耳鳴りのキーンはなぜ起きるのか、鼓膜が受けた音ではなかった

からだの話
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耳鳴りの「キーン」は、鼓膜が受け取った音ではありません。外に音源がないのに音の感覚だけが生じる現象で、日本聴覚医学会の『耳鳴診療ガイドライン2019年版』は耳鳴を「明らかな体外音源がないにもかかわらず感じる異常な音感覚」と定義しています。

有病率は人口の15〜20%。臨床的に問題となるのはそのうち2〜3%で、65歳以上にかぎれば30%以上が耳鳴りで苦痛を感じているという推計もあります。そして静かすぎる部屋に入れば、耳鳴りを自覚したことのない健康な人にも、たいてい何かが鳴りだすのです。

※ この記事は耳鳴りのしくみについての一般的な解説です。診断や治療の判断はできませんので、症状が続く場合や気になる変化がある場合は耳鼻咽喉科を受診してください。

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耳鳴りについて、まず押さえておきたい5つのこと

ガイドラインは、耳鳴りに悩む人への説明で必ず伝える項目として「耳鳴が起きるしくみ」「悪化するしくみ」「治療の目標」の3つを挙げています。その順番にならい、答えだけを先に置いておきましょう。

問い答え
どこで鳴っているのか耳そのものより、脳を含む聴覚の中枢が主役だと考えられている
なぜ鳴るのか耳からの入力が減った分、中枢が感度を上げる。耳鳴りはその代償反応とされる
なぜ高い音が多いのか加齢や騒音で傷むのは高い周波数から。失われた帯域の近くに音が現れやすい
「キーン」が最多なのかいいえ。日本の患者調査で最も多かった音色は「ジー」という虫の鳴き声型
悪化させるものは何か静けさ・ストレス・不眠。気にするほど注意が向く悪循環が起きる

ここから先は、この5行それぞれの裏づけを見ていきます。

音源がないのに音がする——耳鳴りの分類

ひとくちに耳鳴りと言っても、本人だけに聞こえるものと、他人が聴診器を当てれば聞こえるものがあります。この区別が最初の分かれ道です。

本人だけに聞こえる耳鳴りと、他人にも聞こえる耳鳴り

大多数は「自覚的耳鳴」

「キーン」「ジー」と鳴るふつうの耳鳴りは自覚的耳鳴と呼ばれ、体内にも音源がないと考えられています。外耳や中耳が原因になることは少なく、臨床で問題になるのは蝸牛(かぎゅう)から中枢にかけての障害によるものです。

蝸牛(かぎゅう)とは、内耳にあるカタツムリのような形をした器官です。音の振動をここで電気信号に変え、聴神経へ送り出しています。

脈打つ耳鳴りは、約7割が他人にも聞こえる

心臓の拍動に合わせてドクドクと鳴る拍動性耳鳴は、耳鳴り全体の10〜15%とされます。こちらは血流の渦などが実際の音源になっているため、約70%は第三者が聴取できる他覚的耳鳴です。首や耳のまわりの筋肉がぴくつく筋性耳鳴では、カチカチという硬い機械音になります。

3か月続けば「慢性耳鳴」

線引きは国によって違う

慢性耳鳴の定義は各国のガイドラインで割れています。ドイツは「3か月以上持続」、アメリカは「6か月以上持続」。カナダ退役軍人省の給付基準も6か月以上とされています。

日本は3か月を採用した

日本のガイドラインが3か月を選んだ理由は単純で、日本の医療では急性と慢性を3か月で区切るのが一般的だからです。アメリカが6か月とした背景には、中等度から重度の耳鳴りの約50%が5年後には自然に改善していたというコホート研究があります。期間の線引きひとつに、その国の医療の慣習が透けて見えます。

静かすぎる部屋では、健康な人にも鳴りだす

耳鳴りは病気の人だけの現象ではありません。それを示したのが、70年以上前におこなわれた素朴な実験でした。

1953年、防音室に入った80人

80人のうち75人が「何か聞こえる」と答えた

アメリカのヘラーとバーグマンが1953年に『Annals of Otology, Rhinology & Laryngology』へ報告した実験です。耳の病気がなく耳鳴りもほとんど自覚していない18〜60歳の成人80人を、暗騒音が15〜18デシベル程度の防音室に入れました。観察時間はおおむね5分以内。「何か音が聞こえたら書き留めてください」とだけ伝え、音源が自分の体内にあるかもしれないとは知らせていません。

結果は75人、率にして93.75%が音を報告しました。同じ実験で対照とした難聴の患者100人のうち耳鳴りを訴えたのは73人ですから、健康な人のほうが高い割合で「聞こえて」しまったことになります。

報告された音の名前は39種類

両群あわせて39種類もの音が言葉にされ、最も多かったのは buzz(ブーン)・hum(ウーン)・ring(リーン)の3つ。この3語だけで、それぞれの群の回答の半分以上を占めていました。難聴の患者が訴える音と、健康な人が防音室で聞いた音は、言葉の上ではほとんど同じだったわけです。

感度が勝手に上がる、という設計

無響室では2〜3分で鳴る

目や鼻もそうであるように、あらゆる感覚系には感度を周囲の平均レベルに合わせる機能(auto-gain control)が備わっているとされます。無響室に2〜3分いるだけで生じる一過性の耳鳴りは、環境音が減ったぶん感度が上がった結果であり、誰にでも起こる感覚だとされています。

無響室(むきょうしつ)とは、壁や天井を吸音材で覆って音の反射をほぼ無くした実験用の部屋です。日常の室内よりはるかに静かで、自分の呼吸音や関節の音まで聞こえます。

だから対処の基本は「静寂を避ける」

感度が上がりすぎることが耳鳴りの一因なら、下げてやればいい。ガイドラインが「耳鳴の軽減の基本は静寂を回避すること」と言い切るのはそのためです。テレビやラジオ、環境音を小さく流して背景の音を豊かにする方法が音響療法の基本形になります。

「キーン」の正体——減った入力を、中枢が埋めている

耳鳴りの発生源をめぐる説明は、長いあいだ耳の側と脳の側を行き来してきました。現在の主流は後者です。

音がなくても、神経は鳴り続けている

毎秒数十回の自発放電

蝸牛神経はヒトの片耳で約3万本あり、その求心性線維の約95%が内有毛細胞とつながっています。おもしろいのはここからで、音の刺激がまったくない状態でも神経は毎秒数十回のペースで勝手に発火しています。他の神経系と比べても圧倒的に多い頻度です。

自発放電がふだん音として聞こえない理由

この自発放電がふだん音として聞こえないのは、多数の神経線維がばらばらに発火していて同期しないためです。音を聞くには、たくさんの線維がそろって興奮する必要がある。聴覚路はこうして雑音の混入を防いでいると考えられています。逆にいえば、そろってしまえば「音」になる。

幻の足が痛むのと、同じ構図

入力が途絶えると、抑制も外れる

蝸牛や蝸牛神経が傷んで信号が届かなくなると、中枢の聴覚路では抑制系の働きが落ちます。抑えが外れた回路は過剰に興奮し、聴覚野そのものが作り替えられていく。この可塑的な変化が耳鳴りに関わっているという見方が、いまの中枢発生説です。

切断した足がまだ痛む現象との対比

この状態を、ガイドラインは下肢切断後に起こる幻肢痛(げんしつう)と似た病態として説明しています。慢性の痛みは末梢の傷から始まるのに、傷が治ったあとも残り、その人の気分や環境で強さが変わります。耳鳴りもまったく同じ振る舞いをするという指摘です。

「耳鳴は代償の反応である」

説明のしかたまで決められている

巻末の付録には、患者に必ず説明すべき内容がそのまま文章で載っています。「難聴により音の入力が不足することで中枢の音に関する感度が増加し、それにより耳鳴が生じると考えられている。耳鳴は代償の反応である」。故障の音ではなく、埋め合わせの音だという説明です。

説明そのものに効果がある

この教育的カウンセリングは、推奨度1B(強く推奨・エビデンスは中程度)と位置づけられています。しくみを知ることが症状の軽減につながる。耳鳴りが「不安と注意の悪循環」で悪化する症状だからこそ、説明が治療の一部になるわけです。

なぜ高い音なのか、そして「キーン」は本当に最多なのか

耳鳴りが高い音になりやすいのは、加齢や騒音で失われる聴力が高音域から始まるためだと説明されています。ただし、実際の患者が訴える音を集計すると意外な順位が出てきます。

耳鳴りの高さは、傷んだ周波数の近くに出る

聴力検査では正常なのに耳鳴りがする人たち

この関係をよく示したのが、坂田俊文らが2009年に『AUDIOLOGY JAPAN』へ報告した研究です。対象は20歳代で片耳だけに耳鳴りがあり、通常の聴力検査では異常が出ない15名15耳。8キロヘルツを超える高い周波数まで調べたところ、15耳のうち11耳に聴力の異常が見つかりました。

異常のふちから2〜4キロヘルツ下

さらに耳鳴りの高さを特定できた7耳では、聴力異常域の最も低い周波数より2〜4キロヘルツ低いところに耳鳴りの高さがありました。聞こえの落ちた崖のふちに、音が立っているイメージです。3耳では耳鳴りが軽くなるとともに、異常域そのものが消えたり縮んだりしています。

日本の584人が答えた「どんな音か」

最も多いのは「ジー」だった

2012年8月から2014年3月にかけて、大学病院・総合病院・診療所を受診した耳鳴り患者584名に、国際的な耳鳴り研究グループの質問票(TSCHQ)の日本語版を配る調査がおこなわれました。結果は2017年に『PLOS ONE』誌で報告されています。受診時年齢の中央値は63歳、女性が52%。音色を4択で聞いた結果は次のとおりです。

音色(回答者593)割合高さ(回答者620)割合
虫の鳴き声(ジー)34%中くらい33%
雑音(ザー)31%高い音32%
澄んだ音(ピー)27%低い音22%
その他8%非常に高い音14%

「キーン」に当たる澄んだ高音は27%で、3つのうち最も少ない。高さで見ても、非常に高い音と答えた人は14%にとどまります。高音の耳鳴りが代表格のように語られるのは、それが最多だからというより、日常の音にまぎれず目立つからなのかもしれません。

きっかけの1位は難聴ではなくストレス

同じ調査で、耳鳴りが始まったときに関係していたものを聞くと、ストレスが164人(35%)で最多。聴力の変化は116人(25%)でした。日によって大きさが変わると答えた人は55%、ストレスで悪化すると答えた人は44%。耳鳴りが「体調と気分に敏感な症状」であることが数字にも出ています。

気にならなくなる耳鳴りと、こじれる耳鳴り

耳鳴りを感じても、多くの場合は中枢が慣れて、やがて認知しなくなります。分かれ目になるのは音の大きさではなく、その音をどう受け取るかのほうです。

悪循環はこうして回りだす

不安が注意を呼び、注意が音を大きくする

耳鳴りを不快なものと判断すると、脳の情動系がネガティブな反応を起こします。自律神経も巻き込まれ、いっそう耳鳴りへ注意が向く。この輪がぐるぐると回りだすと、音そのものは変わらなくても苦痛だけが増していきます。ガイドラインはこの構造を「耳鳴苦痛モデル」と呼び、聴覚路とは別に走る苦痛のネットワークとして図示しました。

抑うつの合併は48〜60%

抑うつは耳鳴り患者の48〜60%に合併するとされ、その重症度は耳鳴りの重症度と関連します。どちらが先かは分かっていません。不眠、めまいの合併、高齢での発症なども難治化の要因として挙げられています。

効果が確かめられている手だて

認知行動療法と補聴器が最高評価

10のクリニカルクエスチョンのうち、最も高い推奨度1Aがついたのは2つ。認知行動療法を含む心理療法と、難聴を伴う耳鳴りへの補聴器です。補聴器は、足りない音を入れることで中枢の過活動を抑え、背景の雑音が入ることで耳鳴りとのコントラストを下げると考えられています。

認知行動療法(CBT)とは、症状そのものより、その症状をどう受け取るかという考え方や行動のくせに働きかける心理療法です。耳鳴りでは、音を消すのではなく苦痛を減らすことを目標にします。

薬で耳鳴りそのものを消す根拠はない

一方で、薬物療法で耳鳴りを消したり改善したりすることを目標にするのは「エビデンスがなく適当ではない」と明記されています。ドイツ・オランダ・スウェーデン・アメリカの各ガイドラインも、そろって薬物療法を推奨していません。ただし、うつ・不眠・不安が背景にあるならそちらを治療する意義はあるとされます。

受診したほうがよい耳鳴り

脈と同じリズムで鳴るもの

拍動性耳鳴は、血管や頭蓋内の病変が背景にあることがあります。動脈性なら心拍と一致し、静脈性なら呼吸に同期するのが一般的。動脈性の原因として最も多いのは硬膜動静脈瘻(こうまくどうじょうみゃくろう)で、約27%を占めると報告されています。

片耳だけ・急に始まった・聞こえが落ちた

診断のアルゴリズムは、まず拍動性かどうか、次に難聴を伴うかで枝分かれします。急に片耳の聞こえが落ちて耳鳴りが出たなら突発性難聴が疑われ、治療開始は早いほどよいとされる病気です。慢性の経過でも、片側だけの症状では聴神経腫瘍などを画像検査で確認します。

こんな耳鳴り考えられること
脈に合わせてドクドク鳴る血管や頭蓋内の病変。画像検査の対象になる
急に片耳が聞こえにくくなった突発性難聴など。早めの受診が勧められる
片側だけが慢性的に続く聴神経腫瘍などの除外が必要とされる
カチカチと硬い音がする筋性耳鳴。のどや中耳の筋肉の不随意運動
両耳で高い音が長く続く加齢や騒音による聴力低下に伴うものが多い

豆知識:5年で半分は軽くなっている

アメリカのガイドラインが慢性耳鳴を「6か月以上」とした根拠のひとつに、中等度から重度の耳鳴りの約50%が5年後には自然に改善していたというコホート研究があります。しかも改善した人の43%では、耳鳴りが完全に消えていました。6か月未満の急性の耳鳴りでは、28%が自然に軽くなったという報告も引かれています。

「治らない」という言葉は使わない

だからでしょうか、治療目標の項にはこんな釘が刺してあります。「耳鳴は治らない」という言葉は避けるように、と。目指すのは音を消すことではなく、苦痛が減り、気にならない時間が増えること。耳鳴りがあっても改善はできる、という理解を共有するところから始めます。

夜は、聞き流せる音を小さく

夜の過ごし方にも具体的な指示があります。静けさを避けるために音を流すのはよいけれど、旋律を追える曲や歌詞のある音楽は不適。抑揚が強い音も向きません。自然環境音のように意識に残らない音を、耳鳴りより少し小さめの音量で流すのがよいとされています。耳鳴りを消してしまう大きさでは、慣れる練習にならないからです。

耳鳴りは、聞こえていないことを音で知らせてくる症状です。高い音が鳴っているなら、その少し上の帯域が静まりかけている。防音室の80人が証明したように、入力が減れば健康な耳だって何かを鳴らしはじめる。あの「キーン」は壊れた合図ではなく、届かなくなった音の輪郭を、脳がなぞっている音なのでした。

参考

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