「鼻を洗濯バサミではさむと高くなる」「毎日つまんでいれば鼻筋が通る」。子どものころ、そんな話を聞いて試した人は少なくないはずです。けれど大人がいくら鼻をつまんでも、鼻が高くなることはありません。それどころか人の鼻は、年を重ねるほど低くなっていきます。
なぜ「つまむと高くなる」は起こらないのか。鼻のどこが骨で、どこが軟骨なのかをたどると、俗説がどこですれ違っているのかが見えてきます。
俗説と、本当のところ

細かい理由に入る前に、よく聞く言い伝えと、医学的に確からしいことを対照させてみましょう。以下でこの表の各行を、順番にほどいていきます。
| よく聞く言い伝え | 本当のところ |
|---|---|
| つまむと鼻が高くなる | 大人の軟骨は硬く、外からの力ではほぼ変わらないとされる |
| 毎日続ければ効く | 続けても効果は乏しく、皮膚が黒ずむなどの弊害が出ることがある |
| 軟骨は力で形が変わる | やわらかく変えられるのは、生後まもない時期の軟骨だけ |
| 若いうちが勝負 | むしろ何もしなくても、加齢で鼻先は垂れて低くなる |
鼻のどこが骨で、どこが軟骨なのか

そもそも「つまんでいる」のは鼻のどの部分なのか。ここがはっきりすると、動かせる余地がどれだけあるかも見えてきます。
上半分は骨、下半分は軟骨
付け根の高さを決めるのは「鼻骨」
鼻の骨組みは、上下で素材が異なります。上半分、目と目のあいだから鼻筋の上部を支えているのは、鼻骨(びこつ)という硬い骨です。ここに上顎(じょうがく)の骨や前頭骨の一部も加わって、鼻の付け根の高さをつくっています。指でつまんでも、この部分はまず動きません。
つまめるのは「軟骨と皮膚」の部分
一方、鼻の下半分、鼻先(鼻尖/びせん)や小鼻(鼻翼/びよく)は骨ではなく軟骨でできています。つまんで少しへこむのは、この軟骨とその上を覆う皮膚です。つまり私たちがつまめるのは、鼻全体のうち下側の一部にすぎません。
「つまむ」で動かせる範囲は限られている
高い鼻に見えるかどうかは、大きくは付け根から鼻筋にかけての骨の高さで決まります。ところが俗説でつまむのは、その骨ではなく先端側の軟骨です。狙っている場所と、実際に触れている場所がずれている。ここに「つまんでも高くならない」の出発点があります。
大人の軟骨は「押して形が変わる」ものではない

では、せめて軟骨の部分だけでも、押し続ければ形を変えられるのでしょうか。ここも答えははっきりしています。
硬くなった軟骨は、外からの力で矯正できない
器具や鼻叩きに医学的根拠はない
鼻をつまむクリップ型の器具や、鼻筋を指で叩く「鼻叩き」で高くなるという話には、医学的な裏づけがありません。美容外科の医師も、鼻の軟骨や骨は押して形が変わるものではないと指摘しています。数分つまんで赤くなった鼻がしばらく形を保っても、手を離せばすぐ元に戻ってしまうのです。
むしろ皮膚を傷めることがある
効果が乏しいだけなら、まだよいのかもしれません。ところが毎日強くつまんだり叩いたりしていると、刺激で皮膚が厚く角化したり、色素沈着で黒ずんだりすることがあるとされます。長時間クリップで締めつければ、血の巡りが妨げられる心配もあります。高くしようとして、かえって鼻の見た目を損なうことになりかねません。
「毎日続ければ」も効きめを変えない
俗説はよく「続けることが大事」と言います。けれど硬い軟骨は、弱い力を毎日かけても作り替わってはくれません。回数や期間を増やしても、変わらないものは変わらない。この点は、次の「なぜ歯は動くのに鼻は動かないのか」を読むと腑に落ちるはずです。
なぜ歯は動くのに、鼻は動かないのか

ここで一つ、素朴な疑問が浮かびます。歯列矯正では、弱い力をかけ続けると歯が少しずつ動きます。同じように鼻も、押し続ければ動きそうなものです。両者を分けるのは、力を受ける組織の性質のちがいにあります。
歯が動くのは「骨が作り替わる」から
骨は圧力に応じて溶けて、また作られる
歯を支えているのは歯槽骨(しそうこつ)という骨です。矯正で一定方向に力がかかると、押された側の骨が溶かされ、引かれた側に新しい骨がつくられます。この「溶けては再びつくられる」入れ替わりによって、歯は骨ごと少しずつ移動していきます。動いているのは歯そのものというより、それを抱えた骨のほうです。
軟骨には同じしくみが乏しい
鼻先の軟骨には、この作り替えのしくみが骨ほど備わっていません。軟骨は内部に血管が乏しく、代謝がゆっくりな組織です。外から日々つまむ程度の力で、形を保ったまま作り替わることは期待しにくいわけです。歯が動く話を鼻に当てはめられない理由は、ここにあります。
軟骨がやわらかいのは「生まれて間もない時期」だけ

「軟骨は力で変わる」という感覚が、まったくの間違いかというと、そうとも言い切れません。ある特別な時期にかぎっては、実際に軟骨を矯正できます。それが赤ちゃんの、生まれてすぐの時期です。
新生児の軟骨は、母体由来のホルモンでやわらかい
「生後まもなく」という短い窓
生まれた直後の赤ちゃんは、母体由来のエストロゲンというホルモンの影響で、軟骨がやわらかく変形しやすい状態にあります。とくに生後まもない数日は可塑性(かそせい/形が変わりやすい性質)が高いとされ、この作用が続くのはおよそ生後六週間ごろまでと報告されています。ところが生後三か月を過ぎるころには軟骨が硬くなり、もう形はほとんど変えられません。
※ エストロゲンとは、女性ホルモンの一種です。妊娠中は母体で多く分泌され、その一部が胎児に移行するため、生まれた直後の赤ちゃんの体内にも高い濃度で残っています。
耳の変形は装具やテープで矯正できる
この性質を生かすのが、新生児の「折れ耳」や「立ち耳」の治療です。耳の軟骨がやわらかいうちに、専用の装具やサージカルテープで正しい形へ押さえておくと、変形が整うことがあります。早く始めるほど効果が出やすく、生後一週間以内の開始がのぞましいともされます。軟骨を外から矯正できる、数少ない実例です。
大人に同じことは起きない
裏を返せば、この矯正が効くのは軟骨がやわらかい生後まもない時期に限られます。ホルモンの後押しが消え、軟骨が硬くなった大人の鼻には、同じ理屈は当てはまりません。「軟骨は力で変わる」という話は、赤ちゃんの一時期の現象を、大人にまで広げてしまったものと言えそうです。
つまむより確実に進む変化——加齢で鼻はむしろ低くなる

つまんでも高くならない鼻ですが、放っておくと形は変わっていきます。ただしその向きは、高くではなく低くです。何もしなくても、年齢とともに鼻はゆっくり下がっていきます。
軟骨と靭帯が弱ると、鼻先が垂れる
鼻尖が丸く、広くなる
鼻の形を保っているのは、軟骨と、それらをつなぐ靭帯(じんたい)や結合組織です。加齢でこの支えの強度が落ちると、左右の軟骨がつなぎ目でゆるみ、鼻先(鼻尖)は広く丸くなっていきます。若いころのすっきりした先端が、年齢とともにぼんやりと横に広がる。これは多くの人に共通する変化です。
高さも下がっていく
支えがゆるむ影響は、鼻の高さにもおよびます。鼻先が垂れ下がると同時に、鼻全体が低く、ややつぶれた印象に近づいていきます。つまり、必死につまんで高さを足そうとしていた鼻は、時間の側から見れば少しずつ高さを失っていく器官なのです。若いうちの数ミリを気にするより、この自然な流れを知っておくほうが役に立つかもしれません。
では、本当に高くするには

ここまでを踏まえると、大人が鼻の高さそのものを変えたい場合、自力での矯正はやはり難しいという結論になります。実際に形を変えられるのは、医療の領域です。
形を変えるのは美容医療の領域
大人になってから鼻を高くしたいなら、手段は美容医療にあります。代表的なのは、鼻筋にヒアルロン酸を注入して高さを足す方法です。ほかにも、シリコンなどのプロテーゼを入れる隆鼻術(りゅうびじゅつ)や、自分の軟骨を移植して鼻先を伸ばす鼻中隔延長もあります。いずれも組織そのものに手を加える点で、指でつまむのとは根本から異なるアプローチです。受けるかどうかは、効果や体への負担、費用をふまえて専門の医師と相談して決めることになります。
お金をかけずにできるのは「見せ方」の工夫
骨や軟骨を変えずにできることといえば、陰影を使った見せ方の調整です。鼻筋に沿って明るい色を、脇に暗い色をのせるメイクは、光の当たり方で高く見せる古くからの手法です。形そのものは変わりませんが、こちらは体を傷めるリスクがありません。つまむ習慣に時間をかけるより、現実的な選択肢と言えそうです。
鼻をつまんでも高くならないのは、意志が足りないからでも、続け方が悪いからでもありません。触れているのが骨ではなく、その軟骨も大人ではもう作り替わらない。動かないものを動かそうとしていた、ただそれだけのことです。つまむのをやめても、失うものは何もありません。
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