洗ったばかりのタオルが雑巾のようなにおいを放つのは、洗濯で菌が完全にいなくなるわけではないからです。繊維の奥に残ったモラクセラ菌が、落としきれなかった皮脂を分解して4-メチル-3-ヘキセン酸という物質を作ります。
やっかいなのは、この物質がごくわずかな量でも鼻に届いてしまう点。菌が少し残っているだけで、においとしてははっきり立ち上がってしまうわけです。しかも、乾かしていったん消えたはずのにおいが汗や雨で湿るとまたぶり返します。「ちゃんと洗ったのに」という感覚と実際に起きていることのずれは、ここから生まれています。
洗ったのに臭うのは、菌がどこに残っているから?

答えは繊維の内部です。菌は衣類の表面にだけ乗っているのではなく、糸のあいだに入り込んでいます。この居場所が、洗濯の水流と洗剤がいちばん届きにくい場所でもあるのでした。
生乾き臭のタオルから出てきたのはモラクセラだった
花王が2011年9月に出願した特許「生乾き臭抑制剤のスクリーニング方法及び生乾き臭抑制剤の評価方法」には、原因菌をどう突き止めたかの手順が具体的に書かれています。家庭から回収したにおいの強い繊維製品を5×5センチほどに裁断し、抽出液を寒天培地に塗って35℃で24時間培養する。そこに現れたコロニーから菌を取り出し、16S rDNAの塩基配列を読んで種を特定するという流れでした。
こうして名前が挙がったのが、モラクセラ・エスピーの4-1株と4-4株、そしてモラクセラ・オスロエンシスです。試料になったのはタオル・Tシャツ・枕カバー・下着類。どれも肌に直接触れ、皮脂や角質を受け止める衣類でした。
※ 16S rDNAとは、細菌がほぼ共通して持っている遺伝子の領域のことです。種ごとに少しずつ配列が違うため、顕微鏡では見分けられない菌でも種類を判定できます。
洗濯が落とすのは「ほとんど」であって「全部」ではない
家庭の洗濯は消毒ではありません。水と洗剤で汚れと菌を大きく減らす作業であって、無菌にする工程ではないのです。
繊維の奥までは水流が届かない
タオルのパイルや織物の芯の部分は、洗濯槽のなかで激しく揺すられても水の入れ替わりが鈍いところです。表面の汚れは落ちても、奥に潜り込んだ菌はそのまま居座ります。洗い上がりのタオルが無臭に感じられるのは菌が消えたからではなく、においの物質がまだ作られていないから。
残った菌は皮脂を食べて数を戻す
わずかに生き残った菌でも、栄養と水分と温度がそろえば短時間で数を回復します。前述の特許では、菌を植えた布を加湿した条件下に37℃で24時間置く実験が行われました。一晩あれば十分に育つ、と読み替えてもそう外れてはいないでしょう。
皮脂汚れがあって初めて、においの物質ができる
この特許がおもしろいのは、菌単独では話が完結しないと明記している点です。4-メチル-3-ヘキセン酸を作る微生物自体は以前から知られていましたが、それは植物由来のテルペンを材料にした場合のこと。皮脂汚れの成分から同じ物質が作られることは、当時まったく知られていなかったと書かれています。
菌だけでも皮脂だけでも、生乾き臭は生まれません。両方が残ったうえで湿った状態が続いたときに、はじめてあのにおいが立ち上がります。洗い方を変えても乾かし方を変えても効き目があるというのは、この二本立ての仕組みから来ているのでした。
4-メチル-3-ヘキセン酸とは、どんな物質なのか

名前は長いものの、正体は炭素が7つ並んだ小さな脂肪酸です。バターが古くなったときのにおいや、チーズの一部が持つ香りと同じ系統に属します。
※ 4-メチル-3-ヘキセン酸(4M3H)とは、生乾き臭の主成分とされる中級分岐脂肪酸のひとつです。花王が2010年に生乾き臭のキー成分として報告し、翌年に生成菌の同定へ進みました。
においのもとになる脂肪酸は一つではない
特許の記述によると、生乾き臭の原因物質としては4-メチル-3-ヘキサン酸や5-メチル-2-ヘキセン酸など、よく似た構造の中級分岐脂肪酸がいくつも候補に挙がっていました。どれも雑巾に近い不快なにおいを持ちます。
そのなかで主犯と名指しされたのが4-メチル-3-ヘキセン酸でした。量が飛び抜けて多かったからではありません。決め手になったのは、まったく別の性質です。
「閾値が特段に低い」という言い方
特許はこの物質について、閾値(いきち)が他と比べて特段に低いと述べています。閾値とは、人がにおいとして感じ取れる最小の濃度のこと。この値が低いほど、ほんの少しあるだけで気づかれてしまう物質ということになります。
だからこそ、生乾き臭は「洗濯が下手だから出る」とは限りません。検出できるかどうかも怪しいほどの量で、鼻のほうが先に反応してしまう。においの強さが、残った菌の多さをそのまま表しているわけではないのです。
汗のにおいとは別の物質が働いている
着ているうちに出てくる汗臭と洗濯物の生乾き臭は混同されがちですが、同じ話ではありません。汗臭のほうはイソ吉草酸などの短い脂肪酸が中心で、主役になる菌もマイクロコッカス属とされています。
「洗ってもにおう」の正体を絞り込むとき、この区別はけっこう役に立ちます。脱いだ直後から臭うなら汗のほう、洗って乾かしたあとに湿ると臭うならモラクセラのほう、という見当がつくからです。
乾かしたのに、着るとまた臭うのはなぜ?

においがぶり返す現象には、特許のなかで「再発性の生乾き臭」という名前が与えられています。一度この状態になった繊維製品は、洗って十分に乾かせばいったん無臭に戻るのに、湿気を帯びただけでまた臭い出すのが特徴です。
湿気を帯びるだけでぶり返す
引き金になるのは汗や雨です。乾いたバスタオルで顔を拭いた瞬間や、着ていたシャツが汗ばんできたときに急ににおいが立つ経験には、心当たりがあるのではないでしょうか。
外干しでも乾燥機でも起きる
特許は、この再発が室内干しに限った話ではないと明言しています。低温乾燥の機能を備えた洗濯機や乾燥機を使った場合でも、屋外でしっかり干した場合でさえ、湿気を帯びれば起こりうる。干し方を変えても解決しなかった人にとっては、少し救いのある事実かもしれません。
ぶり返しには二つの筋道がある
特許は再発の仕組みとして、性質の違う二つの経路を並べて示しています。どちらか一方に決めつけていないところが、かえって実感に合うところです。
残った菌が、そのつど作り直している
ひとつ目は、乾燥を生き延びた菌が繊維のなかで再び動き出し、残っている皮脂汚れから原因物質を新たに産生するという道筋です。湿ることが合図になって、休んでいた工場が稼働を再開するようなもの。
繊維に囚われていたにおいが放たれる
もうひとつは、乾燥によって繊維に閉じ込められていた物質が、湿ることで再び解き放たれるという道筋。こちらは菌が新たに働かなくても成立します。しかも閾値が低い物質なので、放たれた量がわずかでも人は感知してしまう。
しまい込んだ衣類ほど起きやすい
特許は、再発性の生乾き臭が長期間たんすなどに収納した場合に生じやすいと指摘しています。一方で、下着やハンカチやタオルのように肌に触れる機会が多く洗って使うまでの間隔が短いものも、一度この状態になると使用中ににおいが戻りやすいとされます。
しまいっぱなしの衣類と毎日使う衣類の両方に、別々の理由でリスクがあるということ。衣替えのときに久しぶりのシャツが妙に臭ったなら、前のシーズンの段階ですでに仕込まれていたと考えるほうが筋が通ります。
素材で臭いやすさは変わるのか

変わります。ただし「綿が臭いやすい」「化繊が臭いやすい」という単純な優劣ではなく、菌がどの段階で有利になるかが素材ごとに違う、という話でした。
5種類の皮膚の菌は、そろってポリエステルについた
Møllebjergらが2021年に学術誌Microbiology Spectrumで発表した研究は、綿とポリエステルの布に皮膚の常在菌を付け、付着から増殖・乾燥・洗濯までの一連の経過を追ったものです。使われたのは表皮ブドウ球菌やミクロコッカス・ルテウスなど5種類でした。
結果は明快で、5種すべてがポリエステルへの付着を好みました。ポリエステルは皮脂と汗の溶質をより多く吸い込むことも確かめられており、菌にとっては食事付きの住まいということになります。運動着のにおいが独特なのは、この性質と無関係ではなさそうです。
※ この研究が扱ったのはモラクセラ菌ではなく、皮膚に常在する別の5種です。素材の性質が菌のふるまいを左右するという原理は共通しますが、生乾き臭そのものを測った実験ではない点には注意が必要です。
綿は水を10倍抱え込む
同じ研究では、乾かしたあとに布が保持していた水分も測られています。綿は布の重さの2.24%、ポリエステルは0.23%。およそ10倍の差がつきました。
| 素材 | 菌の付きやすさ | 乾燥後に残る水分 | 効いてくる場面 |
|---|---|---|---|
| 綿 | ポリエステルより少ない | 布重量の2.24% | 乾いたあとも菌が活動を保ちやすい |
| ポリエステル | 5種すべてが好んだ | 布重量の0.23% | 皮脂と汗を多く吸い、菌の栄養になる |
綿のタオルが名指しされがちなのは、この保水力のためです。乾いたように見えても内部には水分が残り、菌にとっては活動を続けられる環境が保たれている。厚手であるほど、その状態が長引きます。
一度乾いた菌は、洗っても落ちにくくなる
この研究でもうひとつ注目したいのが、乾燥を経た布では洗濯による菌の除去効率がはっきり下がったという観察です。菌が繊維に強く固定されてしまい、水流では引き剥がせなくなります。
何度洗ってもにおいが取れないタオルがあるのは、根性の問題ではないわけです。乾く前に菌を減らしておくほうが、乾いてから取り返そうとするよりずっと分がいい。
洗濯機のなかに置いたままにしていないか

干し方の工夫より前に見直したいのが、洗い終わってから干すまでの時間です。ここが長い家庭では、どんなに丁寧に干しても勝負が先についてしまいます。
特許が挙げる「においが出る場面」の筆頭
くだんの特許は、生乾き臭が生じる場面を4つ列挙しています。洗濯後に洗濯槽内など湿気の多い場所へしばらく放置した場合・室内干しの場合・雨や汗で濡れた場合・乾燥が不十分な場合。室内干しより先に、洗濯槽への放置が挙がっているのが目を引きます。
脱水が終わった洗濯物は、水分をたっぷり含んだまま密閉空間に積み上がっている状態。培養器に入れているのと大差ありません。予約運転で仕上がりの時刻を早めに設定してしまい、朝まで放置するのは避けたいところです。
菌が働く温度帯は、人が快適な温度帯と重なる
特許の実験で使われた培養条件は35℃から37℃で、いずれも加湿した状態でした。湿度100%と明記された試験もあります。実験室の設定なので家庭の室内とそのまま同じではないものの、菌がよく働く温度帯が人の暮らす温度帯と近いことは読み取れます。
梅雨や夏場に生乾き臭の相談が増えるのは、気温と湿度が同時に上がるからでしょう。冬でも暖房の効いた部屋に洗濯物を吊るせば、条件としては近いところまで行きます。
間隔と風で、乾くまでの時間を縮める
乾燥は、布から出た水蒸気が周囲の空気に移って初めて進みます。空気が動かなければ布のまわりに湿った層ができて、蒸発はそこで足踏みしてしまうのです。
詰めて干すと、洗濯物どうしで湿気を回し合う
ハンガーを隙間なく並べると、隣の衣類から出た水蒸気が自分の乾燥を妨げます。干す場所が足りないときは無理に一度で干さず、二度に分けたほうが合計では早く終わることも多いもの。
風を当て続けると蒸発が止まらない
サーキュレーターや扇風機の役目は、布のまわりにできる湿った空気の層を吹き飛ばすことにあります。強い風を短時間当てるより、弱くても当て続けるほうが効果的です。除湿機やエアコンの除湿と組み合わせれば、部屋の空気そのものが乾きます。
厚手のものは形を変えて干す
バスタオルを竿に二つ折りでかけると、乾き終わるまでいちばん時間がかかるのは、重なった内側の部分。端をずらして片側を長くする、あるいは筒状にして上辺だけ留めるなど、空気の通り道を作る干し方に変えるだけで所要時間は縮みます。
パーカーのフードやポケットの二重になった部分も同じ理屈。乾きにくい箇所を先に外へ向けてやると、全体の仕上がりがそろってきます。
熱はどのくらいあれば効くのか

乾かす速さで勝負がつかないときの最後の手が熱です。ここについては、医療の現場で使われている基準が参考になります。
医療現場の熱水消毒は80℃・10分
厚生労働省が令和4年3月に出した「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き」は、リネン類の消毒に熱水洗濯機を用いる場合の条件として80℃・10分間を挙げています。シーツや毛布や下着に対して適していると明記された数字です。
興味深いのは、同じ手引きが「70℃・1分間や80℃・10秒間などの熱水でも有効と推定されるが、安全を見込んで80℃・10分間とする」と補足している点。実際にはもっと低い温度や短い時間でも効くと見られているものの、確実を期して余裕を持たせた数値なのでした。
家庭の乾燥機はどこまで上がるのか
衣類の洗濯表示のもとになっているJIS L 0001について、消費者庁は記号ごとの意味を公開しています。タンブル乾燥の記号は2種類あり、高温乾燥が排気温度の上限80℃、低温乾燥が上限60℃と定められています。
医療現場の熱水消毒と同じ80℃という数字が、家庭の乾燥機の上限にも顔を出すわけです。排気温度と布そのものの温度は別物なので同列には扱えませんが、乾燥機の高温設定が菌にとって厳しい環境であることは間違いありません。
※ タンブル乾燥とは、洗濯物を回転させながら温風を当てて乾かす方式のことです。ドラム式洗濯乾燥機やコインランドリーの乾燥機がこれにあたります。
熱を使えない衣類はどうするか
タンブル乾燥禁止の表示がある衣類に高温をかければ、においは消えても服が縮みます。洗濯表示を先に確かめるのが順序です。
熱が使えないなら、菌が働く時間を与えないという方向へ切り替えることになります。洗い上がりを槽に置かない。間隔を空けて干す。風を当てる。地味な手ばかりですが、原因物質が作られる前に水分を抜いてしまうという点では狙いが同じです。
生乾き臭は、洗濯の腕前を採点されているわけではありません。菌と皮脂と水分がそろう時間をどれだけ短くできるか、その一点にかかった勝負です。脱水が終わったらすぐ干す——効き目のいちばん大きい手が、いちばん手軽なところに置いてあるのは幸運なことだと思います。
参考
- 花王株式会社「生乾き臭抑制剤のスクリーニング方法及び生乾き臭抑制剤の評価方法」(国際公開WO2012/039261)
- Møllebjerg A ほか「The Bacterial Life Cycle in Textiles is Governed by Fiber Hydrophobicity」Microbiology Spectrum 9巻2号, 2021
- 厚生労働省「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き」(令和4年3月11日)
- 消費者庁「日本産業規格(JIS L 0001)の概要」
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