も突出しない
ところが、実際に出した死者の総数で比べると、コウモリを含めてどの宿主のグループも飛び抜けてはいませんでした。致死率が高くても、人から人へ広がりにくければ被害は大きくなりません。危険の大きさはウイルス自身の性質と流行の状況で決まり、宿主の顔ぶれだけでは決まらないというのが著者らの結論です。
家に入り込んだコウモリはどうすればいい?

住宅に来るのはたいていアブラコウモリ
日本には35種ほどのコウモリがすみ、街中でいちばんよく見かけるのがアブラコウモリです。家の屋根裏や外壁のすき間に入り込むのも、たいていこの種。夕方に低く飛び回って虫を食べている姿もおなじみです。
許可なく捕まえれば1年以下の拘禁刑
見落とされがちなのが法律の縛りです。コウモリは鳥獣保護管理法の対象で、許可なく捕まえたり殺したりできません。違反すると1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。2025年6月の刑法改正の前は「懲役」と書かれていたため、自治体の案内には古い表記が残っていることがあります。困っているからという理由でも例外にはなりません。
追い出してから入口を塞ぐ
禁じられているのは捕獲と殺傷で、追い出すことは止められていません。茨城県つくばみらい市の案内は、煙タイプの忌避剤や置き型の忌避剤で外へ出し、いない間に網やパテで入口を塞ぐ手順を勧めています。市が駆除を代わりに引き受けることはありません。高い場所の作業は危ないので、業者に頼むことも選択肢です。
弱って落ちている個体を素手で触らない
地面で動けなくなっている個体を見つけても、手で拾い上げないことです。自治体の案内も、寄生虫や病原体がついている恐れがあるとして素手で触らないよう呼びかけています。海外ではとくに注意が要り、米国CDCによれば同国で狂犬病で亡くなる人の少なくとも10人に7人はコウモリからの感染でした。
7グラムの体で41年生きる

ブラントホオヒゲコウモリの野生の記録
炎症を抑えて生きる体には、思わぬおまけも付いてきます。長寿の記録として知られるのがブラントホオヒゲコウモリで、標識を付けた野生の個体が41年生きていました。体重はおよそ7グラム。ネズミの仲間の多くが数年で寿命を迎えることを思えば、体の大きさからはまず考えられない長さです。
老化と炎症は地続きの話
年を取るにつれて体の中でくすぶる弱い炎症は、老化を進める要因の一つと考えられています。2019年のNLRP3の研究も、このスイッチがウイルスによる炎症と加齢による炎症の両方に関わる点に注目していました。コウモリの炎症のブレーキは、感染への備えであると同時に、老化の火種を抑える仕掛けかもしれません。
和歌山の洞窟のコウモリにもウイルスがいた
日本のコウモリも、ウイルスと無縁ではありません。和歌山県白浜町の海蝕洞(かいしょくどう)に集まるユビナガコウモリを調べた報告では、腸の中身の11%からコウモリのコロナウイルスの遺伝子が見つかりました。血液の33%には日本脳炎ウイルスに感染した跡があり、8%からは新しいヘルペスウイルスの遺伝子も拾われています。
ただし、海外の多くのコウモリが持つ狂犬病やリッサウイルスの心配は日本ではしなくて済みます。総説の著者が「日本でのコウモリの調査は凄く気が楽」と書いているほどです。
生まれた洞窟から200キロ先へ散っていく
寿命の長さは、ウイルスを運ぶ距離にも効いてきます。白浜で生まれたユビナガコウモリに標識を付けて追った調査では、200キロ離れた滋賀県や208キロ離れた福井県まで移動していました。ニパウイルスの宿主として知られるライルオオコウモリは、1日で150キロ以上を飛ぶと報告されています。
長く生き、遠くまで飛び、大勢でねぐらに集まる。ウイルスを保ち続ける条件が、ここまで揃った動物はそう多くありません。そのうえで体を壊さずにいられるのは、攻める力ではなく炎症を抑えるブレーキのおかげだと考えられています。7グラムの体で41年を生きるコウモリは、ウイルスの倉庫であると同時に、長寿の手本でもあるのです。
参考
- 前田健・水谷哲也・田口文広「コウモリ由来のウイルスとその感染症」(獣医疫学雑誌 15巻2号、2011年)
- Bat Flight and Zoonotic Viruses(Emerging Infectious Diseases 20巻5号、2014年、米国CDC)
- Temperature sensitivity of bat antibodies links metabolic state of bats with antigen-recognition diversity(Nature Communications 15巻、2024年)
- e-Gov法令検索「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」
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