おならの音は、お腹の中ではなく出口で鳴っています。気体が肛門の細いすきまを抜けるとき、まわりのやわらかい組織が震えて空気を揺らすのです。においのもとはさらに意外で、健康な人のおならを集めて測った研究では、硫黄を含む成分は全部合わせても100万分の34ほど。1万分の1にも届きません。
おならは何でできている?

材料は飲み込んだ空気と細菌のガス
おならの材料は大きく分けて二つあります。食事のときに飲み込んだ空気と、大腸の細菌が食べ物の残りを分解したときに出る気体です。においの有無で分けると、顔ぶれは次のとおり。においを持つのは最後の一行だけで、それもごく微量にすぎません。
| 気体 | どこから来るか | におい |
|---|---|---|
| 窒素 | 飲み込んだ空気の主成分 | なし |
| 水素 | 大腸の細菌が糖を発酵させて作る | なし |
| 二酸化炭素 | 細菌の発酵などで生まれる | なし |
| メタン | 一部の人の腸にいる細菌が水素から作る | なし |
| 硫化水素など | 硫黄を含む成分が細菌に分解されてできる | あり(ごく微量) |
飲み込んだ空気の多くはげっぷで戻る
飲み込んだ空気がそのまま全部おならになるわけではありません。MSDマニュアル家庭版によると、大部分は後でげっぷとして出てゆき、胃より先へ進むのはごく少量です。早食いや炭酸飲料、ガムをかむ習慣があると、飲み込む量そのものが増えます。無意識に空気をのむ癖が強い状態は空気嚥下症(くうきえんげしょう)、俗に呑気症(どんきしょう)とも呼ばれます。
「大半は飲み込んだ空気」が当てはまる日
日本語の解説では「おならの7〜9割は飲み込んだ空気」と書かれることが少なくありません。いっぽうMSDマニュアル プロフェッショナル版は、放屁(ほうひ)の約75%は大腸での細菌発酵に由来するとしています。配分がほぼ逆です。
この食い違いは、何を食べたかで説明がつきそうです。イギリスで10人の24時間ぶんのおならを集めた実験では、発酵の材料をほぼ含まない流動食を48時間続けると、総量は1日214ミリリットルまで減りました。残ったのは空気や血液から染み出したとみられる約200ミリリットル。発酵の材料が無い日に限れば「大半は空気」も間違いではないのです。
量の主役は細菌が作る水素

いちばん多いのは水素
同じ実験で、普段の食事にベイクドビーンズ200グラムを加えた日の総量は、中央値で1日705ミリリットルでした。そのうち水素が361ミリリットルと半分を占め、二酸化炭素は68ミリリットル。流動食の日にはほぼ消えていた水素が、豆を食べた日には主役に躍り出ています。
小腸で吸収されなかった糖や食物繊維は、大腸にすむ細菌のえさになります。細菌がそれを分解してエネルギーを得るとき、副産物として水素や二酸化炭素が出る。おならの量を左右するのは、この発酵の分なのです。
メタンを作る人は3人に1人
水素からメタンを作る細菌は、誰の腸にもいるわけではありません。米国ミネアポリスで健康な大人212人の呼気を調べた2006年の報告では、メタンを作る人は36.4%でした。
同じ研究者たちが35年前に測ったときは33.6%。抗生物質が広く使われ、食生活も変わった35年をはさんで、割合はほとんど動いていません。先ほどの10人の実験でも、メタンを出したのは3人だけでした。
水素もメタンも燃える気体
水素とメタンは、どちらも燃える気体です。日常生活で問題になることはまずありませんが、医療の現場には注意点があります。MSDマニュアル プロフェッショナル版は、腸の洗浄が不十分な患者に手術や大腸内視鏡検査で電気メスを使った際、ガス爆発や死亡例が報告されていると記しています。大腸の検査前に下剤で腸を空にするのは、見やすくするためだけではありません。
音はどこで鳴っている?

鳴っているのは出口のすきま
お腹がゴロゴロ鳴る音と、おならの音は別ものです。前者は腸が中身を動かすときの音で、後者は出口で起きる振動の音にあたります。直腸にたまった気体が押し出されるとき、通り道は肛門のところで急に狭くなります。勢いよく抜ける気体が、まわりのやわらかい組織を細かく震わせる。ふくらませた風船の口をつまんで空気を逃がすと甲高い音が鳴るのと、同じ理屈だと説明されます。
締め具合で音の高さが変わる
金管楽器で唇が震えて音になるのも、仕組みは同じです。楽器も風船も体も、鳴っているのは「すきま」であって、中にたまった空気そのものではありません。
肛門のまわりの筋肉は、自分の意思である程度動かせます。きつく締めたまま押し出せば、狭いすきまを速い流れが抜けて高く大きな音になりやすい。力を抜いて通り道を広げると、同じ量でも音は低く小さくなります。
ゆっくり少しずつなら鳴らない
同じ人でも、音が出るときと出ないときがあります。気体がゆっくり少量ずつ通り抜けると、組織を震わせるだけの勢いが生まれないためです。
違いを作るのは、気体の量と速さ、それに出口の締め具合。音の大きさはあくまで量と勢いの問題で、においの濃さとは別の要因で決まっています。
においの主役は硫化水素

16人のおならを集めた1998年の研究
においの正体を確かめるには、おならを集めて成分とにおいの両方を測るしかありません。それをやってのけた研究が、1998年に英国の医学誌『Gut』に載っています。
米国の研究チームは健康な16人にピント豆と、吸収されない糖であるラクツロースをとってもらい、おならの量を増やしたうえで管から採取しました。気体ごとの硫黄成分の濃度と、2人の判定者がかいだにおいの強さを突き合わせています。
硫化水素・メタンチオール・硫化ジメチル
もっとも多かったのが硫化水素で、1リットルあたり1.06マイクロモル。次いでメタンチオールが0.21、硫化ジメチルが0.08でした。においの強さとはっきり相関したのは、硫化水素の濃度です。卵が腐ったようなにおいと表現される、あの成分が主役でした。
全部合わせても1万分の1に届かない
三つを合わせても1リットルあたり1.35マイクロモル。気体1リットルはおよそ40ミリモルですから、割合に直すと100万分の34ほどになります。1万分の1は100万分の100なので、それにも届きません。
おならの99.99%以上は、鼻では気づけない気体でできている計算です。気になるにおいは、ほんのひとつまみの成分が引き受けている格好です。
※ ppm(ピーピーエム)とは、100万分のいくつかを表す単位です。100万分の34は34ppmで、パーセントに直すと0.0034%にあたります。
硫黄はどこから来る?

たんぱく質と硫黄を含む野菜
硫化水素は食べ物にそのまま入っているわけではなく、腸の中で作られます。肉・卵・乳製品などのたんぱく質には、硫黄を含むアミノ酸が入っています。大腸まで届いた分が細菌に分解されると、硫化水素やメタンチオールが生まれるのです。
たまねぎ・にんにく・キャベツのように、硫黄の化合物を持つ野菜も材料のひとつ。食べたものでにおいが変わるのは、この材料が入れ替わるからです。
量が多い日ほど臭いとは限らない
豆や食物繊維をたくさん食べたときに増えるのは、無臭の水素と二酸化炭素です。硫黄成分の量が変わらないまま全体の体積だけが増えれば、濃度は下がります。
お腹の張りや回数は増えたのに、においはむしろ弱い。そんな日があるのは、この薄まりで説明がつきます。大きな音も同じことで、気体が多いことを示すだけで、においの強さとは結びつきません。
活性炭でにおいはほぼ消えた
1998年の研究は、においを消す方法も試しています。硫黄の化合物と結びつく酢酸亜鉛で処理すると、硫黄成分は減ったもののにおいは消え切りませんでした。
いっぽう活性炭で処理した検体は、においがほぼ丸ごと失われています。活性炭を挟んだクッションは、肛門の位置から流し込んだ硫黄成分の9割以上を吸着しました。硫黄の化合物は主役でも、においの全部ではないというのが論文の結論です。
1日に何回、どれくらい出る?

回数の実測は1日10回前後
回数をいちばん丁寧に数えたのは、1996年に報告された25人の記録です。普段どおりの食事で1週間数えると1日10±1回で、正常の上限は20回と算出されました。ラクツロースを1日10グラム加えると、19±2.4回まで増えています。
MSDマニュアルは目安を1日約13〜21回としていて、実測より多めです。連続して出たものを1回と数えるかどうかでも数字は動きます。どちらで見ても、1日20回前後までは珍しくありません。
量は1日0.5〜1.5リットル
1日の量は、MSDマニュアル家庭版の目安で0.5〜1.5リットル。先ほどの10人の実験でも、ベイクドビーンズを加えた日の量は476〜1491ミリリットルで、少ない人と多い人で3倍以上の開きがありました。
参加者は男女5人ずつで、量に男女の差はありません。1996年の回数の研究でも、性別・年齢・メタンを作るかどうかは回数に影響しませんでした。差が出たのは個人どうしのあいだで、腸内細菌が同じ材料からどれだけ気体を作れるかの違いと考えられています。
眠っている間も出ている
おならは起きているあいだだけのものではありません。24時間の採取実験は、睡眠中の記録も残しています。排出のペースは、日中が1時間あたり中央値34ミリリットル、睡眠中は16ミリリットルでした。半分ほどに落ちても、止まりはしない。少しずつ長い時間をかけて出るので、本人も周りも気づかないまま朝を迎えます。
豆を食べるとおならが増えるのは本当?

豆の糖はヒトの酵素で切れない
豆類には、ラフィノースやスタキオースと呼ばれるオリゴ糖が含まれています。これらの糖を分解する酵素を、人の消化液は持っていません。小腸で分解されなかった糖は、そのまま大腸へ流れ込みます。そこで待っているのが発酵する細菌です。水素や二酸化炭素がまとめて作られるので、豆を食べた数時間後に回数が増えます。
牛乳やガムの甘味料も同じ材料
吸収されずに大腸まで届く糖なら、働きは豆と変わりません。ガスを増やすものとして、MSDマニュアル家庭版は乳糖を含む牛乳・果物などに含まれる果糖・チューインガムに使われる甘味料のソルビトールを挙げています。
乳糖を分解する力が弱い人が牛乳を飲むと、乳糖が大腸まで残ります。豆を控えていてもおならが多い人は、こちらの材料が効いているのかもしれません。
酵素を足すと回数が減った
豆の糖が原因だという説明は、逆向きの試験でも確かめられています。19人に肉を使わないチリを食べてもらい、糖を切る酵素α-ガラクトシダーゼの液を8滴、あるいは偽薬を加えて比べた1994年の試験です。食後6時間の排ガス回数は、酵素を加えたときのほうが少なくなりました。お腹の張りや痛みには差が出ていません。
「増えた」と感じた人は半数未満
豆を避ける理由に、おならを挙げる人は多いものです。毎日半カップの豆を8〜12週間食べる三つの試験で症状を聞いた2011年の報告では、最初の1週間でさえ「増えた」と答えた人は半数に届きませんでした。ささげ豆では19%です。
おもしろいのは、豆を食べていない対照群でも3〜11%が「増えた」と答えたこと。気にして数えれば、普段どおりでも増えたように感じます。豆の評判には、この思い込みも混ざっていそうです。
我慢したおならはどこへ行く?

一部は血にとけて息から出る
人前で我慢したおならは、消えてなくなるわけではありません。行き先は二つで、しばらくしてから出るか、体に吸収されて息から出てゆくかです。
腸の壁は気体を通します。腸内の気体の一部は血液に溶けて肺まで運ばれ、吐く息に混じる。これは推測ではなく、医療の検査がこの性質をそのまま使っています。
吐く息の水素で調べる検査
乳糖不耐症を調べる水素呼気試験では、乳糖50グラムを飲んでもらい、2・3・4時間後の息に含まれる水素を測ります。MSDマニュアルの説明では、息の水素は分解されなかった乳糖を大腸の細菌が代謝して生まれたものです。
検査が成り立つこと自体が、大腸の気体が血液を通って肺に届く証拠になっています。我慢したおならの一部も、静かに息へまわっているわけです。
※ 水素呼気試験とは、吐く息に含まれる水素の量を測って、腸で糖がうまく吸収されているかを調べる検査です。MSDマニュアルでは増加が20ppmを上回れば陽性で、感度は78%、特異度は95%超とされます。
腸の中の気体はコップ1杯ほど
「ガスがたまって苦しい」人のお腹には、本当に多くの気体があるのでしょうか。腸に不活性ガスを流して洗い出す方法で量を測った1975年の研究では、ガス過多を訴える12人で176±28ミリリットル、対照群10人は199±31ミリリットル。差はありませんでした。差が出たのは気体が腸を通り抜ける時間のほうです。
ある瞬間にお腹にある気体は200ミリリットル前後、コップ1杯ぶんにすぎません。1日に700ミリリットル以上出てゆくのは、作られては出ていく流れが続いているからです。
医師に相談したほうがよいとき

受診の目安になる症状
回数やにおいの変化そのものは、たいてい食事の内容で説明がつきます。ただし体の別の変化を伴うときは話が別です。注意すべき徴候として、MSDマニュアル家庭版は体重減少や血便を挙げています。胸の膨満感に胸痛を伴う場合は、心臓の病気の可能性があるので速やかな受診が必要だとしています。急に回数やにおいが変わって続くときも、自己判断で様子を見ずに医師に相談してください。
自分でできる調整
同じ資料は、においと回数を減らすのに活性炭の錠剤がときに役立つとしています。ペパーミントオイルの製品が、ガスによる腹痛をやわらげることもあるそうです。
食事を一気に変えるより、疑わしい食品を一つずつ減らして様子を見るほうが原因を絞りやすくなります。牛乳を抜いた週、豆を抜いた週と分けてみると、自分の材料が見えてきやすいでしょう。
「おなら」の語源と江戸の放屁芸

「鳴らし」に「お」が付いた形
『精選版 日本国語大辞典』によれば、「おなら」は「鳴らす」の連用形が名詞になった「鳴らし」に、丁寧の「お」が付いたものから転じた語とされます。もとは宮中に仕える女性たちの言い換え語、女房詞(にょうぼうことば)でした。
同じ辞典は1595年の『羅葡日辞書(らほにちじしょ)』をこの意味の出典に挙げ、実際の用例として1638年の俳諧(はいかい)集『鷹筑波(たかつくば)』の一句を引いています。直接言いにくいものを、音の側から呼び直した工夫です。
平賀源内が書いた『放屁論』
江戸時代、両国には放屁で芸を見せる男が現れ、鶏の鳴き声などをおならでまねて評判になったと伝えられます。この男を題材にしたのが、エレキテルで知られる平賀源内です。1774年(安永3年)の戯作『放屁論』は、両国の放屁男をめぐって源内が論争する形をとり、1777年には後編も出ました。科学の世界の人が、出口のすきまが立てる音を文学の題材にしていたことになります。
1日に出てゆく気体は、多い人で1.5リットル。そのうち、においとして意識される部分は100万分の34そこそこです。残りの99.99%以上は飲み込んだ空気と、細菌が食べ物を分解したときの泡でできています。恥ずかしさの大半は、においより出口のすきまが立てる音のほうが背負っているのかもしれません。
参考
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「ガス症状」
- MSDマニュアル家庭版「ガス」
- Suarez FL ほか「Identification of gases responsible for the odour of human flatus」Gut 43(1), 1998
- Tomlin J ほか「Investigation of normal flatus production in healthy volunteers」Gut 32(6), 1991
- コトバンク「おなら」(精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉)
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